コンテナガレージ

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パート1(2)-2

「まだ、学校を出ていなかったの?」教師のとげとげしい声である。僕は首を縦に振る。これから教室を出るとは言わずにいた、こういった場合は素直に従うことがその場をやり過ごす、僕を殺すことで円滑に状況が流れる。

 教師の左手に生徒の辞書が見えた。後ろ手に隠したのは、今さっきに鞄に入れた黄緑色と同じ物だ。忘れ物の回収だろうか、机に入れっぱなしの辞書を忘れ物とは言わない。不信感。そういえば、辞書の紛失を誰かが騒いでいたっけ、それと関係がありそう予感が胸を通り過ぎた。

 構えなかった分、素直な受け答えの僕を見限って、教師は踵を返した。ふっと息を吐き、廊下に向かったら、今度は小太りのクラスメイトがガチャガチャ、鞄を揺らし、教室に足を踏み入れ、ぶつかった。誰もいないと思ったのだろう、変なポーズでまるで戦隊物のヒーローを真似ているみたいだった。取り繕って、口ごもって、だけど高圧的な口調で僕に詰め寄る。

「独眼流のつもりかよ」彼の左手には僕がめくった図鑑が隠されてる。

「太っているのは、自分に甘く、自己抑制と自己管理が出来ていない証拠。ご両親の影響もあるでしょうけれど、考えられないって年頃でもないわ」ぐっと引かれた顎は、力をためて表面的な間違いを見つけて、とっておきように僕にぶつけた。

「お前の話し方って、へへっ、訛ってんだよ」僕はどちらでも同様に非難される。だけど、ネイティブなのはイントネーションや時代に即した言葉遣い、言葉の選択であって、彼がこちらよりも多くの言葉を習得し、またそれらを活用しているとは思えない。つまり、彼の指摘も僕には無感動。

 残念、狙い所は悪くない。言われ続けたから感覚が麻痺したわけじゃない。いけない。また、相手に深手を負わせてしまう。平和を僕は望むんだ。

「ありがとう」僕は言った。クラスメイトは廊下で立ち尽くす、口元は次の攻撃を待ち構えていて、危うく感謝に侮蔑を言い出しそうだったが、こらえて、口をつぐみ、蛍光灯に視線を逃がして、逃げたのではないという意思を込めた視線を送り、靴の底を見せて行ってしまった。

 重くなった鞄を背負って赤茶色の校舎を出る、下校はこんなにスムーズだったか、と僕は塀越しにそびえる建造物を仰ぎ見て思った。しばらく歩いた最寄り駅への道で怪しい大人に声をかけられた。スーツを着ていたと記憶する。しゃがんで声をかけてこないのは、こちらを対等と表現したのだろう。駅前の生き残った数少ない電話ボックスの隣だった。男は僕とは不釣合いなので、中間の年齢、高校生の女の人を間に挟んで手招きした。観測についての提案を男は唐突に申し出たのである。

「右目の観測データを私どもの会社に提供していただけないでしょうか?」僕がデータを密かに収集していることは、誰にも口外していない。一体この男はどこから情報を取り寄せたのだろうか。PCは持っていない。家にはあるが、有害サイトの閲覧に規制がかかるため、欲しい情報は家では入手できない。そのため、データを脳内に記憶している。両親は僕の行動を一切把握してはいないだろう。