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犯人特定の均衡条件、タイプA・タイプB 4~無料で読めるミステリー小説~

「警護はもう終わったも同然です、脅迫状が届いた訳でもないですし、本人の神経が過敏になってるらしく、近くで見張っていることを近場の常駐のスタッフに君村さんを時々見張るよう頼んでおきました。多めに手渡したので、それなりに働いてくれるとは思います」軽い口調、本質を隠しきれている。なかなかに手ごわい相手。
「例の飛行機にあなたも搭乗していましたね?」
「も?」
「私も座席を確保してました」彼の眉が上がる。
「へえ、刑事さんにそんな趣味があったとはねえ。そうです」十和田は椅子に下げたリュックから折りたたみの椅子を取り出す。折りたたむ傘を開くように四本の足が広がった、便利だ。だがそうまでして屋外に出たいとは思えない種田である。遠慮せずに椅子に座った。芝生の凹凸から支柱をよけた。
「僕が犯人だと疑われてる?」彼はおどけてきいた。
「疑いはエコノミー席の乗客すべてです」
「客室乗務員も」
「ええ」
「エコノミーの客室乗務員、彼女たちは自由に出入りができたわけですからね」
「事件のあらましを調べたのですか、その口ぶりですと」
「探偵はいつ何時情報が入用になるかわかりません。呼び出しがかかりそうな情報は事前に調べておく。案外、こう暇そうに見えて忙しいんです」
「ごみのような情報ばかりが手に絡まる」
「情報に疎いからこそ、正確な事情がつかめる」
 上空で短く鳥が鳴く。帰り支度だろうか、まだ正午を回った時刻だ。
「僕から聞いたことは伏せてください」彼はいう。空を仰ぐ。「歌手のmiyakoさん、彼女は前作のベストアルバムの発売がアイラ・クズミさんの躍進と時期を重ねた。過渡期、転換期を緩やかではなく、はっきり突きつけられてしまう。その後の発表曲は軒並みチャートを早々に落ちる、発売当日のランキングでも十位圏外が常連に、彼女は恨みを抱く、周囲の観測です。搭乗日は一件の仕事をキャンセルしてまで頑なに意思を貫き通した、帰国までの一週間に二件もの仕事を断ったそうで、事務所は呆れ返る。彼女の意思を汲み取るとすれば、アイラ・クズミから人気の秘密を盗み取る、算段だったのでしょうね。誤った解釈ですし、そこに注目していては……」
「いずれ自らが地位を明け渡す」
 十和田は軽く頬を緩めた。続ける。彼は君村ありさをはじめとして事件全体にアンテナを張るようである。「死体について、質問を受けそうですので、話しておきます。miyakoさんと死体の人物の接点が浮上しました。死体の顔をどうして僕が知るのか、答えなくて良ければ話しますけど?」
「許可します」
「レコーディングスタジオに出入りする二人の姿を画像で捉えた、これが現物です」
 白黒の写真が封筒から取り出される。大判の一枚と脱稿前の印刷紙、週刊誌の見出しを飾る目玉記事。見覚えのあるスタジオに、並んで体を入り口に向けようとする瞬間が映し出される。アングルは地上から数十メートル上、アイラ・クズミを待ったスタジオ前の通りだ、種田は映像を脳内で照らし合わせる、めまぐるしく位置取りが変わる、このときばかりは膨大な画像が流れてしまう。映像が一致点を見つけた。ソフトクリームを食べていて良かった。

犯人特定の均衡条件、タイプA・タイプB 4~無料で読めるミステリー小説~

K第二公園は都内の南西に位置、かつて大学だった校舎を含む構内に会場、ステージが組まれる。講義棟は正門を入り数百メートル先に点在する、建物の高さはまちまちである。複数の学部を要した大学、これでということが窺えた。構内図では正門を南に北東の隅にステージを置く、その間の導線を出店、屋台が埋め尽くす。大漁旗を思わせる色遣い、暖簾はぺったりとしかしくっきりとうす曇の下でも居場所を知らせる。入り組んだ構内にはここでしか手に入らない限定のグッズが売られる。一風変わった長時間型のライブ会場、との説明書きが何一つ看板すら置かないところから読み取ると、事前にネット上で通知はされているのだろう
 種田はソフトクリームの途切れた列を目ざとく見つけ、糖分を補給した。前の三人が気づく前に食べ終える。寒気、暖気、寒気を繰り返し、今日は暖かさが戻る。渋滞情報を得る際に飛び込むラジオの情報だった。
 君村ありさをステージ袖の控え室で見かけた、声はかけない。目的は他、十和田、という探偵。彼女に警護の理由を問いただすことはあえて避けようとの、熊田の意見だ。主に四人で行う捜査の場合、熊田は多数決をとる。よっぽの事態、意見を押し通した彼は意思をこうしてたまに突き通す。
 彼は犯人を知ってる。
 あくまで種田の予測、想像であり、確証は経験則が警告ランプのインターバルの長い明滅のみだ。
 十和田の捜索に分かれた、客席に二人、構内に二人が散る。構内での端末使用は規制される、落ち合う場所をステージ前の会場入口に定めた。
 種田、熊田はステージ前の客席を探す。未使用だった敷地の芝生は短く刈り取られ地面に座って演奏を観る。会場は無償で貸し出された、所有者は個人である。ステージは協賛スポンサー各社とレコード会社の社名が運営テントの帆に書き付けてある、出演者のギャラは微々たる額か過去のつながりに免じた無報酬だろう、シークレットゲストには支払われてるかもしれない。大学校舎の利用を提起。この宣伝費だとすれば、無償で会場を貸し出す所有者に利益が、ステージ等の設備を揃えた企業たちは売り出す食品や製品を披露する場と売り出す歌手たちの大舞台にもってこい、という各自の思惑が薄い春先の透けた上着をかぶる。フリー、という文句にだまされて引き寄せられる方も悪いのだし、どちらがどちらと正義と悪の対比構造を持ち出してならないだろう、世の中の構成要素は大切な酸素よりも吐き出した二酸化炭素よりも窒素なのだから。
 見つめ返される視線は慣れたもの、熊田は種田の左前で端末を耳に当てていた。こちらは端末の使用を訴えるのであるが、緊急を要するらしい。
 ステージを背後に百メートル前方、人の大半は腰を下ろし二足で体重を支える人物は少ない。双眼鏡があれば、ルールを違反を訴える観客たちの視線を切ることを回避できた。
 熊田を残して会場の芝生の凹凸に足首を取られないで平面に近い出っ張りを選んで行き着く。
 足を組んだ人物、まるでこられの芝生が自らの庭でありここの主が市民をもてなし自由な出入りのさまを眺める。
「暇そうな方に窺います」種田は真正面に立つ、これで十和田からステージは見えない。彼は帽子にサングラス、アウトドアを盾に、自然を理由に生活費を稼ぐ移住者に見えた、ここは北海道よりも当然都会である。おかしな印象だ。

犯人特定の均衡条件、タイプA・タイプB 3 ~ミステリー小説~

どっと、葉巻の煙が顔の周りを取り巻いた。髭の男性は紳士よろしくわずかに顔を振る、上下に、そして髭に隠れる小さい口を開く。「模倣、ははは、これは予見されましたな。対策はいわずもがなの放置、迎え受けるは精微と対応力にリーズナブルな価格。国内に限った死を世界に広げてしまうなどと、彼らにはにわかに信じ難いのでありました、はっははぁ。現地に赴くこじんまりちまちまと直接手を下す方法を描いていたのですから、まあ間接的な手法など当時は思いも寄らない。それでもネットワークの整備はしばらく対敵だった、利権を脅かす時期が訪れましたなぁ。とはいえですぞ、受注は我々が今も尚、一手に担う」
「優位性は皆さんの知るところ、もったいぶらないで」空気が揺れている、視界に立ち上る煙、右の一人は深まる闇に溶け入る。
「広告塔に起用するアイラ・クズミの成果は非常に芳しくない。方針の転換が私どもで持ち上がっております」
「浸透を焦る、浅はかでは?」彼女が言う。
「短い期間に多数の死をこなさなくては。彼女にかかりっきり、おんぶに抱っこですと取りこぼし、生き延びる対象者が発生しかねない。由々しき事態を見過ごすわけには、いきませんでしょう?私は予見をしてしまった、対策は講じる。そのための召集ですぞ」
「……大量と少量、ロットを取りかえればいい。望む者の死を見せ付ける、人は寄り添う、前例に倣う、そうして良いのだ、と確証を強める。大勢に感化される者、局所的な集団に重ね合わせる者、たった一人の特定の人物に呼び覚まされる者、死は誰かと共にある」伏し目、穏やかな語り口の男性は空間とずれる。妙に存在が引き立った。
「大勢を一度に殺すことは容易よね。だけれど、事後処理が後を引く。追及の手はひっきりなし、断続的に訪れる」女性は灰を灰皿に落とす、二度リズムを刻む。「その点、私たちの手法は事前の準備に手間と労力を惜しみなく注ぐ。死の理由を知りたがるのは、残された者たち。答えが用意されていることは彼らの足を止める。もっと言えば、納得のいくそれらしい解に多少の労力を添えて提示してあげると、見事に疑いは体内で溶ける。大勢を同時に殺す、似たような死の理由は宗教組織や特定の思想が筆頭に上がる。これは理由が容易に作れはするけれど、耐性ができてしまっては追求は収まらずに続くわ。しかし、大勢を集めた場での仕事はこれから増えるでしょうね、対策は必要ではある」
「具体的な策でも?」十和田はきいた。切れ長の女性の目は猫のように鋭く明るい、闇で捉える視覚を宿す。獲物を捕らえることと、危険を察知する機能の両面を備えた瞳だった。
「受身。正体を見破られた、そのときの保険」男性がいった。
「我々の罪をかぶってもらうのですな、アイラ・クズミに」髭の男性が程よく微笑をこぼす。
「そう」女性はつんと言葉を吐く。「アイラ・クズミは今後世界の覇権を握る。彼女は争いを避ける、卓見を備えるわ。なんにでもなれたでしょう、しかしあえて使わずにいる。ある角度から見える底の深さが人気を呼ぶ。彼女自身割り切るのでしょう、仕事であると。曲が売れる、第一の条件をクリアするにはそうした不道徳で浅ましい活動を行う、堂々とした宣言を逆手に取るのね。誠実でいて排他的、このバランスが後を引く」
「かなり入れ込んでる、私にはそう映りますなぁ」髭の男性は女性の迎撃にひるむ、煙を吸い込んでは吐く、葉巻の先が赤く居場所を教える。「うおっほん。とはいえですぞ、彼女の近辺に死体を作り出して、死と彼女とを結びつける行為は彼女の神聖化を早めるように思いますよ」
「アイラ・クズミとの関連を少数が感じ取れれば幸い。調節は可能です、私たちの管轄ですもの、死は私たちと共にある」
「臓器提供、交換の情報は?」男性は冷たくいう。
「不摂生な人物は欲深い、無駄に時間を過ごす性質を見直すべきとの考えに至らない」彼女は嘆く。「ご質問については私から直接そちらへ情報を流します」
「わかった」物分りのいい、従順な犬。男性がこちらを見た、心を読まれた気がした。経験とは感度を高めるらしい。全身に汗をかいた。
「適度な距離を保つ、肝に銘じてくださいよ」髭の男性が言った。アイラ・クズミとの接触を指すのだろう。
「彼女が僕の存在に気づいてるとは思えません。どちらかといえば僕ら側、警察の調べは距離を縮めますよ」
「用件は済んだ、先に帰らせてもらうわ」
「では次に」
「最後はあなたが。来て間もない、怪しまれます」
 ドアが閉まって、女性のタバコが灰に消えると男性が退出し、パイプを咥える対面の人物としばらく歓談をした。外の様子について尋ねたのだ。気のせいではないか、とあっけなく言われタバコに火をつけた。女性の灰皿を引き寄せる。三人目が室内を発つ。腰を上げて室内を出た、咥えタバコ。施錠は誰が、過ぎった心配は取り越し苦労だろう、組織の誰かが始末をしてくれる。
 ここから別世界、はたまた現実世界か、定常はどちらだったか。まるで異空間に誘い込まれたとしか思えない。明るさが階段まで侵入を果たしていた。路上はにぎわう、人が行き交い、車の流れ。十和田は階段を振り仰ぐ。ドアは見えない。
 消えた、体内が告げた。確信がもてた。空気を吸い込み、外にまぎれた。

犯人特定の均衡条件、タイプA・タイプB 3 ~ミステリー小説~


 息遣いがそっくり跳ね返る歩道に二度目の気配を感じ一人であることをあきらめて認めろ、説得と教示をかき混ぜた町の息吹がビルの窓、建物のドアが吹きかけ押し出すかのようで、都内の春はひどく生暖かい。
 指定された住所に到着し階段を上る。何者に反応したのか、左のエントランスに迎え入れる自動ドアが一度開いた。深い青のタイルが特徴的なビルの外壁、比べて細い階段は侵入者を拒む深い緑を湛える。救いはすれ違いに接する迫る壁、天井に従うグラデーションの演出、明るさという錯覚を上部に見止める。印象とは恐ろしい。
 室内に入る、一応ノックはした。無反応がデフォルトの落ち合う人物たちだったのだ、思い出した、出くわしたここまでの光景にすっかり気を当てられたらしい。
 残りの空席に着く。テーブルとそれを取り囲む四脚の椅子がカウンターキッチンに寄った室内は妙にアンバランスだ。真後ろのブラインドは閉まり、天井は低い。
「昔話に興じるつもり、ないのですけれど」女性が冷酷に意見を述べた。左側の席。
「前提、前置きが後述の展開に欠かせない。焦りは禁物ですぞ」正面の髭を蓄えた男性、老人が目じりの皺を深く刻んだ。手元にパイプ。においは感じていたが正体を突き止めるまでには至らず、……嗅覚は花粉にやられたとみえる。
「死に体、大量に舞い込んだ案件の処理は画期的なシステムがその実現を可能としました」髭の男性は胸郭を広げた音声を放つ、主にこちらへ。右側の男性は生きてるのか死んでいるのか、かすかに呼吸音は聞こえた。「我々は死を請け負ったのです」補足をすると、ここに集まる面々は現在日本、いや世界の四代死生勢力と呼ばれる機関の代理を務める、死を生業とするビジネスにいち早く管理システムの構築と莫大な資本を投じたのだ。
「初対面ですけれど、口は糸で結んでしまったのかしら?」女性が屍のように動かない男性を煽る。
「必要性を感じたら、望みの回答を届ける」
「誰かさんにそっくり。男性版だと嫌味がいっそう増す」
「新人さんにはお手柔らかに願います、さあて、皆さん、よろしいかな?」
「それで?」女性は返答を流し、展開を促す。
「我々に富が集まる。国内外の依頼に誠実さをもって応えたてきた。死の実現によって得られた報酬の十パーセントが還元、少々の誤差は目をつぶりました、現在では厳しく追及しますでしょうかな。そして国際的な高い地位に就いた。大国並みに膨らむ資本の著しい肥大化は備わった固有の気質を引き合い論じられる。しかし、これはあくまで要因のひとつでしかない」
「長いわね。タバコ吸いますよ」女性は断りを入れた。灰皿が姿を現す、髭の男性はテーブルの下から取り出した。どうやらこれは机らしい、照度が邪魔をしてテーブルだと思い込む、いやどちらでも椅子と机との隔たった誤認を思えば、取るに足らない錯覚で済む。取り合うな、とそっと肩を叩いてやる、過敏な神経は表の通りのせいにしてしまえ。