コンテナガレージ

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2022-01-01から1年間の記事一覧

蒸発米を諦めて4-3

「あれ、もう終わりですか。すいません、眠ってしまったみたいで あはっはは、お恥ずかしい」男は背広のポケットから財布を取り出し、伝票を逃げそうな魚を素手で捕まえるよう、館山に支払いを頼んだ。 「こちらの店長さんですか?」男は立ち上がって、すぐ…

蒸発米を諦めて4-2

「お客さん、ライスが食べたいみたいですね、また訊かれました、置いていないのかって」小川が肩をすくめて厨房に戻る。ホールから国見の声。追加のビールを持ってくるように、声がかかった。 洗い場の横、中が透けてみえる古めかしい冷蔵庫を開ける小川は瓶…

蒸発米を諦めて4-1

午後のディナー、営業再開の三十分は夕方ということもあり、お客の入りはまばら。近隣で働くサービス業のお客が遅い昼食を摂るぐらいで、年始、週末の買い物客は午後の買い物か、午前の早くから活動を始めた人たちはそろそろ帰宅の途についているのだろう。…

蒸発米を諦めて3-12

「けれどステータスが上がったら、白米ばっかり食べたりしません?」 「病院にも通う、薬も飲む、酒もタバコも止められない、運動不足で散歩を始める、どれも食事の摂りすぎが主な要因だって、食事制限をしてでも食べているんだ、病気の一歩手前まで白米を食…

蒸発米を諦めて3-11

「ライスを頼むのは、メンチカツにハンバーグ、鶏の照り焼き、それに今日の焼きカレー、店長、その試作品はメニューに加えます?」女性を見送った通路の小川が指を折って数えた。 「うん?ああ、焼きカレーは、どうだろうか。白米と一緒に出したいとは思うね…

蒸発米を諦めて3-10

「理由は?」 「非情な言い方かもしれませんけど、お客さんに子供がいるのかどうかも明確にこちらに証明してはいません。それに、急を要するのなら、偶然にランチタイム終わりの仕込みの時間に現れるのも、どこか狙ったような、上手く言えませんけど、その、…

蒸発米を諦めて3-9

「お客の対応に時間を割かれたら、レジと料理の運び、食器の運搬にまで手が回らないかもしれません」 「それらの対策を何か考えた?僕は君にホールの権限を譲渡していると前に話していたね、それは何も、現状を維持するということではないんだ。必要なら変化…

蒸発米を諦めて3-8

「ただ食べないだけではいけないのですよ、最低ラインが白米。週に二度の献立の白米によってその時だけ、うちの子はクラスメイトと共通を許される、仲間には入れる」 「いずれ給食の白米も献立から姿を消すと推測されます」淡々と店長が断崖へ女性を追い詰め…

蒸発米を諦めて3-7

「お弁当が一人だけご飯なのはうちの子だけ、他の子にもアレルギーを持つ子はいます、それに応じた給食も学校側は作ってくれる。けれど、主食の白米の価格高騰が影響してパン食が今学期から始まって、息子にはいずれ持たせるお弁当を、私は、私は作れなくな…

蒸発米を諦めて3-6

皿を拭く館山の表情は、曇りから一向に晴れに転じない。 「不満があるならきくよ」 「五キロのお米は大きいです」 「だろうね」 「緊急事態ですよ!」 「リルカさん、危ないですよう。お皿割らないでくださいね。お皿代、給料から引かれたくありません」 「…

蒸発米を諦めて3-5

「汎用性はあるのかな?誰でも食べられるのは土曜日のコンセプトだと前に一度話したことがあったね。月曜から金曜は働くお客ためだけれど、土曜はそれらに混じり家族連れ、特殊な客層に取って代わる。おいしさはたしかに二番目が最適だろう、僕も同感だ。し…

蒸発米を諦めて3-4

「あああー、また二人で怪しい、蜜月をかわしてる」 「めずらしく、早いじゃない」館山が小川に応えた。 「だって今日は忙しくなりそうだから、早めに店を開ける場合も考えて、私だってちょっとは店のためを思っているんです」 「朝からよくしゃべる」 「リ…

蒸発米を諦めて3-3

「鶏を入れていないカレーは味見をした?」 「はい、あまりというか、こっちに比べると深みに欠けるように思います」 「意見ははっきりというべきだ」店長は指摘。「曖昧さと遠慮はまた別物だから」 「はい」 店長は鶏肉を入れないカレーを少量、小ぶりな並…

蒸発米を諦めて3-2

「可能性はあるんじゃないかな」店長は、サロンから目線をはずす。「自分の味覚に自信がないみたいだ」 「それはそうですよ。まだ、だってランチのメーンも任されていません。間違って覚えた味かもしれない。店長はその、覚え初めの頃は怖くなかったですか、…

蒸発米を諦めて3-1

土曜日、雨天。昨夜の雲の流れは空模様の移り変わりの示唆だったと、振り返る。店長は、時間を同じく出勤。一月の四日。今日と明日でほとんどの勤め人、主にこの界隈で働くサービス業以外の人物は年始の休暇を終えることだろう。しかし、地下鉄は通常の混雑…

蒸発米を諦めて2-4

あの母親の選択を想起。 絞り込まれた選択肢は絶対量が少ないはず、価格の上昇はもともとのサイズを圧迫する胸中。 しかし、純度は高いか。何物にも変えがたい。だが、押し付けには気を配らなければ。 対象者が恩恵を受けるのであり、主体は母親にはなりえな…

蒸発米を諦めて2-3

「三分の一だけ。残りは明日にゆっくり火を入れて、ルーに絡める」 「あの、お母さん。困ってましたね?」小川は几帳面にサロンを折りたたむ。 「食べられないのなら仕方ない」国見はうつむいて言った。「他の選択肢が普通だと思えなくては、生きるのは困難…

蒸発米を諦めて2-2

「それほどお米は重要だろうか」店長が問いかける。背を向けていた館山も顔を向けた。三人が見つめる。「一人暮らしでお米が食べたいと喉をかきむしるほどの欲求にさいなまれたことはあるだろうか。お米は食べられる、数ヶ月前よりも高額な料金を支払えば。…

蒸発米を諦めて2-1

ディナーが盛況だったのは、営業時間の一時間前までで、終盤は明日以降を自宅で過ごすために、お客の足はぱたりと止んだ。客の出入りに応じて最後のお客が腰を上げた時点に終営を決めた。そのため、通常よりも三十分早く、店内の掃除、食器の洗浄、水分のふ…

蒸発米を諦めて1-9

「手が止まっているよ、あと十分ほど炒めて」たまねぎは小川の持つフライパンで真っ黒く焦げたように、しかし匂いは甘く、仄かに香ばしい。 店長はとり腿肉を冷蔵庫からバットごと取り出す。納得のいかない表情で小川が視線を送ってくる。 「あの人が他人に…

蒸発米を諦めて1-8

偏った健康、特に父親の、荒れた食習慣の期間に生まれた子供はアレルギーの発症が高いと聞いたことがある。形質的な遺伝とは異なり、一代前の生活習慣が生み出した体質が受け継がれたのだろう。この店では、食べられない食品を取り除いてくれ、そういった要…

蒸発米を諦めて1-7

女性がふっと、息を吸い込んだ。「お願いします!」店内が彼女の声で覆われた。同時にまた頭が勢い良く下げられる。「息子のためにどうかお米を譲ってください。食物アレルギーで食べられるものが限られています。このままじゃあ、お米を食べさせられません…

蒸発米を諦めて1-6

「だったら、対策を講じるべきだ」彼女は半ばがっかりした様子、求めた反応と違ったのだろう。あくまで彼女は店の従業員、不必要な寄り添いを避けるべきが肝要。火のないところに煙は立たないし、釜に入れないピザは焼きあがらない。 「そうですね、防犯ブザ…

蒸発米を諦めて1-5

「店長、今日もランチは売り切れでしたね」水分をふき取った皿をカウンターに戻して、国見は話しかけた。彼女の腕が店長の視界に入る。間が空く、彼女は続けた「……そのう、お米のことなんですが」 ホール側の国見と対面、彼女の言いづらそうな表情で内面を悟…

蒸発米を諦めて1-4

「二人とも手を止めないで」ホールを取り仕切る国見がトレーに大量の食器をかき集め、洗い場に運び込み、雑談を注意した。店長はテーブル席の上部、秒針が滑るように動くスイープタイプの壁時計を見る。 「館山さん、休憩だよ」店長は流れるような手さばきで…

蒸発米を諦めて1-3

ランチは限定数に達し、ホール係の国見蘭が外で食事を待つお客にランチ終了の文言を伝えた。食べられないことを予測していなかったのだろうか、お客の中には執拗に食事の提供を訴える者もいた。 捨て台詞。 前もって、最悪の事態を予期していれば、陥った出…

蒸発米を諦めて1-2

店長は、ここ数週間の流れをまとめる。 わずかばかりの日本米は日本に残されたが、輸出需要が増したため、価格の上昇が国内で発生。これまでの二倍の価格に変動する事態に消費者は怒り、訴えた。年末のせわしない時節にもかかわらず起きていた騒ぎの正体がこ…

蒸発米を諦めて1-1

一月三日。 ランチの準備に追われる。時間は必要な時ほど足りなく、不必要な時ほど有り余っている、これが定説。今日は前者に当てはまる忙しさ。 開店と同時に絶えないお客は店外で順番待ち、良好な天候が恵み、日の光を浴びて寒さを耐え凌ぐ。自分には想像…

プロローグ1-3

米とは対照的にパン食は良好。成長が著しい。業界ではトップの伸び率だろう。もともと、ご飯をあまり食さない世代はパンに流れ、保存の効く甘味や味のついたパン食がさらに活気を帯びた。以前にお世話になった、ブーランルージュというパン屋も連日、店の外…

プロローグ1-2

「米」が消えたのである。 海外と参画交渉の末に米の輸出入の自由化に関する関税の撤廃が認められ、海外から安価で良質な米が市場に出回るようになった。当初、日本は海外の米に日本の品質が劣るはずがない、負けるはずがない、覇気に満ちた意気込みで対抗心…