コンテナガレージ

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2018-10-01から1ヶ月間の記事一覧

鹿追う者は珈琲を見ず 5-3

美弥都はドアの機構を画像に記録するよう収めた。室内を後に二階の用意された部屋へ戻る。通路を鈴木と歩く。「気になる点があれば意見をなんなりとお申し付けくださって結構ですから……」弱腰、語尾を濁す鈴木が問いかける。エレベーターに乗り込み並び位置…

鹿追う者は珈琲を見ず 5-2

「日井田さん?」 聞こえている。鈴木へ軽く振り返り、頭上に向けた窮屈な首の角度を保つ、目線のみをやや平行に残す。「二階の客室は全室マジックミラーを採用してましてね、あと宿泊客の意思で以って仕切りの引き戸が回廊の手すりまで両サイドを締め切って…

鹿追う者は珈琲を見ず 5-1

炉淵、通路に面する外側は薄い石の板を貼り付ける。ドアが前にせり出しロックがかかる、設計者は徹底した自己完結型の完璧主義者、凹凸恐怖症、はたまた平面依存の類か。板張りの『ひかりいろり』の中央に立ち、股の下に囲炉裏を頭上に光の筒を、美弥都は間…

鹿追う者は珈琲を見ず 4

八月五日 お客様とばったり公園で出くわした、手にはアイスクリームを私のそれと色違いのぐるぐる茶色の一本線が渦を巻く。宿泊名簿の二番目以降の空欄を埋める連れのお客様、名前は思い出せないな、けれど顔は覚えてる。相手が声を掛けたので当然のことなが…

鹿追う者は珈琲を見ず 3

「兎洞さんはなぜ死体に呼びかけたのでしょう」問いかけはしばらく宙を漂う。彼女が独り言を呟いたように感じた、だから応えてはならない、寝言のようにどこか別の世界を生きる人へ呼びかけはいけません、僕の内部がそっと肩に触れて抑制、動くなと命じた。…

鹿追う者は珈琲を見ず 3

解き明かしては身の危険が迫る、彼女は僕に忠告してくれたのかもしれない。 喫茶店内の照明が消えた。美弥都は階段を上る、フットライトが階段の側面に青白く光った。水族館、いつか訪れた夜の水族館と記憶が交じり合う。自室に帰るかと思った美弥都は例の部…

鹿追う者は珈琲を見ず 3

「もしかして、日井田さん。このこと知ってました?」あまりの理解力に少々彼は疑いを強めた。しかし、彼女が何者であるか、改めて次の発言を受けて鈴木は肝に銘じる、推測という思考過程は彼女にこそふさわしいのだと。 「不可能ではありません、人材もその…

鹿追う者は珈琲を見ず 3

「取っておきの情報はまだありますって」手帳をめくる。「死体と共に『ひかりいろり』で目撃された係員の遠矢来緋、彼女は旧土人の末裔だそうです。借家の大家が言うには、賃料は彼女から貰わない約束で代々彼女の家系が北海道で住まいを探していたのならば…

鹿追う者は珈琲を見ず 3

「一年間マスコミへの公表を警察はですよ、避けた。考えられるのは権力を握る警察権力のトップに居座るお偉方の家族、親類が発覚を恐れて手を回し隠蔽を図った。冷却期間に一年も口止めをさせる、かなり上の人間です」鈴木は取り出した警察手帳をカウンター…

鹿追う者は珈琲を見ず 2

八月五日 山に分け入った、私。そとは明るく、なかは暗い。ロッカーに置いたままの予備のリュックといつもの肩掛け鞄を交換、話を訊かれた建物と家は概算で五十キロの距離、不確か、知らなくて良いこともある、ほとんどがそうだろう。幸いに、道は一本だけ。…

鹿追う者は珈琲を見ず 1

手帳も書かれた内容も殺された、死んだ人物の人となりと取り合わずに私は生きていかれた、許されてしまっていた。何事も他人の生命を嘆いて、けれど「一人ぐらいであれば」。神という存在が尊さと自らを戒め、命について改めて向き合う時間をもしかすると人…

鹿追う者は珈琲を見ず 1

半開きだった『ひかりいろり』のドアをシステムの故障とは断定しがたい、エラーが検出されなかった、異常を知らせるアラームは正常に鳴り係員に伝え呼び寄せた。機械は正常。嘘、偽りの細工や痕跡は残るのが一般的、消し去るにはシステムを組む段階に関わっ…

鹿追う者は珈琲を見ず 1

作りかけのコーヒーは後で取りに来るとのこと、味が落ちてもアイスだから問題はないでしょう、最上段に残した顔が言っていた。 一人減ったカウンター。 二年前『ひかりやかた』に起こる事件あるいは事故と呼ぶ出来事の詳細を当時のありのまま脚色ほんの一さ…

鹿追う者は珈琲を見ず 1

「意思の疎通を図ってるつもりなんだけどなぁ」芝居がかった口調は本心、悪気はなく裏表は同一の形と色。小松原の海外生活が想像される。「あのときにも、そういやあ今とまったく同じことを言われたんだ。思い出した、思い出した」「あれを思い出したい?悪…

鹿追う者は珈琲を見ず 1

滞在二日目、八月三日土曜、宿泊客を迎え入れる決定事項が通告された。三組が訪れる。午後四時、チェックインを皮切りに人口密度が増し三名のお客がホテル館内の喫茶店に居場所を求めた。小松原俊彦、妻は収穫体験の農場へ遊びに出かけ気ままな孤独を堪能す…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 6 八月四日

人形だね。僕の意見を引きちぎる、デスクを挟んだ対面に座る警察は煽った、本性を出せ、真実を隠してる腹の内をさらけ出すのだ、お前は捕まる、良くて虚偽証言の立証に自費をつぎ込み空からになってしかもにいたずらに数年を棒に振って漸く無罪を勝ち取る、…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 6 八月四日

朝にこれを書いている。見張りと待機車両。窓を後ろ背に手放せなかった机に頬を摺り寄せる、布団の出し入れなどへっちゃら、ベッドで眠る心地よさと布団との違いが私にはいまいちわからなかったんだ。机はダイニングテーブルも兼用にしてしまう。1DKの間…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 6 八月四日

人と人成らざるモノの解釈を募りました。集計結果を待たず意見の歩み寄りや誤った解釈の訂正を諦めた私の振る舞いこそ、浅はかでしたの。代々伝わる教え、それで手一杯。ふさがる両手は卑しくも米袋を抱えておきたいのでしょうね、飽食とはいかにもいかにも…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 6

「食事の提供は如何に申し出を受けようとルームサービスの一切をはじめから断る姿勢を貫く、お分かりいただけたらお手数ですが、宿泊者名簿とこちらにもサインをご記入ください。トラブルの際にこちらの承諾書を提示させていただき、場合により退館を願い出…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 5

アイスコーヒーは上出来、店で飲む味より果物みたいな甘さがあとに残った、鈴木の感想。 チェックインの受付開始時刻が迫り慌てて階段を駆け上がって見せた足の裏、白いのは石のせい。 解け切らずグラスの曲面に熱を頂く対象を変えた、ごつごつ重なる氷は、 …

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 5

ちなみに係員は無実、証拠不十分で不起訴処分を受けた、と資料の続きを読む鈴木が言い添えた。 掘り返す。鬼や蛇を期待する何者かはせっつき、気が気でない者は穴へ蹴落とそうと機を窺う。 要するに毎年の冷やかしは本腰を入れた捜査を寄せ付けずに撒いた虫…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 5

「どれかひとつ豆を選んでください」話は聞いていた、美弥都は片目で物を言う。「まだ準備段階だと支配人さんが……、いえいえ、もうそれはいだけるものなら、はい。しかし、どれがどれ、といいますか、違いが僕にさっぱりでして」「どれも同じに見える、違い…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 5

「遡ること二年前の八月の三日、『ひかりやかた』の特別室『ひかりいろり』で男性の死体が見つかった」鈴木は資料を読み進めるリズムと言い回しを適用、美弥都の前に登場した訳を説明する。「死後、二三時間が経過した状態で見つかる。これが少々腑に落ちま…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 5

休憩を入れる、決めたら即実行。日井田美弥都はカウンター席に鈴木の着席を促した。お客の目線が平行に近い、すぐに慣れるだろう。 鈴木はグラスの水を飲み干す。汗が噴出してハンカチは表と裏共にびっしょり排出した老廃物を吸い込みつくす。良ければ、美弥…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 5

「程よい食事時など彼女にあってないようなもの」、という説明は抜きにただ一言、「満たされています」、とだけ山城には返した。 十時を過ぎていたか、飛行機の搭乗を機に一年前購入したアラビア数字の文字盤をほのか青白く照らす腕時計で時間を確かめる、見…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 5

時計は午後の八時を示す頃、食事の誘いを受けたが、あっさり断った。店長は荷物にこっそりハムサンドを忍ばせていたのである、どうせどこにも出歩かない私を見越したらしい。帰り際に鞄の重量や材質について尋ねた理由が今さっきハンカチを取り出すついでに…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 5

別段他の出場者、私に負けた方々を腐してるのではまったくなく、取り組む姿勢が異なるのだ、という美弥都の解釈である。何しろ、コーヒーに携わる者は得てして豆を取り巻く諸事項を把握し漸く一人前、提供する資格を有する浅はかな信念を持つ、といわれる業…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 5

使用器具の配置決めに数分、焙煎豆(豆は密閉容器内の豆のみ、ストックはなし)とストロー等消耗品の数量を専用端末にて改めて目視し確認を取るのに約三十分、支配人山城の差し入れにより已む無く一度中断を挟み(スポンジケーキを片手で豪快に頬張り摂取、彼は…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 4

号令を掛けてくれたら喜んで逃げたいほどだ、 なんだかそれは人だったから、 その形を残していたから、 皮膚組織はあってはならない状態でこれが視界に映し出されていること自体がもう、空間を捻じ曲げ、 いびつで、その所在のなさ、 不快感の塊が僕に湧き上…

熊熊熊掌~ゆうゆうゆうしょう 4

参道みたい、お客様が漏らした言葉が心境とぴたり重なる。回廊の手すりを手前その奥に林床植物が日の目を浴びる緑道、両側にそびえる白樺が白壁のように谷間に場違いな建物が現れたしまった、現実に装飾を施さないといけないのだ、覚えてしまうからね、なに…