コンテナガレージ

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意図された現象に対する生理学的な生物反応とその見解、及び例外について

「開っか、っない」
「手伝います」客室乗務員の制服が横切る。アイラは弦を待つ。窓から空が望めた。薄い雲の残骸が散らばっている。気圧が多少低いことを飲み込むと、ここは移動する地上と接する乗り物の座席に思える。負荷をかけて、どこへ行くのだろう、遠い土地と関係を深める願望は私には欠落している。
 誰かに会いに行く、建造物や美術館に収蔵される美術品、不動のものたちをその目に収める、一時の楽しみが時間を費やしバイタリティの源へ変換、長年ひそかに思い願った末の結晶。完了してしまうと、次を探す。サイクルを経てまた次を探す、あくなき探究心は底の知れない欲望を避けた解釈、都合のよさ。卑しい。過ぎた処遇だ、控えめはいつから取りはわれ、自由が横行したのか。規制は社会をつかさどる土台、その事実を人々が見定め、捉えているとはまずもってありえない。雲が流れる。搭乗してまもなく、離陸して空に飛び立つさなかは、とても重宝されたが、今となってはもう標準に成り下がる。そのそこにいるのが、見えることが、さも当たり前かのような、鈍感ともいえる機能。私の商売もいわば、非現実、その演出を生業とする。人のことは言えない、ゆえにこうして内へせっせと問いかけ、身を毒に染める。解毒を待って、動きを止める。だからだろう、動かないのは、人に興味を持たないのは。
 アイラは強引ながらも自らの立位置を言い表すことができたようだった。
「いきますよう、落ちてくるかもしれませんからね、いいですか、よっと。あああっ、あああ」間の抜けた声が聞こえた。
「あっと、だめ、無理ですぅ」客室乗務員も声を上げる。
「だあああっ」
 物が落ちた。
 ギターケースではない、
 筒状の、
 物だった。
 二人は通路でそれに押しつぶされてる。アイラがきく。
「大丈夫ですか?」
「痛たたたっ。っつたく、何でこんなとこに毛布がしかも、くっつ、重い」下半身にかぶさる毛布に包まれた円筒形の物体を跳ね除けた、カワニはそれよりもと、アイラの要求を思い出して、ひとつ前の荷物棚を今度は慎重にひき開けて、ギターケースから目的の弦を取り出す。投げることはしない、大切な演出を担う製品である。物体と仲良くペタンと床に座り込む客室乗務員の頭越しにカワニの手が伸びる。
 不測の事態が続いたせいで、時間の感覚が早まった。すべきこと、こなすべき作業が整然と脳内で隊列を組んだ。
「カワニさん」アイラは促し、言葉を続けた。お客さんにとっておきの最新情報を伝え、時間を稼いでいくれ、と。
「……クライアントと揉めない、これは約束してください」彼はためらったのもつかの間、決意を固める。
「曲の構想はほぼ出来上がっています。帰国後にレコーディングに入る、数日でデモは完成させる予定。クライアントに聞かせ、修正箇所や全体の雰囲気の確認を取り付け、手直しに取り掛かる。全撤回という一からのやり直しにも、方向性の異なる曲の構想すら用意がある、製作に数日をかけてこれらは聞かせられる。なししろ締め切りは来月ですからね、早めに何事も手を打つ現在の取り組みはこうした不測の事態をいくつか想定して行ってますので、契約の破棄、あるいは未完成の楽曲という有様は皆無です」
「言い切りましたね。……だけど、はああっつ、気が重い。いつまでも慣れませんよ客前は」
「おねがいします」
「代役は望めないし、行きますよ、ええ、行って来ます、行くんですよ……。ついでに僕が座席に居座りましょう。場を繋ぐ私が帰りそこなった体は自然でしょうから、登場は躓いてみます」