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「ない」と「ある」はいけません 1

小説

 

 「ない」と「ある」はいけません 1

  •  強風の煽りに耐え抜く巨木が枝葉を伸ばし場所を譲れ、次節が日一日と背後に迫る。毎晩掛布団は厚手の毛布それとも薄手のCotton blanket(タオルケット)かと迷う初夏の入り口は体調管理を大いに左右する就寝前の決定に室外計を取り入れた翌日の天候を予測する新たな取り組みも用を果たした。帰宅の戸(door)と共に待ちわびた足元の猫のように、先週の半ばあたり、はびこる熱の兆しが顔を覗かせていた。週末には何食わぬ顔で熱の塊が室内、胡坐を組みくつろぐ。窓を開けて眠る季節がとうとうだ、やって来たのである。

 地下鉄のみ数える路線数はS駅を凌ぐここは乗換え拠点(junction)、三路線が入線(はい)る息苦しき妙な照度を保つ駅を降りて仕事場へ向かう。開店準備は所所むくむく始動取り掛かる地下道を通り急な上りの階段から地上に出、四丁目の交差点をしばし眺める。目安は青信号から次の青まで。早朝六時三分。斜向いの大型想像絵図(vision)はなにやら不測の事態を神妙な面持ちで報じる。字幕(telop)に音声、映像に、図解(flip)zuていサー号から次の青まで。早朝六時三分。斜向いの大型ビジョン。目で追うだけで一苦労、おそらく作り手は一生視聴と無縁の生活を送る。

 取るに足らず、店主はきっちりと切り替わる信号に合わせて踵を返す。ぼんやりこちらを眺めた男性が大型想像絵図(vision)の下で信号を待つ時間をこちらの観測に当てていたが、当然のことながら私は初対面だ。ちなみに店主に知人と呼べる人間は零。友人というのは、自らの欲を共にその貴重な時間を削いでくれる浅はかで無知な、無利子で資金を貸すようなもの。勧誘はたとえ両者の合意の下、どちらかが言い出したはずである。無論、協議の末に意識が動じ固まるという場合も存在はするだろう。ただし、以前から誘いをほのめかしてはいなかっただろうか。私は遊園地に映画に海外に名所旧跡、寺社仏閣、世界遺産に自然遺産、一義的遊戯施設(thema park)に新装開店の老舗department store(デパート)、郊外の牧場に打球棒技(golf)場、海水浴や山では野営(camp)にbarbecue party(バーベキュー)、甘味(sweet)、扁平洋菓子(pan cake)、茶店(cafe)めぐり、軽走二輪(cycling)に長距離耐久走(marathon)。心当たり引っ掛かりを覚えたと言い出しにくいのであれば、表情をどうかこちらへ嘘偽りと品行方正は見抜けるつもり、これでも客商売を営む、緊張ゆえのこわばりか張り付く仮面かは立ち振る舞いが絶妙果敢に当事者から教示を受けるのだ。路上へ市の許可が下りた風体とは似て非なる、痛めつけた縮れ毛の束が数本顔の両端に下がる、『転』紙の切れ端に絵の題名(title)、明取りの小窓へ手を伸ばし爪先立ちに薄く暗い室が闇へ還る、突っ伏するもう一人は死目を剥くも隠した右手はしかと片が手の短剣へ添える。絵はそれが一点のみ。

 左。

 路地を百Mほど舗装工事の手をしばらく緩めた波打つ細い歩道を進み左手は老朽化と思しき洋食屋の戸(door)をくぐる。

 エザキマニン。

 かつて伊太利亜(イタリア)料理店その名残が入り口左手の出窓に適角(best angle)で構える石釜と、中央の通路を挟んだ板張りの床(floor)は頭上に釣り下がった骨董(antiqte)の花形装飾電灯(chandelier)。どちらも海外産。本場本国が適当な出自だろうか、石釜に用いた石は伊太利亜(イタリア)から取り寄せたものでまた釜職人なる人まで呼び寄せたらしい。花形装飾電灯(chandelier)は月に一度は高額な提示金をちらつかせる売却、引き取りの話が持ちかけられる。とはいえ当の店主は、というと装飾品には無頓着、いや興味を持つ意識を積極的に排していると云えるか。店の購入は立地条件と既存の設備がそのまま継続使用可という不動産屋の売り文句に触手が動いたのだ。開店当初、pizza(pizza)は御品書き(menu)から除外をしていた。店主の専門は洋食、それも日本で食べられる庶民的な昼食(lunch)と夕食(dinner)の提供する店を標榜する。だから、伊太利亜(イタリア)国旗も仏蘭西(フランス)国旗も、洪牙利(ハンガリー)などもっての他、非重要(minor)だという意味と履き違えられては困る、こうやって幾人に説明のたびに注釈をつけたことか、店主は薄い防風着(windbreaker)を脱ぎ、早速仕事着に着替えて、厨房に入った。

 店主を含め、従業員は三名。うち二名が厨房の料理人。hall(ホール)担当を一人に任せる。昼食(lunch)時の混雑には臨時要員に厨房の二人も接客をこなす。主に明るく人当たりの良い小川安佐が借り出される。もう一人長身で多少無愛想な館山リルカはいの一番には梃子でも動かず、提供する料理が配膳台で今や早く食べられていっそこと、排出を待つ時間が長くなると漸く彼女が出動する、当然仕方なく、である。まだ、気恥ずかしさの対処が不十分なのだろう。従業員への指導はほぼ皆無と言っていい。何しろ、「指示をください」、という要求が彼女たちから必要に舞い込んだのはたったの(・・・・)二年前である、ちなみに記憶力に長けた店主が性質である、お客の顔は記憶し圧縮取り出せずとも覚えてはいられる稀有なその頭脳をほかに、と接する誰も、いいや店主の能力に触れてごく一部の人間がひそかに想像し閉じる、能力の一旦片鱗にかろうじてしかももしかすればこちらが観せたものを単に自身が望んで視たように思い込んでいるのかも、底が知れない、店主を評するこれが取り巻きたちの総意だ。対極が前提、小世間に立つ店主の指導をいえば、これは見事に明快である。個人の自主性に基づく簡易な自立と個性をない交ぜにした独自の作用を見越す店主ならではの、教育というべき指導法か。店主は語尾を濁す、まずは自らを顧みたがのちに、と。大それたこと。

「コーヒースタンド」の店主、筋の斜向かいに構えるcoffee(コーヒー)店の主がそういえば、従業員の指導について助言(advice)をくれないかと、いつのこと、回答を欲しがっていたか。店主はあっけなく横暴なとりきめ、一方的な願いなどを忘れるように心がける。人関の究極にまで高めてやっと自らの時間の捻出にいたる。まあ店主自身、娯楽とは無縁の生活を送る、興味は失せた。休日の仕事によりて費やす、睡眠の、省き時の経過を厨房で過ごすことは、むしろ店主にとって休息の意味合いが色濃く表われているだろう。適宜(constant)に休日を週一度設け、体を休める。平坦で無味乾燥、さらの画用紙、速写(croquis)帳はけれど未使用だから持ち歩く価値を有するのだが、そこまで懇切丁寧には口が裂けても、店主は無言を貫く。

 影では無口と呼ばれているようだ。未確認なのであくまで予想である。

 いつものごとく、昼食(lunch)用の食材を吟味する。今日は月曜日、日曜は定休日であるから、これより開店の十一時に間に合わすべく提供の品を仕込む。いつものことだが他店の料理人たちや買い付ける先、市場の売り子たちからは驚きを聞く。high risk(リスキー)、調理が後手に回るだろうと。己らの存立意義を履き違えた発言だと常々思う。提供は誰にとっての価値であるかをまったく棚上げにしたぞんざいな扱いに思えてならないが、ここでも正論は控える。議論好きな人物も料理界はわんさか有象無象がはびこる。店に押しかけてまで、私の調理法の何たるかが、正式なそれとは誤っている、直せ、改善を求める輩もいた、味についてはしつこく何を加(いれ)たのか、これこれの日付でこしらえた料理は大勢が食したが見当をつけていたのか、長尺対面台(counter)越しに失礼を承知、いいや過去は書き換えお家は元来、持つに適わず獲得を諦めた人々は御陽気に詮索を当然と思い違える。だから無口、といえたるはささやかかわいらしい主張であるさ。店主の腕が組み替わる。

 微か余韻を散らす、かろりころころん、牛鐘鈴(cow bell)の鳴り。

「おはようございます。松本商店です」未入荷もしくは誤発注を公示(つげ)る、申し訳なさを体中の毛穴という穴より放出せしめこちらに解らせよう、察してもらおうという目論見であった。

 領収書を受け取る。引きつった頬を指先でほりほり掻く、謝罪を申し出るきっかけづくりの基本型(pattern)はやりつくしたのだ。よって彼の態度は正当と受け取れる。店主は片目で以って台車に載るcardboard(段ボール)の中身、野菜の数々を一度はっきり見つめ、視線を彼へと向けた。軽く、彼は宙に浮いた、一㎜ほどだ。

「じゃが芋が見あたりませんが」

「……気づきますよね」睨まれたので、彼は誤解をすぐさま解く。「狙ったわけで決して、滅相もないそんなこと、お得意さんのエザキマニンさんに限って、店長さんの考えとは少々事情がずれてると思いますよう」

「狙うことは信用の喪失にあたり、なおかつお客のえり好みと、誤った解釈に受け取られかねない。反論の余地はありません。また、僕の店を優遇することも前述と同様、他のお客をお座なりにした悪質極まる個人主義といえ、さらには私が首をかしげるのは、じゃが芋以外の選択肢をこの時間までその選出を怠ったのか、出勤時刻に合わせた配送はなにも、。要求をせしめた覚えという偽りの記憶を持つのならば、私ははっきりここで訂正を願い出ます。どうかそちらの都合は、通常の配達時刻に」

 見開く松本商店の配達人は圧倒され、たじろぐ。糸の縫合されたる様は、開口の意志あれども手段を持ちえず、口はつぐんでしまった。堪える言い方をあえて採用した、三回を数えた失態(miss)へ辟易なるあからさまな態度を魅(み)せつけた。感じてはいたが今回もまさかとは思ってはいるのだ、不可抗力なれば存立は与えても。ところがどうだ。

わずか兆しの彼が様相は一向裏切る、反応は終えていたらしい。店主はそっと禁断の一言をこぼす。

「契約の解除を求めます」

「そんなぁ」悲痛な叫び。

「入手困難な珍しい品種、新種を松本商店さんに要求したでしょうか。秋栽培は五月六月に出回るじゃが芋一㌔の注文です」店主は着の身着のまま店を出た。

「私の不手際です、申し訳ありません、ですからどうか、どうか!契約の解除だけは考え直してください。お願いします」店外は客席、窓のあたり。松本商店の配達人が足にすがる、絡まる。ごわごわとした藍色の前掛けは集金を入れる袋の役割をどうやら見限ったらしい。格好だけが取り柄のこれ見よがし和食屋の制服(uniform)のよう。

「機会を与えました」店主は真下へ容赦のない事実を告げる。何人、取り去った私心、と通行人が受け止めるか。早朝だけに人の往来はまばら。tall building(ビル)の谷間の重い陰影(かげ)、未だ袖は手首を被す。「一度目は誰にでも起こりうる失敗、そこから学ぶか否か見極める二度目の失敗が、待ちわびる不条理で不可思議な心持はどこぞへ除けよう、すんなり目元へと着地した。先月でしたね、じゃが芋の誤発注は一度に五㌔が届どく。、そして今回。話すべき対象それはあなたを管理する責任を問える人物です」

「私は出戻って松本商店に入りなおした身、会社ではまだ冷たい目で観られてますよ。一時期、代わりの奴が配達に来てたのは知っていますよねぇ?」店主はただ見つめる。「そう、そんな目です。人生面白く思えって方がおかしい。ははっ、音楽で食べていくって豪語したわりには半年で逃げ帰ってきた、そんな奴にですよ、今月からまた気前よく働いてくれだなんて、教会の修道女でもあるまいし直ぐに馴染めると思うな、会社と俺はそこだけ通じていたんだって」空は青く細かで斑の黒の下地、配達人は空を仰ぐ。「はぁあ八方塞りだぁ、馬鹿な真似をなんで今になって悔やんでるんだこいつ。滑稽でしょう、店長さん。笑ってくださいよ、でないと、そうじゃないと、あんまりにも惨めじゃないですかァ……」

 事情は人それぞれだ、私が一度でも手を差し伸べたら、兼六園は池に群がる鯉のよう獰猛果敢に口を広げては大きく、よりもっとをねだる。真平(まっぴら)御免。冷たい、印象を他人にさらす。だからといって、自らをぐんにゃり曲げてまでその湾曲が後世も恙(つつが)無く体躯や精神にはびこり、居座る予見を十二分に厭というほど私は体験を済ませ、やっと抜けきった現を生きる。どうでもいい、一方どうしても何とかしてあげたい。両方は背を向けるのであれば、自ずと答えは身のうちに湧き上がる。正しい、信念を掬う。誰しも、譲る場面に出くわすだろう。その時々世話を焼きたい人たちは葛藤をごまかし、私心を寝かしつけ、喚き痛みを訴えるのにもそう、他人行儀な振る舞い、内乱を誘発しかねない向後の破裂をだ、胡坐の掻いて暢気。甘味氷棒(ice)を舐めつつもう一方の手には炭酸飲料を握り締めて、ああ、袋状物入(pocket)には端末機器、耳には集音機官(earphone)、紫外線から身を守る遮光眼鏡(sunglasses)に、流行の帽子、流る色形が上下の洋服に、そうそう、時計に代表される装飾品の鈍い光に身を窶す。

「ないものはないんです!」進路へ戻り掛けた店主の半身に配達人は喚き立てる。「あったら、そりゃあ、遅れても届ける約束を店長さんに願い出てじゃが芋をかき集めてみせますよ。見縊ってるから、あえて言わせてもらったんだ、別に逆切れじゃあないですよ、勘違いされてもらっちゃあ、困るな……。、届けたんですよ、か・く・じ・つにね。それなのにほんの十分ぐらいで跡形なし。『あり』えますか?『あり』えるでしょうね。まいった参った、なにいってんだろう」

「『ある』。私とあなたが両者共にそのものを、ここではじゃが芋を認識している状態を指す。想像に上げる事物は不明確であっても名詞を覚えていさえすれば、共感を得られるでしょう。店先に運ばれたじゃが芋のcardboard(段ボール)は現在のところ影形ともに見当たらず。あなたと私が思い浮かべるじゃが芋は同じものであったのか、という疑惑がここでにわかに浮上のきっかけをつかむ」店主はたとえ話を持ちかけた。相手の熱を脇に逸らしなおかつこちらの言い分を伝える方法を取った。「野菜、根菜類、茄子科、南米、アンデスが原産でしょうか、薩摩芋も確か原産は海外でしたか、そのあたりの知識に疎いものでね。形、大きさ、色あい、手触り、香り、味、総合して食味(texture)と云い、個個別別衆多の共通項と寡少違いが現れる。まったくの同感だ、と表情から受け取ります。では、あなたが描いた運ぶ注文の品と私の視認を逃れた品物とは同一といえるでしょうか」

「うっっと、それは、一体そのなんの関係が……」よろよろ立ち上がる当惑そのものの配達人がしばし打ちひしがれた地面との接触を断つ。効果が出始めている。

「私は料理人でありながら無知でもある。『ある』ことと『ない』ことは同義という考えを持つのです。難解な言葉を避けるとさらに理解を遠ざけてしまうので端的に言うと、『ある』、という場合にそれは『ない』ことを必ず含み、『ない』場合は『ある』ことが覆いかぶさる。完璧などは存在と意味が二つともに有ることが特に難しい。璧(ペキ)は土部ではなく玉部なのです。その熟語すらまともな直視を避ける、曖昧な理解つまり『ない』は不本意ながらいずれ『ある』という現実を呼び寄せる。ですからあなたの『ある』と私の『ある』にも『ない』がひそかに含まれていた。名詞とは実に便利な道具でしょう、已むを得ず踏み切った使用に依らないと動物としての勘を最大限働かせていらぬ心配を最右翼に位置づける、効率重視または裏切の埋め合わせに通常を脱、老舗department store(デパート)を後に私の店を優先させた失態を招きかねない」 「、という可能性を秘めた一例をわたしが提案しました」店主の想像絵は女王陛下の元を去る胸前で腕を折った退下が一礼に近い。「『ない』が見えたときの対処法が入用になる。通常業務を超えはみ出す対処に勤しむでしょう。私ならば、」

 彼は店先に置き去る、ぶれた視野に彼がどこか希望を抱いた瞳を向けていたか、思い込みだろう、店主は二区画(block)離れた四条市場に向かった。欄干にたたずみ珍しく川面を眺める人を、信号待ちの横断歩道で足止めを食い、見させた。何事も『ない』ことは『ある』に通じる。

 目線が上を向く。

 そこになかったはずの雲がもくもくもくと、あったのだと言い張っていた。