「……白米を使おうかな」
「ただで頂いた食品ですよ、よろしいのですか?」
「明日からライスをメニューに復帰させる。小麦も大豆もとうもろこしも同等に扱いを開始する」
「価格は落ち始めたとはいっても、以前の価格より、一・五倍ほど高額です」
「お客の需要が回復傾向の価格に反映する、僕はそう読んでいる」
「楽観的な推測、”+マルチ十二”の勢力は完全に衰えた様子には思えません。早計な判断ではないでしょうか」鋭く国見の視線に厚みが生まれた。
「栄養食品に飛びついた理由は、目新しさと食費の節約。食費の節約を願うお客は離れてくれないが、前者は常に揺れ動く」
「店長の論理に反します」
「僕はお客が食べたいと思うものを作っているつもりだ」
「作れていますか?」
「うん」
「あの、聞き耳を立てる私の存在もお忘れなく」小川は肩をすくめて、居づらそうに手を挙げた。
ダンボールの送り主は各穀物業者に問い合わせても、正体は明らかにならなかった。
国見の懸念は翌週に解消され、白米の価格が高騰前の平均値に下落したのである。これは店主の予測よりも早い。店内で最も驚いたのは店主かもしれない。
「+マルチ十二」は精力的な活動こそ控えめに、しかし、コアなファンの支えに生きながらえる。当初の計画ではないのだろう。宇宙食として売り出せば、よかったのに。いいや、比済は証明したくて、証明されたかったのだ、彼女が生きてきた研究の成果を外側から、撫でて、褒めてもらいたかった。宇宙旅行に携帯するにはまだまだ先の話。手が届く未来でなくては、彼女は壊れてしまう。
僕は熱意を引っ込める。
負圧で取り込むスタイル。
僕は何のために料理を作るのか、国見の言った僕の論理とはなんだったのか。
楽しいか?
いいや。
うれしい?
違う。
悲しい?
それほどでもない。
泣きたい?
まったく。
明日は店を開ける?
たぶん。
絶対とは言わないんだ。
まあね、来ないかもしれないから。
そうか。期待を裏切られる恐れが、僕を麻痺させたのだ。
いつか裏切られたのだろう、それともずっとか。ああ、僕が裏切り続けたからだ。
思いつきも、いつの日からか、押し込めたままだ。
取り戻さなくては。
蓋を開けないと。
パンが食べたい、作りたい。
ふと浮かんだ衝動。ブーランルージュはやってるだろうか、確かめてみよう。
吐き出した息が白い。転んだときのために出された素手は、「いつか」のためを解放。
潔く印象に応じて冷気から逃れるようにポケットにもぐりこませた。
街頭の黄色い明かりが狭いビル壁を灯していた。