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2018-11-01から1ヶ月間の記事一覧

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 5-1

あいつが来る、追いかけてくる、追いつかれた! 動けなく手足を縛られた。やめろ、やめてくれよ!聞こえていないらしい、仏頂面は黙々プログラムに従うみたいでどこか機械を髣髴とさせる。 半分、遮られる視界。まさか、そのまさかだ。ここをどこだと思うの…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 4

八月九日 狐は悪い、悪戯が好きであります。たいそう偏屈でして手におえず、その狐、仲間にも嫌われる。狐、茶色く、お腹の辺り、耳のうち側は白くて目は色々その時々やお昼までおりますと大層気取って見えます。夜は宝石、綺羅戯羅闇夜を飛び跳ねる。 ある…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 3-3

手を添え囲炉裏にはまる石に触れる。ぴったりと枠に収まる、盛り上がる、そう捉えられもする、けれど決して縁の高さを逸脱はしておらず弁えて平行に徹する。はいつくばって、顔をびたっと眼球があたるほど近づけてみた、成人男性の中で鑑識は当然としても、…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 3-2

天窓の開閉はこじ開けた形跡、外枠はたいそう綺麗な状態ですよ、屋根に上がった鑑識は大声を張り上げて情報を二階の回廊中に聞かせてしまった。耳の調子が少しおかしいのと、高所はかなり強風に煽られる、風の影響を非常に受け易いんだ。 鈴木は足を止めた。…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 3-1

一人体制で駆け回る捜査は気楽も気楽、調子を合わせるのは体調と空腹具合の二つが主な気にかける変化である。その反面訪問先が多いと次の段階へ移りたくても収集した情報に一旦検討の場を与えなくてはいけない、勿論推測を働かせて、たとえば上司の熊田さん…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 2-2

手早く洗顔、歯磨きを済ませて記録を僕は確かめてた。 時が止まった。目を疑う。息も止まっていたし、再開した呼吸で咽てもいた、痰が絡んだらしく、しばらくハンドルにすがって前かがみの体勢を続けた。それでも。瞳は画面を捉え続けた。理解し難かったし何…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣2-1

八月八日 二日間を思い出してみようとするが、一向に映像が浮かび上がってこない。手帳を開いても二ページは白紙、空白は空寒い。いつも業務日誌をつけてたのが癖になってる。ようやっと自分が見え始めた。まだ朝のそれも日が昇ったばかりの午前五時。昨日上…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 1-4

「二年前と今回、関連性を疑っていいのかそれとも偶然の域を出ない夏の休暇時期が揃っただけのことなのか、とはいえ宿泊者は僕と日井田さんを除くと状況は事件当日を再現したとも思える」鈴木は低い声で唸ったかと思うと世話しなく顔を上げた、パーツが広が…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 1-3

「そうでしょうか……。二週間に一度の散髪、その翌日は決まってか名前を聞かれるものですから、髪型を弄られているのかとも思うのですよ。割合はっきりものをいうタイプですしこちらとしても若気の至り、そういった時期はあってもまあ、今のうちだからと達観…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣 1-2

日誌を睨みつける鈴木はぼやく。「家入さんの筆跡はどうも他人が書いたと見えなくもなくって、かなり日によって文字の特徴を変えてますよね。これって意識的なのかな、ふーん……」「気分屋ですから、家入は」グラスを一口傾けた、山城はあきれて眉に傾斜を作…

兎死狐悲、亦は狐死兎泣  1-1

「日井田さん、押収品の手帳はお持ちですか?」鈴木は日誌を注視した前かがみの突っ伏しそうな姿勢のまま片手を伸ばす、上着は数分前降雨がもたらした湿度の上昇とほぼ水といえるコーヒーの摂取に吹き出す汗、それに暑さに耐え切れず、脱いでいた。袖のボタ…

鹿追う者は珈琲を見ず 11-3

「同年代の方に尋ねるのが一番かと思いまして、……この表現は標準なのでしょうか?」 分厚い日誌が天板をすべる。赤茶のカバーを開くよう言われた、鈴木は煙草を指に挟むと指定された日時を捲った。いわれてみると逸脱の極致不可解で質朴ともいえて、ただしそ…

鹿追う者は珈琲を見ず 11-2

水筒を安部から回収する美弥都がカウンターに流れるよう正面の立位置に収まった。湯気の立つ液体は薄茶色であった。 僕が選ばれた、そう捉えていいんだろうか。実際、後輩の種田でも相田さんでも代役は務まったはずで僕なんかよりも種田なら日井田さんの助け…

鹿追う者は珈琲を見ず 11-1

いかんいかん、こうして見入る間にまた事件をついつい忘れてしまう。僕個人の好意的喚起より重要視するべき鋭い角度から繰り出される、彼女の意見が何十倍、たかが数日の頭脳労働を凌駕、優に勝るんだから。 取っ掛かりを探す。途切れてしまった会話ほど再開…

鹿追う者は珈琲を見ず 10-4

「捜査協力に応じなかった、という意味ですか?」「お伝えするほどの意見にたどり着かなかった、との解釈です」彼女は視線を入り口に移す。鈴木が振り返える先には彫刻家の安部が音と気配を殺し、仏像のような面をひっさげてゆらりゆるり踏み外しそうな左右…

鹿追う者は珈琲を見ず 10-3

ひん剥いた両目、息を吹きかけられたみたいな瞳の乾き。けたたましい瞼をひらきとじる。落ち着きを取り戻した鈴木はいまや遅しと美弥都の返答を待ち構えていた、期待膨らむ左右に引いた唇がそれを表す。ページがめくられる、右隅に留めたホチキス針、大仰な…

鹿追う者は珈琲を見ず 10-2

「二年前のコピーです。僕、かなり錯綜してます。日井田さん、どうか僕を落ち着かせてください」黙々と書類から死体の情報を得る美弥都のこの態度は十分鈴木の話にも耳を傾けている。いちいち打つわずらしい相槌をしぐさから排除してしまった彼女、そっけな…

鹿追う者は珈琲を見ず 10-1

「封筒は拝見していただけたのでしょうか?」鈴木はカウンター席に着くなり率直に尋ねた、職務を前面に押し出したつもりである。 事情聴取はホテル内の宿泊者を含む全員をその対象に敢行された。天窓が逃走経路に使われたとする調査とその結果を踏まえた協議…

鹿追う者は珈琲を見ず 9-3

煙草を一本消費する。部屋は全室禁煙、ホテル内も同様にいわゆる羽を伸ばすリゾートとは一線を画した、いわばエコロジー寄りの宿泊施設だ。動物たちの生活圏内に生態管理を目的に作られた保護管理区域に寝泊りをするようなものか、ここだと森に断った滞在な…

鹿追う者は珈琲を見ず 9-2

腕輪型の端末を翳して開錠する仕組み、利用者がフロントに一度持ち帰って次の利用者に手渡す。鍵が特殊なのか、僕らが使用する携帯端末と形状は若干異なるが昨年発売された海外メーカー、オレンジマークが有名な製品とコンセプトはかぶるが、端末の通信機能…

鹿追う者は珈琲を見ず 9-1

美弥都へ解説をお願いに上がる資格をまず僕自身一挙にめまぐるしく流れ、駆け抜けたこの数時間をまとめあげて漸く話を持ちかける、第一のステップに足をかけられる。地下駐車場に停めた自家用車の運転席、見送る警察車両が走り去った。石が跳ね返す走行、エ…

鹿追う者は珈琲を見ず 8

八月六・七・八日 仕掛け罠、大きな落とし穴は協議の末断腸の思いで捜索を断念、捜索隊数十名(ほとんど地元の猟師)は山を下りた。皆の関心は私の三日前の所業が気に食わなかったらしく、あることないことを手当たりしだい私にぶつけました。ひどく惨めな想い…

鹿追う者は珈琲を見ず 7-5

たしかに似てはいる。「出会う同属、同種の数は人に比して低い確率であります」美弥都は淡々と応える、問いを拾う、これは気まぐれ。「適する対象はまったく姿形の異なる者を見続け不意に見覚えのある懐かしい者が現れた。匂いなどの感覚器を頼りにする、出…

鹿追う者は珈琲を見ず 7-4

「知ってます。叔母様、私この方のこと覚えてます。どこであったのかは覚えていません。でも、知ってはいます、はい、お顔は私一度見たら忘れません」 鈴木の脳裏には私が既婚を経験し子供を結婚生活に一人儲けたこと、現在は一人身の境遇であり、子の親権を…

鹿追う者は珈琲を見ず 7-3

少女はトイレに立った、飲み物を前にもよおしたらしい。館内の場所を美弥都に聞かずだ、フロントで位置を把握していたのだろう。二杯目を室田祥江が要求した。二段目の右端は手付かずの今日確認作業に最後に取り組むつもり、左から順にという規則を勝手に設…

鹿追う者は珈琲を見ず 7-2

彼女は。 彼女は無言を貫いた。威嚇、それとも無実の訴え。「調べるな、掘り返してはなりません、触れては触っては深手を負う」、その瞳は踏み込みを拒んでいた。コーヒー代が置かれていた。カップの陰に隠れた積みあがるコインが銀色の鈍い光を隠しては放つ…

鹿追う者は珈琲を見ず 7-1

滞在三日目。廊下の突き当たりに凝然と構える熊の像は時を巻き戻したのか、石の脂肪これでもかと纏う。新たに作るのだろう。事件前日、石の破砕をパフォーマンス仕立てにホテル側は一計を案じた。遠目、柵を設け芸術家の〝苦悩〟を見させる。石を砕く騒音を…

鹿追う者は珈琲を見ず 6

八月五日 せっかくの休みに仕事を思い出す、結局通らずじまいの要求、鼻で軽くあしらわれるとはな。 車を走らせる。 目の異常はあの眼科医(宿泊客の室田と言ったか)に受けさせられた視力検査と眼球、網膜か、一通りの診断は視覚異常の疑いをかけた。自覚症状…

鹿追う者は珈琲を見ず 5-5

伸ばしかけた曲がるひじの角度、鈴木の右手が残像、視界の残ってすぐに泡となり室内に切り替わる。和室。フラットな足元、布団にわずかに傾いた寝床の低い、短足のベッドを天井から垂れた青いすだれの奥にうっすら見止める。ちゃぶ台に着く。早々見切りをつ…

鹿追う者は珈琲を見ず 5-4

石を照らす明かりが途切れる。「親元を離れた娘を管理?執拗に縁談を持ち掛けるおせっかいならどこの家庭に転がっていそうですが?」用意された部屋の前で足を止めた。大階段は真南の方角に位置、美弥都はパンフレットの左端、方位磁針のイラストを呼び起こ…