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役不足な柔焼菓(sponge cake)と不確かな記憶 6

 規則に従う、私たちを含めたS市民の扇動・洗脳は水面下で日常生活に私たち自身が取り入れた。店長は言切る。各自に付与された規則は単数複数、幾多、数多。外に目の向くいわゆる社交的な人は自害を招く内省侵食に独立した個人の復旧に、山篭りや孤島の野生種続(survival)が有効的な手段。世を賑せた開業前の受賞式典を転機に日本正は一躍、話題性と情報媒体(media)がこぞって取り上げた助走が開店を皮切りに花開いた。規則の登場を店長の身は感取(かんじとっ)ていた、私もその体験者の一人で特に奇怪な来客と立て続けて遇ったことは不思議に捉えていた。一ヶ月に一度、季節の変わり目とか朝晩の気温差が著しい時期、あとたとえば最近表舞台の出演が減った俳優の訃報を耳にしたときは大概前日前々日が気温の日較差は顕著な推移を示す、とははっきり確かめていないにしても私も寝つきの悪さや鼻水、咳等の体調不良の諸症状がその近辺で現れやすい。……おかしな言動のお客は溜め込む精神疲弊(せいしんひへい)などの体の不具合を気候の変動という外的な働きかけにこのまま次の季節に突入してはあなたの体は持ちません、ここいらで膿を出し切りましょう、そうして異常行動に走ったはず。ただ店長曰く、個人が生来備えた倫理規範をこっそり書き換えたため当人はあたかもこれまでの規律に即して生きているつもりであって、それが『記憶の誤信』に似る状況を招いた。

 店長は鮮やかな解説に打って出た。高域変速(shift up)というよりかは、一段下げて回転数の高い回転力(torque)重視の前進遊戯に興じているふうだった。楽しげにさえ私には映った、私たちには先ず晒したりはしない、笑みさえ称えていた。店長は端的な言い回しを多用することで長考に陥る刑事を気遣う始末。焼いているなどは想像も遣ろうとするなら寝首を掻ききる。だって思えた私はつまりは、音を戻そう。

「自称目撃者で現在は容疑者の高山明弘さんは地下道の鎧戸(shutter)を広場側で待った。自動式の鎧戸(shutter)が突然稼動を始めた、その内部に咄嗟に入ろうとするでしょうか、一般的な感覚とは些(いささ)かずれを感じます。故に鎧戸(shutter)内で駅員と出くわす彼は凄惨な死体を網膜に写し取りながら守勢に回る本能とは真逆の行動を選んだ。恐慌(panic)に陥る言動でしたね、駅員に事態を伝えるときは。、矛盾した行動です、もちろん恐慌(panic)だから不確な動きをしてしまった可能性はなくもない。ただそう言えるなら、十五分もの間をおろおろと地下道を歩き回っていたのか、という怪しさが表層を占める。腰を抜かした、手を拱(こまね)いていたかもしれません。であるなら、追加の目撃証言を忙しさを楯に面会を拒むも電話口では素直に応じたその数回になぜ詳細を語らなかったのでしょうか」

 店主は引き抜いた命吹(い ぶ)き。いつも酸素を補う、そう思えてしまう。小川は店長を真似て煙を吸い込んで、むせた。口元に夢中になりすぎたあまり行為と意思が均衡(balance)を失った。彼女は目を瞬かせる。

「行動と思考が均衡(balance)を失う、不規則(anbalance)な動きが生まれやしませんか。緊張で舞台上で両手両足が、こうナンバ歩きのように揃って出てしまう。伝えたいけれど、伝えられない、どこへ連絡をしていいものやらで、感覚に狂いが生じた。それにもしかするとですよ、死体が出現した時間だって終電の前とは限りませんもん」

 店主と種田は顔を見合わせた。店主が言う。「もっとも読違(misread)されやすい箇所だね、そこは。僕も考え付かなかった」

「同意見です」

「……私ぃ、もしかして難事件の真相とやらを偶然見つけちゃいました?」意図せずに願った希望が叶うときは稀に引き起こる。これが棚から牡丹餅なのかも。

「中らずとも遠からず」店主はいたずらな表情を浮かべ、小川の、安佐の濾過膜(filter)を通した映像の店主は至って無表情な創面(かお)で、なにやら隣の刑事と示し合わせた。褒められた温もりと眠気が混在、またまた音が途切れた。しか、と視線が交じり店長の口が言う。「早現遅反(time lag)の検証は目撃者である高山明弘さんの関与に疑いを抱いた折節に、改めて見直す別角度の可能性なんだ。初動捜査から付近の聞き込み、被害者の身辺を洗う段階で目撃者を容疑者と見定める扱(あつかい)は身に染みついてる警察だろうから、あえてそこを避けた捜査が優先されてしまった」

「つまりはそれを最初に疑ってしまっては逃走を図る容疑者の手助けを捜査の遅れが後押しする形になる、ということですかね」小川は上瞼に黒目を寄せる、呟きは自信のなさの現われ。

「『規則』だね、これは」

「うへぇ、こんなところにまで規則が幅を利かせていたとは……」小川は感心する。「正直言って捜査はほぼ予想内、想定した未来を歩かされていたのか、ふむふむ」

「以前にもS駅で事件が起きていますね?」

種田は店主の問いに答える、決まりきった往復の幅。「一年前類似の殺傷事件が起きてます」

「おう、そういえばそうですよ」言われてみるとあれは物議扇醸(sensational)な事件だった。大事なことをどうして忘れてたんだろうか、小川は不向きな頭脳労働に乗嵌(のめり)込む。燃えた跡の灰を測る、ちょくちょく灰やいかがかしら侵食具合は、確かめる。灰と消えたから忘れることを厭わない、あるいはもっと重大な事件に掻き消されていたからか?どうにも不自由な頭脳よ、記憶力はそれなり優れている、お世辞抜きに物覚えは良いのだ。勤務中に問うた記憶は、ある。私はたぶん店長に「物騒ですね」、とか地下鉄乗場ではあんまり事件の話題を聞きませんけど、電車は表を走る代償に目間巡(めまぐる)しい車窓の飛入(ひいん)と牛牛(ぎゅうぎゅう)詰めの車内が襲って降りて一早く鬱憤を晴らしたいのかしらんと不躾に尋ねてた、後悔は都合よくこれまた隠蔽、忘れていたんだ。小川は胸骨、首の付け根から片方へ傾けた。

「有名人、僕は顔も名前も知らない、醜事(scandal)が時事掲載の取扱いを最小に抑えたんだ。お客さんの忘れ物は特に多かったからね、持ち歩くには不要な、店で読み終わり席に捨てた、というほうが正当かな」店長は忘れ物の雑誌類を持ち帰る、世間の流れを遅れて遠くより辛くも得る、それほど必死には、うん、図表(graph)、計数を観ているのよ。あの時期の異変といえば、芸能人が薬物違反で捕まった。連日世間を賑わせたのが、そう殺傷事件の翌日だった。ああ、朧気ながら思い出してきたぞ。小川は煙を吸い込む。店長たちが褒めた思違(misread)っていうのはもしかすると……、小川は思いつきを言う。

「去年の殺傷事件は芸能人の逮捕劇に隠されて、今年のと去年の関連を疑いすら抱かせず排除してしまった」

「小川さん、深夜の時間帯は冴えてるね」

「普段は鈍感だと聞こえます」それじゃあ、私があんまりである。

「受け取り方は任せるよ」

十五%を超え傾く、吹玖(ふき)硝子を横切る白光が放射状窓に溢れ覆い、流れた。

「南口の利用を西中央広場(concourse)へ、出入り口が意匠によらず向う先へ偶然であれ誘導を成し遂げた」種田は平板な調子を守る、店長と堅苦しさはどっこいどっこい。もしかしたら高尚な家柄、うーん貴族は似合いそうだ。社長令嬢の自由奔放さは子供の時分、矯正でもって押さえつけられた。勝手な想像である。多少これで眠気は吹き飛んだな、休憩は大切、店長の教えが身に染みてますとも。

「あなた方は南口西中央広場(concourse)の入念な再捜査は済ませたましたね?」店主はいった。

「警察の捜査に不手際があったのですかぁ?」小川は高い声を出した。

「聞き込みに不備の要素はありません。ただ」

「ただ?」

 種田の目が閉じて開く。

「『PL』の店主日本正の逮捕を質問冒頭に告げると前回は『はい』か『いいえ』だった端的な返事が具体性を帯びなおかつ分単位の時刻を堰を切り事件当日の情報提供に協力をしてくださいました。信じる教祖は偽、無条件に崇めた偶像視を他人の通告により端と我に返る。我、己、自分、私、僕などはどだい他者との関係で作られた幻像(hologram)ですから。私が嘘を与えていた場合も聴取の対象である駅の利用者はそのでまかせを所持したでしょう」また赴き、初めての待ちに待って、知らぬ存ぜぬ。、貴重な機会を奪われては困る。利用者の関心、と対極の無関心へ働いた一度目の聴取、ということ。

「刑事さんも結構お喋りな性質ですね、隠してましたねぇ」

 種田は小川の陽気なはしゃぎように見向きもしない、煙とcoffee(コーヒー)を嗜む店長にぞっこんである。眼球が捉える店長、側面。体ごと、上半身を腰を軸に回転させると威圧感が生まれ話しにくさが増してしまうから、けれど周囲の観測だよ、店長を凝視するこの人は、思慕のそれこそ桜桃の色香が漂いくる。店長相手では誰だって特に年齢が近いのならば、私情に走りがちな止めようにも制御はおこがましい。衝動とやらは手強い、手綱と鞭に頼ずにはいられんのだ、風見鶏は同じ方角を示す。……変だぞ。日本正が捕まったのだよな?あれれ、どこで引っかかる?解答欄が妙に広く物足りない。なにか、忘れてる気がする。

 店長は煙を吐いて、座り直した。一度、長尺対面台(counter)の客に視線を送る。愛想笑いと軽い会釈、足を閉じて座る態度はこれからが仕事。よそ行きの格好を待機中にも維持をしなくては。そうはいっても普段の生活態度が礼節に則る生き方であると居住まいを延々と正す時流は平常の移ろいなのでのほほん、腰掛けていられる。

 危うくだ。不断の回答、その始まりを聞き逃すところだった。これほど多彩な声響と抑揚、聴衆への気遣いは今回限りに違いない。店長だって私と同属、夜行星の出身だろう。朝型を習慣づけているものの、侘(わびし)い位の寝夜が心地良いに決まってる。店主の声は古い映画みたいに砂羅(ざら)つき雑音(noise)だらけだった。

「崇め奉るに値するか否か、外気に触れた作用が正気を取り戻す、還る境線(line)を上回った。日本正の地位陥落は駅利用者の証言を覆した。刑事さんの執拗な聞き込みを以ってしてようやくです、事実の縁に手を鉤けた。事件の大部分は淡々そして黙々と断崖へ放り出される、両足片手は谷底を行過る突風の煽りに耐え凌ぐ。ぺらん片石(へんせき)崩れて多少の取っ掛かり、希望が見え始めましたかね。『規則』は対象者の変容によって解除されるという大よその向きを、僕は立てた。刑事さんの調べでやっと確証に変わった、感謝します。憶測で講釈を垂れるのはいささか気後れしますし、曲りなりに店主の名を冠する、従業員の手前指導者の立場を優先するでしょう。もっとも私ひとりであったなら、警察の応対は入店直後にきっぱり退出を命じてます、談笑する隙を見られてた、私の落ち度です。『規則』に戻りましょうか、考察を打ち明けるには前奏がどうやら必要らしいですね、どうにもいつもとは勝手が違う。さあて、、一年前の事件に著名人の不正を宛て隠匿し、関連を疑われる先日の殺戮をも過去が別件と思い込ませた。これの応用、南口を通過(つか)う週末の利用客は誘導に遭遇し、与えられた『規則』は彼らの自覚を意識によらず上書きする。誘いに時の過ぎる、表出、体は正直です、最終電車の時間が迫る、家帰(かえ)るために『規則』を改めて読込む利用客は、南口を選んだ。西中央広場(concourse)の選由、誘導をこれはすっかり塗り替えた、。日本正の逮捕後、彼の『規則』を脱ぎ捨てる利用客たちの再聴取で得た証言すべてがと言い切りましょう、現在まで堰止められたのです。利用客は誘導を不振めいて見つめた時期をさらり、手放した。結目(むすびめ)の解どき満足したところへ現れるがひとつ前の結目(むすびめ)、玉が目留(と)まります。そればかりか、手繰り寄せるきっかけを利用者たちは奪われた。二つ下を思い出せましょうか。無意識を拭うと現われた自覚、生乾きなら記憶の隅に隠れ、擦る。騙された。、前色を知覚したら七情の発露。 犯人の思惑通りにことは進められてしまった」

見惚れ、方や流れまいと東中央広場(concourse)南口を通り過ぎ、西中央広場(concourse)拠(よ)りは逼る終電にそのまま出入り口に吸い込まれる。崇拝もしくは毛嫌い・軽蔑、裏と面を一度きり仕掛けるそぶりはまったく、両陣営に同じ経路を辿らせた。

 理解はするさ。店長の言い分、言い方には首を捻る。平伏(ひれふ)すほどの意外性とは毛色が違った。まだこの先にきっとどんでん返し、私を驚愕の渦に反時計回りに誘う抜群の推理とやらが控える、そう思いたかった。だって、小川は片目をこする。今頃は地下鉄を降りて熱い水飛沫(shower)を浴びるか汗と油にまみれた着の身着のまま寝台(bed)に頭を埋める、この代償は高くつくのだ。

 軽音間快(rhythmical)、店長は掴む、挟む、咥える、吸う、吐く、叩く、吸う、吐く、置くを淀みのない動作でそれは染みついた礼儀作法にどことなく近しいものを彼女は感じ、うっとりと所作の流麗さに見惚れて、いやいや、居癇(いかん)と自らを律し二吸い分の煙をたんまり肺に吸い込んだ。

「駅利用者と駅職員、通報を受け駆着けた交番の制服警官は思惑通り、『する』『しない』の規約と結(むすば)れた。これで東中央広場(concourse)は事象の前後被害者と犯人の二人のみ。例外として北口扉(door)近くに利用者を配置しておきましょう。、殺害です。被害者の希みを含む他殺でした。南口もしくは地下道へ降りた。南口は閉鎖されいなかった、地下道に直結する階段も昇降(のぼりおり)に支障はない。どこへでも、は語弊がありますが少なくとも警察の追跡から逃れた監視外の経路(route)が選ばれたことは確かでしょう、地下道でも駅に筒中(つなが)る通路内は法適用の範囲内です。解像度に劣る北口の監視動録機(camera)を把握していた、用意周到な機質を窺い知れます。淡々とことの済ませ。忽(たちま)ち発覚、追手を躱(かわ)すべく一時(いっとき)の間(ま)を欺く、『規則』を逆手に取ったのですから犯人は『規則』を見ていればよかった。駅職員が死体発見『する』おおよその時刻、それから警察への連絡と現場に駆着『ける』所要時間。人払いが異様、完璧に働くなか着替えはゆとりを持って死体の目の前でも行えたはず。駅構内の監視動録機(camera)は職員の業務違反と乗降(のりおり)に限られた諍い(trouble)が録画と開示を要求できる対象となり、改札付近と切符売り場、みどりの窓口は全体と職員の手元が撮影区域(area)。改札より約八十m南の現場は映りようがない」

 店長は顔を開いておどけた、煙草を吸う。私たちは情報過多なのかもしれない。店長のずば抜けた推理は欠けらを独自に練り上げる訓練そのもの。これは料理指南に通じる、あれこれこと細かな指導を私とリルカさんは受けずに自由な調境に身を置く。、退屈を通り越すと不安に駆られた。叱咤激励、手取り足取りの指導をどこかで私は期待に胸を膨らませ、萎んでもなお空気を入れてさ、加圧してくれると背中を押してくれると勘違いをしていたんだ。考える、これを第一に店長は言う。誰にとってでそれはいつ食べられて、だったら昨日はどのような日和で週の何日目で月のどの位置を移ろい、季節はいつごろか、常に考えてください。強制を受けた試しはあってたまるか、店長の怒りに任せた言動を従業員の私たち以外にだって向けられることはないのだ。冷静沈着、孤独を好むけれど人に健啖なだけかも。振舞う料理は必ずといってお客個人の好みがあるのだから、少数の食べ残しに一喜一憂するのは明らかな誤りで勿論反省はするべきだ、だたしそれは検証を義務付ける。落ち込むという態度は不必要だ、と店長は言い切る。過去は取り戻せない、君はふがいない以前に手を伸ばして改変を望めばよい。記憶の改ざんには手間だし都合の良い解釈も抜本的な解決策とはほとほと言いがたい。目を向けるべきは次に迫る調理だ。失敗の要素を抽出した改善策を試す。君の目線は膝を抱えた己(もの)それとも先を見る、であるならば獲得したい未来のために過去は切り捨てて。

 私は講釈を聞きたくて失敗を重ねた可能性は、多分にありえるだろう、不謹慎だよね、彼女は事件を紐解く店長の声を読経のよう、揺さぶる骨を意識した。

きっぱり別れて、。店長は鋭いのだ、私の心境の変化ぐらいお手の物で見透かして、しかしだけれども決してそう軽率には忠告せず私自身の気づきを誘う。餌に食いついた私を私が吊り上げてすごいでしょうと体長を見せ付けるんだから、まったく進歩のないやつですよ。

 あからさまに首を振った。海沿いの喫茶店で魔法瓶に特別充填してもらったcoffee(コーヒー)をぐびりと傾けた、ずぶ濡れよ有難う。そっけない、coffee(コーヒー)は思いのほか喉を通過する量が少なかった。店長はまだまだ俄然解説を続けるつもりらしい。無理をしてるのかも、ちょっと心配になる。

 女性刑事の後助(follow)は空想を調挙(しらべあげた)た事実という史実を充嵌(あてが)い、あっさり補いそくり店長の名調子は断えず続いた。

 長尺対面台(counter)席のお客を忘れてた、お茶ぐらいは出しておくべきだろう、店長と対談の順番を待ちわびる、私事(private)なお客はもってのほか。そういえば、と彼女は椅子に張付いた腰を上げた。精算機(レジ)台に傘がぶら下がり、店長は的確的合(pinpoint)に傘などと言えたんだろう。心ここに在らずでお客に「飲み物を出しましょうか?」、気を利かせた。断られたらtoilet(トイレ)に立ったと思え、小川は要望に応えてglass(グラス)に水を注いだ。

 

役不足な柔焼菓(sponge cake)と不確かな記憶 6

 規則に従う、私たちを含めたS市民の扇動・洗脳は水面下で日常生活に私たち自身が取り入れた。店長は言切る。各自に付与された規則は単数複数、幾多、数多。外に目の向くいわゆる社交的な人は自害を招く内省侵食に独立した個人の復旧に、山篭りや孤島の野生種続(survival)が有効的な手段。世を賑せた開業前の受賞式典を転機に日本正は一躍、話題性と情報媒体(media)がこぞって取り上げた助走が開店を皮切りに花開いた。規則の登場を店長の身は感取(かんじとっ)ていた、私もその体験者の一人で特に奇怪な来客と立て続けて遇ったことは不思議に捉えていた。一ヶ月に一度、季節の変わり目とか朝晩の気温差が著しい時期、あとたとえば最近表舞台の出演が減った俳優の訃報を耳にしたときは大概前日前々日が気温の日較差は顕著な推移を示す、とははっきり確かめていないにしても私も寝つきの悪さや鼻水、咳等の体調不良の諸症状がその近辺で現れやすい。……おかしな言動のお客は溜め込む精神疲弊(せいしんひへい)などの体の不具合を気候の変動という外的な働きかけにこのまま次の季節に突入してはあなたの体は持ちません、ここいらで膿を出し切りましょう、そうして異常行動に走ったはず。ただ店長曰く、個人が生来備えた倫理規範をこっそり書き換えたため当人はあたかもこれまでの規律に即して生きているつもりであって、それが『記憶の誤信』に似る状況を招いた。

 店長は鮮やかな解説に打って出た。高域変速(shift up)というよりかは、一段下げて回転数の高い回転力(torque)重視の前進遊戯に興じているふうだった。楽しげにさえ私には映った、私たちには先ず晒したりはしない、笑みさえ称えていた。店長は端的な言い回しを多用することで長考に陥る刑事を気遣う始末。焼いているなどは想像も遣ろうとするなら寝首を掻ききる。だって思えた私はつまりは、音を戻そう。

「自称目撃者で現在は容疑者の高山明弘さんは地下道の鎧戸(shutter)を広場側で待った。自動式の鎧戸(shutter)が突然稼動を始めた、その内部に咄嗟に入ろうとするでしょうか、一般的な感覚とは些(いささ)かずれを感じます。故に鎧戸(shutter)内で駅員と出くわす彼は凄惨な死体を網膜に写し取りながら守勢に回る本能とは真逆の行動を選んだ。恐慌(panic)に陥る言動でしたね、駅員に事態を伝えるときは。、矛盾した行動です、もちろん恐慌(panic)だから不確な動きをしてしまった可能性はなくもない。ただそう言えるなら、十五分もの間をおろおろと地下道を歩き回っていたのか、という怪しさが表層を占める。腰を抜かした、手を拱(こまね)いていたかもしれません。であるなら、追加の目撃証言を忙しさを楯に面会を拒むも電話口では素直に応じたその数回になぜ詳細を語らなかったのでしょうか」

 店主は引き抜いた命吹(い ぶ)き。いつも酸素を補う、そう思えてしまう。小川は店長を真似て煙を吸い込んで、むせた。口元に夢中になりすぎたあまり行為と意思が均衡(balance)を失った。彼女は目を瞬かせる。

「行動と思考が均衡(balance)を失う、不規則(anbalance)な動きが生まれやしませんか。緊張で舞台上で両手両足が、こうナンバ歩きのように揃って出てしまう。伝えたいけれど、伝えられない、どこへ連絡をしていいものやらで、感覚に狂いが生じた。それにもしかするとですよ、死体が出現した時間だって終電の前とは限りませんもん」

 店主と種田は顔を見合わせた。店主が言う。「もっとも読違(misread)されやすい箇所だね、そこは。僕も考え付かなかった」

「同意見です」

「……私ぃ、もしかして難事件の真相とやらを偶然見つけちゃいました?」意図せずに願った希望が叶うときは稀に引き起こる。これが棚から牡丹餅なのかも。

「中らずとも遠からず」店主はいたずらな表情を浮かべ、小川の、安佐の濾過膜(filter)を通した映像の店主は至って無表情な創面(かお)で、なにやら隣の刑事と示し合わせた。褒められた温もりと眠気が混在、またまた音が途切れた。しか、と視線が交じり店長の口が言う。「早現遅反(time lag)の検証は目撃者である高山明弘さんの関与に疑いを抱いた折節に、改めて見直す別角度の可能性なんだ。初動捜査から付近の聞き込み、被害者の身辺を洗う段階で目撃者を容疑者と見定める扱(あつかい)は身に染みついてる警察だろうから、あえてそこを避けた捜査が優先されてしまった」

「つまりはそれを最初に疑ってしまっては逃走を図る容疑者の手助けを捜査の遅れが後押しする形になる、ということですかね」小川は上瞼に黒目を寄せる、呟きは自信のなさの現われ。

「『規則』だね、これは」

「うへぇ、こんなところにまで規則が幅を利かせていたとは……」小川は感心する。「正直言って捜査はほぼ予想内、想定した未来を歩かされていたのか、ふむふむ」

「以前にもS駅で事件が起きていますね?」

種田は店主の問いに答える、決まりきった往復の幅。「一年前類似の殺傷事件が起きてます」

「おう、そういえばそうですよ」言われてみるとあれは物議扇醸(sensational)な事件だった。大事なことをどうして忘れてたんだろうか、小川は不向きな頭脳労働に乗嵌(のめり)込む。燃えた跡の灰を測る、ちょくちょく灰やいかがかしら侵食具合は、確かめる。灰と消えたから忘れることを厭わない、あるいはもっと重大な事件に掻き消されていたからか?どうにも不自由な頭脳よ、記憶力はそれなり優れている、お世辞抜きに物覚えは良いのだ。勤務中に問うた記憶は、ある。私はたぶん店長に「物騒ですね」、とか地下鉄乗場ではあんまり事件の話題を聞きませんけど、電車は表を走る代償に目間巡(めまぐる)しい車窓の飛入(ひいん)と牛牛(ぎゅうぎゅう)詰めの車内が襲って降りて一早く鬱憤を晴らしたいのかしらんと不躾に尋ねてた、後悔は都合よくこれまた隠蔽、忘れていたんだ。小川は胸骨、首の付け根から片方へ傾けた。

「有名人、僕は顔も名前も知らない、醜事(scandal)が時事掲載の取扱いを最小に抑えたんだ。お客さんの忘れ物は特に多かったからね、持ち歩くには不要な、店で読み終わり席に捨てた、というほうが正当かな」店長は忘れ物の雑誌類を持ち帰る、世間の流れを遅れて遠くより辛くも得る、それほど必死には、うん、図表(graph)、計数を観ているのよ。あの時期の異変といえば、芸能人が薬物違反で捕まった。連日世間を賑わせたのが、そう殺傷事件の翌日だった。ああ、朧気ながら思い出してきたぞ。小川は煙を吸い込む。店長たちが褒めた思違(misread)っていうのはもしかすると……、小川は思いつきを言う。

「去年の殺傷事件は芸能人の逮捕劇に隠されて、今年のと去年の関連を疑いすら抱かせず排除してしまった」

「小川さん、深夜の時間帯は冴えてるね」

「普段は鈍感だと聞こえます」それじゃあ、私があんまりである。

「受け取り方は任せるよ」

十五%を超え傾く、吹玖(ふき)硝子を横切る白光が放射状窓に溢れ覆い、流れた。

「南口の利用を西中央広場(concourse)へ、出入り口が意匠によらず向う先へ偶然であれ誘導を成し遂げた」種田は平板な調子を守る、店長と堅苦しさはどっこいどっこい。もしかしたら高尚な家柄、うーん貴族は似合いそうだ。社長令嬢の自由奔放さは子供の時分、矯正でもって押さえつけられた。勝手な想像である。多少これで眠気は吹き飛んだな、休憩は大切、店長の教えが身に染みてますとも。

「あなた方は南口西中央広場(concourse)の入念な再捜査は済ませたましたね?」店主はいった。

「警察の捜査に不手際があったのですかぁ?」小川は高い声を出した。

「聞き込みに不備の要素はありません。ただ」

「ただ?」

 種田の目が閉じて開く。

「『PL』の店主日本正の逮捕を質問冒頭に告げると前回は『はい』か『いいえ』だった端的な返事が具体性を帯びなおかつ分単位の時刻を堰を切り事件当日の情報提供に協力をしてくださいました。信じる教祖は偽、無条件に崇めた偶像視を他人の通告により端と我に返る。我、己、自分、私、僕などはどだい他者との関係で作られた幻像(hologram)ですから。私が嘘を与えていた場合も聴取の対象である駅の利用者はそのでまかせを所持したでしょう」また赴き、初めての待ちに待って、知らぬ存ぜぬ。、貴重な機会を奪われては困る。利用者の関心、と対極の無関心へ働いた一度目の聴取、ということ。

「刑事さんも結構お喋りな性質ですね、隠してましたねぇ」

 種田は小川の陽気なはしゃぎように見向きもしない、煙とcoffee(コーヒー)を嗜む店長にぞっこんである。眼球が捉える店長、側面。体ごと、上半身を腰を軸に回転させると威圧感が生まれ話しにくさが増してしまうから、けれど周囲の観測だよ、店長を凝視するこの人は、思慕のそれこそ桜桃の色香が漂いくる。店長相手では誰だって特に年齢が近いのならば、私情に走りがちな止めようにも制御はおこがましい。衝動とやらは手強い、手綱と鞭に頼ずにはいられんのだ、風見鶏は同じ方角を示す。……変だぞ。日本正が捕まったのだよな?あれれ、どこで引っかかる?解答欄が妙に広く物足りない。なにか、忘れてる気がする。

 店長は煙を吐いて、座り直した。一度、長尺対面台(counter)の客に視線を送る。愛想笑いと軽い会釈、足を閉じて座る態度はこれからが仕事。よそ行きの格好を待機中にも維持をしなくては。そうはいっても普段の生活態度が礼節に則る生き方であると居住まいを延々と正す時流は平常の移ろいなのでのほほん、腰掛けていられる。

 危うくだ。不断の回答、その始まりを聞き逃すところだった。これほど多彩な声響と抑揚、聴衆への気遣いは今回限りに違いない。店長だって私と同属、夜行星の出身だろう。朝型を習慣づけているものの、侘(わびし)い位の寝夜が心地良いに決まってる。店主の声は古い映画みたいに砂羅(ざら)つき雑音(noise)だらけだった。

「崇め奉るに値するか否か、外気に触れた作用が正気を取り戻す、還る境線(line)を上回った。日本正の地位陥落は駅利用者の証言を覆した。刑事さんの執拗な聞き込みを以ってしてようやくです、事実の縁に手を鉤けた。事件の大部分は淡々そして黙々と断崖へ放り出される、両足片手は谷底を行過る突風の煽りに耐え凌ぐ。ぺらん片石(へんせき)崩れて多少の取っ掛かり、希望が見え始めましたかね。『規則』は対象者の変容によって解除されるという大よその向きを、僕は立てた。刑事さんの調べでやっと確証に変わった、感謝します。憶測で講釈を垂れるのはいささか気後れしますし、曲りなりに店主の名を冠する、従業員の手前指導者の立場を優先するでしょう。もっとも私ひとりであったなら、警察の応対は入店直後にきっぱり退出を命じてます、談笑する隙を見られてた、私の落ち度です。『規則』に戻りましょうか、考察を打ち明けるには前奏がどうやら必要らしいですね、どうにもいつもとは勝手が違う。さあて、、一年前の事件に著名人の不正を宛て隠匿し、関連を疑われる先日の殺戮をも過去が別件と思い込ませた。これの応用、南口を通過(つか)う週末の利用客は誘導に遭遇し、与えられた『規則』は彼らの自覚を意識によらず上書きする。誘いに時の過ぎる、表出、体は正直です、最終電車の時間が迫る、家帰(かえ)るために『規則』を改めて読込む利用客は、南口を選んだ。西中央広場(concourse)の選由、誘導をこれはすっかり塗り替えた、。日本正の逮捕後、彼の『規則』を脱ぎ捨てる利用客たちの再聴取で得た証言すべてがと言い切りましょう、現在まで堰止められたのです。利用客は誘導を不振めいて見つめた時期をさらり、手放した。結目(むすびめ)の解どき満足したところへ現れるがひとつ前の結目(むすびめ)、玉が目留(と)まります。そればかりか、手繰り寄せるきっかけを利用者たちは奪われた。二つ下を思い出せましょうか。無意識を拭うと現われた自覚、生乾きなら記憶の隅に隠れ、擦る。騙された。、前色を知覚したら七情の発露。 犯人の思惑通りにことは進められてしまった」

見惚れ、方や流れまいと東中央広場(concourse)南口を通り過ぎ、西中央広場(concourse)拠(よ)りは逼る終電にそのまま出入り口に吸い込まれる。崇拝もしくは毛嫌い・軽蔑、裏と面を一度きり仕掛けるそぶりはまったく、両陣営に同じ経路を辿らせた。

 理解はするさ。店長の言い分、言い方には首を捻る。平伏(ひれふ)すほどの意外性とは毛色が違った。まだこの先にきっとどんでん返し、私を驚愕の渦に反時計回りに誘う抜群の推理とやらが控える、そう思いたかった。だって、小川は片目をこする。今頃は地下鉄を降りて熱い水飛沫(shower)を浴びるか汗と油にまみれた着の身着のまま寝台(bed)に頭を埋める、この代償は高くつくのだ。

 軽音間快(rhythmical)、店長は掴む、挟む、咥える、吸う、吐く、叩く、吸う、吐く、置くを淀みのない動作でそれは染みついた礼儀作法にどことなく近しいものを彼女は感じ、うっとりと所作の流麗さに見惚れて、いやいや、居癇(いかん)と自らを律し二吸い分の煙をたんまり肺に吸い込んだ。

「駅利用者と駅職員、通報を受け駆着けた交番の制服警官は思惑通り、『する』『しない』の規約と結(むすば)れた。これで東中央広場(concourse)は事象の前後被害者と犯人の二人のみ。例外として北口扉(door)近くに利用者を配置しておきましょう。、殺害です。被害者の希みを含む他殺でした。南口もしくは地下道へ降りた。南口は閉鎖されいなかった、地下道に直結する階段も昇降(のぼりおり)に支障はない。どこへでも、は語弊がありますが少なくとも警察の追跡から逃れた監視外の経路(route)が選ばれたことは確かでしょう、地下道でも駅に筒中(つなが)る通路内は法適用の範囲内です。解像度に劣る北口の監視動録機(camera)を把握していた、用意周到な機質を窺い知れます。淡々とことの済ませ。忽(たちま)ち発覚、追手を躱(かわ)すべく一時(いっとき)の間(ま)を欺く、『規則』を逆手に取ったのですから犯人は『規則』を見ていればよかった。駅職員が死体発見『する』おおよその時刻、それから警察への連絡と現場に駆着『ける』所要時間。人払いが異様、完璧に働くなか着替えはゆとりを持って死体の目の前でも行えたはず。駅構内の監視動録機(camera)は職員の業務違反と乗降(のりおり)に限られた諍い(trouble)が録画と開示を要求できる対象となり、改札付近と切符売り場、みどりの窓口は全体と職員の手元が撮影区域(area)。改札より約八十m南の現場は映りようがない」

 店長は顔を開いておどけた、煙草を吸う。私たちは情報過多なのかもしれない。店長のずば抜けた推理は欠けらを独自に練り上げる訓練そのもの。これは料理指南に通じる、あれこれこと細かな指導を私とリルカさんは受けずに自由な調境に身を置く。、退屈を通り越すと不安に駆られた。叱咤激励、手取り足取りの指導をどこかで私は期待に胸を膨らませ、萎んでもなお空気を入れてさ、加圧してくれると背中を押してくれると勘違いをしていたんだ。考える、これを第一に店長は言う。誰にとってでそれはいつ食べられて、だったら昨日はどのような日和で週の何日目で月のどの位置を移ろい、季節はいつごろか、常に考えてください。強制を受けた試しはあってたまるか、店長の怒りに任せた言動を従業員の私たち以外にだって向けられることはないのだ。冷静沈着、孤独を好むけれど人に健啖なだけかも。振舞う料理は必ずといってお客個人の好みがあるのだから、少数の食べ残しに一喜一憂するのは明らかな誤りで勿論反省はするべきだ、だたしそれは検証を義務付ける。落ち込むという態度は不必要だ、と店長は言い切る。過去は取り戻せない、君はふがいない以前に手を伸ばして改変を望めばよい。記憶の改ざんには手間だし都合の良い解釈も抜本的な解決策とはほとほと言いがたい。目を向けるべきは次に迫る調理だ。失敗の要素を抽出した改善策を試す。君の目線は膝を抱えた己(もの)それとも先を見る、であるならば獲得したい未来のために過去は切り捨てて。

 私は講釈を聞きたくて失敗を重ねた可能性は、多分にありえるだろう、不謹慎だよね、彼女は事件を紐解く店長の声を読経のよう、揺さぶる骨を意識した。

きっぱり別れて、。店長は鋭いのだ、私の心境の変化ぐらいお手の物で見透かして、しかしだけれども決してそう軽率には忠告せず私自身の気づきを誘う。餌に食いついた私を私が吊り上げてすごいでしょうと体長を見せ付けるんだから、まったく進歩のないやつですよ。

 あからさまに首を振った。海沿いの喫茶店で魔法瓶に特別充填してもらったcoffee(コーヒー)をぐびりと傾けた、ずぶ濡れよ有難う。そっけない、coffee(コーヒー)は思いのほか喉を通過する量が少なかった。店長はまだまだ俄然解説を続けるつもりらしい。無理をしてるのかも、ちょっと心配になる。

 女性刑事の後助(follow)は空想を調挙(しらべあげた)た事実という史実を充嵌(あてが)い、あっさり補いそくり店長の名調子は断えず続いた。

 長尺対面台(counter)席のお客を忘れてた、お茶ぐらいは出しておくべきだろう、店長と対談の順番を待ちわびる、私事(private)なお客はもってのほか。そういえば、と彼女は椅子に張付いた腰を上げた。精算機(レジ)台に傘がぶら下がり、店長は的確的合(pinpoint)に傘などと言えたんだろう。心ここに在らずでお客に「飲み物を出しましょうか?」、気を利かせた。断られたらtoilet(トイレ)に立ったと思え、小川は要望に応えてglass(グラス)に水を注いだ。

 

役不足な柔焼菓(sponge cake)と不確かな記憶 4

「素人なりに事件に適度に通じていた。不可抗力の仕業も当嵌(あてはま)る、開店に欠くことなしのしつこい随伴に毎日晒された。前を置きはこの程度に、さて、事件をどのように解読したか、これについては少々難儀な会見とならざるを得ない、というのも、とても強引であるまじき帰結に僕自身も未消化かつ不本意な心証を抱いたからです」店主は学生に語るよう言葉を選び、二人の女性小川と種田に内輪なる事件の解を顕わした。「事件はS駅の構内、東中央広場(concourse)の改札を視界に収めた行き来の盛な広間(floor)で起こる。頸部に右前腕を、刃物を用いた両断が被害者を絶命へ誘(いざなっ)た。即死だったでしょう。生活反応は胴体を離れる右腕から検出された。事切れ崩落(くずれおち)る人腕を斬り落とすには相手役、切られる者の生存が不可欠です。一撃目を打(たた)き、跪(ひざまず)く上身へ斬首、二撃目を放った。穿った見方をせずとも剣術に長じた人のこれは仕業である。とはいえ、焦らずに、私の講釈が閉口(とじ)てからに、肝心の逃走する犯人らしき人物の姿は未だ想像に頼る。警察の落ち度や駅への安全管理の批判ではありません、むしろ駅構内では駅員や警備員の視線が名を変えた影作景役機(camera)に凝視されては気味が悪くてしょうがない、僕は行き届かない監視には大いに歓迎します。死角で事件が起きたら駅は責任を取ってくれるのか、との市声に監視社会における窮屈さを甘く見てやしないか、反問すればよい。また建物の影に入れば死角は有無を言わさず出現しますし、場所によっては夜毎現る。駅だからというのはおんぶに抱っこ、如何にこの国が安全と謳われる法治国家といえど、所詮は個人の集合体であり階級が生む明瞭な格差が犯罪に人を走らせるのは世の常。戦争が終わり時代が化和(かわ)ってくれたお蔭げにより世界に較(くら)べ善良で穏やか頭脳明晰で物まね上手な民族が再構築を遂げる。強られたのですから、化和るより道はなかった。それまで戦争に明け暮れていた勝ち続けていればという恐ろしい過去は無きものよと、図々しい」

「店長、事件のお話ですよ。随分とその言い分に新聞の投稿欄の雰囲気が出てますけど……」小川は素触(soft)な出だしでもって説明に割り込む。彼女は年齢(とし)の割りに定期的な活字の摂取を怠らない。

「僕は事件と関連の必要が見込める話題に触れてるつもりだ。どこかおかしいかな?」

「そりゃだって、監視camera(カメラ)の死角は犯人側が意図的に工作を働いた結果と言えなくもありません」

「歯切れが悪いね」

「店長が簡単に『監視camera(カメラ)の死角』切り捨ててしまうのは何かしらの根拠に基づいてる、私にはそれがこれっぽちも理解の範囲外なんですよぅ」小川は口を尖らせる。明徴な裏づけや科学的な根拠、達成に駆り立てた犯行の動機をいうのだろう。

「『する』『しない』の規則を当嵌めた、準用さ」

店主はぞっとする笑みを顔に作った。小川はのけぞって気絶から覚醒した直後はこの場を飲み込む二度見、変じる目前の出来事、その理解にこれまで培(つちかい)し脳が、溜込む経験が処理速度を鈍らせた。喉を鳴らし彼女はしかと唾を飲む。

「つまりね、手掴む選択を知らず知らずそれがあたかも呼吸と同様の自りつ的な動きだと僕らは騙されていたのさ。殺す、殺された、刑事さんたちを含む事件の捜査に当たる人は最初にこの選択と対峙をした。保留とはいえ、自殺とは一見して思いにくい。ほぼ他殺、いや確実に殺しだ、という判断を選んだだろう。どうです、刑事さん?」

「腕は何とか切り落とせます、対し体の構造上首は、人外を頼る。しかも、切断面は鮮やかな一閃を専門外の私が観測しても明白であった……」

「ただし、という注釈がつきますね?」店主は種田の言葉を補う。彼女は開きかけた口を閉じる。「そう、ただし協力者の存在を除くという条件を付けてだ」

「それはつまり自殺幇助(ほうじょ)、手助けをした共犯者と云っていいのか、切り落すための道具みたいなものを運んで回収した人が現場にいたってことですか?」小川はきいた。

「選択は一度きり、引き戻ってやり直しても経験はこびりつく。この時点で犯人の計略に僕らはまんまと填っていた。残念ながら、駅員と警察の初動捜査が、歯に挟まる違和感を残す事件の幕引きを僕らに観せてしまった」

「店長、もう少し具体的にお願いします」わざとらしくかわいらしさを演出、小川はこめかみに人差し指を打ち抜く構え、やじろべえのごどく左右へ上半身をゆうらり振る。「要するにですよ、初めから計画とやらを見せ付けられていて、まんまとその術中に私たちは警察ごと深みに填ってさあ大変。出られたらば、もう泥だらけで体を洗い流して、あれよあれよと事件を調べる刑事さんたちは犯人を捕まえてしまった……私としたことが大筋が掴めまちゃいました。、そういえばですよ、もうひとつ疑問があったぁ、忘れてました、わたしとしたことが。、刑事さんはいつどのあたりで見当をつけたんですか、捜査の流れを聞いててもいまいちその部長さんですか、傘のくだりと種田さんの気づきが系りを拒んでます。両岸を渡す橋が足りてないように思うんですよね」言い切って小川は煙草に火をつけた。種田に断ってからだ。店主が吸うのだから私も、前例とはまったくもって無関係なのだという主張か、染み付いた礼節、もしくは本質に備わる気遣(きづかい)、数分前の登場人物を含め種田以外は皆、喫煙者であった。

「そのことは順を追ってたどり着くから」片目をつぶり、歪みともいえる、店主は煙を放出し話を続けた。似合わない振る舞いであることは承知してる、だが、と思う。あえてやってのけるのなら、それは効果的に相手の心を打つ。「選ばされていたとはいえ、被害者はやはり殺されたと僕は考えます。ちなみに北口を出て消息を絶った不振人物は使いの小市民ですかね」

「それも『する』『しない』の前提に基づいた判断、というやつですか?」すんなり疑いを問う。灰皿に固まる灰、これを店主は押潰す。灯る火球の先端がちりぢり炎花(ほのか)。

「いや、人払いに心血を注いだ結果さ。定例、常識、時期と時刻や天候にあやかる」「ただ、そこへは目撃者が現れてしまった。これは偶然だろうか?」

「演出」

「目撃者には観られて欲しかった。一人は心許ない、どちらかが偶然に負(おう)じる双人(ふたり)だった。人気のない地下道、片方が立ち止まれば目に付くだろう。改札への階段と自動階段(escalate)は通路の左側」商品陳列用飾り窓(show window)は通路の左、右の駅buil(ビル)へ通じる出入り口は勾配の手前、平路に面する。扉は施錠がなされ、不通過である。

「天井を見上げるでしょうか。私はとっと家に帰るのに必死でたぶん五mぐらい先をぎりっと眺めてますよ、着席は夢のまた夢、だったら壁を背にする好位置をって」、と小川。

「地下道の照度は?」店主は揺らめく白煙の隅、種田へ尋ねる。

「駅員の話では若干普段の百㏓(ルクス)よりは暗かった。翌日の証言ではなくこれは昨日得た聴取です。時が移ろう、低落した信憑と見なすべき」

「吸い寄せられる夏の虫は頼まれもせず明りを目掛る。零れる明りと上階への最短経路、左側を通行、壁に寄って歩く。これなら頭上を仰ぐこともありうるのか」小川は納得するかと思いきや、煙草を片付(しま)い店主に言った。「目撃者の一人、えっと高山さんでしてたっけ、その人が通報したんですかね?」

「いいえ。駅員の通報です」、と種田が答える。

「高山さんはその場で立ち尽くしていたんですか?死体を見て足が竦んでしまったとはいえ、時間的に長すぎますよ。もう一人の目撃者は酩酊状態で通報どころの騒ぎではなかっただろうし、環長椅子(sofa)に辿り着いた記憶は不確かですが、現に高山さんが捕まってるのだから……気絶したふりでもしたのかも」

「高山明弘は見つかったのではありません」舌頭。繁茂は窺いし双眸よ獣の瞳印橙に輝る、声気が顔を過ぎた。「彼が駅員を見つけたのです」

役不足な柔焼菓(sponge cake)と不確かな記憶 4

「素人なりに事件に適度に通じていた。不可抗力の仕業も当嵌(あてはま)る、開店に欠くことなしのしつこい随伴に毎日晒された。前を置きはこの程度に、さて、事件をどのように解読したか、これについては少々難儀な会見とならざるを得ない、というのも、とても強引であるまじき帰結に僕自身も未消化かつ不本意な心証を抱いたからです」店主は学生に語るよう言葉を選び、二人の女性小川と種田に内輪なる事件の解を顕わした。「事件はS駅の構内、東中央広場(concourse)の改札を視界に収めた行き来の盛な広間(floor)で起こる。頸部に右前腕を、刃物を用いた両断が被害者を絶命へ誘(いざなっ)た。即死だったでしょう。生活反応は胴体を離れる右腕から検出された。事切れ崩落(くずれおち)る人腕を斬り落とすには相手役、切られる者の生存が不可欠です。一撃目を打(たた)き、跪(ひざまず)く上身へ斬首、二撃目を放った。穿った見方をせずとも剣術に長じた人のこれは仕業である。とはいえ、焦らずに、私の講釈が閉口(とじ)てからに、肝心の逃走する犯人らしき人物の姿は未だ想像に頼る。警察の落ち度や駅への安全管理の批判ではありません、むしろ駅構内では駅員や警備員の視線が名を変えた影作景役機(camera)に凝視されては気味が悪くてしょうがない、僕は行き届かない監視には大いに歓迎します。死角で事件が起きたら駅は責任を取ってくれるのか、との市声に監視社会における窮屈さを甘く見てやしないか、反問すればよい。また建物の影に入れば死角は有無を言わさず出現しますし、場所によっては夜毎現る。駅だからというのはおんぶに抱っこ、如何にこの国が安全と謳われる法治国家といえど、所詮は個人の集合体であり階級が生む明瞭な格差が犯罪に人を走らせるのは世の常。戦争が終わり時代が化和(かわ)ってくれたお蔭げにより世界に較(くら)べ善良で穏やか頭脳明晰で物まね上手な民族が再構築を遂げる。強られたのですから、化和るより道はなかった。それまで戦争に明け暮れていた勝ち続けていればという恐ろしい過去は無きものよと、図々しい」

「店長、事件のお話ですよ。随分とその言い分に新聞の投稿欄の雰囲気が出てますけど……」小川は素触(soft)な出だしでもって説明に割り込む。彼女は年齢(とし)の割りに定期的な活字の摂取を怠らない。

「僕は事件と関連の必要が見込める話題に触れてるつもりだ。どこかおかしいかな?」

「そりゃだって、監視camera(カメラ)の死角は犯人側が意図的に工作を働いた結果と言えなくもありません」

「歯切れが悪いね」

「店長が簡単に『監視camera(カメラ)の死角』切り捨ててしまうのは何かしらの根拠に基づいてる、私にはそれがこれっぽちも理解の範囲外なんですよぅ」小川は口を尖らせる。明徴な裏づけや科学的な根拠、達成に駆り立てた犯行の動機をいうのだろう。

「『する』『しない』の規則を当嵌めた、準用さ」

店主はぞっとする笑みを顔に作った。小川はのけぞって気絶から覚醒した直後はこの場を飲み込む二度見、変じる目前の出来事、その理解にこれまで培(つちかい)し脳が、溜込む経験が処理速度を鈍らせた。喉を鳴らし彼女はしかと唾を飲む。

「つまりね、手掴む選択を知らず知らずそれがあたかも呼吸と同様の自りつ的な動きだと僕らは騙されていたのさ。殺す、殺された、刑事さんたちを含む事件の捜査に当たる人は最初にこの選択と対峙をした。保留とはいえ、自殺とは一見して思いにくい。ほぼ他殺、いや確実に殺しだ、という判断を選んだだろう。どうです、刑事さん?」

「腕は何とか切り落とせます、対し体の構造上首は、人外を頼る。しかも、切断面は鮮やかな一閃を専門外の私が観測しても明白であった……」

「ただし、という注釈がつきますね?」店主は種田の言葉を補う。彼女は開きかけた口を閉じる。「そう、ただし協力者の存在を除くという条件を付けてだ」

「それはつまり自殺幇助(ほうじょ)、手助けをした共犯者と云っていいのか、切り落すための道具みたいなものを運んで回収した人が現場にいたってことですか?」小川はきいた。

「選択は一度きり、引き戻ってやり直しても経験はこびりつく。この時点で犯人の計略に僕らはまんまと填っていた。残念ながら、駅員と警察の初動捜査が、歯に挟まる違和感を残す事件の幕引きを僕らに観せてしまった」

「店長、もう少し具体的にお願いします」わざとらしくかわいらしさを演出、小川はこめかみに人差し指を打ち抜く構え、やじろべえのごどく左右へ上半身をゆうらり振る。「要するにですよ、初めから計画とやらを見せ付けられていて、まんまとその術中に私たちは警察ごと深みに填ってさあ大変。出られたらば、もう泥だらけで体を洗い流して、あれよあれよと事件を調べる刑事さんたちは犯人を捕まえてしまった……私としたことが大筋が掴めまちゃいました。、そういえばですよ、もうひとつ疑問があったぁ、忘れてました、わたしとしたことが。、刑事さんはいつどのあたりで見当をつけたんですか、捜査の流れを聞いててもいまいちその部長さんですか、傘のくだりと種田さんの気づきが系りを拒んでます。両岸を渡す橋が足りてないように思うんですよね」言い切って小川は煙草に火をつけた。種田に断ってからだ。店主が吸うのだから私も、前例とはまったくもって無関係なのだという主張か、染み付いた礼節、もしくは本質に備わる気遣(きづかい)、数分前の登場人物を含め種田以外は皆、喫煙者であった。

「そのことは順を追ってたどり着くから」片目をつぶり、歪みともいえる、店主は煙を放出し話を続けた。似合わない振る舞いであることは承知してる、だが、と思う。あえてやってのけるのなら、それは効果的に相手の心を打つ。「選ばされていたとはいえ、被害者はやはり殺されたと僕は考えます。ちなみに北口を出て消息を絶った不振人物は使いの小市民ですかね」

「それも『する』『しない』の前提に基づいた判断、というやつですか?」すんなり疑いを問う。灰皿に固まる灰、これを店主は押潰す。灯る火球の先端がちりぢり炎花(ほのか)。

「いや、人払いに心血を注いだ結果さ。定例、常識、時期と時刻や天候にあやかる」「ただ、そこへは目撃者が現れてしまった。これは偶然だろうか?」

「演出」

「目撃者には観られて欲しかった。一人は心許ない、どちらかが偶然に負(おう)じる双人(ふたり)だった。人気のない地下道、片方が立ち止まれば目に付くだろう。改札への階段と自動階段(escalate)は通路の左側」商品陳列用飾り窓(show window)は通路の左、右の駅buil(ビル)へ通じる出入り口は勾配の手前、平路に面する。扉は施錠がなされ、不通過である。

「天井を見上げるでしょうか。私はとっと家に帰るのに必死でたぶん五mぐらい先をぎりっと眺めてますよ、着席は夢のまた夢、だったら壁を背にする好位置をって」、と小川。

「地下道の照度は?」店主は揺らめく白煙の隅、種田へ尋ねる。

「駅員の話では若干普段の百㏓(ルクス)よりは暗かった。翌日の証言ではなくこれは昨日得た聴取です。時が移ろう、低落した信憑と見なすべき」

「吸い寄せられる夏の虫は頼まれもせず明りを目掛る。零れる明りと上階への最短経路、左側を通行、壁に寄って歩く。これなら頭上を仰ぐこともありうるのか」小川は納得するかと思いきや、煙草を片付(しま)い店主に言った。「目撃者の一人、えっと高山さんでしてたっけ、その人が通報したんですかね?」

「いいえ。駅員の通報です」、と種田が答える。

「高山さんはその場で立ち尽くしていたんですか?死体を見て足が竦んでしまったとはいえ、時間的に長すぎますよ。もう一人の目撃者は酩酊状態で通報どころの騒ぎではなかっただろうし、環長椅子(sofa)に辿り着いた記憶は不確かですが、現に高山さんが捕まってるのだから……気絶したふりでもしたのかも」

「高山明弘は見つかったのではありません」舌頭。繁茂は窺いし双眸よ獣の瞳印橙に輝る、声気が顔を過ぎた。「彼が駅員を見つけたのです」