2019-03-01から1ヶ月間の記事一覧
「今日のプレゼンもどこかで見かけたような商品でしょう……、売り上げの期待は見込める。しかし、ヒット商品とはまったくといっていいほどかけ離れたもの。大嶋さんが責任者ですから、わかっているでしょう」 「だから、次回はやめにしようと言っている」 「…
「商品は誰が買うんだ?」 「男性です」副室長は呟く。 「君は買うかね?」 「……」無言、日本語を忘れてしまった、あるいは適当な言葉が見当たらない副室長である。 大嶋は付け加えた。「もちろんデータは信用に値する、その通りに倣った商品が売れることも…
「弁当はやめましたか?」四十代の副室長は年齢にそぐわない豊かで艶のある頭髪は多くの中年にひがみの対象であった。大嶋もかつて何度か心の中で悪態を付いた過去があるが、現在は有能で若々しい部下という認識で考察をストップさせていた。考えなければ足…
慌ただしい出勤に、大嶋八郎は昼食の弁当を家に忘れてきた。貴重な小遣いに手をつけるのか、とショックで丸みを帯びた姿勢が食堂へ向かう廊下、窓にうっすらと自分の姿が映った。コンビ二での我が社のシェア獲得をコンセプトに掲げた今回のプレゼンは高評価…
タイミングよく、高齢の女性が籠をレジに置いた。私が対応する。袋に店長と林道が手際よく、皿を紙で包み、店長が開いた袋の口にビンの地ビールを先に入れて、最後に割れ物の皿を一番上に置いた。 「ありがとうございます」私に続いて店長、林道が声を出した…
「疲れたでしょう、働きづめだもんね。いいんだ、みんなも了解している」 「そういうことではなくて、疲れてはいますが、この時間から切り上げても一日の休みと数えられるのかと聞いているのです」多少口調が強くなったように思う。店内のお客はレジから離れ…
「仕事ですから、仕方ありませんよ」 「あの、林道さんの今週の休みはもう終わっていてね、……その言いにくいんだけど、来週まで紀藤さんに休んでもらうわけにはいかなくて。申し訳ない」エプロン姿の店長は短くなった夏使用の頭を下げた。彼の奥さんは美容師…
本来なら今日は休みだったのに、朝早く電話で起こされたのは憂鬱以外の何者でもなかった。胸の内を写したかのうような空の曇り。風が冷たいのは救いかもしれない。私は同僚の代わりに休日を返上。休みを私にお願いした彼女は確か、昨日休んでいたはずだ。と…
「わかった」ここでは明らかな溜息を熊田はつく。「相田には他殺の線、とりわけ股代修斗の犯行を最有力候補として調べてもらう。あと、鈴木と常に行動を共にすること。単独の捜査は認めない」 凝り固まる表情筋の一部、頬が軽く痙攣を起こして、相田はかろう…
「股代です!」「思い込みが多分に含んだ結論には許可を出せない。私を説得するなら、彼女、紀藤香澄がなぜ自殺ではなく他殺なのか、それと彼女を股代修斗が殺害したという明確な解説をここで今私に施してくれ」「鈴木がいます」「こいつが、いると言えない…
「熊田さんはいつも思いつきで動かれているように私からは見えます。理路整然と説明がされないままで、捜査に出る事だってあったはずです。いいえ、あなたは多くを語らない。内にしまう推論に私が行き着いた考えも示されている」「ああ。けれど、誰にも私は…
「ハァ、なかなかどうしてこればっかりは」相田は膨らんだ腹部をさする。「体重を減らせばおのずと表面積も減る、汗の量も減少する」「今日は厳しいですね」「そうか?事件だから気を引き締めているのかもな」「被害者の自宅の様子を聞きましたけど、なんだ…
捜査の権限が末端の署員である熊田たちの課へ譲渡される要因は、事件の異質さや複雑さ、現在抱える事件で手が回らないなどが考え付く。がしかし、とりわけ今回の事件の異質さはあまりというかほとんど感じられなく、無味無臭に近く、熊田たちにはまずもって…
「ベンチはここが本来の位置でしょうか?」「固定式のベンチだ。ボルトが地面に刺さっている」熊田の鼻から煙、流れて霧散。「ベンチが移動したって言いたいのか?」鈴木が言う。「以前から置かれていたのか、と思ったのです」「つまり、前は無かったと?」 …
「感触は?」眠そうな種田に初見の感想をきいた。「嘘はついていないでしょう。罵声と怒号よるカモフラージュにしては演技が下手すぎます。正直な感想と稚拙な行動と捉えて問題ありません」証拠品の文庫本は種田の手袋をはめた手の中に納まる。重なって山田…
「港に着いた時間は?」「さあ」山田は幅広の方を竦める。「正確でなくても構いません。大体で聞いています」「六時前だったと思う」「あなたはここで誰かに会いました?」「いいや、一人だ。誰にもあっていないし、誰にも見られていない」山田はそこで引っ…
種田は首を振り、きいた。「死体を放置してまで海に出る用事があったのでしょうか」「怖い顔しなくても、やっと取れた休みですよ。遊ばない手はない。刑事さんだって、休日に邪魔をされた怒りませんか?」「いいえ、休日にあえて行うことは私にはありません…
「ああ」熊田のそっけないリアクションに種田は言う。「ファストフードは口に合いませんか?」「いいえ、久しぶりに食べるなあと思っただけだ」「おま、種田はよく食べるのか?」お前といいかけてやめた。何度かこのフレーズによって手痛い指摘を受けていた…
「種田の言い分を信じて待っていますけど、一向に帰ってくる気配はありませんね。お腹すいた」鈴木はスーツの汚れを省みずに足を投げ出す。ちょうど熊田の頭上、高台、野次馬がベンチを覗いた場所で鈴木は額に手をかざし海面に目を配っていた。熊田たちは紀…
本を読みながら食事を続けた。行儀が悪いと叱った父親を思い出す。新聞を読みながら朝食を食べる姿に私は指摘しなかった。罪悪感か……。紀藤香澄は天井を眺め、目を細めた。 最後の一口、餃子を平らげる。味噌汁を飲んで、漬物でしめて、また本を読み出そうと…
私がほとんど真実を言っているのにずるいわ。これが現実で社会で縮図。嘘つきなんだ。今頃知ったの?うん。そう、大変だったね。うん。疲れた?ううん、大丈夫。あなたらしくね。私らしく?そう、問いかけて私に。それって私でしょう?ああ、そうか正解。な…
過剰反応 1 紀藤香澄は休日の午前、車を走らせる。今日は餃子を食べにいく予定だ。今日、狙うのも人気店だから、朝食を抜いてさらに早起きしてまでおいしい物を食べたいと思う。前は、一人行動も恥ずかしくて外食は敬遠していた。でも、もう構わないでいら…
「知らない人と話すのが不得意なタイプの方でしたか?」「少し内気な性格ではありましたけど、お客様とも普通に会話していましたし、仕事上でのやり取りでも無難にこなしていたと思います」「紀藤さんは本をよく読まれる方でしたか?」「本ですか?」股代は…
お題「手帳」 相田は座るよう股代に促され、腰を下ろすと訪問の目的を切り出した。「0署の相田です。突然ですが、紀藤香澄さんはこちらで勤務されていましたか?」「ええ、彼女は死んだって聞きましたが」新聞あるいはテレビか、いいや最近ではネットの情報…
ガレージのような店舗の入り口。真っ白の外観は地中海の都市を思わせる。相田はアルファベットの店名をしばらく眺め洒落た店内に入るのをためらった。彼は流行りモノに疎く、こういった最先端の商品を扱う店を苦手とするのだ。鈴木ならば平気で店員に声を掛…
店を出て右に曲がった。こちらはビーチへと向かう路。交通量の少ない十字路を信号機が監視員のように目を光らせていた。飲食店、敷地の半分以上が駐車場として利用されている。横断歩道を渡り木材を切断する音が建物からもれ聞こえる。その先は緩やかに右に…
今日だけ散歩の決まりを三つ設けた。一つは三十分で引き返す。二つ、曲がり角は左に曲がる。(昨日が右なら今日は左)三つ、路地を見つけたら入る。この掟に従って今日も休憩を楽しむ美弥都である。子連れの親子とすれ違う。 私にも子供がいた。今はもうどこ…
店長の休憩前に日井田美弥都は早めの昼食を兼ねた休憩に入った。小窓を横切る雨は傘の用意を外に出るまで促していたが、ドアを開ければ雨は上がっていた。美弥都は被ったパーカーのフードを外すと、駐車場を一瞥して散歩に出た。エプロンのポケットから煙草…
……」反論できずに鈴木は黙り込んだ。彼の素直な性格は言葉と行動がほぼ同一の意味を持つだろう。それに比べ、種田は表情の変化が乏しい。行動も緩慢で無意識に制限を課しているようにも見える、と熊田はハンドルを握りながら感じていた。 会話は中断し、それ…
「だそうだ」 「じゃあ、別の場所とか。高台は二、三百メートルほど続いていますよね、そのどこかで落とされてあのベンチに運ばれてきたんです」 「お前は他殺と考えているんだな」 「どうでしょうか。決め付けるのは良くありませんね」 「はっきりしないと…