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ただただ呆然、つぎつぎ唖然 4

「私は二つ質問をします」立ち上がる、メイドのダンスがぱったりとやむ、急に降り止んだ雨みたい。くすっと笑って見せる。余裕を見えたつもり、あおられたお返し。「一つ目、『私には真実に従って回答をします』という方は手を上げてください」
 ばらばらあがる手の持ち主たちを数える。隙間、彼女はメイドを観た。全員の挙手が確認できるかどうか、目配せで質問したのだ。無言による質問の是非は問われてはいない。特別ですよ、片方の眉が上がった。器用な人だ。
「私の観測と想像によれば、全員のが手を挙がっているでしょう。前の八十一人で同様の質問が寄せられた際に双眼鏡で野鳥の会よろしく、カウントしました。信じてもらって結構ですわよ」
「それでは、次に。手をそのままに嘘をついた人は前の質問に倣って、手を下ろしてください。残った片手の持ち主が、私に紅茶を差し出した執事の方です」
 執事たちが破けた。ばりばりというよりもびりびりが効果音に適してる。一瞬のことだったので、想像へ引き上げるのには、苦労した。割と近くに潜んでいた後ろ手に組む執事は、どこか置物みたいだった。本人にそういったら怒られるな、知り合いでもないんだ。執事は近しい人に似ているかもしれない。
「ひとつ、お尋ねしてもよろしいですかな、ミツキ殿?」真摯な口調、しわがれた声はどこへ行ったんだろうか。私は両肘を羊の耳みたいにぐるっと内に巻く、ワインレッドの一脚に座っていたのに、現実ってせっかち。
「どうぞ」何なりと、は控える。口をつきそうなところで止めた。
「表で三兄弟にいわれました、困ったときには頼るようにと。それから恋愛要綱七箇条の厳守も言い渡された。なぜ、そのどちらも利用に踏み切らなかったので?最初の質問を質問で失ったことも理解しかねます」
「質問は三つでしょう?」
「これはこれは、ですきた真似を」
「わざとらしく訂正しても遅いわよ、確信犯」と、メイドの橘あやめがわかりやすく怒りを表現、そっぽを向いた。
「兜……」
「兜ぉ?」橘がすぐさま声を発する。
「偶然にチャンスが転がり込んで、すかさずにそれをいやみったらしくなりふりかまわずに掴み取った?でしょう、色黒のあなた」
 声が増えた。落ち着く間は与えられないらしい。右側に音源がまっすぐに私に向けて放たれた。
 水色、声に色がついていた。ひとつにまとめた髪、後頭部の高い位置に揺れる、その由来に即して。男性とも女性とも受け取れる端正な顔立ち、引き締まったからだ、しかしそれでいて女性的なふくらみはたっぷり、白黒のワンピースの下から主張を惜しまない。けれど、見せ付けるような圧力は感じなかった。どちらかというと、メイドの女性のほうが、自己主張は強い。
「もういいわ、二人とも行って」
「それでは、失礼いたします」
「お嬢様、差し出がましいようで……」
「出て行け、私は言いました。絵本を読み聞かせているのではないのよ、子供は一行で理解するわ」
 まぶたの痙攣、強くつぶった片目が言葉を飲み込んだ。丸呑みして体内で暴れてるみたいだ。執事はさっさと言われたように引き下がる、どこへ戻るのだろう。

ただただ呆然、つぎつぎ唖然 4

「制限時間の五分に質問の回答時間は含まれるのかどうか、これは質問です」彼女はきいた。
「一回使用した、とカウントしますが。よろしくて?」メイドが聞き返す。キクラ・ミツキは無言で頷く。「含みます」
 不思議だ、気持ちが落ち着いてる、煽りが余白に思えた。晒した素顔を目当てにメイドの女性の動きに鈍さが増す。見つけた、捉えた私の本心目掛けた蛇のような捕獲の眼差し。物理的に制限時間内に執事を見つけ出せることは万に一つの偶然、それに質問を設けたことがどうも引っかかる。私の足元を見てくれたおかげで、考える余裕は生まれても、うーん、限られた二つの質問。ゲーム。そう、思いつく回転の速さがあの人に近づく用件だろうか、彼女は疑問にぶつかった。カチカチ、メイドの女性は蟹股で秒針のリズムをきっちり刻む。質問に全員が真実に基づいて答えてくれるのかもはっきりと明示されないし……、わからないことだらけだ。
 もう四分を切った、不正確な私のカウントだ。ただし、気持ち早めに刻むから心配は無用。一つ一つ、問題を片付ける。次はっと、彼女は質問内容と回答時間の両者に正解を見出したい。しかも、執事一人に絞り込んで、ふう、だめだまったく頭が働かない。こんなときだから、腰を痛めないように軽快で陽気に手拍子を求めるメイドのスカートが悲しそうに舞った。
 私自身、人との会話も数えるほど、片手で収まる。もちろん、兜をはずしたときのこと。兜、かぶと、カブト……確信と確証の煙が漂ってるぞ、彼女は左手のカウント、十の位を折り曲げる右手を切り離す。一極集中に切り替えるんだ。おぼろげなかぶとのキーワードを引き寄せ、つかみ、歯を立てて噛み砕き、むしゃむしゃ。味わって、目をぐるりと回す。
 解像度の低い映像が流れ始めた。昔の磁気テープの映像みたい。この部屋に入ってきた私、四方をさまよう視線で酔いが回りそう、縦横の平衡感覚を再生機にも搭載したらいいのに。執事だ、彼が迫る、いや私が近づいたんだった。画面の右上に時刻が表示されてる、午後一時三十一分0二秒、朝食とセットの昼ごはんを食べ忘れてる、そろそろエネルギーが切れる時間帯。はあ、この愚鈍な私の半分は燃料の不足が原因である、聞かれた公言しよう。おいコラ、しっかりしろ、あの人が最優先でしょうに。叱咤激励、お尻を叩いて彼女は映像を見入る。時計は刻々、秒針はカチカチ、胃袋はぐうぐう。
 恋愛要綱第七箇条……、あれを守る境遇は既にくぐり抜けた?いいや、だって破ったのなら即刻退出を命じられるだろうし。要するにだ、彼女は探る。質問の数、戒律、三兄弟に共通する落とし所のようなポイントがある、あるだろう、あれよ、あるさ、あれあれ。
 だいたい二分を切った。もう時間はない。質問、質問って戒律と兄弟に関して、それとなんだっけ、思い出せ、ついさっきまで丁寧に抱えていた、ああ、あれだ兜、カブト、かぶと……。

ただただ呆然、つぎつぎ唖然 3

「まだ?」女性が言う。すっかり私のことは忘れているらしい。
「はい」
「手はつけたの?」
「はい」
「予想は?」
「五分五分」女性が口笛を吹く。冷やかしや感情の高まりを表してるのか、こそこそ話すなんて趣味が悪いって話している当人たちは無自覚なんだろう。私は気がついている、ついてしまうというのが正しい。偉そうに聞こえたのなら、誤解も誤解。面倒なことこの上ないんだから。
 メイドの女性の流し目が飛び込む、多少背筋に緊張が走った。不可解な者に対する動物の防衛本能が私にもまだ退化せずに備わって発動したんだ、自分の体でも知らないことはたんと残る。驚きのためにもしかすると残してあるんだろうか。
 視線をぶった切る。目を合わせ続けることは偉くもなんともない。相手を威嚇してなんになるというのだ、私だったら尻尾を巻いてそそくさ逃げ道を探す。後ろ指を差されるだろう、しかし命のほうがもっと惜しい。かつての動物たちの行動に習ったのさ、けど、もう喧嘩をしてる人は消えてしまったな、と彼女はしみじみ干渉に浸りそうになった。
 気を確かに。言い聞かせる。目的を思い出せ。
 落ち着くために紅茶を啜る。紅茶は適温、すばやく口をつけるように。最後の一口を傾けて、思った。これ以上の放置はぬるさが味を凌駕しかねない寸前のラインだった、といえる。
 ふう、ひとつ息をつく。すると間髪いれずに女性のメイド、メイドはすべて女性であるから、女性と形容するのが正しい言い方だろう、その高齢の女性がどこから取り出したのか体育の授業でしかお目にかからない、使用前後の保管場所が気になった、紐のついた笛を劈くように吹いた。 
 目を閉じてしまった、失敗、大失敗だった。ミツキのまぶたが再び開いたそのときに、わらわら、ぞろぞろとテーブルの周囲は執事たちの壁が出来上がっていたのだ。
 執事の立っていた位置を確かめる。が、彼の姿は移動した後で、大勢の執事たちにまぎれてしまったようだ。
「只今を通過儀礼、恒例の質問ターイムに参りたいと存じます。美貌と知能にすぐれたわたくし橘あやめが司会進行役をおおせつかります、拍手ー!」
 一斉に拍手が広がる。不安定な音の跳ね返りだ、球体の天井は気持ち悪く早く遅れて音が届く。めまいがする。
「質問数は三回まで。そのうち、一語でも喋りだしたら、始まりとみなしますので、事前のせまっくるしくスズメほど脳みそをフルに回転させて考えておくように。これから一切の発言は質問にカウントされる。私への問いかけも、質問ということでよろしくどうぞ。さあ、盛り上がってまいりましたあ、本日二度目のイベント。彼女は果たして、倉田正二郎たち、総勢二百人から接触した本物を見つけ出せるのでしょうか。なお、制限時間は五分と決まっておりまして、既に時計の針は動いてるものと捉えてくださいませ、はい。なんともうら若き少女が、お坊ちゃまに会おうとそれはそれは純真無垢で一途な想いをこれでもかとしたたかさを隠しつつ、なんともはや人目会ってっ直接に伝えたいとは、ずいぶん前の時代、私にとっては四半世紀以上も前のもう歴史といえる遡った一時期ですわ。渋い、苦い表情、柔和には遠く及ばない、眉間皺は今のうちからその癖をやめてしまいなさい、年長者からの忠告ですよ、ほほほ。おう!?行くか、踏み出すか、三回中一回を使うのですよ?親切心です、あれ?今キクラ・ミツキ産を擁護した方は執事の倉田正二郎さんでは?ああっつ、残念。数々の正二郎さんたちよって、雑踏にまぎれてしまった、本人らしき人物のヒントー。いいのか、いうのか、何々?一度に、三つの質問を?どうぞどうぞ、ただし前の質問に対する質問の成否は答えられませんことをご了承の上で、よろしいですか。それでは、さあ、椅子の上に立って、何たる礼儀の正しさ、靴を抜いているではありませんかあああ。初めてであります、親御さんの教育の賜物か、本人の特性か、はたまた神のご加護か……。よろしいですかな、最初の質問を聞きましょう。どうぞ」

ただただ呆然、つぎつぎ唖然 3

「温度は適温に下げております、すぐ召し上がられるのがよろしいかと存じます」執事がすっと、離れる。
「いただきます」詮索がありありと顔に出ていたと思う、兜をはずすとこうもりアクションがダイレクトに伝わるのか、しかし私が望んでいたことではないのか、ミツキはぐるぐる回った思惑をがしがし噛み砕く。ああ、なるほどね。ほっ、と息を吐いて、彼女は思い至る。素顔は、考えている姿をも他人に読まれる場面があるんだ。
「さて、わたくしはこの家に仕える倉田正二郎と申します。はばかりながら執事である私が自己紹介をするなど度、前代未聞にして暇を出されても反論の機会を与えられないほど無礼ででしゃばりな、発言で、気分を害され手も仕方ありません。ですが、少しばかり、お客様が登場した際にはこうしてわたしくの正体を打ち明けることが何かと必要となりますので、ご了承願います。本日お越しくださった、キクラ・ミツキ様は六十二番目のご来場です。あなた様の前に六十一名をお迎えしました。彼女たち彼らたちはしかし、お坊ちゃまに会うことを許されない境遇に陥りました、みなまでは言わないでおきましょうか、それが優しさというものですからね。なお、今すぐに席を立たれても、背後のドアは施錠されておりますゆえ、無益な行動には走らないことを願うまで。もちろん、わたくしの発言に信憑性が感じられないのは、大いにわたしくも賛同しております。ただし、聞き手に判断を委ねる注意は得てして、やんわり事実の一端を見せていることだと、長年の経験が物語る。当然の指摘ですが、わたくしの経験はあなた様には見えません」
 とつとつ、リズミカルに釘を打つかと思えば、のこぎりで連続した音質を奏でもする。不思議な喋り方、難しい言い回しを多用もせず、かつ丁寧であり、やわらかい、指摘も含んでいた。ミツキの深層はずずず、執事に飲み込まれる。目的を忘れたわけではない、覚えているさ、あの人の姿を右手がしっかり手がしびを諸共しない気力で掴み続けてる。
 彼女は尋ねた。「おいしいお茶をありがとうございます。もう、私は行かなくては。申し訳ありません、長々とその無駄話に付き合う暇は今の私には存在しない。どうか、あの人の居場所を教えてください」
「どうか、お茶を召し上がって」真似に聞こえない繰り返し、仕組みが気になる。「その後にお話は受けたまわります」
 ミツキは上げかけた腰を下ろした。トーンがどうかの箇所で微妙に文節を切ったように聞こえた。心地よかった言い回しが台無し、わざと?執事はまたもとの直立に戻る。ゲーム、だと三兄弟が話していた。攻略法が存在する、ということか、それとも人生をゲームにたとえた、通常の意味だろうか、彼女はその場で動けなくなった。しょうがない、紅茶を啜る。川に溶け出したタンニンの色、紅茶を見てこれを思う人は私ぐらいかもしれない。
「うあああっ」
 カップを置いていて良かった、ミツキは足首を掴まれた。テーブルのクロスに隠れて人が中に潜んでいた?彼女は、そっと足を引き抜く、力を込めたのは一度きりで接触面はすぐに離れた。
 やれやれ、表情はそんな風に見えた。メイド姿の女性、年増の年季の入った家政婦のような人物がにょっきり姿を見せたんだ。驚きよりも、足首を掴まれたショックが引き続いて、新たな登場人物へ向かうはずの観測が追いつかない出る。つばを飲み込む。
 張り出したスカートを払って女性が言い放つ、引き上げた顎が特徴的だった。好意的な印象を私に持っていないことはかろうじて察しがつく。
「倉田があなたに加担していてるか、久しぶりに外で見ようかと思ったぞ。紫外線がぱったり降り止んでいるかもしれんしなあ」体格と風貌から導く音声のすべてを裏切った、野太い声。この人は後天的に獲得したような気がする。
 執事の倉田がそっけなく応える。「紫外線量にここ数年変動はありません」
「言葉のあやだろう」
「メイドが使ってよい言葉とは思えませんね」
 二人が重なり、執事の顔は良く見えなかった。