だが、そのデータ収集も先週で終わり。今日はランチメニューに仕込みにあまり時間を割かれないため、早朝通常出勤の二時間前に店に来ることはないのだが、ただの提供ではと思い、店主はいつもの時刻に家を出て、いつものように厨房に立つ。
出窓、かすれた前任者の店名が透けたガラス、通り、時折の軽自動車と通行人に隠れて二人の人物がこちらを見つめ、電信柱のように埋め込まれた両足で立っていた。二人は見たところ、知らない人物。互いの距離は、おそらく存在は感じているだろう。これからピックアップされるのかも、同じ車両に。それぐらいしか予測は立たない、店主は、ピザの利用に思考を切り替える。
午前八時十二分を、ホールの時計が指し示していた。
「店長、早いですね。今日もですか、私はちょっと早めに来て、このコーヒーを優雅に飲んでみようかと、ああ、すいませんしゃべりすぎですよ」表の二人が数歩近づいたような気がする。気のせいかもしれない。通常の出勤時間を守って出てくるように、昨日の忠告を小川安佐は取り合わなかった。しかし、店に入っても働く様子ではなく、せっせと厚手の雑誌をカウンターのテーブル、表紙をわざと掲げ、内容と行動を見せ付ける。
もう一度、外を見た。やはり、二人は距離を詰めていた。
今日に限ってか。憶測は的中するに違いない。害がないのなら、離れていれば問題はない。
「バレンタインですね?」
「そうか、今日か」
「店長、自分の誕生日も忘れてそうな感じです」
「それほど重要かな」
「祝って欲しくありません?盛大にじゃなくても、ケーキやプレゼント、豪勢な料理を誰かと共有したい、私は二人っきりが最上級ですけど」
「僕は自分で評価を下すよ。お褒めの言葉ならば、小さい頃、それもほんの小さい頃で十分。褒めた相手がどういった行動で喜ぶかが判断できたら、もう卒業するべきだろう。終いには自分を失くす。相手の喜びを通しての自分だけが存在意義だと勘違いしてしまうからね」
一人では生きて行けない、とても自分勝手な意見だ。
これまでどれほど自分勝手な行動で関係者、関わりを持った人物たちの利用に無知を決め込み甘んじたのか、悟ることさえも表に引き出せない。
守るものができると、喪失を実感するとそういった過去を振り返るんだ、自分なりの解釈を決め込んでね。
もちろん、記憶の書き換えも多少は働く。
感情を揺さぶる経験は時間ごとに耐性を作り、脆弱な地盤を強固に、踏む込みに耐え抜く。