「さあ、どうだろうか。来なければそれに越したことはない。集客をやっかむ近隣の飲食店のどれかだろうしね」
「何故、警告を発してまで大豆を嫌うのでしょうか……」店主の右隣に座る館山がつぶやく。
「小麦の摂取量、生産量が減ると彼らの利益も落ち込むのだろうね。単純な理屈さ、大豆よりもアレルギー症状の発症者は小麦の方が多い。積極的な摂取を控える人口が増えて、蛋白源を他に求める。そうなられては、困る小麦の関係者は、小麦のメリットよりも大豆のデメリットを流布させることで、消費者に選択を与え、顧客の流出を防ぐ」
「この店が、……狙われたのは?」対面に座る国見は言葉を切って言う。
「それはこれから確かめるよ。仕込みが終わったら、小川さんと僕で周辺の店の様子を探る。大豆の使用不使用をね」
「やりますよ、私は。警報ブザーも持ってますから、いざという時はこれで撃退してやるんです」
「二人は、鍵を閉めて店内で待機。裏口の鍵は手元に置いて、入り口から強制的に進入した時は、裏口から逃げるように」
「警察を呼ばなくて大丈夫ですか?」館山がきく。
「他の店も同様の被害を受けているなら、考えなくもないけど、どうにも大掛かりな仕掛けには思えない」
「と、いいますと?」
「うん。世間の騒動に便乗した個人的な対象者、僕たちを狙った嫌がらせだろうね」
「この前の夫婦ですよ、ほら、お米をうちから根こそぎ持っていった」小川は言葉を選ばない、彼女を見ていると育ちに言葉遣いの良し悪しがたとえられるのは当てはまらない。言葉は後天的にいくらでも修正が効くように、店主は感じてしまう。彼女が不在のときに母親がこっそり店を訪ねたことがあったが、印象は対照的に落ち着いた風情だった。
「あの人たちが訴えるのは筋違い。お米は渡したのよ、全部」国見が答える。
「わかっていませんね、蘭さん」小川は指先を振る。「お米はフェイクで、うちの店に大豆を使ったメニューを出させようとして、買い占めたんです」
「そんなの時間の問題じゃない。お米は買わないって、奥さんが来たときに店長が伝えていたもの。それに、米の高騰で軒並み飲食店の白米の取り扱いを止めている状況は、誰もが知っている」
「うーん、なるほど、そういう考えもありますね」
「僕の意見に賛成してくれただろうか?」店主が顔を見渡してきいた。