「そこからがクライマックス。途中で止めるとは何事ですか」小川安佐が怒りを表す。
「先輩、私はあんたより年もキャリアも上なの」
「店に入った時期は一緒です、だから同期ですよ。もう教えてくれてもいいじゃないですか」
「月日は流れた」
「詩人ですねって、言うとでも思いましたか」
「全然おもう」
「全然の後は”ない”が続くんです」
「常識は変わる」
「機嫌が悪いですね」
「普通かな」
壁一枚隔てたロッカーの会話。店主は、倉庫で明日のランチに使えそうな食材、食品、液体を物色。前任者が置いて行った二段のステップ、スチールラック最上段の物を取る踏み台に腰を掛ける。年を越した初めの月、あの日はまさに不休の最中を駆け抜けた象徴である。
きっかけは、自信に満ち溢れた穀物愛好者たちの身勝手な勝負事を敢行に移す、ランチの出方を競うレースであった。
開店まもなくは、白米が人気。低価格でお米が食べられる喜びは格別。しかし、ピザの注文数が徐々に増えて、白米を追い抜いた。大豆ととうもろこしはそれぞれ海外のお客に人気。S市は政令指定都市の中心都市に加えて、災害に備えたバックアップの企業施設が立ち並び、大手企業の外国籍、海外出身者の姿が頻繁に見られる。
話をレースに戻そう。ピザの優勢は出来上がり、タイミングの遅れが注文の追加を妨げた。すると、白米の人気に大豆ととうもろこしに手を伸ばすお客にピザのお客が分散され始め、横並び一線。ここで雪がちらつき出し、選択に多大な変化をもたらした。
待ち疲れたお客に苛立ちと寒さが襲う。それでも、ピザを食べたいお客は、支払いを済ませると出窓から釜の様子を覗くようになり、時間をそこで潰した。十二時を回っても列が途切れない。コの字を描いた列の最後尾が店舗の真向かいにまで及んでいたのだ。
お客の礼儀正しさが、今日まで周囲の店に不評を買わなかった理由でもある。ランチの終了後に、従業員は店外のゴミを拾いに出たが、道投げ捨てられたゴミは列のお客が捨てたものではない、年季の入った空き缶とビニール袋のみ。
店が巻き込まれた事件を境に、裏手に通じる路地への列の誘導は控えていたが、列を一列にそして短い距離を折り返す並びに、開店前に並ぶお客に伝え、出入り口の黒板を一つ追加、列の並び説明専用の黒板も設置を決めたのは、このレースがきっかけ。