コンテナガレージ

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パート4-2

「手を尽くしてくれて、ありがとう。この国で視界を取り戻せるとは思っても見なかったの。皆さんのおかげです」言葉は違えども、感謝という概念をイメージして伝えてみたら、涙を流したり、さらにもっと深い皺を刻んだり、あるいは背を向ける、と抽象的な情意はどうやらあくびみたいに共有されるらしい。僕はいつから相手を気遣える大層な人間になったのか、シャツのタグが皮膚を刺激しているみたいだった。

 数時間後に再度、経過観察を行うので、医者たちは部屋を一旦出ていった。両親も僕から仕事に戻っても言いと許可を与えた。そうしたくて、うずいた精神の興奮と苛立ちが手に取れて、彼らに仕事を優先させた。僕がこの世界に登場したのはなりより二人のおかげなのだ。二人の出会いが僕に苦しみも喜びも与えた。ありがとう。使いやすくてもろい。私だけにふさわしい台詞。背を向けて端末に話しかける母とラップトップを難しい顔で見つめる父は、私から容易く距離を取っている。ただ、そうであっても誕生の計らいは何物にも変えがたく、賞賛を浴びせて止まない。少しおかしな気分を感じる私ではあるが、それは多分昼間に眠ったせいであって、ほらよくあるじゃない、疲れて一晩だけ昼過ぎまで長時間眠ると頭が痛くなる、あれと同じ作用。父が席をはずし、母もそれを追うように部屋を出て行った。無機質な空間。廊下はせわしなく物音と話し声。外を眺める。ここは一階か、ちょっと残念、ベッドから見下ろす景色を想像していたのに、地面が近すぎる。外は雪に埋もれる時節か、これからどんどん積もっていくんだろうか、この土地の気候の正確なデータは持ち合わせていなかった。前に住んだ場所とは匂いから別物。異国って感じ。旅行だったら楽しめて、定住なら憂鬱。私の身に記憶が染み出す。

 喉が渇いた。ナースコールを親指で押す。血相を変えて看護師と白衣の医者が駆け込む。不具合がないことを伝えて、水をお願いした。胸をなでおろす人をはじめて観察した。肩も幾分落ちていただろうか。紙コップの水を受け取り、また私は一人。どうせ私の姿はカメラに収められ、別室で観察、記録されているはず。視界は良好だった。中庭の雪はぼやけているけれど、室内の様子は細かな文字を言い当てない限りは、生活に支障が出ないレベルだ。ベッドを降りてみた、天井の半円形の出っ張りに無事、安全、良好さを手を振って伝える。やさしいではないか。履くとつま先が覗くスリッパが用意されいた。私はいつ履き替えたのだろうか。覚えがない。眠っていたからかも。曖昧。薬がまだ抜け切らないのかもしれない。体を動かす、腕を回す、首もだ。くらくらする。腰に手を当て、円を描いて回転。次に、屈伸。パキリと鳴る。足首もぐりぐり回転させた。異常は見当たらない。異常?どんな異常で私はここにいるんだろうか。首を傾け、天井を仰ぐ。記憶が見当たらない、変だ。どうしてだろうか。ぽっかり抜け落ちている箇所が、そう、つい最近、今の今まで起き上がるまで、いいや、もっと目を覚ますまで、私は何者だった?