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2020-12-01から1ヶ月間の記事一覧

水中では動きが鈍る 2-6

「……上にも下に横にも斜めにも人がいるのが嫌なんだ。わがままといえばそれまでだが、無駄な挨拶や気遣い、配慮がどうも体に合わない」 「社会ってのは、たいていそういうものですよ」相田がきっぱりと切って捨てた。そこには同意も含まれていたかもしれない…

水中では動きが鈍る 2-5

「うるさいぞ、大きな声を出すな。上からの指示なんだ従うしかないだろう」相田の説得が始まる。彼がこの中では最も中立的で常識に富み、一見していい加減そうな風体は常識人を隠すための装い。誰もが皆何かしら装っている。 「いつもの言い方に比べると語気…

水中では動きが鈍る 2-4

「熊田さんはよく犯罪者の心理が読めますね。僕なんかはてんでダメですよ」鈴木はフルフルと首を細かくふった。その言い方や行動から擁護を望む心のうちが滲む。 「お前はたんに頭のネジが何本か抜けているだけだろうが」 「いまどきネジが抜けているなんて…

水中では動きが鈍る 2-3

無線のやり取りが途切れた。 静寂。 行き交う車にライトが灯り始める。 人通りも少ないのかまだ通行人は下校中の中学生一人だけである。 カラスの鳴き声。 出てきた。交番の引き戸が開くと警官の姿。軽く中にいるもう一人の警官に挨拶をしてドアを閉めた。制…

水中では動きが鈍る 2-2

相田にとってはわざとらしく馬鹿にされるよりもきつい仕打ちである。「バカ、違う、勘違いするな」種田が後部座席を振り向くと冷ややかな目で相田を見据えた。蛇に睨まれた蛙である。視線は5秒ほどで正面に直る。鈴木の頭が相田によって叩かれる。 「いたっ…

水中では動きが鈍る 2-1

「第三の被害者の身元を調べるほかにも、こなすべき仕事はあります」 「だから?死んだ者はもう生き返らない。しかし、これから殺される者は生きている。死体から見えてきたのは殺され方と死んだ事実のみだ。だったら、犯人と思わしき者に張り付いて犯行の間…

水中では動きが鈍る 1-7

「……なんでもありません。もう大丈夫ですから」言葉の後半はきりりとしたいつもの種田の口調である。気を使わせないためだろうか、喫煙室を出た熊田に続いて種田も部署へと戻った。 「あんまり、根を詰めるとあとが大変だからな」そう言うと、相田はどかっと…

水中では動きが鈍る 1-6

犯行自体が演出で、取り調べも行員たちの演技。 騙されたのは最初からか。 お金はどこへ消えた? 銀行内からは一度持ちだされて、近くの安全なしかも調べの付かない場所に保管され、警察の撤収で回収。 「もう一度聞きますが、銀行強盗と殺人の結びつきは何…

水中では動きが鈍る 1-5

「その説明だと犯人は銀行全体となってしまいます……」そう言ってから種田は言葉の続きを想像する、紙幣が移されていないのは移動したと見せかけるとの洞察ができあがる。 「銀行員が強盗をはたらかないと誰が決めた?警察官や刑事、役所の職員や議員、会社員…

水中では動きが鈍る 1-4

「参ったな。誰にも言うよな」一度種田を見て、視線を逸らしまた、元に戻してから言った。 「今まで私が誰かに話した事実があったでしょうか?」じっと真っ直ぐな種田の眼差し。 「ない。もっとも会話の頻度が少ないだけだがな」 「それがなにか?」「 「い…

水中では動きが鈍る 1-3

種田は喫煙室へと足を向けた。 「熊田さん」窓辺に立ち、なんともなく二階から下界を見下ろしている熊田に声をかける。タバコの煙をまとった熊田が振り向く。佐田あさ美の通報で駆けつけた警官は一人でしたよね?」 「ああ」振り向いた顔はすぐに元に戻され…

水中では動きが鈍る 1-2

「はあ。三人目の被害者の身元は判明しました?時間からしてそろそろかなと思いましてね」 「女性、推定年齢は20代から30代。身長は160センチ。出産、妊娠はしていない。歯の治療痕から、発見された現場付近の歯医者を調べさせているが、殺害場所が不特定だ…

水中では動きが鈍る 1-1

早足で歩き駐車場を横断。エンジンを掛けるのかと思いきや種田が乗り込んでも運転席の熊田は火のついていないタバコを咥えたままフロントガラスとにらめっこ。日井田美弥都とのやり取りから何かを掴んだのは不自然な行動から窺えた。両手でハンドルを抱え込…

重いと外に引っ張られる 5-4

「と、言うわけです」のびた麺に琥珀のスープ。食べ急ぐ繁盛店ならではの後続への配慮もいらない。あんな狭い空間で早く食べろと急かさせて食べるのはどうも味を求めてまで並ぶ意味が無いように感じる。相田はとっくに食べ終わり、タバコを吸っていた。鈴木…

重いと外に引っ張られる 5-3

「娘さんの捜索願を出していますね、発見された日の翌日に」 「娘が帰ってこないことなんて今までなかったの。親が子供の心配をして当然でしょう、なにがいけないのよ」 「変ですよね」鈴木はわざと、間をとって先を急ごうとしない。相手がじれるのを待って…