コンテナガレージ

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がちがち、バラバラ 5-3

 

 国見はレジから両替用の小銭を小口の財布にありったけ詰め込む。もどった小川は鳥にさらに焼きを加え、出来上がりの鶏肉を館山が食べやすい大きさに切り、店主が持った発泡剤のトレー、詰めたご飯の上に乗せる。副菜は酢を効かせたナスのマリネ。ご飯と鶏肉の間には千切りのキャベツを挟む。ふたを閉じる前に甘辛のたれをかけて完成。片手に五つと表の黒板を持って国見、小川はビニール袋と発泡スチロールにありったけを詰め込みおぼつかない足取りでテープの外で販売を始めた。
 こういったものは一人が買うと次々と押し寄せて購買意欲を掻き立てるので、コックコートを脱いだ店主はわざわざぐるりと一ブロックを周回し、第一号のお客を装い、おいしいそうとは言わず、二の足を踏む女性たちの隙間を縫い、人ごみの前に躍り出て何気なく購入する姿を見せつけた。その弁当を持って再び来た道を戻る。
 すると、店に帰ったときには既に弁当が飛ぶように売れ、小川が追加の十個を持っていった。
「すごい売れ行きですね」館山が走り去る小川を見送って、呟く。
「先に焼き目をつけてオーブンに入れる。残りは、大きめのフライパンで焼く。フライパンは油のふき取りを必ず行うように。それとふたをむやみに開けないで」
「はい」活気付いた厨房はやっと以前の昨日までのランチタイムに変貌を遂げた。店内を優雅に浮遊する音は、香ばしい肉の焼ける油のはねる、動物の奏でる最後の鳴き声にかき消されてしまう。
 店舗より売り上げもお客を裁く時間も圧倒的にケータリングに軍配が上がった。それもそうだ、食事の時間を含んでいない、提供時間さえ短縮できてお客が途切れないという特殊な条件下による。お客はひっきりなしに買ってくれた様子で、売り切れを告げると文句さえいわれたほどで。小川が膨れていたのはそのためである。落ち着いたのが、一時過ぎであった。
「警察の人、たぶん刑事の人だと思います、二つお弁当買ってました」レジに収集した料金を戻して国見が思い出したように店主に報告する。「聞き込みは継続されてるみたいですね、地下に降りていきましたから。しらみつぶしに目撃者を探して見つかるとは思えませんけどね。私なら面倒にかかわりたくなくて、黙っています」
「それが事件を解決に導く決定的な証拠でもですか?蘭さんの証言が重要でないかは、わかんないはず」カウンターの椅子でくつろぐ小川が指摘。
「一億円を拾ったら黙って警察に届ける?ニュースでも報道されてなくて、私の耳に入っていないの。それでも警察に届けようとするのは、偽善だ。欲しいじゃない、何らかの理由で置いていかざるをえなかったのか、それかたまたま置き忘れたにせよ、本人の不注意でしょう。いくら治安のいい国だからって、高額な紙幣が詰まっているボストンバックだからって、所有保障の確約は甘やかしすぎ。警察への届けもすぐに拾った足で届けるとは思えない。絶対、一度中身を見たらためらって考えて、天秤にかけてどちらが得で、神様なんかを思い出してさ、迷うんだから」

がちがち、バラバラ 5-2

 警察の現場検証と証拠採取により封鎖された店は陸の孤島と化してしまった。手を打たなければ。店主は、ぼんやり外の様子を眺める外面を従業員には見せておいて、状況の打開を目指す手法をめぐらせた。
 片方の目を開ける。外を見て、雨の有無を確認。外に出て天を仰ぐ。ちょうど、インド舞踊を舞っている姿である。いよいよ店主がおかしくなった、と見下されれば店主はウキウキと高揚感が沸き立つ。
 雨の中、進入禁止区間を出た。雨のように降り始めを教える予兆を飛び越えて、天命が下る、黄色いテープの前で料理をこちらから歩行者に販売を促してはどうだろうか。店舗の欠点はその場所でしか食べられない、当たり前の事実であるけれども、たった数メートルの距離の店舗外の販売は初の試みである。調理済みの食材を不意に廃棄処分してしまうには、経営的には大幅なマイナス。お客は入れないのだ。いいや、無理を言えば、警官に付き添われて入店は可能。しかし、昼食の代用はいくらでも変わり手は手招きでお客を匂いで視覚で記憶で誘う。過去に携帯用の容器は格安で仕入れていた。後は、箸だ。店では割り箸を使用していない。
「小川さん、買い物を頼むよ」雨に濡れた店主は戻るなり、要求した。
「夜の食材の買出しか何かですか。それだったら休憩のときに行きますよ」今は手が離せない、暇といったのは館山の仕事を手伝う前の話だと言わんばかりである。
「割り箸を百膳買ってきて」
 生返事。「はあ、はい」小川安佐の口は閉じきらずに、空間を空けたままである。「あのう、お言葉ですけど、店には箸は必要ないと思うんですが」
「後、鶏肉はフライパンで皮目を焼くように。オーブンから出してくれ」
「店長?お客さんはいませんけど……」冷蔵庫の前、とまどう館山が無意味な店主のとっぴな発言を追いきれないでいる。小川の横から顔を出して店主にきいた。
「今日のランチをケータリングで売ろうと思う。立ち入り禁止区域外、テープのところで売るんだ。人も集まっているだろう?黙っていても人が止まる場所だった売れる」両手を腰に、満面の笑み。普段笑わない店主の笑顔は従業員には不気味な印象を与えたが、店主の拍手によって意思を察した従業員は言われるまでもなく、作業に取り掛かった。小川は約五分の外出で割り箸を届けた。

がちがち、バラバラ 5-1

 

 閑散、BGMが店内の主役に平日のランチ真っ只中において悠々と優雅にそれでいて力強く、かつ繊細に細部に響き渡る音質。店舗の契約を済ませた後にスピーカーという高価な副産物の在り処を知り、店内にプレーヤーに忘れ去られた歌姫の楽曲を初めて鳴らしたときに状況が酷似している、店主は数ヶ月前を思い返した。
「まだ捜査をしてますよぉ、もうなんとならんもんですかね。これじゃあ商売上がったりだよう。まったく、道路工事だって細々深夜に店に配慮して昼間の営業に対応しているのに。お役所仕事って言われても仕方ないですよ」小川安佐は戻ってくるなり、ぶつくさ文句と店が陥る状況の原因を手洗い専用の蛇口にて丁寧に爪の間まで手を洗いつつ、話した。通りは全面、閉鎖されており、歩行者の通行は隣接店舗の出入りしか認めないと数十分前、だから正午前に雨に濡れた制服の警官が隣の店舗から回って、口頭で決まり文句のそれを言い渡した。返す言葉を抱くな、反論の余地はない、そういう表情であった。もちろん、店主は何も言い返さない。小川安佐と館山はカウンターから身を乗り出して、いつでも警官に食いかかる準備を整えていた、出入り口で応対した店主が店内に向き直ると、二人の顔が重なる皿の上に乗り、こちらを凝視していたのだ。
 暇な店内で店主と国見蘭の態度は不変である。その国見がホールの段差から片足ずつ下ろして、応える。「事件だから、被害者の所持品が無くなっているのかも」
「無くなっているって普通わかりますかね。私の持ち物がなくなっても、蘭さんはバッグの中身を見て確信がもてます、これがないって?」
「所持品が壊れていたのよ」
「はぁはぁなるほど、するどいですね」
「片割れの捜索なら、倒れていた現場付近の今日の警察の動きも辻褄があう」
「蘭さん、冴えてますぅ」
「安佐、口ばっかり動かしてないで、手も動かしてよ」
「はぁい。でも、リルカさん、お客さんが来ないんじゃあ、仕込みのしがいが、ありません」
「店を訪れることは隕石が頭に衝突するぐらいの奇跡に近い。大々的な宣伝もしてないし、雑誌にも載せない。初めてのお客のほとんどが、通りがかりと口コミだって聞くと、来店は神がかり的な数字、天文学的な限りなくゼロに近い確率だろうね」店主はガラス窓から外を見つめていった。小川安佐はサロンで手を拭き、館山の指示を受けるとローストした鳥モモ肉をオーブンから取り出す。表面の香ばしさが立ち上る。ペーパーで余分な油をふき取ると、またオーブンに戻す。こうすることで、表面の皮目がパリッと焼けるのだ。火は十分に通っているので、温度は低めに設定してある。昨日のデータを考慮すれば、あっという間にオーブンの鳥たちも胃袋に収まってる頃だろう。

がちがち、バラバラ 4-6

 

「行動に示さないと意思は伝わらない。誰かが言っていた」彼女に気おされて、三神はかろうじて言葉を返した。周囲の人間にもおそらく聞こえている彼女の音声に、表立った反応は見受けられない。
「あるいて」音声を切って、彼女は口の動きだけで先を促した。私は坂を下った。変形した道のおかげで、上から降りてくる一行の姿が振り向かなくても動きがわかる。距離はあまり変わっていない。蛇行がなくなり、道が駐車場に続くストレートに入ると、彼女が三神を引っ張る。チケット小屋を左手に、坂を駆け下りる。車が一台、都合よく坂を登り、駐車場、白線を無視して旋回、二人の前に止まった。
「乗って」彼女は助手席に乗り込む。振り向いたら、傘を放り投げた坂を疾走する一団の異変に気おされ、多少安全そうな彼女の車に三神は乗り込んだ。車は勢いにまかせて、フォグライトの明るさで山間から脱出した。スリリングな午前であった。