「落ち着いてますね」
「そうかな。いつもだと思うけど」
「もう少し、慌ててくれても良かったんですよね、私としては……」蚊の鳴くような声で国見が言う。
「何か言ったかい?」
「いいえ。何でもありません。私がきっちり弁解します」
「お願いするよ。僕ちょっと、ここで休ませてもらう。煙草を吸いたいんでね」倉庫を出かけた国見が足を止める。
「タバコ、吸われるんですか?」
「言ってなかったかな」
「私の前では一度も吸っていません。二人は知ってます?」
「どうだろうか、聞かれたら答えていると思うけど」
「知らないことばかりです」側面、彼女は首が前に傾斜。
店主は、タバコに火をつけた。明り取りの窓、開かずの、いいや開けられずの窓を押し開ける。一気に空気が待ち望んだ空間を目指した流入を果たす。咥えたタバコの先が赤く腫れる。
「店で吸ったのは、多分今日が初だろうね」
「残業する予定があるなら、私も待ちます」
「いいや、たまには営業時間に合わせて帰ってみるよ。変化は必要だからね」
「戻ります」
タバコの灰が延びる。気をそいだので、誰かが吸ったみたいだ。悪くない、連想。
彼女はおびえていた、気遣って、優しい言葉を投げ掛け、手でも握ってあげるべきだったろうか。
店長という立場を捨てて?
捨てるというのは大げさだが、小川の目撃のように勘違いはされるか。
摩擦熱みたいにエネルギー変換が必要かもしれないな、店主は煙を吸い込む。ちらつく雪の形状は肥大。積もりそうな降り方である。
店主は久しぶりに、端末を使い、電話をかけた。
「もしもし」
「はい」
「覚えていますか?」
「ええ、店長さん」
「僕の番号、教えましたか?」
「いいえ、声で判断しました。用件をどうぞ」
「従業員が数十分前に背中を切られた、ナイフやカッターのような刃物だと思われます。また、今日の早朝に店の従業員、全員に脅迫文が送られ、私は直接脅迫を受けました。警察はこれで、動いてくれますかね?」風が強まり、荒くれた雪がサッシに溜まる。
「上司に窺ってみます。おそらく最寄りの警察署に届けても、取り合ってはもらえない案件でしょう」
「ですよね」
「折り返し電話を」
「ああ、でも、仕事中で出られないかもしれませんよ」
「こちらが動けるのであれば、連絡をします。着信履歴が残っていれば、そう判断してください。要望に応えられないときは、連絡がないことで判断を、そうですね一時間以内に」
灰にまみれた携帯灰皿の吸殻と対面した。端末を切って、時計代わりに逆戻り。
店主は、最後に大きく吸って今生の別れを示す。しかし、吐いた息は白くて、吸い込んだ煙の可視化による爽快な気分は半減された。