コンテナガレージ

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就寝前 消灯 ハイグレードエコノミーフロア

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座席がたわむ、隣のmiyakoが動いた。筒を成した音の塊、声が顔に届いた。切迫した青い音。
「このとおり!」風が巻き起こる、そよ風。半身のmiyakoが使用権をめぐる戦いの中央の肘掛に額を近づけてる。「何でもいい、この世界で生きたいんだ!歌しかありえないんだよ!お願いっ……」
 大きめの音量は就寝時間が味方をつけたか、こちらを窺うカワニの視線と顔の向きは視認されなかった。他の二人は功名に闇にまぎれる、アキは座席に積む私の衣装が姿を隠し、事務所員で風引きまたはウィルス感染が疑われる楠井は風邪薬を服用し微かに鼾を立てていた、消灯前の様子だからすっかり今頃は深い眠りに誘われている。
 二つ前の席に移るとしよう、そうして客室乗務員をボタン一つで呼び出すのだ、連れ帰ってもらう。
 もう十分に要望には応えた、この先は私の意志を優先したい、なぜならばmiyakoは領域侵害、いわば侵入者、私が一声曲者と叫べば、罪人に呼び名が変わるから。ただ選ばず回答を告げたことはアイラにとって新しい一面が垣間見えた。彼女自身、常日ごろ曲製作の新しさを探し求め作業に従事する人種なのだから、市民が生きる日常へ指向性が気まぐれに働いてもおかしくはないだろう。あるいは、そう、気まぐれを母体と捉える。
 考えを音に変えようとした矢先だった。
 声が失われた。出口を塞がれる。
 きつい。喉が絞まる。
 果物を握力で搾り出すさまが重なる、滴る果汁、油汗。果肉という細胞が破壊、含む水分が外へ押し出される。香りが漂う、汁は放射状に局所的に飛び散る。
 意識が薄れる。黒がより克明にまだ先の黒が薄い灰色を塗り固める、布がさわさわとけれどたんたんと闇を作る。かちり、かち、かち、決まった場所があるかのようにさだまるんだ、
 死を覚悟した。
 半眼、閉じかけた視界、
 miyakoを眺めた。
 持ち上げる両腕、
 がっしり両手が互い違いに顎の下、
 胴体と首の付け根を支え、
 miyakoが押し上げる。
 体が少しだけ浮く。
 彼女の予想は正確だ。限られた購買層、その大部分を牛耳る私のシェアは市場に解放されるだろう。突然野に放たれたお客たちは途方に暮れ、次の曲を探す。しかし、予期せぬ死を遂げた人物は歴史的に見て数年、数十年と死してなおその存在を誇示、お客たちの心情にどすんと蔓延る。
 模倣ばかりが出回ってお客は色違いのそれを手にする、別物との認識を常に抱えて仕方なく隙間を手っ取り早く早急に埋めることに目的意識が働く。私が選ばれる理由は他とは一線を隠す、いい意味で、悪い意味でもだ。へつらうことは平均化と手を組む、ありきたりでそれなりで見たことがあって手に取りやすいけれども、独特、興味を惹かれ変わっていてどこか癖になり、得体が知れなく次が欲しくなる。したがって、住み慣れた環境と距離を置く個人の意思が各自それぞれに芽生え、本物を欲する。
 覚醒。
 じいっと、食い入るようmiyakoの目を覗く。
 意識は遠ざかる、闇夜、視界はほとんど見えてはいないのに、心眼を保つ。
「殺せ」、そう命じた。許可を与えた。「迷いを振り切りるのです」、「本心に従え」、「柔軟に収斂をしろ」、と言い聞かせる。もちろん、音も言も心もない。ただそこがここであると思った。
 アイラは唇を動かす、
 ころせ。
 瞳、が揺れたように、見えた。
 重力が全身で感じられる。零・八気圧さえ意識に上げる。押される鼓膜が内圧との均衡に抗う。
 蹲る荒い呼吸が聞こえてきた。
 反対に、私は深く、ゆうっくり、大きくを心がける。
 客室乗務員の田丸ゆかがフロアに顔を出した。乗客の様子を見て回る、カワニが点けっぱなしで眠る手元のライトが登場人物を暗がりの室内に映し出す。
 もう一方の通路の体調を崩す楠井を田丸は気にかける。
 私が席を空けるまで、miyakoは席を立つことは難しい。アイラは息を整える。だいぶ息がしやすくなった。何度も唾を飲み込んで、喉を触った。客室乗務員の田丸はこちらには来なかった。読書用の明かりをわざわざ点け一瞥したアイラの視線を受け止めたのだ、無言は言葉よりも雄弁だ。田丸はアキの寝顔を見てから機首側の通路に姿を消した。