コンテナガレージ

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2018-07-01から1ヶ月間の記事一覧

赤が染色、変色

「中身はどうしても男っぽいのよね、あの子」くすっと、三葉は笑いをこぼした。コンロに立って、火を弱める、この辺りから失敗は許されないのよ。だけど、ははは、笑える。昔の私みたいなんだもの、あの子。けれど、それが異性には強力に作用するって気付く…

赤が染色、変色

私も一緒に彼女と同じ空間に一生息が詰まるそのときまで、死を迎えられたらな。たぶんおかしいけれど、本望よ。 鶏肉を炒める。豚でもなく牛でもなく、細切れでもない、鶏モモを一口大より大きめにカットして焼き色がついたころあいを見計らい、野菜たちの鍋…

赤が染色、変色

「たまねぎ、火にかけっぱなしだった」三葉はキッチンに駆け込む。わざとリビングと玄関をつなぐドアは半開きにしていた。「あちゃあー、やってぇしまった。もう、始めからやり直しだわ。また炒めなおさなきゃ」 「おーい、大丈夫う、松田さん」 「はあい。…

赤が染色、変色 4

インターフォンを取る、回覧板だ、無駄話が長引かないように、カレーの匂いを振りまいて、火をかけっぱなしにしておく、おっちょこちょいを演じるのよ、面と向って挑みかかるのは割りに合わない、三葉はミルクパンを台所下から取り出し、木べらでほんの少し…

赤が染色、変色 4

ようやく明日に迫った、息が詰まりそうで恐ろしい。夕食、それにお弁当はいつにもまして豪勢なおかずをふんだんにちりばめた。普段手を抜いていたと、あの人は思うだろうか。ううん、松田三葉は首を振る、詮索はするけれど一方的な意見一つで決め付ける人じ…

赤が染色、変色 3

天井をアイラは見上げた。いつもの癖だ。こうして、何の気なしの行動を首が司る。疲労の証、サイン、記し、予兆、アラーム、警告、予鈴、掛け声、カウント、明滅。 煙が立ち昇った。 三週間のライブを振り返る、わざとらしく合間に死体の映像が割り込む、目…

赤が染色、変色 3

「吊りズボンであれば、パンプスをお勧めします。もちろん、他の二足でも過不足はありません。ですが、いつもとは違う系統の服を選ばれた事実を考慮しましたら、はい、あまりにも通常過ぎる選択は単なる奇抜に終わる可能性が高く、ゆえに判断を女性的な意味…

赤が染色、変色 3

ギターを職人に差し出す。冬季も黒い髑髏がプリントされたTシャツ、長髪のスタッフに手渡した。彼が弦の調節を行ってくれる。ステージ裏に風のように姿を現すエンジニアは、音響設備は施設に備え付けの機械を一部使用するとのこと、ギターを含む音声に関し…

赤が染色、変色 3

とはいえ、理想はどうやらあったようだ。より昔に、何も知らなかったときにまで、戻ることを内面の奥深く分け入った森、乾いた葉の裏側、そのさらに下の、湿る腐葉土の深部に息を潜め、丸まった私は重たい瞼で迎えを待つか……。 彼らに届ける場所を明確に捉え…

赤が染色、変色 3

差し掛かったステージ、ひょいと、彼女は飛び乗った。中央に立つ。 人知れず音を奏でる、斜めに出番を待つ踏ん反り返る一本をスタンドから手に取る。観客は数人。 亡くなった人物が残したと思われる、手紙を浚った。歌いながらである。 私が目的らしい、人生…

赤が染色、変色 3

カワニは裏方の人間、それゆえ映像化やネット上にあるいはその他媒体への公開という可能性が片隅に残っていた。一夜限りとは割り切れないのだろう、どこまでも貪欲で、つまるところ歌手たちの多くはそうやって、物理的に一度きりのライブすらも繰り返し、大…

赤が染色、変色 3

「収容人数は千二百人、だそうです」参りました、と付け加えた他人事のようなカワニの発言は、大き目の会場に目星をつけて、ありとあらゆる会場を探し当てる今回の戦術が引き起こした。完全に把握しきっていないまま、見切り発車で、ツアー会場の選考が行わ…

赤が染色、変色 3

しかし、過去の事例ではライブ開催の翌日に死体は見つかる、気は抜けない。連続殺人を食い止める方法は、ライブの中止が残された強い手札。だが、最終週の福岡の開催をもって彼女はライブの終了を決めていた、変更は受け入れないつもり。公演中止の働きかけ…

赤が染色、変色 3

長崎県のライブは西部の、かろうじて建物が現存する印刷工場での開催であった。近隣の住居は三世帯が暮らす集落が山の中腹入り口に建つ。事前にかつての工場が発した音は山の形状によって集落には届かなかったそうで、深夜であっても騒音の心配はない、との…

赤が染色、変色 2

子供ほどの女性歌手に入れ込む姿に、明らかに不審めいた夫の態度と距離。始まりは、数ヶ月前に訪れたライブハウスの定期公演だった、娘の付き添いで歌う姿に惚れ込んだ。同世代の関心は海外の若い男性、アジア系の歌手や役者だけれど、これまでそういったあ…

赤が染色、変色 1

「だ、大丈夫ですか?」カワニだ。 「被害は今のところ受けてません。かなりの人数に囲まれて」アイラは務めて落ち着き払った態度で首を伸ばす、前後と右側の状況を探って応えた。「五十人はいますかね、ホテルの宿泊客がほぼ私のライブに訪れたお客だったと…

赤が染色、変色 1

「……アキさん?」アイラは尋ねた。 「はい、あ、ここです」顔が見えない、上ずった声が聞こえるのみだ。 「煙草を吸っても?窓を開けますから、許可を抱きたい。外には出られない状況ですから」 「私は、は……い、大丈夫です」 「不破さんはタイミングが遅れ…

赤が染色、変色 1

「当てが外れたんですかね」内ポケットに手紙を折りたたんでしまい込む。折れ線は気にしていない様子の土井である。三件目の手紙はバッグから見つかった。それはファイルに挟まれていた。 ポケットに入れる時間がなかった、つまり予めバッグに忍ばせておいた…

赤が染色、変色 1

「煙草を吸うのなら、外で。喫煙者の居場所が追いやられるのはあなたのような方がいるからです」アイラは言った。視線は手紙を捉えたままだ。 「これは、煙草ではありません。禁煙用のパイプです」 「随分紛らわしい所から登場しましたね」彼は煙草の箱から…

赤が染色、変色 1

「手紙は見つかっていたのですか?」彼らはアイラにすがる、微量な可能性であっても欲しがるだろう。本心は眠っていたい、まだ体は起きていなかった。前に応えた事例を引っ張り出した彼女の返答であった。 「ポケットに入ってました、どうやら通常の紙に戻し…

赤が染色、変色 1

呼吸の荒い土井が手帳を開いた。彼が今回は担当らしい、上司である不破は目をこすり、乾燥した目元に手を当てる。「産業会館の撤収作業の終了時刻は午後十時二十分ごろ、隣接する管理棟の職員の立会いの下、ステージ設営担当の業者が内部の破損を一緒に見回…

赤が染色、変色 1

日曜の出発は遅れるのが常らしい、前日カワニが伝える週末の大まかなスケジュールは九州の地を踏んでから、まったくの役不足に徹する。警察の拘束を午前中に受けたのち、アイラ・クズミとスタイリストのアキはカワニを鹿児島に残して電車と新幹線にて現地を…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

機材用の運搬車が発進、タイヤが地面を掴む、上空では低音をばら撒くヘリがバラパラ飛び去る。 「あのう、アイラさん、私の煙草も灰が……」 「……どうぞ」緩慢な動作で灰皿を開ける。 「事件をどう見ます?」彼はきいた。まだ、問いかけが続いていたらしい、彼…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

「では、自殺ではなく他殺と考えてますね」 「早計です。三件とも犯行を見られていない。一件目の方も犯人と思わしき人物を見てはいましたが、犯行は既に行われていた、二件目は目撃者が走り去る白いバンを見たが、犯行の瞬間は目撃されていない。そして三件…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

「自らを貶める態度は癖になると卑屈に映る。即刻、改善すべきです」 「これは、どうも。いやあ、手厳しいな、娘に言われたみたいだ」灰皿を叩く、不破は体の向きを少しばかり内向きに変えた。「アイラさん、あなたにも警備がつきます。身辺に気を配っていた…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

「そうですか」 「気にかかる点でも?手矛なら、近隣の鍛冶屋から盗まれた作品でして、奈良時代に作られた現物のレプリカが一週間ほど前に作業場から姿を消した。刀剣類という括りですが、製作者は商品として売り出すつもりはなかったようでして、県に届け出…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

しばらく、時間が無用に過ぎた。窓を開ける、煙草を吸うのだ、これぐらいの優先権はあって当然。無言で火をつけた。赤くぼんやりと顔が照らされた。車に置きっぱなしの筒状の携帯灰皿を窓の下のドリンクホルダーの窪みから取り出す。 「私もよろしいですか?…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

まだお客が、敷地を出た通りで待ち構えている、とのカワニの忠告。双眼鏡やカメラで出て来るところを狙っているらしいが、屋外はもう真っ暗であった。通り、外灯の明かりの近辺にいたのでは、暗い産業会館の様子は見えないことを学習していないのか。何度か…

黄色は酸味、橙ときに甘味 7

物販係りに任命された事務所のスタッフ楠井と向日が商品を片付けた。テーブルが会場に忘れ去られたみたいに、ひっそりと役目を終えて満足げだった。どことなく、誇らしくもアイラには映った。テーブルはステージの設備スタッフが折りたたむ、長い天板は軽々…

黄色は酸味、橙ときに甘味 5

世界をあの人に見出したからって、彼女が求める最良のパートナーであるものか、馬鹿者が。 フレッシュなあの人に驚いたその時点で相容れない、単に受け入れる器だと認めるのだ、愚か者め。 誰一人として射止めることは無理、堕落者よ。 無駄に命を落すわ、や…