コンテナガレージ

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手紙とは想いを伝えるディバイスである6-2

 私は誰のために生きているのだろうか、という問いかけを社は仕事に復帰してから幾度となく繰り返した。不安定なのだろうか。日々をこなすだけ、その時間を見つめる余力が足りていない。時間は削れるだけ削っている。テレビも見なくなったし、友人とは自然と疎遠になった、ママ友だって、仕事をしているから、会うことはほぼ不可能に近い。夜は家で過ごし、家事に追われる。纏いつく子どもの相手。格闘の末、眠ってからはもう私の体はいうことをきかないのだから、考える以前にまずは体力の回復に努めて、旦那を出迎え、二人ともへとへと。話し合う余裕はゼロに等しいし、話しても私は怒りをぶちまけるだけ。なので、一人でそっとつかの間のお風呂で英気を養い、子どもの寝息を子守唄代わりに、眠りにつく日々。とても妻とはいえない姿。旦那は私を見限るかもしれない。だけど、私はこれが限界。本当は私だって褒めて欲しいの。強くなんてない、しかし弱くはなれない、子どもがいるから。無理を承知で、生きてる事をことさら公言ははしたないと思う。溜め込んでもう、体内はパンク寸前。そうさ、そうだ、そうそう、言ってるそばから吐きだしているじゃないの。疲労がベッドから私を押し付ける……。

 忙しく外で働く私と家での私。

 両天秤。

 もう、よそう。そろそろ本格的に仕事に取り組まないとまた娘のお迎えに遅れてしまう。案件を開いて、つぶさに観察。出遅れたのだから、もう必死で取り戻すしかないんだから。私は果敢に昨日のような成果を生み出すべく仕事に取り掛かった。

手紙とは想いを伝えるディバイスである6-1

 五F

 社ヤエは夫に連絡を取りたかったが、なかなかでない。通話中らしい、こんな時間に誰と話しているんだか、いけない、怒るのはよそう、決めたんだ。一呼吸置いて、落ち着いて発言に気を遣うと。子どもが生まれて仕事に復帰してからは、いつも何かにつけ、気の休まる暇がなく、慌てた状態が通常だったので、つい子どもにもそれから旦那には私が常識の範囲外を見つけるたびに怒りをぶつけていたんだ。そしてあるときに、不意に、洗濯物と格闘しながら何気なく耳を傾けた夫の話、節度をわきまえた行動を改めないのならば、これ以上一緒に暮らせない、と真剣に言い渡されて、改心したのだった。

 纏わりつく音楽。

 見えていなかったのは私のほうなのだ。子どもと家事と仕事を餌に、私はストレスの矛先を順繰り回ってそれぞれにぶつけていたのだ。旦那は無言という手法で間接的に、私が自ら感じ取り、異変、異常に気づくようにやさしさを込めて取り計らっていたのだ。

 いけない。社サヤは気を引き締める。たちどころに改善はしない、わかっているのだ。だから、こうして戻るべく、目印をつけてるの。

 張り詰めた歌声。

 旦那へメール。遅れるかもしれない、と伝える。夕方にもう一度連絡を入れることも文面に沿えた。

 社長の急死はまだ社員全体に公表は控えているのか、誰も彼もが忙しく、またはじっと耐えるようにデスクはりついて仕事に励む。誰もがいつ死ぬとも知れないのに、必死で今日を仕事をこなしてる。確実な明日など来ないのに、私への問いかけ?子どもを作ったことはもちろん、前々から憧れというか女性としての価値を出産と子育てに求めていたらしい。しかし、私は本心から子どもを願ったのではなくて、やはり生物に備わる機能、果たすべき手段として選んだと知れた。だからこそ、本能に従う頭脳を越えたいのだ。育てなくてはならない。これは産み出した、私の責任。子どもは悪くないのだ。私は変われると思ったのだ、殻を破ってくれるとさえ思い込んだ。強くなって、世界の見方が変わるとさえ思った。だけど、何一つ同じ風景や仕事が続く。こなすべき仕事が増えただけのこと。一人の時間に耐えられないから、人は家族をそして子どもを欲しがる。 

 軽やかな弦楽器のソロ。

手紙とは想いを伝えるディバイスである5-4

 それでも席を離れなかったのは、社長の死について考えていたからである。特別に恩義のある人物とまではいえないにしても、それなりの功績は認める。あまり人を認めないが、彼女は仕事やデザイナーの想いを汲んでくれたはずだ。だからこれほどまでに会社に人が集まったのだ。

 新しい突拍子もない仕事を持ちかけて、あの場に行かなければ、第一発見者にはならずに済んだのに、武本は後頭部に両手を組んで斜め上、無機質な代わりばえのしない灰色の天井を見やった。現場に訪れたときのあの男の名前は、安藤といったか、あいつはどうにも挙動不審だった。トイレから戻ったときに、室内をあれこれ物色していたんだから、疑いたくはなるさ。会議室中央のテーブルの下に入り込んで、何をしていたのか、本人はペンを落としたと、説明したが、スーツやジャケットを着ているのではない、黒のニットであるため、上着にペンを差し込むべき場所はそんざいしない、また書き留めるためのメモ用紙などの手帳を手に持っていなかった。……ペンはポケットに差し込んだのかもしれない。

 それから二人で会議の時間まで社長を待った。時間にして十分程度だろう。遅れて始まるとは聞いていたが、それも数分の時間差で、十分も社長が時間を無駄に把握しているとは思えなかった。私は席を立った。社長室のドア、呼びかけに応じない。そこでドアレバーに手をかけるとドアが開き、社長室の様子を、廊下からドアを開けた社とタイミングを合わせたように三人が同時に社長の死体を確認した。ただ、廊下から入った社という女には多少、いやらしさが垣間見えた。ドアを開けるタイミングを狙ったとしか思えないのだ。偶然同時にしかも通常はロックさせているドアが開くだろうか。もしも彼女が犯人なら一度、凶器を隠して戻り、そっとドアをこちらが開けるタイミングを計っていたはず。廊下はめったに人が通らない、黙って待っていても怪しまれる心配はない。同時を狙ったのだとしたら、こちらの会議の出席人数も把握していた、さらにそれによって会議に遅れてやってくる社員と廊下で出くわす危険を避けられる。いや待てよ、会議室に私と安藤が入室した場面はどうやって確認したのか、彼女とは働く階は別であった。エレベーターに乗ったという目撃を他の社員に遅らせたのかもしれないのか。可能性は尽きないということ。

 何を考えているのか、まったく、現状の優先事項を無視した自分への冒涜である。武本は席を立ち、屋外に出られないため、いつものルートを外れ、仮眠室でじっくりと休息を取った。

手紙とは想いを伝えるディバイスである5-3

 四F

 間の悪い。昨日の作業とは一転、限られた時間内で二つの案件仕上げなければならないのか。武本タケルは、個人ブースで二つ作業に取り組む方針を考えあぐねていた。席についてから、もうかれこれ十分はロスしている。短い時間……となると、休憩は取りやめに、しかし休憩は作業効率を考えれば全体的にはマイナス。後半の能率低下に繋がるのは、身にしみて感じている、スケジュールから取り外すわけにはいかない。とすれば、外の散歩を切り捨てるしか方法は残されていないのか。また、刑事が事情をタイミング悪く聞きに訪れる場面も想像しやすい、そのときにために休憩を取っておくという考えもできなくもないか。

 武本はクライアントの優先順位に取り掛かる。両者共に、既存のイメージが固く、さらに印象の変化は少ないように見受ける。イメージを壊すアイディアは反発を生み出しかねない、強力な反発だ。短時間ではそのイメージに匹敵するアイディアは浮かびそうにもない。追い詰められて対処できる案件ではないのだ。損害が怖いのか?違う。まったく逆だ。怖くないのだ。だから、怖いのだ。言っている意味がわからなくても私は理解できている。一周回って、といった表現が適切だろう。

 時間が足りない。補うには逆転の発想。二つに共通点を見出して、両者にパートナーシップを結ばせよう。依頼はどちらも文房具。一つのデザインを二つで分け、しかも機能も片方特有の機能をもう片方に付け加えるのだ。想定、互いの独自性を守りつつ、話題にも事欠かない。しかし、本来の機能は基本的に備えているために、一過性には終わらずに、また、店頭では並んで商品を売り出すことも可能だろう。

 考えをまとめて、デザインを一気に仕上げる。いつもとは異なる工程。武本はこれまでの作業の仕方をもう一度見直すをべきなのかも、彼は別角度の視点を取り入れると決意する。

 デザインの想像は常に、想像の半歩先を行く。だから、認められる。行過ぎてはいけない。もちろん、先鋭的な姿は必要だが、今回のクライアントの提案に関して言えば、時代をリードするような奇抜は不必要だろう。いらないのではなくて、前面に押しすべきでなないのだ。

 午後三時を回って席を離れる、デザインはとっくに完成していた。