コンテナガレージ

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革新1-7

 「できましたか?」

 「調整のために軽く弾いてみて」軽い言葉遣いも慣れたもので軽いや重いの概念を乗り越えると相手の真意を汲み取りさえすれば、目的は果たせる。

 人の好意を受け入れられたもの鈍感の証。手にしたギターは弾けてなおかつ細かな粒子を帯びた官能たる泰然で居座って、でも見せつけるのはなく気づいてくれなくてもと謙遜も聞き取れる。

 店員が苦い表情で口を歪ませていた。

 「なにか不都合でも?」レジの正面を避けて床に近い、背の低い椅子に腰を下ろした私は撫でるように弦を紡ぐ。レジを出てきた店員にそう言った。

 「……ギターを返さないんだな、と思って」

 「は?」言っていることが矛盾をはらんでいたので疑問を呈した。

 「いや、続くもんだと思ってさ」店員はためらった後に遠くを見る眼差しで付け加える。「そのギターを持ったら自分の内面となぜか向きあうように仕向けられるんだ。俺が体験したんじゃないから、確証はないが、ギターを返却に来る客は誰もがもうたくさんだと言い捨てる。無理やり理由を聞くと、見たくないものまで見えてしまうから手放したって、どんよりとしてた。だが、あんたは爽快とはいかないまでも、現状を保っている」

 「ああ、そんなことですか。……見つめるのは昔からやっていますから、今に始まったことではありません。そもそもが前向きとは程遠い性格なので」響きは増した、反面に操作は難易度を高める。太い弦は闇雲に弾いてはいずれ指先、腕に負荷が掛かり過ぎるだろう。

 「裏返してたのかい?」口調が多少柔らかくなった。この人もおそらくは褐色のキラーに触れて弾いた過去があるのだ。そうでないと、こんな聞き方はしない。答えを出せずに、辞めてしまったのだろう。間違った選択でもないし、正解とも言えない。逃げることは悪いことでもないと私は思っている。無理に現状を変える必要のない人間は黙って流れに飲まれていれさえすれば、無駄な体力を消費することなく、生涯を終えられる。 

 「何巡目かを数えるのはやめてしまいました。今までがどちらだったかを覚えていられれば済んでしまう話ですから」指先が感触を記憶、私はギターをケースにしまった。代金の精算、弦の張替え料は店からのサービスで徴収されていなかったのを受け取った領収書で知った。

 理由を聞いてみた。