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「はい」か「いいえ」 4

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「……という幕劇(drama)みたいな映画っていうのもありですけど、最近のは高感度の無線集音器(ワイヤレスマイク)が鮮明(clear)な映像と相まって物語の本質をないがしろにしてしまってる。人間の視力と聴力を超越したがために失ったものを取戻すべきなのですよ」

「下してばかりの評論家かお前は、映像を作ってからものを言え」

 昼食(lunch)の仕込みに目処がついた開店前の『エザキマニン』。昼食(lunch)の試食が名目の朝食兼昼食。店主はcoffee(コーヒー)のみで済ませる。今日は小川が斜向かいの列に並んで、お使いに出た。時として店長自らも買いに出る。、彼女は数量限定の柔焼菓(sponge cake)を購入したかった。店の開店前十一時頃に『コーヒースタンド』には柔焼菓(sponge cake)が並ぶ。三号店の服飾(fashion)tall building(ビル)一階で新しく売り出した商品が人気を博し先週の半ばあたりから開店前のこの時間にはずらりと一号店と『エザキマニン』が接する通りの両端に長い列の並ぶ光景が見られるようになり、興味津々だった小川は店頭に揃う時間帯を広域調査(research)し、都合よく開店前の休憩時間が最適(best)の頃合(timing)と知り、ここ数日彼女のおごりで従業員たちはcoffee(コーヒー)にありつく。

 高密度の弾力にとんだ柔焼菓(sponge cake)をお楽しみに甘藍(キャベツ)とひき肉の炒め物、甘藍(キャベツ)の浅漬けと白米に豚汁を平らげcoffee(コーヒー)を流し込む、開店十分前の店内、厨房である。外は行列が見る間見る間に出来上がり逸(はや)る気持ち、出窓を覗く隊列につく前のお客と何度か目が合う。小川安佐は騒々しい一日が幕を開けるそういった状況を忘れようとしてか、昨日の出来事を一心不乱口をつくまま国見蘭に語ったのである。

「二千万という金額は店長、事実ですか?」詳細な額は二千万を越える、戸棚(cabinet)にしまわれた絵画を加えての値、前任者の置き土産だ。無論不動産屋に了解を取り手放した。『背離』顔を突き合わす二人の後頭部、片方は側頭部にもう一つ顔を持つ。暗黒を基調にわずかな陰影が明取りの窓より零れ握手を交わす人らが写る、食器の税金分が賄われた。それら、税金等の手続きに手数料を差し引きおおよそ二千万弱の金額。店の資材、として彼女は尋ねた。店の資金面の管理は経営者である店主ではなく、彼女客間(hall)係の国見蘭の一従業員に任せる。このうちの一部または全額を店の会計に充当しますか、。

「次の改装資金、その他急を要する支出に当ててくれればいい、個人的な使い道も思い浮かばないし」

「店長、この間のコンビニ弁当商品化の提案を思ったんですけど、改めて受けまひょうよ」fork(フォーク)に突き刺す柔焼菓(sponge cake)の一切れを小川は小さな口に押し込む。

「私聞いてませんけど」国見蘭が言った。

「包み隠さず君たちには公開をしてるつもりだけれど、判断を仰ぐ場合は君たちに意見を募る。そうしなかったのは『はい』と『いいえ』を強要されたからだ」

「なんですそれ?」国見がきく。彼女は一度客間(hall)の時計を見た。開店時間を早めましょう、進言をするのかもしれない。

 店主の代わりに小川が答えた、話したくてしょうがない、いても立っても、というこちらは断定に容易い。

「質問に『はい』か『いいえ』で答えなくちゃですよ。これまたつんけんした人がいうもんですから、照明の影も手を貸すそれはそれは背筋が凍る思いでしたぁ」

「まったく要領を得ない」と国見。

「それは月曜の話だろうが、ごちゃ混ぜにするなよ」小川の意見を否定する館山リルカが注釈を加える。「先月の中ごろ、商品開発部の三人が突然商談を持ちかけて国見さんの休憩時間丸々、人気の料理(menu)をぜひ売り場に並べてゆくゆくは全国展開も視野に……かなりしつこい勧誘でしたね、そうですよね店長?」

「気乗りはしないよ、売れ残りは店の信頼を失う。食べたものを踏まえ、昼食献立(lunch menu)を変える。列は不断を経たお客の行動、包み隠さず披露してるけれど誰一人として、献立(menu)はありきたりで普遍に触れようとはしない。つまりほかでは難易度が高い。依頼先は尚更だね、異種でありつつ定番というコンビニの特色を殺してしまうよ、僕の判断はしかも開店数時間前に決まる。大量発注、しかも全国展開は無謀なの」

「そこへ来てです」小川が店主の説明を掻っ攫う。「今回の依頼を断った暁には『エザキマニン』さんとのお付き合いは今後一切、どのような状況下に置かれようともありえないって、吹っかけたんです」

「一か八かね」国見蘭はすばやく答えを告げる。「店長を性格を事前に調べていたでしょう、対策を立てようにも店長が首を縦に振る誘い文句が思い浮かばず期限は迫った。……私が聞きたいのは、昨日のその二千万云々なのですけれど」

 ようやく断線しかかった話が昨日の二階で起きた訪問者の大立ち回りへ戻りかけたが、開店の時間が一分前に迫っていた。どどんどんど、扉(door)を殴打。いつもなら一分前には店を開けているのだ。痺れを切らした常連の催促に応じたと思わせないよう、慌てて押し込む好物を開店を見せる刻限を迎え入店を、思い通りは傲慢がはみ出るのだ、お客へ植える自覚の種、小川に目配せ、扉(door)が開いた。

 

本日は席を宛がう飲食、市場で大特価の甘藍(キャベツ)を大量に勧められ、台車で運んでくれるなら、との条件付けがあっさり承諾されてしまい、二区画(block)の帰路わざと信号に妨(つかま)る歩速で本日の献立(mwnu)を思案する事態となった。とはいえ、献立(menu)を考えるに制限があったほうが方向性は決めやすい。

 ささやき声で話すお客は非常に目立つ。音量は低いが『秘密の会話』は居所を教える。周波数の問題、聞き取りにくさが言語の解析機能に引っかかるのだろうか、店主は洗浄を終え熱を宿した食器を拭きつつ昼食(lunch)を振り返った。

 館山リルカは数分前に休憩に入り、国見蘭も今さっきに店を出た。店内は小川安佐と二人だけである。

「お客さん、隣の店に取られてしまうかもしれません」朝の溌剌としたほとばしる陽気はどこへやら、小川はあからさまな苦言を雇い主へ呈する。正しいことは素晴らしきかな、通せんぼはいまだ訪れずこれよりいずれ、という二十代前半の従業員。自らは大幅にずれるだろう、手を差し伸べる人々はなるほど過去を重合(みて)いるのか。

「ひそひそ話していた。聞き取れなかったけれど長尺対面台(counter)のお客も呟いていた。端末をせっせと操ってもいた。忙しいね、食べる間もさ」

「悠長すぎますよ」小川はスポンジをぎゅっと絞る。振り返ってこちらを睨みつけた。「いいですか、うちのお店が判断の対象になってるんです。口腔巡合(food pairing)で試した食材をあれこれ好き勝手に協議してるんです。まったく、成分の共通項目が多いからって適択(best)な組み合わせにしてしまうのは短絡的にもほどがあります」。

「怒ってるね」

「あったりまえです。傍観してるのがやっとで、いつ手元の端末を叩きつけてやろうか、そればっかり。料理を運ぶときにはよぎった悪意を消し去るので手一杯でした」

「大惨事にならなくてよかった」店主は最後の一枚、昼食(lunch)に使った大皿を拭き終えて長尺対面台(counter)席と厨房を仕切る客席との中間にカタカタ鳴らす皿を一度に運んだ。

「角の店を訪れて、うちにも並んだの?献立(menu)だけを通り際に確かめた上で先に食事を済ませから、こっちに戻ったりするだろうか」

「暇な人は大勢、ごろごろしてます。生産を情報収集と公開に躍起になる人が生計を立てる時代ですからね」得意げな小川は多少体力が回復したようだ、声に張りが戻る。

「それにしては常連のお客さんも口々につぶやいていたよ。勤め人が休憩時間、それも貴重な限られた昼食に個人的な収益を見込む作業に身を痩衰(やつす)だろうか。、あちらも行列、うちも行列。最前列に並んでいたとしても満席の店内でひそひそと声は聞こえていたよ、どうにも説明がつかない。それから献立(menu)は初めて提供する料理だったけれどね」

「たぶん、なんて説明しましょうかね」小川は水色のゴム手袋を流麗とはいかず、前掛けがかかる両膝で張り付く内側と皮膚との接地面を引き剥がす。ぬうっ、と太く長い大根を引き抜く音声を発した。笑ってごまかす。「、端末に食材や食品、知皆献基(orthodox)な料理を打ち込むと、瞬時に解析した結果が見られるんです。『PL』のあの偉そうな科学者然とした厄介な人が調べた食品が日々に掲載(up)される。一日にたしか、三から六種類が加算されるらしいですよ、私は断じて手を染めていませんので」

「利用は止めないよ、君たちの自由だ」

「店長」悲壮感に溢れた眼差しの小川安佐が見上げた。店主は客間(hall)から向きを左斜め下方首を捻る。丸い硝子球に照明の光が入る。それほどの近距離。「即刻手を打ちましょう、いいえ、打つべきです。これはうちの店を潰しにかかってるとしか思えませんよ。全面戦争ですよ」

「小規模な争いやいざこざがあった言い方だね」店主は首のねじれを解く。見覚えのある背広姿の人物が客間(hall)の窓に映り颯爽消える。歩く速度で確証を得る。また事件が持ち込まれるのか、店主は抱える仕事が二つに増えようか否かという場面に、もう一点が乗る。本日までの賞味期限、廃棄は極力避けるべきであるから材料に加えるとするか、これで対処を終えた。以前がそうだった。何事も料理という概念にくくり考えると回答は思いがけない組み合わせの初お披露目となる。もしかするとだ、店主は思う。発見を表に出さずに隠す裏で両手を広げて求めるのかも。

 小川が続ける。必至に説得を試みる。「うちの料理食べつくすだけ食べつくして、組合せ(data)の再現を『PL』で作る魂胆。うちを優先する先頭のお客さんが呟けてた忌々しい要因ですよ。けど今日は大目に見てやります。美味とされる指標と自らの舌との相違に困惑していた。お客さんかなり首をひねっていましたもん、たぶん結果と正反対だったんですよ。だからひそひそが一まとめにがやがやに聞こえた」

「こんにちは」店主の予測は当たっていた。遠路遥々、鐘の鳴らす。

「刑事さん、絶妙場面(good timing)です。お話をちょっと聞いてくださいな」小川は踊るように通路に出ると客間(hall)席に案内、席を勧めた。

「あなたではなく店長さんに私用です」あっけらかん、女性刑事は言う。

「私用!?しようって、その使う用途でもなくて専職(プロ)仕様とも違えて、私事の用事、つまり私用事(private)って言うことでしょうよ」質問が異議にに変わる。

「ですから、正直に包み隠すと後半の憤りをぶつけられる予測はついていましたがそれを入店時に言えますか。けれど、結局は同様の結果。安全率をもう少し高めに設定し直します」

「お引取りを」小川安佐は迷惑なお客を遇(あしら)うときに見せる、頬を膨らませたぶしつけな態度で出入り口を指す。「これから私はpizza(ピザ)生地の仕込みに取り掛からなくてはなりませんし、店長は明日の昼食(lunch)と夕食(dinner)の仕込みが控える。ちょいちょい休憩も取りつつですからね、刑事さんがもしも公用であったならば、多少の強引さで数分の時間は割いた店長でしょうけれども、もう手遅れ。お手つき、どうぞ私が優しいうちにさようならをしてくださいな」

「よくしゃべりますね」

「馬鹿にしてます?」

 刑事のほうが一枚上手だ、小川の発言を受け止めると思いきや発言者の精神性に視点をずらす。的確に的を得た相手の盲点を射抜く入魂の一射。

「店の存続に関わる重大な会議を開いていました、ですから、どうか、この通りです」お客に誤って料理をぶちまけたときの謝罪、腰の角度を小川は見せ付けた。それほど本気で帰ってほしいのか、しかし店主が思う刑事の私用は飲食店ならではの理由なのだが、。

「いいですよ」店主は許可を出した。

「店長ぅ!」自分がこれほど身を粉にして低頭してるというのに、小川の心理はわかりやすくありのままである。

「議題の内容次第、不適格であれば即刻店を出ていただく。これが話を聞く体勢を私が取る条件です。飲みますか?」

「こちらに失うものはありません」店主は「どうぞ」と女性刑事に評議は題目の発表を促した。小川の眼差しは入り口扉(door)の開閉に繋がれ、食いしばる奥歯と両の拳は競技写真のようである。

 小川を一瞥、そして軽やかな髪をつれて女性刑事は厨房を見やった。澄ました瞳は小川のそれとは種類がまた他分野より、世俗へ貴重な絶え間ない個の存続を擲(なげう)った一色がうごめく。声は低く、慎ましやかにそれが届いた。

「『はい』か『いいえ』でお答えください」十分であった。小川も数時間前議題に引っ掛かりを覚える。反論は体内で消散してくれると良いが。

 着席を促した。店主は喫煙の許可を刑事に求めた。小川にはお金を手渡しお遣いを頼む。彼女の分の購入を言いつけて、coffee(コーヒー)の摂取において特別に休憩前の小休止を許す店主の計らいである。pizza(ピザ)生地は開店前に館山リルカが仕込みを完了、刑事を追い払うとっさの言い訳なのであり、彼女には取り立てて早急にこなすべき仕事は目下明日の昼献立(lunch menu)の思案に耽る間、夕食(dinner)の時間に余裕を持った仕事を全うするのみ。

 刑事の左隣に座り、煙は斜め上に吐いた。刑事の登場と発言に大立ち回り昨夜の雨合羽(raincoat)の女性が口した同様の文言『はい』か『いいえ』。首の切断、どれもこれも、温めた空想や際限のない妄想を糧に演じたに狂人しては無鉄砲な振る舞いだ、話す口が否(こと)わる。 coffee(コーヒー)を待つ。刑事は、だんまりを決め込む。こちらの許可に応じて口を開くつもりらしい。あれやこれ想像が巡る。またしても事件との関連が示唆されるようだ、刑事の説明が空白を間違いなく埋め立てて、過去と刑事と現在に橋を渡す。無骨な鉄橋それとも大型船の通過も視野に入れたつり橋。

 煙草はひどく喉にしみた。二日ぶりの喫煙である。牛鈴鐘(cow bell)が帰還を知らせた。小川は胸の間に抱える紙袋と容器を円卓においた。息が切れていた、彼女は二区画(block)北の二号店へ走ったらしい。

「遠慮なく」と勧めた。coffee(コーヒー)を口に含み、刑事の発言に二人は耳を傾けた。隣では感嘆の言葉にならない声を発する小川が半透明の紙に包む柔焼菓(sponge cake)の頭をちょこんと突き刺しかぶりついた。

「はい」か「いいえ」 4

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「……という幕劇(drama)みたいな映画っていうのもありですけど、最近のは高感度の無線集音器(ワイヤレスマイク)が鮮明(clear)な映像と相まって物語の本質をないがしろにしてしまってる。人間の視力と聴力を超越したがために失ったものを取戻すべきなのですよ」

「下してばかりの評論家かお前は、映像を作ってからものを言え」

 昼食(lunch)の仕込みに目処がついた開店前の『エザキマニン』。昼食(lunch)の試食が名目の朝食兼昼食。店主はcoffee(コーヒー)のみで済ませる。今日は小川が斜向かいの列に並んで、お使いに出た。時として店長自らも買いに出る。、彼女は数量限定の柔焼菓(sponge cake)を購入したかった。店の開店前十一時頃に『コーヒースタンド』には柔焼菓(sponge cake)が並ぶ。三号店の服飾(fashion)tall building(ビル)一階で新しく売り出した商品が人気を博し先週の半ばあたりから開店前のこの時間にはずらりと一号店と『エザキマニン』が接する通りの両端に長い列の並ぶ光景が見られるようになり、興味津々だった小川は店頭に揃う時間帯を広域調査(research)し、都合よく開店前の休憩時間が最適(best)の頃合(timing)と知り、ここ数日彼女のおごりで従業員たちはcoffee(コーヒー)にありつく。

 高密度の弾力にとんだ柔焼菓(sponge cake)をお楽しみに甘藍(キャベツ)とひき肉の炒め物、甘藍(キャベツ)の浅漬けと白米に豚汁を平らげcoffee(コーヒー)を流し込む、開店十分前の店内、厨房である。外は行列が見る間見る間に出来上がり逸(はや)る気持ち、出窓を覗く隊列につく前のお客と何度か目が合う。小川安佐は騒々しい一日が幕を開けるそういった状況を忘れようとしてか、昨日の出来事を一心不乱口をつくまま国見蘭に語ったのである。

「二千万という金額は店長、事実ですか?」詳細な額は二千万を越える、戸棚(cabinet)にしまわれた絵画を加えての値、前任者の置き土産だ。無論不動産屋に了解を取り手放した。『背離』顔を突き合わす二人の後頭部、片方は側頭部にもう一つ顔を持つ。暗黒を基調にわずかな陰影が明取りの窓より零れ握手を交わす人らが写る、食器の税金分が賄われた。それら、税金等の手続きに手数料を差し引きおおよそ二千万弱の金額。店の資材、として彼女は尋ねた。店の資金面の管理は経営者である店主ではなく、彼女客間(hall)係の国見蘭の一従業員に任せる。このうちの一部または全額を店の会計に充当しますか、。

「次の改装資金、その他急を要する支出に当ててくれればいい、個人的な使い道も思い浮かばないし」

「店長、この間のコンビニ弁当商品化の提案を思ったんですけど、改めて受けまひょうよ」fork(フォーク)に突き刺す柔焼菓(sponge cake)の一切れを小川は小さな口に押し込む。

「私聞いてませんけど」国見蘭が言った。

「包み隠さず君たちには公開をしてるつもりだけれど、判断を仰ぐ場合は君たちに意見を募る。そうしなかったのは『はい』と『いいえ』を強要されたからだ」

「なんですそれ?」国見がきく。彼女は一度客間(hall)の時計を見た。開店時間を早めましょう、進言をするのかもしれない。

 店主の代わりに小川が答えた、話したくてしょうがない、いても立っても、というこちらは断定に容易い。

「質問に『はい』か『いいえ』で答えなくちゃですよ。これまたつんけんした人がいうもんですから、照明の影も手を貸すそれはそれは背筋が凍る思いでしたぁ」

「まったく要領を得ない」と国見。

「それは月曜の話だろうが、ごちゃ混ぜにするなよ」小川の意見を否定する館山リルカが注釈を加える。「先月の中ごろ、商品開発部の三人が突然商談を持ちかけて国見さんの休憩時間丸々、人気の料理(menu)をぜひ売り場に並べてゆくゆくは全国展開も視野に……かなりしつこい勧誘でしたね、そうですよね店長?」

「気乗りはしないよ、売れ残りは店の信頼を失う。食べたものを踏まえ、昼食献立(lunch menu)を変える。列は不断を経たお客の行動、包み隠さず披露してるけれど誰一人として、献立(menu)はありきたりで普遍に触れようとはしない。つまりほかでは難易度が高い。依頼先は尚更だね、異種でありつつ定番というコンビニの特色を殺してしまうよ、僕の判断はしかも開店数時間前に決まる。大量発注、しかも全国展開は無謀なの」

「そこへ来てです」小川が店主の説明を掻っ攫う。「今回の依頼を断った暁には『エザキマニン』さんとのお付き合いは今後一切、どのような状況下に置かれようともありえないって、吹っかけたんです」

「一か八かね」国見蘭はすばやく答えを告げる。「店長を性格を事前に調べていたでしょう、対策を立てようにも店長が首を縦に振る誘い文句が思い浮かばず期限は迫った。……私が聞きたいのは、昨日のその二千万云々なのですけれど」

 ようやく断線しかかった話が昨日の二階で起きた訪問者の大立ち回りへ戻りかけたが、開店の時間が一分前に迫っていた。どどんどんど、扉(door)を殴打。いつもなら一分前には店を開けているのだ。痺れを切らした常連の催促に応じたと思わせないよう、慌てて押し込む好物を開店を見せる刻限を迎え入店を、思い通りは傲慢がはみ出るのだ、お客へ植える自覚の種、小川に目配せ、扉(door)が開いた。

 

本日は席を宛がう飲食、市場で大特価の甘藍(キャベツ)を大量に勧められ、台車で運んでくれるなら、との条件付けがあっさり承諾されてしまい、二区画(block)の帰路わざと信号に妨(つかま)る歩速で本日の献立(mwnu)を思案する事態となった。とはいえ、献立(menu)を考えるに制限があったほうが方向性は決めやすい。

 ささやき声で話すお客は非常に目立つ。音量は低いが『秘密の会話』は居所を教える。周波数の問題、聞き取りにくさが言語の解析機能に引っかかるのだろうか、店主は洗浄を終え熱を宿した食器を拭きつつ昼食(lunch)を振り返った。

 館山リルカは数分前に休憩に入り、国見蘭も今さっきに店を出た。店内は小川安佐と二人だけである。

「お客さん、隣の店に取られてしまうかもしれません」朝の溌剌としたほとばしる陽気はどこへやら、小川はあからさまな苦言を雇い主へ呈する。正しいことは素晴らしきかな、通せんぼはいまだ訪れずこれよりいずれ、という二十代前半の従業員。自らは大幅にずれるだろう、手を差し伸べる人々はなるほど過去を重合(みて)いるのか。

「ひそひそ話していた。聞き取れなかったけれど長尺対面台(counter)のお客も呟いていた。端末をせっせと操ってもいた。忙しいね、食べる間もさ」

「悠長すぎますよ」小川はスポンジをぎゅっと絞る。振り返ってこちらを睨みつけた。「いいですか、うちのお店が判断の対象になってるんです。口腔巡合(food pairing)で試した食材をあれこれ好き勝手に協議してるんです。まったく、成分の共通項目が多いからって適択(best)な組み合わせにしてしまうのは短絡的にもほどがあります」。

「怒ってるね」

「あったりまえです。傍観してるのがやっとで、いつ手元の端末を叩きつけてやろうか、そればっかり。料理を運ぶときにはよぎった悪意を消し去るので手一杯でした」

「大惨事にならなくてよかった」店主は最後の一枚、昼食(lunch)に使った大皿を拭き終えて長尺対面台(counter)席と厨房を仕切る客席との中間にカタカタ鳴らす皿を一度に運んだ。

「角の店を訪れて、うちにも並んだの?献立(menu)だけを通り際に確かめた上で先に食事を済ませから、こっちに戻ったりするだろうか」

「暇な人は大勢、ごろごろしてます。生産を情報収集と公開に躍起になる人が生計を立てる時代ですからね」得意げな小川は多少体力が回復したようだ、声に張りが戻る。

「それにしては常連のお客さんも口々につぶやいていたよ。勤め人が休憩時間、それも貴重な限られた昼食に個人的な収益を見込む作業に身を痩衰(やつす)だろうか。、あちらも行列、うちも行列。最前列に並んでいたとしても満席の店内でひそひそと声は聞こえていたよ、どうにも説明がつかない。それから献立(menu)は初めて提供する料理だったけれどね」

「たぶん、なんて説明しましょうかね」小川は水色のゴム手袋を流麗とはいかず、前掛けがかかる両膝で張り付く内側と皮膚との接地面を引き剥がす。ぬうっ、と太く長い大根を引き抜く音声を発した。笑ってごまかす。「、端末に食材や食品、知皆献基(orthodox)な料理を打ち込むと、瞬時に解析した結果が見られるんです。『PL』のあの偉そうな科学者然とした厄介な人が調べた食品が日々に掲載(up)される。一日にたしか、三から六種類が加算されるらしいですよ、私は断じて手を染めていませんので」

「利用は止めないよ、君たちの自由だ」

「店長」悲壮感に溢れた眼差しの小川安佐が見上げた。店主は客間(hall)から向きを左斜め下方首を捻る。丸い硝子球に照明の光が入る。それほどの近距離。「即刻手を打ちましょう、いいえ、打つべきです。これはうちの店を潰しにかかってるとしか思えませんよ。全面戦争ですよ」

「小規模な争いやいざこざがあった言い方だね」店主は首のねじれを解く。見覚えのある背広姿の人物が客間(hall)の窓に映り颯爽消える。歩く速度で確証を得る。また事件が持ち込まれるのか、店主は抱える仕事が二つに増えようか否かという場面に、もう一点が乗る。本日までの賞味期限、廃棄は極力避けるべきであるから材料に加えるとするか、これで対処を終えた。以前がそうだった。何事も料理という概念にくくり考えると回答は思いがけない組み合わせの初お披露目となる。もしかするとだ、店主は思う。発見を表に出さずに隠す裏で両手を広げて求めるのかも。

 小川が続ける。必至に説得を試みる。「うちの料理食べつくすだけ食べつくして、組合せ(data)の再現を『PL』で作る魂胆。うちを優先する先頭のお客さんが呟けてた忌々しい要因ですよ。けど今日は大目に見てやります。美味とされる指標と自らの舌との相違に困惑していた。お客さんかなり首をひねっていましたもん、たぶん結果と正反対だったんですよ。だからひそひそが一まとめにがやがやに聞こえた」

「こんにちは」店主の予測は当たっていた。遠路遥々、鐘の鳴らす。

「刑事さん、絶妙場面(good timing)です。お話をちょっと聞いてくださいな」小川は踊るように通路に出ると客間(hall)席に案内、席を勧めた。

「あなたではなく店長さんに私用です」あっけらかん、女性刑事は言う。

「私用!?しようって、その使う用途でもなくて専職(プロ)仕様とも違えて、私事の用事、つまり私用事(private)って言うことでしょうよ」質問が異議にに変わる。

「ですから、正直に包み隠すと後半の憤りをぶつけられる予測はついていましたがそれを入店時に言えますか。けれど、結局は同様の結果。安全率をもう少し高めに設定し直します」

「お引取りを」小川安佐は迷惑なお客を遇(あしら)うときに見せる、頬を膨らませたぶしつけな態度で出入り口を指す。「これから私はpizza(ピザ)生地の仕込みに取り掛からなくてはなりませんし、店長は明日の昼食(lunch)と夕食(dinner)の仕込みが控える。ちょいちょい休憩も取りつつですからね、刑事さんがもしも公用であったならば、多少の強引さで数分の時間は割いた店長でしょうけれども、もう手遅れ。お手つき、どうぞ私が優しいうちにさようならをしてくださいな」

「よくしゃべりますね」

「馬鹿にしてます?」

 刑事のほうが一枚上手だ、小川の発言を受け止めると思いきや発言者の精神性に視点をずらす。的確に的を得た相手の盲点を射抜く入魂の一射。

「店の存続に関わる重大な会議を開いていました、ですから、どうか、この通りです」お客に誤って料理をぶちまけたときの謝罪、腰の角度を小川は見せ付けた。それほど本気で帰ってほしいのか、しかし店主が思う刑事の私用は飲食店ならではの理由なのだが、。

「いいですよ」店主は許可を出した。

「店長ぅ!」自分がこれほど身を粉にして低頭してるというのに、小川の心理はわかりやすくありのままである。

「議題の内容次第、不適格であれば即刻店を出ていただく。これが話を聞く体勢を私が取る条件です。飲みますか?」

「こちらに失うものはありません」店主は「どうぞ」と女性刑事に評議は題目の発表を促した。小川の眼差しは入り口扉(door)の開閉に繋がれ、食いしばる奥歯と両の拳は競技写真のようである。

 小川を一瞥、そして軽やかな髪をつれて女性刑事は厨房を見やった。澄ました瞳は小川のそれとは種類がまた他分野より、世俗へ貴重な絶え間ない個の存続を擲(なげう)った一色がうごめく。声は低く、慎ましやかにそれが届いた。

「『はい』か『いいえ』でお答えください」十分であった。小川も数時間前議題に引っ掛かりを覚える。反論は体内で消散してくれると良いが。

 着席を促した。店主は喫煙の許可を刑事に求めた。小川にはお金を手渡しお遣いを頼む。彼女の分の購入を言いつけて、coffee(コーヒー)の摂取において特別に休憩前の小休止を許す店主の計らいである。pizza(ピザ)生地は開店前に館山リルカが仕込みを完了、刑事を追い払うとっさの言い訳なのであり、彼女には取り立てて早急にこなすべき仕事は目下明日の昼献立(lunch menu)の思案に耽る間、夕食(dinner)の時間に余裕を持った仕事を全うするのみ。

 刑事の左隣に座り、煙は斜め上に吐いた。刑事の登場と発言に大立ち回り昨夜の雨合羽(raincoat)の女性が口した同様の文言『はい』か『いいえ』。首の切断、どれもこれも、温めた空想や際限のない妄想を糧に演じたに狂人しては無鉄砲な振る舞いだ、話す口が否(こと)わる。 coffee(コーヒー)を待つ。刑事は、だんまりを決め込む。こちらの許可に応じて口を開くつもりらしい。あれやこれ想像が巡る。またしても事件との関連が示唆されるようだ、刑事の説明が空白を間違いなく埋め立てて、過去と刑事と現在に橋を渡す。無骨な鉄橋それとも大型船の通過も視野に入れたつり橋。

 煙草はひどく喉にしみた。二日ぶりの喫煙である。牛鈴鐘(cow bell)が帰還を知らせた。小川は胸の間に抱える紙袋と容器を円卓においた。息が切れていた、彼女は二区画(block)北の二号店へ走ったらしい。

「遠慮なく」と勧めた。coffee(コーヒー)を口に含み、刑事の発言に二人は耳を傾けた。隣では感嘆の言葉にならない声を発する小川が半透明の紙に包む柔焼菓(sponge cake)の頭をちょこんと突き刺しかぶりついた。

「はい」か「いいえ」3

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 被害者の遺送時期と遺送先の詳細を求める催促に、熊田は我冠せず、待ちの姿勢を貫く。捜査に手は貸すが管轄内の段取りまでを明かしてなるものかよそ者、隣家の庭を出入りするから、熊田の裡である。見つかる肩口の痕にも刃物の触(あた)りは望めもせずに留保、露わな刃先に打撲痕は不釣合い。情報が少ないまま。そのため、義務履行と称し剣呑に構えた熊田を見るに見かね、体が先を訴えたといえるか、種田は精密検査の受診を告げるや体を休める部署内より退出、車内を独占め、捜査に彼女はあたる。今日ばかりは高速に乗り自家用車を通勤に使う。通常は最寄り駅へ歩く、時間の読める電車に移動を託す彼女である。

 連なる貨物運送車(truck)を右斜線に、合図を下ろす。映像を諦め文字のみに、種田は記憶(もど)す。

目撃者の妻博美の消息と貸家を離れた移転先に進展はみられない。移転届けはT区役所には提出されておらず、現時点の住所はもぬけの殻となった傾斜地の借家が明記されていた。娘秋帆に関する報(しらせ)、徒歩通学圏内の市立T西小学校へは入学前の転居だったため自宅周辺で秋帆の姿は見られていたが、学校に通っていなかったことが判明した。四月以降もしかし自宅周辺や貸家隣の公園では同年代の子供たちと遊ぶ様子は、小学校に通う同学年・新一年生の親たちの話によると、S市中心部のAmerican school(アメリカンスクール)に通わせるつもり。転居先は海外で秋帆には日本を離れる事実を伏せていたのでは、という。

 肩口の傷に関しては進展があった。斜めに振り落ろす刀の軌道をわずかに外れていることが判明した。ちなみに右前腕の切断は切り落し、跳ね上げの断定は議題にも挙がっていない、これには不自然に思えない理由があったがため。皮膚の一部が切れずに同じ宿主の細胞であることを観察者に伝えていたことがそれ。皮膚は外側、手の甲と飛び出る肘の側を除き皮や筋肉組織、その他血管等はほぼ切断された状態であった。種田たちの日本刀よりも想像下回る凶器の長さでは、という共通認識が彼女をはじめ捜査員たちに浮かんだのである。

 これらの見解を踏まえ疑問であった刃先の位置を、種田は解剖医の元を直接訪れるつもり、向かう先はそこである。電話口の億劫がるぞんざいな応対に受話口に出たがらない、ならばと、直接研究施設を訪れ疑問の解消に当たった。

S市。

私設の研究施設だけあって設備はかなり傷み老朽が激しい、建物は近代に傾倒した時期の洋館である。隣接する総合病院の敷地内の角にひっそり佇んでいたか、種田は鶯色(うぐいすいろ)の外壁と色の鮮明な白の柱を思い出していた。

「どちらら様でしょうか」出迎えた下女(maid)風の小柄な女性は威厳を備える。訪問者が多いのだろう、S市内の中心部からは市内を走る市電で二駅の立地、近くには図書館や美術館が点在する。tall building(ビル)が途切れた開放感と建物が放つ佇まいが観光地の名所、施設と誤認してしまうのだろう。通りを眺めて行過ぎる通行人とここへ来るまでにすれ違った。彼女は角を一つ曲がった隣、病院の駐車場に車を停めた。路上駐車を取り締まる看板が多数散見された、近隣住民の意向が市政を通じ反映された数少なな実例である、返答を述べる間に浮かぶ、種田はいう。

「O署の種田です。先日S駅の切断死体が司法解剖について問い合わせた者です」

「本日お約束の予定は零件です。どうかお引取りを」機械的に話す。取り合わないつもりらしい。

「それは解剖の仕事で手がふさがる忙しさを否定する発言。よって、佐重喜(さえき)医師は休憩中かくだらない週刊誌を開いておられるのでしょう。数分で済みます、面会を」

「聞こえてるぞ」一階奥、右側の戸(door)が開いていた、発信源はどうやらそこからである。うっすら音楽も聞こえている。戸(door)は右側の手前も開いていたが、換気のために開けているのだろう、今日は厚い雲に覆われた天候に押し付ける圧力の塊とじとっと肌を虐める飽和前の息苦しさが朝方自宅を出てからつきまとう。

「よろしいですね?」

 下女(maid)は無言で道を譲った、下げられた頭の前を彼女一人が通る。熊田は休養を取っていた。長期戦を視野に交代制(rotation)で体力の低下見越し休息を取る。久方ぶりに人外へ、彼女は堕ちる。

種田が休養を取るなか留守居役の鈴木、相田は昨日の夕刻を皮切りにS市を含む全国の小学校と同等の私設学業団体を虱潰しに当たっていた。個人の端末は電源の確保が必要であることと、押出(button)を打つ速度は指接触(touch)式に勝るはずと部署の机(desk)に腰を据えて挑む二人に、種田の調べは彼女が指令に基づく。二人一組を指摘されたら、潔く退出する腹づもりだ。

「失礼します」

「手土産は?」小型の携帯用像観機(portable tv)が応接一式(set)の食台(table)にちょこんと乗る。

 戸(door)を背に深く座す解剖医の左側に立つ。厚さ、紙質、色味が異なる週刊誌に女性服飾(fashion)誌、車、男性の服飾(fushion)誌、新聞は釣り専門、競馬新聞と数点新刊の文庫本を入れた紙袋を食台(table)に置いた。屈んだついでに映像の電源を切る。佐重喜という解剖医の興味は紙袋へ移る、咎めは回避される。それを見越した種田の行動選択であった。

 彼女は正面に腰を下ろした。ice coffee(アイスコーヒー)が運ばれる。ありがたい。下女(maid)が体を引き起こす前に溢溢(なみなみ)一杯を飲み干した。目を白黒させた下女(maid)は次に眉根を寄せる。仕事の完遂を信じきった、詰が甘い。種田はお代わりの一杯を催促したように見せた。怒ってくれてももう一杯が飲めるのならば、という彼女なりの動機である。食い入る紙面への視線移動は文字を読み進める人物のそれは思えない、写真も見ていないのだろう。見出し「摂酒(せっしゅ)は誤診か?花見前夜の謎と真実 『私が呼ばれていれば……』」「元嘱託医が語る日本の未来と過去。棄てられた死の深層と真相。インタビュー・第三者機関代表 武井元子(32)」踊る寅柄に色、文字は小首をかしげた真中を外れる斜めへ傾く。

「死亡診断書に異議を申し立てるとは無謀というのか利巧、利巧に違いない」発言を反芻し確かめ、佐重喜は充血した赤い目を向けた。とっちらかる無造作な乱れる髪形は見方により整えた形跡が窺える。取り繕う服装であるとその比較対照が際立ち、通常の境線(line)を下回る。

「凶器は体の前後左右斜めどの方向から振り下ろされたのでしょうか?」

「取り上げる視点が新鮮だ。続けて理由を述べて」落ち着き払った声を佐重喜は言葉に乗せた。いくつか切り替える人格を所有するらしい。種田は素直に応じる。

「肩口の傷が頚部の切断時に負った勢いあまった刃先の創傷だと見なすも、刃痕を表す縦長の筋と異形は広薄(こうはん)な楕円の青みと相容れない。致命傷と共に負った傷は生命反応の判断部位から除外されます、曖昧な基準は捜査をかく乱しかねない、警察にしては適当な規則でしょうか。文字通り別角度、肩口の痣を頚部の切断前に負わせた、あるいは被害者当人が意図的・不注意により傷めたと仮定するに首は跳ね上げられ胴体をfly(離れた)。検討に適う対象例が増えた。こればかりではありません、この二つが『仮説』につき振り下ろしと振り上げ、最も有力視される凶器の長さとは別に切り落とし、振り上げ方の検討が言わんとする私の問い、『刃先が入る方向』に行き着く。いえ、あるべき地点に戻ったと訂正します。驚嘆は不要、納得も不必要、事実を述べてください」

 軽薄にみえた佐重喜の態度は両腿にあてがった両腕が宙空へ週刊誌も伴い、骨盤が立ち、背骨が乗り、やや前傾だった首が彼女の話が問い掛けに変わる近辺で文字は単なる景色に可変したようだ。

 咳払い、ちょうど運ばれたお茶を彼は啜る。初夏にも熱いお茶、湯気が立ち昇る。

「刃先は前面、やや右側より振り下ろされた」佐重喜は目をこすって座りなおした。擦り切れた黒革の張革長椅子(sofa)がもぞもども生き物を思わせる主人の動きと連動した。「君の指摘は被害者が犯人と正対していた否か、つまり恐怖に慄いて立ち竦み殺されたか、顔見知り、友人の友人など知り合いや家族の名前を出されて尋ねられ改札に急ぐ足を止めた。想像は自由だ、際限なく湧き出る泉、解釈の仕様は没後の名画を読み解く大勢の他者と同じく雄弁にそれらしい回答は得られるものだよ。その点は十二分に理解をしているね?」

「はい」これが本来の話し方だろう。解剖医、もしかするとどこかの医学学校や医療系の専門学校で講師を務めていた経歴があるのかも、と種田は彼個人の躊躇いのない筋道の立て方を感じ取った。

 彼は言う。追量(つがれ)たice coffee(アイスコーヒー)を種田に勧める。硝子瓶に私がかっぽり飲んだ分、減っていた、下女(maid)風の応対者が傾ける給仕に見入る。硝子の局面は柑橘類果(orange)の大きな水玉が描かれてる。窄めた手を入れる。洗うときはさぞ難儀だろう、そこに到達するスポンジがあれば心配は無用か、種田は視線を正面に戻す。

「腕の切断は死亡の前、直前と言える。血液の乾き具合は頚部とほぼ同時刻の惨劇を物語る。君は現場に駆けつけて、死体を見たのかね?」

「はい。いいえ、正確には防腐法衣(sheet)に包(くる)まる死体の搬出作業中に到着しました」種田は捜査権の委譲を受ける前、応援要請を個別に受けていた。鈴木たちは事件の翌日をはじまりとし、種田と熊田は明けた二十八日より事件に関わる。

「結構。君は曖昧と浅薄に基づく意味を正しく捉えてゐる」満足げに頬が緩ませ、机(desk)に移った。とはいっても硝子戸棚から資料を取り出して元の窪みの腰を下ろす。机(desk)は建物と共に時間を刻む、天板は質量の大きく平たくて広い。それが四点を支柱より下支え、饅頭のような丸みに四角と括(くび)れ、色合いは天板裏までこげ茶色と思われる。

 凶器、長刀であると持ち運びには不恰好な姿は注目の的。立ち去り、姿を隠す場所までは極力人に見られずにという方法を犯人は取っただろう。折りたたみ式、伸縮自在の警防のような機構は鋭利な斬り口を否定してしまう。長く、しかも継ぎ目のない、一続きの刃物……。犯人の体重、剣速、互いの体勢、撥ねる首の角度。想像図(image)を具象化、はっきり目の前にS駅構内五月二十七日午後十一時四十五分頃、種田は再現してしまう。こうなっては手遅れ、諦めろ。映像の停止を待ち、現実の薄らいだ映像内で不可思議にこちらを見つめる佐重喜には謝罪。話が通じる人物を前に種田の映像化は発動をする。

 無人の改札前、南出口へ約八十m。床下に二人の目撃者。一人は男性、もう一人が女性。男性がさき、女性が追い越し状況を飲み込む。

 終電前だ、北口の硝子戸(door)は取替え作業により閉まっていた。南口はどうか、首(camera)を振る。忽然と存在をこの瞬間を打ち狙ったかのようぱったり通行人の姿はない。あれば報告がもたらされる、駅は翌日の午後まで封鎖、時間帯によっては全出入り口が不通とされた。南口は非公式な封鎖の儀にあっていたのでは?しかし聞き込みでは南口の封鎖は一言たりとも証言は聞かれずじまいであった。隠しているとは思えない、いいや、大儀がほかに用意されいたら、どうだろう。要するに至極通行人たちには当たり前であり、わざわざそれが事件当日に起こったとしてもなんら事件とは無関係に思えている日常の延長。調べ直す必要性アリ。

 首(camera)をぐるっと二人の人物へ。長い。凶器は短くても脇差程度は欲しい。犯人になりきる。弱々しき頼りない刀、軽い、振り下ろす想像(image)でそれを感じてしまえた。斬るに刀・人両者の重さを用いる、だから振るう者は鍛え軽々と映る。刀を突き出す、やはり腕一本と同長をねだる。これなら切れる、核心の強まる。被害者がくるりと背中を向ける。大上段の構えをあっさり解いた。腕が落ちそうな被害者の右側は血溜の海。血痕を撒き散らす床の汚れ、逃走経路を教える証拠は駅の床には残されていない。犯人は腕を斬り被害者の左側に回った。だがこれでは打ち下ろすに刀の柄から遠い左手に力は入るわけであり、しかも前屈み、体重は左足への負担が増すとなると身体の構造上、刀の重量を活かしきれず腕力だけで振り下ろす力なき一刀になってしまう。首の切断は難しい。おまけに有力視する肩の痣は剣先の可能性を離れる。ならば鍔に触れたのでは?軌道を逸れ肉を押し分ける抵抗が解き放たれて体に触れるを鍔が先行した、しかし肩の中心は窪みに痣が滲むのである。長きものを前提に検討をしていた、切断適うにしろここではその利点が仇となる。肩が傷つきかねない、また鍔が当たるよう軌道を辿るも刃の根元では長に重といえど切断不可。もちろん短刀でもだ、前述の考察を覆すに至らず。考えるに注目箇所は、これらを一度忘れ不透明を降だり池心(ちしん)へ。しかし、引き戻るか。なりによりても被害者が黙って殺されている身勝手な想像ではあるまいかと。跪き背中を向け、丸め、首を伸ばしているぞ。さらにさらに体の前面は無傷であることから、被害者は相当体をせり出していたはずではいかが、犯人を見上げた首は捻れ。刃は床めがけて振り下ろされる。その上襟元から鎖骨に向かい刃が進む。違うぞ、角度は浅い。約十度前後だった。端と、なぜ、このような考えが……?

 映像はそこで切れた。

 煙がゆらゆらと塊ごと天に召される。実生活を送る感知機(sencor)の役割は現代社会において機能は受け継がれるらしい。異状、判定が下る、多少ながら有難味を感じた。

 数分の時間経過だった、佐重喜の煙草は半分以下に姿を変える。

「すみません。考え事をしていました。事件についてです」

「記録(memo)を取る経験が君には欠落してる、だろ?」彼はこちらの生い立ちを探った。ある種それは等価交換に思えた。これに答え、空白の数分、放置の非礼の穴は埋まる。種田は仕方なしに答を言った。

「必要性を感じた経験は数回の希少な場合ですし、それらは事故や痛みを伴う記憶と同種であり意図的に記憶を促したのとは異なります、覚えてはいるのです。もっとも軌跡(process)に意識を這わせることによって、情報は枝葉のごとく先端に花や実をつける。すべては覚えられている、という言い方が妥当でしょうか」

「数年前類似の事件がS駅で起こった」

「ええ、切断事件です。犯人は地上ではなく空中へ逃げた。開業五周年を記念した留居風船(balloon)や横断幕など普段は気に留めない駅上部の空間は華やか彩られ、全国各地のお祭りを模した装飾品が多数釣り下がっていた。その中の一つ、楠玉に犯人はまんまと隠れおおせ、事件の翌日、約半日後に現場を離れた」

「今回は適用外と?」

「私はその場にいた可能性を主張します」

「根拠は?逃走を像動捉機(camera)が捉えてる」

「殺害の瞬間像動捉機(camera)を外れ目撃情報、監視像動捉機(camera)の刻む時刻表示が逃走者を犯人に断定せしめた、特定を無理矢理当てはめたきらいがある。つまり、犯人とその他にもう一名逃走者が存在し、そちらへ気を逸れたらば私たち警察の視点は誘導される。逃げた北口一枚のみ通過可能な戸(door)であった、これが捜索対象の範囲と定め他を逃走経路より対象を除外した」

「駅構内の捜査は当然調べを尽くしている、が何か見落とした点がなかったのだろうかね」佐重喜は解剖結果をはぐらかそうとしている。捜査の適正を問い言い逃れるつもり、種田は敏感に読み取る。

「不審な箇所、あなたがどう思われていようとありのままを私たちに報告をするべきであり、その義務がある」種田は座りなおす。相変わらず彼女の背筋のそりは適度に天井を目指す。

 けたたましい音が鳴り響く。大音量に種田は顔をしかめた。くすり、と立ち上がった佐重喜は口角外に皺を作る。彼は電話に出る。下女(maid)風の女性が部屋に顔を出した。彼女が電話を取る役目らしい。おそらく部屋の扉(door)は年中開いているのだろう、回線はもしかするとこの部屋だけなのかもしれない。解剖を行う部屋は種田の背部、壁の切れ目に通路が見える。建物の入り口は左端によっていた、右側に広く部屋が取られる。敷地内の全容は把握していない、駐車場は当然備えている。死体の搬入を玄関口から行うことは考えにくい、数段の階段と、二段の広踏段差(step)を設けてあった。

「……どうも」電話を切ると、彼は煙を含んだ。愛煙家が減ったとはいえ、煙草は日常的に見かけ販売機は依然頑として居座ることから想像するにまだまだ煙の吸引を望む消費者は多数ということ。

「すまないけど、これ以上の長居は遠慮してもらう」応接用の張革長椅子(sofa)には戻らないつもり、佐重喜は山積みの活字の束を持ち上げて灰皿をひょいとその上に乗せた。机(desk)に恐る恐る灰をひっくり返す危険を、まるで楽しんでる、種田はにはそのように映った。

「三分の一の詳細も聞き出せてはいないと思います」

「それは君の聞き方に落ち度があったともいえる」肩越しに佐重喜が言う。

「あなたが答えをはぐらかしたとも言えます」

「反論はしないよ、『はい』か『いいえ』を信条に掲げるからね」彼は机(desk)を回って席に落ち着く。これから雑文という仕事を入力(input)しなくてはならない、背もたれに体重を預けた姿形(フォルム)は会話の終了を訴えていた。

「S市警の圧力ですか?」種田は最前の電話を言う。彼女は表情を固く保った。効果的に作用する感情表現。人によっては威圧や不機嫌、怒りなどと受け取る。

「従属はこれで切り離してるつもりだが、商売上は最大手には配慮を施さなくてはこの施設の維持管理がおざなりにひいては更なる従属の機会が忍び寄るのだよ」

不本意ながら、ということでしょうか」種田は膝を伸ばした、机(desk)の佐重喜を見下ろす。手土産に釣合うの情報は不満足ながらも収穫はあるにはあった。これ以上の追求は後日や今後の仕事に影響を与えかねない。帰り際を装い、最後にもう一つほど情報を引き出すか。

「そうだ、『おそらく』や『可能性の高低』など予め未確定な指標に基づく見解である旨をだ、聞き手の理解を得られる説明を施し、仮説を述べる。捜査に影響を与え、遺族には死亡の過程を信じ込ませる。どちらにも誤認であった場合の影響は計り知れないほど多大だ。私は当事者ではなりえない、であるから『はい』か『いいえ』の二択に、曖昧な部分多々あるにしても、こと死体に関しては真摯に向き合う」

「追加の情報はS市警察を通じてしか、やはり私たちの元には届かないのでしょうか、非常に不便です。あなたが云う『はい』か『いいえ』の二択には私も賛成側の意見です、もっともでしょうし、仕事人としては誠実に思える。ただし、それは私たちにも言えることであってひいてはあなたの仕事の評価にもつながりかねない。私たちへ流れる緩慢な速度でもって新情報は手元に届くころにはひどく劣化した無意味に成り果てて使い物にならない。あなたは私たちへ直接密か、私たちの脅迫に屈したと発覚の場合にはそのように白状する約束を私とここで結ぶことでようやく両者、私どもは『はい』と『いいえ』を準じた行為に徹する土壌を構築できるのです」

「私に廃業のリスクを背負えと?」落ち窪む眼窩を佐重喜はこする。

「選択を標榜した、信念を一生突き通すには関係性を絶ち生涯孤独を愛するか、妥協に首を振るのであれば私の提示する危険因子(risk)の分散に協賛をしていただかないと。独立心と個人主義の両方はこの世界では一度目にする機会に遭えていましょうか。いつも目にする死体はもしかするとそれらをあからさまにみせつけている、のかもしれません」

 種田は名刺を置いて駐車場に戻った。狭い小屋の雇われ管理者には缶coffee(コーヒー)を差し入れた。病院の真向かいの煙草屋で購入したものである。

筋向こうの一列は黒に身を包む、最後尾の幟は教訓を忘れずに、飲酒が元の事故はこのあたりの公園で見つかるか。捻る上半身を片開扉(door)へ直る。

 とりあえず、駅構内の再点検。種田は車に乗り込んだ。

 

「はい」か「いいえ」3

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 被害者の遺送時期と遺送先の詳細を求める催促に、熊田は我冠せず、待ちの姿勢を貫く。捜査に手は貸すが管轄内の段取りまでを明かしてなるものかよそ者、隣家の庭を出入りするから、熊田の裡である。見つかる肩口の痕にも刃物の触(あた)りは望めもせずに留保、露わな刃先に打撲痕は不釣合い。情報が少ないまま。そのため、義務履行と称し剣呑に構えた熊田を見るに見かね、体が先を訴えたといえるか、種田は精密検査の受診を告げるや体を休める部署内より退出、車内を独占め、捜査に彼女はあたる。今日ばかりは高速に乗り自家用車を通勤に使う。通常は最寄り駅へ歩く、時間の読める電車に移動を託す彼女である。

 連なる貨物運送車(truck)を右斜線に、合図を下ろす。映像を諦め文字のみに、種田は記憶(もど)す。

目撃者の妻博美の消息と貸家を離れた移転先に進展はみられない。移転届けはT区役所には提出されておらず、現時点の住所はもぬけの殻となった傾斜地の借家が明記されていた。娘秋帆に関する報(しらせ)、徒歩通学圏内の市立T西小学校へは入学前の転居だったため自宅周辺で秋帆の姿は見られていたが、学校に通っていなかったことが判明した。四月以降もしかし自宅周辺や貸家隣の公園では同年代の子供たちと遊ぶ様子は、小学校に通う同学年・新一年生の親たちの話によると、S市中心部のAmerican school(アメリカンスクール)に通わせるつもり。転居先は海外で秋帆には日本を離れる事実を伏せていたのでは、という。

 肩口の傷に関しては進展があった。斜めに振り落ろす刀の軌道をわずかに外れていることが判明した。ちなみに右前腕の切断は切り落し、跳ね上げの断定は議題にも挙がっていない、これには不自然に思えない理由があったがため。皮膚の一部が切れずに同じ宿主の細胞であることを観察者に伝えていたことがそれ。皮膚は外側、手の甲と飛び出る肘の側を除き皮や筋肉組織、その他血管等はほぼ切断された状態であった。種田たちの日本刀よりも想像下回る凶器の長さでは、という共通認識が彼女をはじめ捜査員たちに浮かんだのである。

 これらの見解を踏まえ疑問であった刃先の位置を、種田は解剖医の元を直接訪れるつもり、向かう先はそこである。電話口の億劫がるぞんざいな応対に受話口に出たがらない、ならばと、直接研究施設を訪れ疑問の解消に当たった。

S市。

私設の研究施設だけあって設備はかなり傷み老朽が激しい、建物は近代に傾倒した時期の洋館である。隣接する総合病院の敷地内の角にひっそり佇んでいたか、種田は鶯色(うぐいすいろ)の外壁と色の鮮明な白の柱を思い出していた。

「どちらら様でしょうか」出迎えた下女(maid)風の小柄な女性は威厳を備える。訪問者が多いのだろう、S市内の中心部からは市内を走る市電で二駅の立地、近くには図書館や美術館が点在する。tall building(ビル)が途切れた開放感と建物が放つ佇まいが観光地の名所、施設と誤認してしまうのだろう。通りを眺めて行過ぎる通行人とここへ来るまでにすれ違った。彼女は角を一つ曲がった隣、病院の駐車場に車を停めた。路上駐車を取り締まる看板が多数散見された、近隣住民の意向が市政を通じ反映された数少なな実例である、返答を述べる間に浮かぶ、種田はいう。

「O署の種田です。先日S駅の切断死体が司法解剖について問い合わせた者です」

「本日お約束の予定は零件です。どうかお引取りを」機械的に話す。取り合わないつもりらしい。

「それは解剖の仕事で手がふさがる忙しさを否定する発言。よって、佐重喜(さえき)医師は休憩中かくだらない週刊誌を開いておられるのでしょう。数分で済みます、面会を」

「聞こえてるぞ」一階奥、右側の戸(door)が開いていた、発信源はどうやらそこからである。うっすら音楽も聞こえている。戸(door)は右側の手前も開いていたが、換気のために開けているのだろう、今日は厚い雲に覆われた天候に押し付ける圧力の塊とじとっと肌を虐める飽和前の息苦しさが朝方自宅を出てからつきまとう。

「よろしいですね?」

 下女(maid)は無言で道を譲った、下げられた頭の前を彼女一人が通る。熊田は休養を取っていた。長期戦を視野に交代制(rotation)で体力の低下見越し休息を取る。久方ぶりに人外へ、彼女は堕ちる。

種田が休養を取るなか留守居役の鈴木、相田は昨日の夕刻を皮切りにS市を含む全国の小学校と同等の私設学業団体を虱潰しに当たっていた。個人の端末は電源の確保が必要であることと、押出(button)を打つ速度は指接触(touch)式に勝るはずと部署の机(desk)に腰を据えて挑む二人に、種田の調べは彼女が指令に基づく。二人一組を指摘されたら、潔く退出する腹づもりだ。

「失礼します」

「手土産は?」小型の携帯用像観機(portable tv)が応接一式(set)の食台(table)にちょこんと乗る。

 戸(door)を背に深く座す解剖医の左側に立つ。厚さ、紙質、色味が異なる週刊誌に女性服飾(fashion)誌、車、男性の服飾(fushion)誌、新聞は釣り専門、競馬新聞と数点新刊の文庫本を入れた紙袋を食台(table)に置いた。屈んだついでに映像の電源を切る。佐重喜という解剖医の興味は紙袋へ移る、咎めは回避される。それを見越した種田の行動選択であった。

 彼女は正面に腰を下ろした。ice coffee(アイスコーヒー)が運ばれる。ありがたい。下女(maid)が体を引き起こす前に溢溢(なみなみ)一杯を飲み干した。目を白黒させた下女(maid)は次に眉根を寄せる。仕事の完遂を信じきった、詰が甘い。種田はお代わりの一杯を催促したように見せた。怒ってくれてももう一杯が飲めるのならば、という彼女なりの動機である。食い入る紙面への視線移動は文字を読み進める人物のそれは思えない、写真も見ていないのだろう。見出し「摂酒(せっしゅ)は誤診か?花見前夜の謎と真実 『私が呼ばれていれば……』」「元嘱託医が語る日本の未来と過去。棄てられた死の深層と真相。インタビュー・第三者機関代表 武井元子(32)」踊る寅柄に色、文字は小首をかしげた真中を外れる斜めへ傾く。

「死亡診断書に異議を申し立てるとは無謀というのか利巧、利巧に違いない」発言を反芻し確かめ、佐重喜は充血した赤い目を向けた。とっちらかる無造作な乱れる髪形は見方により整えた形跡が窺える。取り繕う服装であるとその比較対照が際立ち、通常の境線(line)を下回る。

「凶器は体の前後左右斜めどの方向から振り下ろされたのでしょうか?」

「取り上げる視点が新鮮だ。続けて理由を述べて」落ち着き払った声を佐重喜は言葉に乗せた。いくつか切り替える人格を所有するらしい。種田は素直に応じる。

「肩口の傷が頚部の切断時に負った勢いあまった刃先の創傷だと見なすも、刃痕を表す縦長の筋と異形は広薄(こうはん)な楕円の青みと相容れない。致命傷と共に負った傷は生命反応の判断部位から除外されます、曖昧な基準は捜査をかく乱しかねない、警察にしては適当な規則でしょうか。文字通り別角度、肩口の痣を頚部の切断前に負わせた、あるいは被害者当人が意図的・不注意により傷めたと仮定するに首は跳ね上げられ胴体をfly(離れた)。検討に適う対象例が増えた。こればかりではありません、この二つが『仮説』につき振り下ろしと振り上げ、最も有力視される凶器の長さとは別に切り落とし、振り上げ方の検討が言わんとする私の問い、『刃先が入る方向』に行き着く。いえ、あるべき地点に戻ったと訂正します。驚嘆は不要、納得も不必要、事実を述べてください」

 軽薄にみえた佐重喜の態度は両腿にあてがった両腕が宙空へ週刊誌も伴い、骨盤が立ち、背骨が乗り、やや前傾だった首が彼女の話が問い掛けに変わる近辺で文字は単なる景色に可変したようだ。

 咳払い、ちょうど運ばれたお茶を彼は啜る。初夏にも熱いお茶、湯気が立ち昇る。

「刃先は前面、やや右側より振り下ろされた」佐重喜は目をこすって座りなおした。擦り切れた黒革の張革長椅子(sofa)がもぞもども生き物を思わせる主人の動きと連動した。「君の指摘は被害者が犯人と正対していた否か、つまり恐怖に慄いて立ち竦み殺されたか、顔見知り、友人の友人など知り合いや家族の名前を出されて尋ねられ改札に急ぐ足を止めた。想像は自由だ、際限なく湧き出る泉、解釈の仕様は没後の名画を読み解く大勢の他者と同じく雄弁にそれらしい回答は得られるものだよ。その点は十二分に理解をしているね?」

「はい」これが本来の話し方だろう。解剖医、もしかするとどこかの医学学校や医療系の専門学校で講師を務めていた経歴があるのかも、と種田は彼個人の躊躇いのない筋道の立て方を感じ取った。

 彼は言う。追量(つがれ)たice coffee(アイスコーヒー)を種田に勧める。硝子瓶に私がかっぽり飲んだ分、減っていた、下女(maid)風の応対者が傾ける給仕に見入る。硝子の局面は柑橘類果(orange)の大きな水玉が描かれてる。窄めた手を入れる。洗うときはさぞ難儀だろう、そこに到達するスポンジがあれば心配は無用か、種田は視線を正面に戻す。

「腕の切断は死亡の前、直前と言える。血液の乾き具合は頚部とほぼ同時刻の惨劇を物語る。君は現場に駆けつけて、死体を見たのかね?」

「はい。いいえ、正確には防腐法衣(sheet)に包(くる)まる死体の搬出作業中に到着しました」種田は捜査権の委譲を受ける前、応援要請を個別に受けていた。鈴木たちは事件の翌日をはじまりとし、種田と熊田は明けた二十八日より事件に関わる。

「結構。君は曖昧と浅薄に基づく意味を正しく捉えてゐる」満足げに頬が緩ませ、机(desk)に移った。とはいっても硝子戸棚から資料を取り出して元の窪みの腰を下ろす。机(desk)は建物と共に時間を刻む、天板は質量の大きく平たくて広い。それが四点を支柱より下支え、饅頭のような丸みに四角と括(くび)れ、色合いは天板裏までこげ茶色と思われる。

 凶器、長刀であると持ち運びには不恰好な姿は注目の的。立ち去り、姿を隠す場所までは極力人に見られずにという方法を犯人は取っただろう。折りたたみ式、伸縮自在の警防のような機構は鋭利な斬り口を否定してしまう。長く、しかも継ぎ目のない、一続きの刃物……。犯人の体重、剣速、互いの体勢、撥ねる首の角度。想像図(image)を具象化、はっきり目の前にS駅構内五月二十七日午後十一時四十五分頃、種田は再現してしまう。こうなっては手遅れ、諦めろ。映像の停止を待ち、現実の薄らいだ映像内で不可思議にこちらを見つめる佐重喜には謝罪。話が通じる人物を前に種田の映像化は発動をする。

 無人の改札前、南出口へ約八十m。床下に二人の目撃者。一人は男性、もう一人が女性。男性がさき、女性が追い越し状況を飲み込む。

 終電前だ、北口の硝子戸(door)は取替え作業により閉まっていた。南口はどうか、首(camera)を振る。忽然と存在をこの瞬間を打ち狙ったかのようぱったり通行人の姿はない。あれば報告がもたらされる、駅は翌日の午後まで封鎖、時間帯によっては全出入り口が不通とされた。南口は非公式な封鎖の儀にあっていたのでは?しかし聞き込みでは南口の封鎖は一言たりとも証言は聞かれずじまいであった。隠しているとは思えない、いいや、大儀がほかに用意されいたら、どうだろう。要するに至極通行人たちには当たり前であり、わざわざそれが事件当日に起こったとしてもなんら事件とは無関係に思えている日常の延長。調べ直す必要性アリ。

 首(camera)をぐるっと二人の人物へ。長い。凶器は短くても脇差程度は欲しい。犯人になりきる。弱々しき頼りない刀、軽い、振り下ろす想像(image)でそれを感じてしまえた。斬るに刀・人両者の重さを用いる、だから振るう者は鍛え軽々と映る。刀を突き出す、やはり腕一本と同長をねだる。これなら切れる、核心の強まる。被害者がくるりと背中を向ける。大上段の構えをあっさり解いた。腕が落ちそうな被害者の右側は血溜の海。血痕を撒き散らす床の汚れ、逃走経路を教える証拠は駅の床には残されていない。犯人は腕を斬り被害者の左側に回った。だがこれでは打ち下ろすに刀の柄から遠い左手に力は入るわけであり、しかも前屈み、体重は左足への負担が増すとなると身体の構造上、刀の重量を活かしきれず腕力だけで振り下ろす力なき一刀になってしまう。首の切断は難しい。おまけに有力視する肩の痣は剣先の可能性を離れる。ならば鍔に触れたのでは?軌道を逸れ肉を押し分ける抵抗が解き放たれて体に触れるを鍔が先行した、しかし肩の中心は窪みに痣が滲むのである。長きものを前提に検討をしていた、切断適うにしろここではその利点が仇となる。肩が傷つきかねない、また鍔が当たるよう軌道を辿るも刃の根元では長に重といえど切断不可。もちろん短刀でもだ、前述の考察を覆すに至らず。考えるに注目箇所は、これらを一度忘れ不透明を降だり池心(ちしん)へ。しかし、引き戻るか。なりによりても被害者が黙って殺されている身勝手な想像ではあるまいかと。跪き背中を向け、丸め、首を伸ばしているぞ。さらにさらに体の前面は無傷であることから、被害者は相当体をせり出していたはずではいかが、犯人を見上げた首は捻れ。刃は床めがけて振り下ろされる。その上襟元から鎖骨に向かい刃が進む。違うぞ、角度は浅い。約十度前後だった。端と、なぜ、このような考えが……?

 映像はそこで切れた。

 煙がゆらゆらと塊ごと天に召される。実生活を送る感知機(sencor)の役割は現代社会において機能は受け継がれるらしい。異状、判定が下る、多少ながら有難味を感じた。

 数分の時間経過だった、佐重喜の煙草は半分以下に姿を変える。

「すみません。考え事をしていました。事件についてです」

「記録(memo)を取る経験が君には欠落してる、だろ?」彼はこちらの生い立ちを探った。ある種それは等価交換に思えた。これに答え、空白の数分、放置の非礼の穴は埋まる。種田は仕方なしに答を言った。

「必要性を感じた経験は数回の希少な場合ですし、それらは事故や痛みを伴う記憶と同種であり意図的に記憶を促したのとは異なります、覚えてはいるのです。もっとも軌跡(process)に意識を這わせることによって、情報は枝葉のごとく先端に花や実をつける。すべては覚えられている、という言い方が妥当でしょうか」

「数年前類似の事件がS駅で起こった」

「ええ、切断事件です。犯人は地上ではなく空中へ逃げた。開業五周年を記念した留居風船(balloon)や横断幕など普段は気に留めない駅上部の空間は華やか彩られ、全国各地のお祭りを模した装飾品が多数釣り下がっていた。その中の一つ、楠玉に犯人はまんまと隠れおおせ、事件の翌日、約半日後に現場を離れた」

「今回は適用外と?」

「私はその場にいた可能性を主張します」

「根拠は?逃走を像動捉機(camera)が捉えてる」

「殺害の瞬間像動捉機(camera)を外れ目撃情報、監視像動捉機(camera)の刻む時刻表示が逃走者を犯人に断定せしめた、特定を無理矢理当てはめたきらいがある。つまり、犯人とその他にもう一名逃走者が存在し、そちらへ気を逸れたらば私たち警察の視点は誘導される。逃げた北口一枚のみ通過可能な戸(door)であった、これが捜索対象の範囲と定め他を逃走経路より対象を除外した」

「駅構内の捜査は当然調べを尽くしている、が何か見落とした点がなかったのだろうかね」佐重喜は解剖結果をはぐらかそうとしている。捜査の適正を問い言い逃れるつもり、種田は敏感に読み取る。

「不審な箇所、あなたがどう思われていようとありのままを私たちに報告をするべきであり、その義務がある」種田は座りなおす。相変わらず彼女の背筋のそりは適度に天井を目指す。

 けたたましい音が鳴り響く。大音量に種田は顔をしかめた。くすり、と立ち上がった佐重喜は口角外に皺を作る。彼は電話に出る。下女(maid)風の女性が部屋に顔を出した。彼女が電話を取る役目らしい。おそらく部屋の扉(door)は年中開いているのだろう、回線はもしかするとこの部屋だけなのかもしれない。解剖を行う部屋は種田の背部、壁の切れ目に通路が見える。建物の入り口は左端によっていた、右側に広く部屋が取られる。敷地内の全容は把握していない、駐車場は当然備えている。死体の搬入を玄関口から行うことは考えにくい、数段の階段と、二段の広踏段差(step)を設けてあった。

「……どうも」電話を切ると、彼は煙を含んだ。愛煙家が減ったとはいえ、煙草は日常的に見かけ販売機は依然頑として居座ることから想像するにまだまだ煙の吸引を望む消費者は多数ということ。

「すまないけど、これ以上の長居は遠慮してもらう」応接用の張革長椅子(sofa)には戻らないつもり、佐重喜は山積みの活字の束を持ち上げて灰皿をひょいとその上に乗せた。机(desk)に恐る恐る灰をひっくり返す危険を、まるで楽しんでる、種田はにはそのように映った。

「三分の一の詳細も聞き出せてはいないと思います」

「それは君の聞き方に落ち度があったともいえる」肩越しに佐重喜が言う。

「あなたが答えをはぐらかしたとも言えます」

「反論はしないよ、『はい』か『いいえ』を信条に掲げるからね」彼は机(desk)を回って席に落ち着く。これから雑文という仕事を入力(input)しなくてはならない、背もたれに体重を預けた姿形(フォルム)は会話の終了を訴えていた。

「S市警の圧力ですか?」種田は最前の電話を言う。彼女は表情を固く保った。効果的に作用する感情表現。人によっては威圧や不機嫌、怒りなどと受け取る。

「従属はこれで切り離してるつもりだが、商売上は最大手には配慮を施さなくてはこの施設の維持管理がおざなりにひいては更なる従属の機会が忍び寄るのだよ」

不本意ながら、ということでしょうか」種田は膝を伸ばした、机(desk)の佐重喜を見下ろす。手土産に釣合うの情報は不満足ながらも収穫はあるにはあった。これ以上の追求は後日や今後の仕事に影響を与えかねない。帰り際を装い、最後にもう一つほど情報を引き出すか。

「そうだ、『おそらく』や『可能性の高低』など予め未確定な指標に基づく見解である旨をだ、聞き手の理解を得られる説明を施し、仮説を述べる。捜査に影響を与え、遺族には死亡の過程を信じ込ませる。どちらにも誤認であった場合の影響は計り知れないほど多大だ。私は当事者ではなりえない、であるから『はい』か『いいえ』の二択に、曖昧な部分多々あるにしても、こと死体に関しては真摯に向き合う」

「追加の情報はS市警察を通じてしか、やはり私たちの元には届かないのでしょうか、非常に不便です。あなたが云う『はい』か『いいえ』の二択には私も賛成側の意見です、もっともでしょうし、仕事人としては誠実に思える。ただし、それは私たちにも言えることであってひいてはあなたの仕事の評価にもつながりかねない。私たちへ流れる緩慢な速度でもって新情報は手元に届くころにはひどく劣化した無意味に成り果てて使い物にならない。あなたは私たちへ直接密か、私たちの脅迫に屈したと発覚の場合にはそのように白状する約束を私とここで結ぶことでようやく両者、私どもは『はい』と『いいえ』を準じた行為に徹する土壌を構築できるのです」

「私に廃業のリスクを背負えと?」落ち窪む眼窩を佐重喜はこする。

「選択を標榜した、信念を一生突き通すには関係性を絶ち生涯孤独を愛するか、妥協に首を振るのであれば私の提示する危険因子(risk)の分散に協賛をしていただかないと。独立心と個人主義の両方はこの世界では一度目にする機会に遭えていましょうか。いつも目にする死体はもしかするとそれらをあからさまにみせつけている、のかもしれません」

 種田は名刺を置いて駐車場に戻った。狭い小屋の雇われ管理者には缶coffee(コーヒー)を差し入れた。病院の真向かいの煙草屋で購入したものである。

筋向こうの一列は黒に身を包む、最後尾の幟は教訓を忘れずに、飲酒が元の事故はこのあたりの公園で見つかるか。捻る上半身を片開扉(door)へ直る。

 とりあえず、駅構内の再点検。種田は車に乗り込んだ。