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鯨行ケバ水濁ル 梟飛ベバ毛落ツル 9-2

「不可抗力による接触は速やかにその場を離脱しなければならない。ただし離れがたい相当の事情が認められる場合おいては接触に転じないという確約を結ばせ、限定的な居所の共有は容認される。日井田さんだた一人が悪者、というのは穿った見方ですよ。しかも室田さんは彼女と顔を合わせ存在を視認していた、にもかかわらずそのような責めを立てる、道理に合いません。保護管理者であるならば、再会の時点で対処すべきです」すらすらと言葉が出る。前かがみにうな垂れる十和田が会話が止ませた。再開は日井田女史がきっかけ。
「こちらの方はおそらく私が不憫に見えた。せめて正体を明かせなくとも傍にいさせてやりたい、行過ぎた思い込みも甚だしい見当違いの配慮です。少女の母親を私以外に誇示したところ、その先には私が母親だと認められた、私の誤認かもしれないあやふやな認識にすがるのですから、無意味と一括りに私は対処を拒む」日井田女史はいかがかしら、と同意を募り一同を眺める。「別れた前妻、しかも娘の親権を奪い取った過去がぎこちない距離を生じさせる。苛まれた。魔が差し彼は私に微かなつながり接触をもたらした、出来心、余計にそれが不安を助長、煽ったのです。一度花開いた蕾は実をつけ枯れ落ちるそのときまでが花。時間を進める、選択はただのひとつなのです、とっくに花は成長を止めた。説明は避けられない、いずれ面と向かい合う機会が訪れる、であれば私はいつかよりも〝今〟を選ぶ。もうお一方がそろそろお見えになします。続きは、揃い次第話しましょう」
 不満足、室田孝之は腰を浮かせるも思いとどまった。娘を探し当てた理由説明がもしかすると委細詳細を現在の伴侶に語る際彼にとって不利益が生じかねないのかもわかりません。(注:私的見解でありますが客観性に沿った書き方であると憶測の範囲を出ない簡素な描写が想像されましたのであえて私の意見を反映させました)
 振舞われた香りの立つコーヒーを無言でたしなんでいると、部下の遠矢来緋が店に顔を見せる。彼女は十和田の隣に座る。何事が始まるのか、皆目見当もつきません。単にお子様の失踪に気づかれた日井田女史の見解を前夫に分からせるか、あるいは彼の現伴侶を彼の背後に見据えて解説を施すにあたり大勢しかも係員の遠矢をも呼び寄せた。日井田女史はフロントで遠矢と談話、休憩室とフロントを隔てるドアに小ぶりな口の動きを認めましたから。ですが探偵と名乗る十和田氏の同席は不可解でしかありません。
「始めます」端的な前口上も日井田女史のそれは妙に嵌り、誘われるまま、彼女に視線を注いだのであります。

鯨行ケバ水濁ル 梟飛ベバ毛落ツル 9-1

業務日誌 

八月七日 担当<山城> ㊞


「黙って聞いてて思うんだけれど、兄さんが海里を私に任せて仕事に戻った人任せにした子守の追求をここら辺でしてあげようかなって。その人を疑うのはナンセンス。部屋を断定ししかも一刻を争う剣幕だった、その人が犯人なら部屋を開けさせたのは何で?ほかの誰も気がつかなかったのよ、二階には私とその人二人だけが泊まる。私はいい気分で眠ってたもの、月を愛でる乙女チックな習慣もなし。それに一晩足らずで子供は死んでたまるか、天窓にうずくまれば安心して寒さに朝方に多少眠れたでしょうよ」満足げ、室田幸江はタバコをふかす。これは日井田美弥都女史の視点を借りた描写である、私山城はカウンターの末席に座る。中央に室田幸江様、反対側の端が室田孝之様。
「二年前海里と同年代の少女が消息を断ったんだ、このホテルの例の部屋で!連想するのは当たり前だろう、それに山城さんでしたね、あなたの伝え方にも僕は一言苦言を呈しますよ。なぜ、命に別状がないと真っ先に説明しなかったのですか!?神経を疑いますよ」
 ホテルの規定沿った情報開示である。一に不手際の謝罪、二に簡潔にまとめる状況説明、そして三に漸く具体的内容が組まれる。
「というかおかしいでしょう、海里の命に別状がないと知れたらこの人の店を貸しきって、そうか二人で如何わしいことでもたくらむのか」
「顔を忘れていました。正確には覚えてはいるけれども普段使いの用は済んだ。必要に迫られて取り出す位置にしまってあった」、と美弥都はきっぱり答えた。
「未練は……ない。吹っ切れてる、再婚したんだよ俺は。ああ、勝手に思い込んだ。いいさ、認めよう。君が海里に手をかける姿が眼に浮かんだ、離れなかった、焼きついた。そんでいても立ってもいられなくなった。去り際に見た君の顔が鬼のような形相に変わっていったのさ」室田孝之は降参、手を挙げる。「親馬鹿さ、しかも前妻の犯行を疑って止まなかったよ。ただし、いの一番に見つけた頼もしい人っていう印象を元母親の他に植え付けたことは断固としてだ、認めてやるものか!接触禁止を君は破っているんだぞ」夫婦関係しかも日井田女史は法律上、娘との接触を禁じられるらしい。もう一名、存在をすっかり忘れていた探偵の十和田氏が発言に転じた。彼は入り口と対角に座る。彼だけがテーブル席である。

鯨行ケバ水濁ル 梟飛ベバ毛落ツル 8-3

 豆を見極めるのと事件を紐解く速度は連なった規則性を感じさせた、なるほどフィギュアなるものをショーケースに飾る愛好家の心理が読み解けた。独自に物語を二次創作する手がかりにケース内の人形をときに並べ替え、また元に戻し、別れや追加による厚みを楽しむのだ。非表示をあえて選んだ理由がわかる気がする、過去と訪れた本日をまぜこぜにお客個人の一杯を選べ、という想像の強要なのだろう。ただ〝自由に〟と受け取る者、方や丹念に一年前の二日目の朝の一杯を探り当てる者。物語は入れ替わり立ち代る人物によりけり。
 まずは注目を浴びた箇所を片付けることにしよう、同じ棚の異なる時間の逸れは材料が届き次第取り掛かる。いい機会だ、鈴木の代役にあの風船のような探偵を呼ぶか。面倒、実に認めがたい。億劫も億劫、退屈極まりない不順に満ちた動機そのものではないのか。そうであってもだ、彼女は味見をし終えた酸化の進む温い黒い粘性を帯びたような液体の真上から表面に浮かんだ脂に浮かぶ映りこむ自身を見つめる、見させられる、見ている、世界は二つの思い込みにより同時に互いの想像に対象物を現す。獲得した機能は優位を誇ってしまう、ゆえにおいそれと手放すなどとは。もうそういった人種が出現の機会に恵まれる、けれど現行システムが生存を拒んで止まない。一度に大量の対処を、強制的に優先させる異状が、見てみぬふりの限度を上回って、漸く認めざるを得ない、しぶしぶ、しょうがないが一応は、始まりに違和感はつき物だろうさ。
 許される酸味の広がりを口腔内全体に感じられ、居座るかと思いきや配慮、すすっと喉に消えて果実の置き土産を残して行く。
 私は痛がりなのかもしれない。一人は好ましい、これは思い込みだったのかと傷心に気持ちを這わせる。あの娘の残留は認めよう、だがその量はかろうじて観測される微量、である。微量が残されていた、だから……まあいい……単独を許せたのかもしれない、どちらだっていいさ。
 それから美弥都はあえて時間に追われた、矢継ぎ早に検証の速度を速め、彼女は三段目を貸切までに片付けてしまった。

鯨行ケバ水濁ル 梟飛ベバ毛落ツル 8-2

「午後に到着する予定だから、私伝えたから。それととばっちりはごめん」指差し、室田は念を押した。
「お取り込み中のところ大変恐縮な……」
「ちょっと私が話してるんだから順番守ってよ」
「はいっ、申し訳ございません。控えます」
「なんでしょう?」美弥都は山城を優先した。七三に分けた髪型が整う彼が割って入り、進言がある、事態の緊急性を高いと私は判断した。
「午後三時頃を目安に喫茶店を貸しきりたい、とのお客様の要望が入っておりまして、日井田さんの判断を窺おうと……取り込み中でしょうから返答は時間を置いて窺ってもよろしいですし、先方へはこちらに到着した際、お伝えできれば問題はありませんので」
「私遠慮することはないの」室田はタバコに火をつける。彼女はシガレットケースを手にここを訪れた、どぎついピンク色のプリズムがまるで居場所を知らせる合図は段差を降りるたびに当人の存在を不必要だと言いたげだった。意識が通わない手元は美弥都の背後、天井近くの窓明かりを跳ね返す。「そちらとこっちの会話は繋がってる。貸切、宿泊予約とこの人目当ての尋ね人は同一人物ってこと。はあ、せっかくの休暇が子供のお守りで最終日を迎えるとは、高所に堪えてでも、海外を選ぶべきだった。あーさらば、夏休み」
 関係性を理解する山城は二度顎を引いた。「室田孝之様はつまり、お嬢様の身を案じてこちらに来られるのですかぁ」
「あなたが気に病まなくっても、いたずらを働いたのは海里でしょう?親がどうこう口出ししようもんなら、任せなさい、私は擁護してあげる」トラブルを楽しめる人物とは自らに火の粉がかからない状況を瞬時に目測で見極める、室田幸江と出会って最上、本心が露。
「……私には、別の理由が絡んでいると思われます」歯に物が挟まった言い方だった、美弥都と室田が山城を同時に捉えた。「ひとつ内密を約束してください、隠蔽したつもりはないのですが蒸し返されると都合が悪いもので」
「もったいぶらずに」室田が堰きたてる。確かに大勢が知ればそれだけ拡散と誤解、語弊や湾曲した解釈のリスクは高まる。可能であるならば、という彼の心情、ホテル側の立場もわからないではない。が、室田の前で言うべきではなかったとは思う。
「二年前、死亡事件の混乱に乗じて、宿泊客のお子様が一名行方不明になり捜索隊を出動する事態が、はい、起きていました」
「初耳。……まどろっこしわね、だからどうだって訊いてるのよ。気遣いは邪魔だわ」
「お子様の行方は『ひかりいろり』で途切れてました、衣服を、抜け殻のように残して」
「海里が姿を消し去ったかもわからない、一人娘を預けた自分は二の次に」室田は呆れ、天井を仰いだ。窮屈な体勢から声が発せられる。「あなたが出鼻をくじいて。そうでもしなければ、あの人思い込みは延々と続くの」
 到着したら連絡を、と室田は部屋に戻る。山城は迷惑でなければホテルの責任者として立ち会いたい、と許可を願った。二人がよければ、美弥都にそのような権利がいつから帰属したのか、一応許しを与えた。