コンテナガレージ

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店長はアイス  死体は痛い?3-3

「場所を移しましょう」顔色がそぐわない店長は社員に断りを入れて、出入りの激しいチェーン店のコーヒーショップで話を続けた。先導する股代は落ち着きなく後方それから左右に視線を走らせていた。席も店の隅を選んだ。股代は入り口が見える緑のシートに腰をすえる。相田が何も言わないのが不気味だった。煙草が吸えれば機嫌が戻るだろうか。

「股代さん」蒼白な股代に鈴木は声をかけた。

「……私がいけないのだろうかと昨日から考えています。一日中ずっと彼女の顔が頭から離れない。忘れようとしても仕事の合間合間に彼女が姿が浮かんで、私に笑いかけるんだ。結婚しようって約束したのに、何でって、言うんです。もうどうしたらいいか……。見てくださいよ、この隈、ずっと声が聞こえて一睡もできなかった」股代は鈴木の手を掴んだ。その動作に相田が驚く。「刑事さん、祟りとかってほんとうにあるんでしょうか?」

「い、いやあ、私はその幽霊とお化けの類はまったく信じない性質でして……」鈴木は愛想笑いを浮かべる。きつく握られた手が男の生ぬるい感触でごつごつと長時間のスキンシップは抵抗を感じる。顔を股代から背け、隣の相田に囁く。「相田さん、どうにかしてくださいよ」

「彼女の部屋にウエディングドレスが仕舞われてありました」相田が神妙な表情で鈴木の代わりに言う。「結婚をほのめかすような言動を彼女に示した覚えは?」

「……あったかもしれません」

「紀藤さん以外とのお付き合い、これは奥さん以外ともいえますが、お付き合いがあったと?」

「はい」

「現在も進行中ですか?」

「はい、そうです」

「紀藤さんと平行した付き合いでしたか?」

「はい」

「お店の方?具体的な氏名は?」

「林道……さんです」

「お店の方からも事情をお聞きしたいのですが、これからよろしいですか?」

「これからですか、ええっと、難しいかもしれません。今日は平日で一人休んでいまして、忙しい時間帯で店が回るかどうか……」

「休憩時間にお話を聞くというのはどうです?」

「それならば、しかしあまり長い時間は、私は構いませんが他の社員にはショックを受けてもいますし、そのあたりの配慮を……」

「心配いりません。個人的な情報を誰かに話したりはしません」

店長はアイス  死体は痛い?3-2

「ええ、そうなんですが、何か思い出されたことはないかと思いまして」

「あの、店内では話しにくいので、どうぞうらへ」

「そうですね」 

 倉庫に通された鈴木と相田は、中央の椅子に座るよう促された。人の気配がする。ドアから左手奥にはぼんやりと明かりが漏れていた。摩擦音も聞こえる。

「店長――」股代が呼ばれた。彼は頭を下げて奥に姿を消す。相田は機嫌が悪そうだ、眠っていてまだ完全に意識が覚醒していないのだ。こういうときは無駄に問いかけないのが一番良いのだ、いつしか知れたこと。長い付き合いに獲得した相田の生態である。

 話し声が終わらない。鈴木は時計をみた。かれこれ十分はここで過ごしている。天井の配管とむき出し具合のコンクリートは清潔さと建物の新しさがかろうじて上回る。時間を流れと掃除を怠れば、廃墟にその座を奪われる。そんな事を考えつつ、股代の帰還を待った。やけに静かな相田は寝息を立てている。足音が接近、肘で相田を小突き起す。

 両手を広げた股代が帰ってきた。「すみません、ほったらかしにしてしまって。何分人手不足で」

「大変そうですね」鈴木は固く笑った。この人物は、待たせた感覚がないらしい。言葉では謝っても内面は一つも悪いと思っていない。待つことには慣れている二人だ。問題はない。

 対面に据わった股代が急に小声で言う。「そちらの刑事さんに、私と紀藤さんの関係はお話しました」

「例えばですけど」鈴木が言う。「紀藤さんには、他にお付き合いをしていた人はいたのでしょうか?あまり積極的に交友を深める性格ではなかったと聞きましたが」

「他の同僚ともプライベートな付き合いはなかったように思います。あのこれ前にも言いました」

「すいません。では、質問を変えます。お二人の関係はお二人以外で知っている人がいたでしょうか?」股代の顔が曇った。

「私は黙っていましたし、そもそも大っぴらいえるような関係ではなかったから言いませんよ、そんな誰にも」

「紀藤さんも同じ思いであったと思いますか?」

「ええ、おそらくは」

「紀藤さん以外とお付き合いをされていた女性はいらっしゃいますか?」

「はい?」

「この店の方とお付き合いがあったのかを聞いているのですよ」

「……答えなければいけませんか?」

「交友関係の把握は、紀藤さんの死の解明に直接繋がります」

「やっぱり殺されたんですね?」

「どうでしょうか。まだ何もわかりません。質問にお答えください」

店長はアイス  死体は痛い?3-1

 art departmentは瀟洒な住宅地に店舗を構える。新緑の季節から青々とした深い色合いに街路樹が表情を夏仕様へと変えていた。鈴木の車は通りの反対側に止められた。駐車が認められた区域である、相田が長時間のドライブで凝り固まった手足を際限なく伸ばしている。鈴木はその間に、料金を払い、駐車表をフロントガラスから見える位置、ハンドルの前辺りに滑らせた。あくびが出る。快適な気候は、適度な眠りを誘うらしい。鈴木と相田は車の往来を避けて、道路を渡った。店は開店からまもなく一時間といったところ。

 店内は広く、ゆったりとしたスペースが商品の見やすさを物語る。店内の空気は冷涼では肌寒さを感じた。くしゃみが出る。前を歩く相田に睨まれつつも、店員を探す。棚の引き出しを開けて在庫の商品を取り出す、店員が視界の低い位置で見つかる。

「あのすいません、こちらの店長さんはいますでしょうか?」

 女性は立ち上がって答える。「はい、あのう、失礼ですけど、どちら様でしょうか?」

「ああ、申し送れました。警察のものです」

「……はあ、警察。少々お待ちください」一拍間が空いて、女性は頷き、どこかに消えた。

「驚いていましたね。熊田さんたちが来た事を知らないんでしょうか?」鈴木はきいた。

「さあ、なあ。しかし、ここの店員が死んだんだ、いまさら驚きも何もないだろう」相田が言う。

「それもそうですね」

 すぐに、エプロン姿の人物が登場した。弱弱しさよりも自信を見せ付けるような態度、鈴木の印象である。

「お待たせしました。股代と申します」

「O署の鈴木です」

「相田です」自己紹介が簡易に行われた。

「先日に来た、刑事さんに事情はお話しましたが」股代が会話の口火を切った。こうして話の主導権を握ろうとする人物は、目立ちたいか、緊張による過度な積極性か、または嘘を隠すためだ。あくまでも鈴木の持論である。

店長はアイス  死体は痛い?2-5

「狸寝入りか?」

「死んだふりです」

 チャイムが響いた。廊下がにわかに騒がしくなる。ドアが開く、数人の教師が入室。こそこそと何かを入り口付近、ドアを閉めた直後に、教師たちが囁きあう。本来ならならば来客の見えない場所で行う行動だ。ソファに近いドアが開いた。背の高いすらりとした長身の女性を目で追う。その女性が職員室で警察の来訪を知っていた教師に呼ばれ、熊田の対面に腰を下ろした。軽い自己紹介と挨拶は女性が座る前に済ませた。

「事件のことでしょうか?」女性はおっとりとした口調で積極的に事態の把握に努める、外面的な印象に性格は不適。

「生徒さん、最初に現場を発見した生徒さんですが、直接お話を聞きたいのです」熊田はジェントルな声で聴取をはじめた。

「実は、今日はお休みしていまして、なんでも昨日から体調を崩している様子で今日も朝に親御さんからお電話をいただいたんです」

「そうですか。風邪ですか?」

「ええ、熱があるようです」

「話を聞くのは酷ですね」

「できれば、もう少し時間を置いて聞いてもらえると助かります」

「他の生徒さんに、話を聞くことは可能ですか?」

「どうでしょうか。事件は学校でも話題になっています。ほとんどのクラスの半数は現場を目の当たりにしましたから、当然興味を持つな、と言うほうが無理な押し付けです。お話を聞かれることを止める権利は私にないでしょうし、必要なら刑事さんの権限で私の許可なしに話が聞ける。しかし、刑事さんは私を通してくれました。生徒に対する配慮を考えてのことでしょうか?」

「それもありますが、一人一人ではなく一度に大勢が集まる教室で質問をしたいのです」

「それはまたどうしてです?あの子達は好き勝手に話しますよ」

「見たものは時間と共に情報を勝手に創作します。都合よく補う、といったところでしょうか。一人一人の聴取には時間もかかります。また、整合性が取れないとも考えています。ですから、こちらから具体的な出来事を思い出させるのではなくて、はいかいいえで問いかける簡単な質問で結構ですので許可をいただけませんか?」

「学校の先生みたいですね、刑事さん」教師の口元が僅かに笑う。

「職業柄、人と話す機会も多いのでどうしても説明口調が抜けなくて」熊田は愛想笑いで返す。

「けれど、どうしようかしら。もう次の授業が始まります」教師は伏せた瞼を大きく開く。

「ここで失礼します。お手数掛けました」熊田は立ち上がる。

「あまりお役に立てなくて、ではこれで失礼いたします」恭しくお辞儀、教師は熊田たちを残し教室を出た。二人は帰り際、教師の担当クラスを覗く。開け放たれたドアから見えてしまった風を熊田は装う。生徒の数人がこちらの様子を覗いていた。

 それから校舎を出る。玄関前の駐車場で種田が言った。

「生徒の一人は休みといっていましたね」

「ああ」

「空席がもうひとつ在りました」

「うん。おそらくは不登校だろう」

「机にカバンが掛けられていました」

「保健室かもしれん。気になるのか」

「はい」

「正直だな。しかし、言うなら学校を出る前に言ってくれないと」

「記憶を思い出していたら今気づいたのです。すいません」種田は景色、情景を鮮明に想起できるのだ。情報量が多いために再現までに時間と集中を要する。

「保健室は?」

「一階、玄関を左、突き当りです」二人は事務職員に忘れ物をしたと断りを入れて再度構内に足を踏み入れた。