コンテナガレージ

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店長はアイス 恐怖の源5-1

 店長の休憩前に日井田美弥都は早めの昼食を兼ねた休憩に入った。小窓を横切る雨は傘の用意を外に出るまで促していたが、ドアを開ければ雨は上がっていた。美弥都は被ったパーカーのフードを外すと、駐車場を一瞥して散歩に出た。エプロンのポケットから煙草、それに一緒に忘れ物の文庫本を取り出していた。お客が取りに来る可能性を信じて本はレジの脇に置いてきた。おそらくは、本はあのままだろう、と美弥都は確信を抱いていた。喫茶店の忘れ物の八割は持ち主が現れず、店のオブジェに役割を変更する。中には取りに来るお客もいるが、その大半は忘れた当日か翌日に店に電話か直接姿を見せる。今日がリミット。夕方まで勝負だろう。歩きながら、先週のある出会いを美弥都は思い返した。平日、私一人の店番の時にカウンターのお客に店の経営を突然任された。四十代の男でラフな格好、半袖の淡い水色のシャツに、短パン。無精ひげ、色白。その男はどうやら複数の飲食店を経営する人物らしい。名刺を渡された。言葉は簡素だった。饒舌でない分の信用度は高いとは思う。特別な味を提供する高価格帯のコーヒースタンドをやってみないか、つまり私に店を一軒任せると彼は言うのだ。私の仕事振りをじっと見つめていたのは気配でひしひしと感じていたが、私よりも手技を観察するまなざしだったのは驚きだ。見られる事を放棄した私にとっては意外な観察眼であったのがこうして思い出す理由の一つだろうか。美弥都は橋を越えて川に目をやり、思う。男は大まかな店のコンセプトだけを告げ、カウンターに置いた名刺に、「興味があれば電話を」と言い残した。美弥都は独立を視野に入れた仕事に取り組んではいない。仕事は好きでも嫌いでもなく、生活のためである。家から近く通勤に支障がない程度の距離でそれでいて、仕事において関わる人数が少ないことでこの仕事を選んだ。三十代の彼女には結婚という目的が自分以外の周辺でざわざわと騒ぎ始めていた。家族との付き合いは皆無だ。一人身である。店長や常連客は私の行く先を案じ、決められたセリフを口にするように最近ではそれとなく結婚や出産の話題が豊富に叫ばれる。生まない、という心理は自分たちのおせっかいや常識に反しているからで、つまりは安心したいのは自分なのだと彼らは気づかない。心を閉ざしているのではない。むしろ、わかりすぎるからこうして困っているのだ。いいや、困ってはいないか。