「今日もお疲れ様ですね。急がしや」小川は大げさにため息をつく。
「店長、今日はテイクアウトのお客さんが少なかったですね」館山は既に着替えてる。店は営業時間を過ぎ、片付けもあらかた目途がついていた。明日のメニューにあわせた食材の発注が今日の最後の仕事である。不意に、テイクアウトは座って弁当のように食べる情景ばかりを想像していたが、案外そうではないのかも。店主は、動きを止めて館山の問いかけを無視した。「店長?あれっ、店長?」
「ダメですよ、聞こえてませんから」通路、ロッカーへ歩く小川が車を止めるように大きく左右に手を振る。
「……表通りのパン屋を知ってる、館山さん」店主はきらきらと光らせた瞳で館山を近距離で見つめる。
「ああのう、はい、そこなら、ええ有名なお店ですけど……」
「ジュニアですよ」国見は襟を整えて奥から答えた。もうコートを着るような季節。
「バケットのような固めで短いサイズのパンが明日欲しいと思って、今から交渉して作ってもらえるだろうか?」
「そこの店で知り合いが働いてますから、聞いてみますか?」
「お願い」国見蘭は端末を耳に当てる。
「あっ、もしもし、うん、そう。あの突然で悪いんだけど、明日ね……」
「蘭さん、電話だと声が高くなる」ラフな格好に着替えた小川が呟く。
「ええ、そう、お願いできる?ありがとう。うん、番号知ってる?それじゃあ」国見は店主に伝える。「おそらく大丈夫だって。店に連絡を入れてもらったので、折り返し今度はここに直接、電話をかけるそうです。あっ、掛かってきた。はい、もしもし。こんばんわ、申し訳ありません夜分遅くに。いいえ、ええ、よろしいですか?はい、ではそちらに。はい、失礼します」
「なんだって?」
「店に直接来てくれって。仕込みで店で寝泊りしてるから、いつでも来てくれて構わないそうです」
「そう、じゃあいってみるか」
「おもしろそうですね」小川が飛び跳ねる。
「あんたは帰るんだよ」館山は言いながら通路に消える。
「でも、店長一人じゃあ、心もとないでしょう」
「どんな場所だって想像してんのさ」こもった館山の声だけが届く、姿はない。
「パン屋に行くんでしょう?あそこはこう屈強な髭の生えた、胸板の厚い男ですよ」
「だからどうだって言うの、仕事の打ち合わせだ」
「か弱い女性一人で行かせるなら、もう一人か弱い女性をつけたらどうでしょうか?」
「僕は別にか弱くはないよ。さあ、出た出た。先方を待たせたくはないんだ」一行は館山を待ってドアをくぐった。
「できたてのパンってさぞかしおいしいんだろうか。いいなあ、食べたいな。試食とかできるんだろうな。いいなあ。香ばしいな」
「釜にぶち込んで私が焼いてやろうか?」
「今日は余裕で間に合いそうか」