2019-04-01から1ヶ月間の記事一覧
駅周辺は人口が多い。この時間でも数人が降りた。階段に通じる引き戸が開いたままである、誰も閉めようとはしないらしい。暑いので私も閉めずに空けておく。階段を上がり、改札を通過、さらに階段を降りて外に出る。蒸し返す暑さは消えていた。タクシー乗り…
先ほどのコンビ二と百メートルの近距離にありながらも駅前にもライバル企業のコンビ二が営業をしていた。しかし、数ヶ月前の朝に特徴的なブルーの店舗が真っ白の外装にはや代わり、夜には既に内装までが撤去されていた。灯りがなくなると駅前はさらに閑散と…
「そうですか。あの、お会計を」 「店長」美弥都は店長にやっと帰れると、呼び名に込めた。右手を差し出す。「そちらがレジです」 「覚えていないのですが、私、何か迷惑をかけたでしょうか?」恐る恐るお客は途切れた記憶を補おうとする。へりくだった物言…
喫茶店の営業時間を過ぎて、約三十分。店内の掃除、後片付けはほぼ完了に近く、カウンターに突っ伏したお客が日井田美弥都の帰宅を妨げる。状況は最悪、彼、いいや気を使う必要はない、中年の男は体外にアルコールを振りまくと、コーヒーを注文するや否や眠…
お題「これって私だけ?」 隔週に一度、ある道を通る。仕事から離れて、散歩に出かけるのだ。国道沿いの道で、交通量は多い。人とすれ違うことも少なく、左手には山が迫り、国道を挟んだ右手には、海が広がっている。 この道を通るときに、何度か人の視線と…
「しかし、忘れ物を安易に捨てますかね」 「故意にだったら?間違ってか、あえて捨てたかにこだわる必要はない。被害者の死と本との結びつきを知られたくはなかったら、本をとっくに処分しているはずだ。なのに不確定なゴミ出しを今日まで放置する行為は矛盾…
二人の間で交わされる言葉遣いが咄嗟に口に出る。思った事を口にするのは一種の能力、才能だろう。目の前の人物が見えていないのだ、視界に割り当てられるセンサーはごく僅かとはいっても、彼女たちは指先や繊細で細かな作業に没頭はしていない。これが電車…
「申し送れました。私、O署の熊田です」 「同じく種田です」 「警察?」従業員の二人は顔を見合わせる。 「この方が先月の二十三日にこちらに来たと思うのですが、覚えていますか?」熊田は写真を見せる。二人が顔を近づけてそれを確かめる。一人、背の高い…
自然を信じきった店内の装飾。熊田は一人で思いを馳せる。子供の頃に憧れた秘密基地を思い出した。木の上、枝を介して不安定に板を無造作に紐で括りつけた子供二人がやっと座れる程度の空間。木の根元には、ダンボールと重い石がその四隅を風から守る。共存…
「私にですか?」 「従業員はほかにいらっしゃいますか?」熊田は彼女が顔を出した場所に視線を送る。そちらに人の気配、摩擦音や金属音が聞こえた。 「私を含めて二人です。この後、接客のバイトが二人来ますけど……」目をぱちくり、瞬きの回数は緊張が高ま…
平日の午前、飲食店は開店準備に忙しいらしい。表から声をかけても出迎えがない。仕方なく、熊田は不審者ではない、これからお店に入りますよ、とそういうニュアンスで店中に侵入した。種田もぴたりとそれも無言、無表情で熊田に続く。廃墟や遊園地のお化け…
鈴木は高台の階段を上る相田を追った。現場保存は制服警官が任せた。そう言えば、昨夜は現場は誰も見張っていなかったのかと、思う。「相田さん、殺人事件の現場にその事件当日の夜に警備がつかないのは、変でしょうか?」階段、広くなった踊り場で汗を掻い…
「ちょっとみんな、刑事さんの話きいてもらえるかな?」しゃがんだ生徒たちはぐったりと覇気がない。「おじさんでしょう」子供の何気ない発言だ、取り合うなとすずきは言い聞かせる。「ベンチに寝ていた人を最初に見たのは誰かな?」「死んでたんだよ」男の…
「お子さんの卒業から、大嶋さんとはお会いになりました?」「会ってはいない、と思います。ご兄弟はいないようでしたから」「一目見ただけで大嶋さんだと、良く気づかれましたね。深い意味はありません。その仕事柄、大勢の人から話を聞く機会が多いとあま…
「見つけたのは生徒さんですか?」「はい、何人かがそこの階段を降りたときに見つけたようでして、私は列の後方を歩いていましたので、生徒が声を上げた後に駆けつけました」教師は時折、言葉を選び、溜めて記憶間違いを懸念し慎重に話した。仄かに、香水か…
二人のやり取りを傍らで聞いていたあきれた鑑識の女性がきつい口調で言った。「遊んでいるのであれば、死体を車に運んでもよろしいですよね?」たじろいだ鈴木が頷く。彼女はもう一人の鑑識を呼ぶ。「ちょっと、後ろ持って。さっさと動く。こんなところで時…
「ええっー!やっぱり、でもどうしてこの人が死んでいるんです?殺された?いやいや、だって……、でもそうか、第一発見者だから殺害現場を見たって犯人に思われていたのかも」「勝手に殺人だって決め付けるなって言ったろう。鈍器で殴られただけだ。そういう…
「事件の発覚の翌日に別の死体が発見されるのは前代未聞ですよ。上層部に睨まれなきゃいいですけど」半袖の鈴木が手を合わせる。屈んだのは死体を、顔を拝むため。手を合わせたのは単なる儀式でもちろん、死者の顔を覗く許可を得たのではない。日本人である…
黙っていれば、余計な考えが支配する。急がせるんだ。私は、何も考えなくても生きられる方法を見つけたではないか、もうあの人さえ生きていれば、生きる喜びを持ち続けられる。 大嶋八郎は立ち上がって見上げた。しかし、また体はベンチに戻された。「あれっ…
振り返り、高台を見上げて、前方それからヨットハーバーを順々に視線を走らせ、テープをくぐった。ベンチに私は彼女と同じ格好で座った。空が見えて、数えるには小さすぎる明かりが信号みたいに明滅。スーッと海風があたりをさらう。今日一番の自然な冷気だ…
私はおかしいのだろうか、大嶋八郎は、駅に直結するショッピングモールまでの連絡通路を歩く。左右のガラスは窓がなく、さらに空間の空気は生暖かい。夜になっても微熱が続いているみたいだ。冷めない熱。放熱すれば朦朧さを味わえない、そう思うと冷水を浴…
大嶋八郎の帰宅時間は通常勤務とほぼ変わらない午後十時過ぎであった。冷涼な空調が効く電車から一歩ホームへ出ると蒸し返すような熱気が瞬時に体に寄り添う。呼吸も幾分苦しい。脂肪のせいもあるだろう、もう少し体重を落とさないと。しかし、前よりかは、…
「ちょっと、相田さん、急にリアリストですか」「お前といると現実を見つめなきゃって思うわけだ」「でもですよ、死んだらお墓に花やお供え物をするわけですから、死んで間もないならもしかすると間に合うかもしれないって思うのは判ります。けど、もう亡く…
彼女の死に関わりたかった?もしくは、憧れていたからか。 大嶋の一方的な求愛の末路に彼女の死が選ばれた? 本の所有については、彼女の周囲に近づけば情報を手に入れられる。非合法に手を染めない合法的な業者に依頼してもいい、時間と費用が十分ならの話…
「鈴木が言った内容がほぼ正解だ」 熊田が次の言葉を吐こうとした瞬間、種田が通常よりも表情に必死さを加えてドアを開けた。「紀藤香澄の指紋が二冊両方の文庫本から検出され、さらに両者に共通した指紋がもう一つ検出されました」「誰のだ?」熊田は低いト…
「すいません、じゃないや、ありがとうございます。すいませんって使わないことに決めたんですよ。だって、親切にされて謝るのは感謝を表しているとは思えませんから」得意げに鈴木は言う。彼はおいしそうに煙を吸い込んで吐いた。 「そういう意味の謝罪とは…
「現場の高台、ベンチの裏から落ちたとして体に傷が付かないのは不審だ。また、頭に受けた衝撃が局所的であったことは、頭蓋骨に広がる衝撃の度合いが物語る。彼女、被害者は頭よりもより小さな硬質の物質によって損傷を加えられたとの考察、調査結果だ」 「…
「直接死体を確かめたいんだ」 「とくに不審な点はない、と捜査を引き渡した隣の課の奴らが言ってませんでしたか?」 「うん。ただ、まじかにじっくりと腰をすえての観察はできなかった。運ばれていく時だったからな」 「あの、相田さんに見てもらえばいいん…
足音が増えた。ひげを生やした男性、帽子を取り、熊田たちに会釈。彼が話す。「この人なら見ましたよ。お独りで確か、日曜の開店間もない時間にいらしていたと」 「一人でしたか?」 「ええ、お独りです」 「この人について覚えていることがなにかありますか…
「ブログの内容は説明文。彼女の感想は書かれていないんじゃないのか。鈴木?」 「言われてみれば、そうですね。味についても、はい、おいしいとかは一言も書かれていません。ページのレイアウトも真っ白で初期設定のままみたいですし」対象物や体験の見解、…