コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

店長はアイス 幸福の克服2-5

 処罰を甘んじて受け入れる刑事たちを一瞥、股代は憤慨を押し殺して再び椅子に座った。

 熊田はまた歩き出す。「紀藤香澄さんはあなたのおっしゃるようにベンチで亡くなっていた。それに大嶋八郎さんも。ただし、同じ場所で亡くなったという事実は公には未公開の情報。なぜ、その事実をあなたは知ってたのか、私は不思議でなりません」

「ネットで調べたらそんなのいくらでも載ってる」

「ええ、たしかに。紀藤香澄さんはあのベンチで亡くなりました、大嶋さんも。どうやってなくなっていたのでしょう。ベンチですから座っていたのか、または寝ていたのか。このどちらかに大別される。ベンチで死んでいたという表現はベンチ付近で死んでいたのかもしれない。その他に目印がなかったとも言える。とにかく、死体の近くにベンチがあったということが言える。回りくどいですが、大切なので強調させてもらいました。先になくなったのは紀藤香澄さんです。彼女が残したネット上の日記に休日の行動記録がありました、せいかくには日記は休日の記録だけです。日常のことは一切書かれていない、まるで隠すように。彼女が座っていたベンチの下から一冊の本が見つかりました。これは彼女が休日に訪問した店で彼女が忘れた本と同じタイトルです。死ぬまで毎週、休日に訪れた店で彼女は同タイトルの本を忘れていました。忘れやすい性質だったのでしょうか、毎週本を忘れていくのは特殊でしょうね。またさらに特殊なのが、おもしろいことに本の印字が逆さまなのです。現場で見つかった本も店で忘れていった本も」

「本なんて知りませんよ」

 熊田は淡々としゃべる。「続いて、大嶋八郎さんが同じ場所で亡くなる。どうしてだと思われます?」

「さあ、あなたが言うように彼女が好きだったなら同じ場所で死にたいと思ったんでしょうかね」

店長はアイス 幸福の克服2-4

「死に場所がベンチだった、それだけでしょう。あなたがしゃべった内容は憶測に過ぎない。こんな言いがかりで殺人の容疑をかけられるのは心外です。失礼します」
「待って下さい」テーブルの奥に回った熊田が引き止める。「まだ話は終わっていません」
「令状は?」股代は天井を仰いで言う。片方の手が腰に当てられる。
「ありません」
「では、引き止める権利は今の、今のあなたたちにはない、ということです」強調した言い回し。
「ですから、これから事件の全容をお話しようと思っているんです。わからない人ですね」熊田は明らかに股代を挑発、怒らせる狙い。
「警察に後で抗議しますよ。皆さんを名指しでね」
「結構ですよ。どうぞ座ってください」
「なんか、熊田さん、日井田さんを意識してませんか?」鈴木がこっそりと相田につぶやく。
「トレースしたんだろう」
「性格をですか?」
「考え方」無表情の種田がぶっきらぼうに言う。「人格のトレースによる論理展開の巻き込みです。あの人が、日井田さんの考え方を頂点に、そこから導き出される可能性を逆に辿っている。熊田さんが導いた論理展開ではなくても、ベースとなる思考構築は自動的に選択、抽出、導入、比較、展開、仮説、理由、論理とあたかも彼女が示した答えそのものが現れる」

店長はアイス 幸福の克服2-3

「だったら、もうつきまとわないでくれますぅ」尖った口元の股代がまとめた資料をバチンとテーブルとコンタクト。
「しかし、あなたは犯人を知ってる」熊田は相手の感情の起伏に飲まれない。淡々とそして堂々と低音で話す。
「おかしいなあ、だってあなた、今、自殺だって言いましたよね。刑事さんたちだって聞いてたでしょう?」鈴木たちに投げかける股代。しかし、刑事たちの反応は悪い。
「ええ、たしかに自殺だとはいいましたが、自殺を手伝った人物の存在が明らかになりました」
「私は何もしていない」
「わかっています、股代さんは紀藤香澄、大嶋八郎の死に関与はしてない。ですが、自殺を手伝った人物とは関連が認められる」
「言いがかりはよしてください。そんな人と私は無関係です。紀藤さんがうちの社員だった、それだけのこと」
「結婚されてますね?奥さんは、自宅ですか?」
 今度は正面から熊田を睨みつける。股代は緊張に続いて威嚇の気配をむき出す。「妻は無関係です」
「関係があるような口ぶりで、否定しますね」
「揚げ足取りだ。これはなんです、事情聴取ですか。任意ならば断れるはず。もうお話しすることはない。帰ってくれ」
「私はこう考えます」熊田はテーブルを歩き回る。ゆったり、両手を後ろで組み大学の教授のように黒板の端から端までを歩くように。「あなたは紀藤香澄さんと関係を持った。それはあなた自身の口から聞きました。おそらくは事実でしょう。紀藤さんの部屋からウェディングドレスが発見された、これはまだ公表されていない、我々警察だけの情報です。彼女はあなたに結婚を迫った、あるいはあなたも結婚に乗り気だった。どちらにしろ、奥さんと別れるつもりだ、と言い含めていた。しかし、あなたは奥さんとの結婚生活に見切りを付けられない。そこで、大嶋八郎の存在を利用しようと目論んだ。大嶋八郎がもしも紀藤香澄に危害を加えれば、彼女は勤務に支障をきたし、休みも増えるでしょう。そして職場で顔をあわせる回数が減少すると、好きという気持ちが目減りしても自然な行為と一応の理由付けにはなる。決して他の社員や奥さんに目移りしたのではないのと、言い切れもする。納得はしないでしょう、紀藤さんは。ここまではわかっていたことですが、しかし、あなたにとって大きな誤算が生じた。紀藤さんは会社を辞めたくはなかったのです。あなたは彼女に気がある大嶋八郎と接触を図り、両思いであることなど、行動がエスカレートするように仕向けました。もちろん、憶測です。死んでしまったのですから、大島さんは口をひらいてはくれません。ただ、紀藤香澄さんの死と大嶋八郎さんの類似性の高い死は無関係とはいいがたいのです。むしろ、関係性を疑います」

店長はアイス 幸福の克服2-2

「違うといえば違いますし、合っていると言えば合っている」
「からかってます?」ぐっと表情が引き締まり、頬が軽く痙攣。表情に出やすいタイプだ、熊田にとっては好都合。表情が真実を語ってくれる。質問をすれば答えの真意が読み取れる。
「真面目な質問ですよ。こちらの店で購入されたようなのですが、見覚えは?」熊田はもう一枚顔写真を見せた。一瞬股代の表情が崩れる。ほんの些細な兆候、動き出しの反動。見逃せばそれでお仕舞い。
「うんと、どうですかね。見たことがあるような、ないような」表情は思い出す仕草で埋められた。たしかに、垣間見せた笑いだった。
「紀藤さんと同じような格好で発見されました。二人の共通点はこの店です」熊田がテーブルをわざと叩く。
「待って下さい。僕が犯人だってそう言いたいんですか。冗談はよしてくださいよ、それに私はたいへん忙しい。用が済んだらお帰りください。ドアから勝手に出て行って構いませんから」
 熊田はテーブルに落ちた股代の顔を凝視する。
「こちらでは会員カードを発行していますか?顧客情報から大嶋八郎という名前におそらくは辿り着く」
「店長っ」店舗から店員が顔を出して呼んだ。股代は熊田に視線を送る。
「ちょっと失礼します」
 ドアが閉まり、鈴木が口を開く。「隠してましたね、あの顔は。何か知ってますよ、ねっ、相田さん」
「大声でしゃべるなって」相田が嗜める。おそらくドアを開けるまで、外に声は聞こえないだろうと熊田の観測。それよりも心配はドアのない地続きの隣室だ。そちらから気配は感じられない。しかし、確認はしていない。熊田は、そっと歩き出して隣室を覗いた。すると、店員の林道が回収したリペア商品を磨いていた。会話を聞く気がなくても聞こえていたに違いはないはず、だが熊田の視線が彼女と交わるまでは仕事に没頭を、アピールして驚きを混ぜた顔で出迎えた。声もワントーン高い。
「刑事さん。また、捜査ですか。精が出ますね」
「仕事ですから」熊田はそれだけを言って手前の部屋に引き返す。
 鈴木が小声で言う。「誰かいました?」熊田は無言で首を縦に振った。
「いやあ、申し訳ありません」恭しく股代が入ってくる。席に座らずに、広げた資料をまとめる。「これから仕事で、外に出ることになりました。まだ、お聞きしたいことがあるなら、おっしゃって下さい」
「紀藤香澄さんは自殺であると断定されました。大嶋八郎さんも同様に、同じ手法で命を絶ったと思われます」
「だから、それが僕に何か?まだ、疑っているんですか?」片目で熊田を睨む。
「あなたは犯人ではない」