コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

手紙とは真意を伝えるデバイスである6-2

「……やっとこれで刑事さんも気が済みましたよね、僕らが犯人じゃないって」安藤アキルは晴れやかにこけた頬で笑った。

 四人は地下に降りて各人の所有車、安藤は自転車で、帰宅していった。

 箱の内部で、熊田は天井を調べる。作業員が一人三脚を持って天井をあけてくれたのだ、もちろんなにも見つからない。十階で降りなかった理由は、凶器をこの階で見つけるためである。熊田は十一階に降り立つ。案の序、階段の踊り場に不自然な観葉植物の鉢が見つかった。手袋をはめ、土を掘り返す。植物は表皮がはがれかけた南国の佇まい。初めてお目にかかる品種である。指先に感触、水を土全体に行き渡らせるための軽石にしては、形状が大きい。取り出した石は、凹凸がまばらで、丸みの欠片もない、雑な破片だ。灰色、黒、白も混ざっている。幾つか取り出して、ハンカチの上に並べた、照度が低い。階を示す踊り場のライトだけでは物足りないので、熊田は端末のライトを照射。ほとんど通話をしていないが、バッテリィーが三十パーセントだった。そろそろバッティーパックを買い換える時期、熊田は電力の節約を心がける。

 熱い。蒸し暑い。もう汗ばむような時期である。

 見つけた。手袋に挟んだ黒い塊と絵の具のような赤の斑点。塗料みたいだ。血液。これが証拠。

 美弥都に連絡を入れる。彼女には端末の番号を教える代わりに、警備から借りていた無線機を預けていた。熊田が持つ一台はエレベーターで下に降りた作業員から借りた。

「聞こえますか?」

「ええ、良好な感度です」感度はいいが、風の影響か、雑音が入る。しかし、音声は聞き取れた。

「一センチ四方の塊を発見しました、表面は血液らしき色が認められます」

「すぐに、追いかけるべきではありますが、手遅れでしたね」

「車は出て行きましたか?」

「今さっき。一台は自転車でしたよ」

「追いかけます」

「無駄ですよ」

「対策は?」

「あなたが思うとおりに。私の推測をあなたも読み取っていた。対策ならば頭に浮かんでいるはず」

「何もかもお見通しですか」

「……」

「もしもし」

「聞こえてます」

「証拠と犯人の逃走を天秤にかけてしまった。私の悪い癖が出たようです」

「犯人を捕まえても証拠不十分で拘束は無効、しかし、証拠を押さえようとすると犯人はビルから出てしまう。翌日何食わぬ顔で出勤するとは思えない。明日まで待つしかありません。犯人は探し出せたのです。上々の活躍でしょう」

「ほめていただけるとは思わなかった」

「誤った選択を取らなかったことに賛美を送った、それだけ。賞賛ならば、こうして言葉にせずとも本来は行えてしまうもの。求めてしまえば、それは賞賛の価値を失う。誰かが口にすれば賞賛ではなくなる。ですから、こうして賞賛と四回も言葉に出すだけで、もうそれは価値のないものに成り下がっているのです。限界に近い、寒さです。無線機はおそらく盗まれないでしょう、街頭の下においておきます」

 機械音に途切れた音声、涼やかな声、熊田は蒸した階段で思い浮かべた。街頭に照らされた無線機は月明かりよりもただ場所を示す価値のため照らす、贅沢な光に思えた。まるで、月を独り占めしている、そうに違いない。