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3 ~小説は大人の読み物~

こちらを気にかける視線を感じる。もっとも、彼女が例の機体に搭乗していた事実は既に世間の知るところなのだろう。生放送は延期となり番組の改編が行われた、取り調べの模様を放送する訳にはいかない、ラジオ局側は空港に関連したトラブルに巻き込まれ身動きが取れずにいたmiyakoの状況を大略ならがも公表することで、自らの体面、世間的な非難をかろうじてすり抜けた。対照的にmiyakoは詮索、という巻き込まれたトラブルの正体を尋ねられる対象に一躍引きあがった。警察が空港に詰め掛ける動きを、聞き耳を立てる記者たち、野次馬が逃すはずもない。生放送中止と慌しい警察、これら二つの情報は重なり、miyakoは何らかの事件に関わる、あるいは事件の当事者、との憶測が飛び交ったはず。したがって、遠巻きに視線が送られる、ということだろう。種田はそっぽを向いて音声にのみ耳を傾けた。
「聞こえたってどうってことありはしませんよ。大体、想像と大して変わりはないはずだから」投げやり。
「場所を移りましょうか」今度は熊田が言う。
「だから、これから打ち合わせなんだって、つまりね、放送があるのこれから、埋・め・合・わ・せ・の、耳ついてる?」
「埋め合わせ、ですか?」相田がきいた。三人とも平穏を保つ、この程度の口の悪さはむずがゆく、私たちには届く。本質のみを取り出すと、実に彼女を代表とする悪態をつく人物は決まって態度に弱さを隠す。しかも、きっちりと裏側に本心を貼り付けてくれるのだ。
「局のお偉いさんが何でも、私の口から事情を説明して欲しいだそうですぅ。まったくどうかしてる。時間には間に合っていた、放送の二時間前には帰ってこれてたんですからぁ」
「死体を見た、そうですね」熊田がきく、細かな空気の流れがそのときひたと止まったように感じた。
「聞くんだ?いいの、その話をしちゃって。私は……別に失うものないからさ、どうだって……、どう転んだって叩かれるんだわ」
「投げやりですね」、と鈴木。
「世間っていうのはひどいの。持ち上げるだけで、あとはポイっと見向きもしない。タクシーみたく乗り捨てられんのよ、白状だって自覚もないんだろうけど、あーあっ」
「鈴木、相田、人払いを頼む。動かないのなら、ここで訊くしかないだろう」
「はいはい」
「相田さんがすごめば一発ですよ」
「そうだな、お前の寝首をつかんで、振り回そう、それがいい、名案だ」
「冗談ですよね?ね、ね!」
 二人が遠ざかる。
「ちょっと、そこの人、席をはずしてくれない、刑事さんと大事な話があるの」退出を言い渡された。miyakoは熊田の体から首を傾けていた。
「私も刑事です」
「あっそう。四人とはこれはまた大勢でまあ、ひょっとして私を逮捕するつもり?」miyakoは熊田を見上げる、白眼が目立った。
「内情は明かせません。ただし、私たちは手錠を携行してはいない、単なる事情聴取で窺ったまでです」
「そう、言われてもねぇ」息を吐きつつも、断る理由が見つからずにしぶしぶ緑色の頭を掻いて彼女は着席を促した。
 対面に二人は座る。上がってきたエレベーターと廊下が左手に見える。無人である。
「もう一度尋ねますが、死体はいつごろ目撃されましたか、おおよそで構いません」熊田がしゃべりかける。しかし、miyakoはのらりくらりと質問をはぐらかした。まるで持て余した暇をお抱えの召使たちに何か一つ芸でもと年少者が年配者たちに命令を下すようだ。
「まさかこんな大事になるとはね。アメリカじゃあ、通訳を通して形式的な質問に応えてお終いだったのに、正直に打ち明けちゃいますとね、そうそう、そうだ。あれは聞かれなかったので言わなかったんだ、うんうん」
「といいますと?」
 彼女はオレンジジュースを傾けた。橙色、半透明の容器。
 容器を置くその手は所在をなくしたのか、妙に定まりが悪い。二人と忙しく目を合わせ、手元に。そしてためらいがちに、彼女は片手でもって落ち着きをなくす左手を押さえつけたどたどしくも真相を語った。
「タバコを吸ってた人がいたんだよね、私の前にトイレを使った人。狭い通路ですれ違った、トイレは後ろのひとつしか使えなかったし、しかも知ってる顔だったからよく覚えてた。席は離れてたな。私と反対側の窓側の席、偶然列は同じだった、うーんもしかするとひとつ後ろだったかも。とにかく、山本西條って知ってる?あなたは知らないけど、そっちの刑事さんなら顔ぐらいテレビで見たことあるでしょう、いくら興味がなくてもね。そんで、公演が遅れて、二回目にトイレに立った西條さんをちょっとゆすってみたの。変な意味にとらないでよ、お金をくれなんて言ってない。次のさぁ、レーベルの契約先とか新曲製作費を出してくれるスポンサーとかと、顔を合わせてくれませんかっ、お願いをしたの。疑うようだったらあの人にも聞いてみてよ、実際私お金は貰ってないんだから、潔白は証明できる」
「疑ってはいません。どうぞ続けてください」
「これってなんだかラジオみたいね。ええっと、それでね、そうだ、そうそう。山本西條、その場しのぎで言ったのかもしれないけど、受けたの。遠まわしには影響するんだろうね私、生放送飛ばしてバッシングはされ、事件の首謀者っていう疑いまでかけられたらもう、誤解なんて解けるはずがあってたまるかってえの」脈絡もなく話題が自身の境遇に摩り替わる、年代特有の会話のテンポだ。そうして落胆かと思いきや、miyakoは両肘を支えに上半身をテーブル中央に伸ばす、緊迫したシーンを演じて見せた。「西條さんは死体を見た、口止めの代わりにその秘密を私に打ち明けた」
「miyakoさーん!?miyako、さーぁん!」遭難者を探すようお手製の拡声器が口元を覆う、スタッフらしき男性の呼びかけが室内にとどろいた。
「はぁーい、はいはい、行きますよ、行きますって」
 呼ばれたmiyakoが色の変わる通路に進み出る。聞かれたことは話した、合わせた瞳が別れの挨拶、取調べを離れる許可を送信する。こちらの許可は強制的に奪取された、と受け取るべきだろう。次の仕事の穴を開けるわけには行かないし、種田と熊田はやっと人気が途絶えた休憩室を顔を見合わせて、退出を促す鈴木、相田を待たずに廊下に向かった。
 等価交換、
 種田はそればかりを考え、車に揺られた。

3 ~小説は大人の読み物~

 T-GATEFMは倍以上の高さのビルとビルに挟まれる。
 上司の熊田を先頭にO署の刑事たち一向は地下駐車場のエレベーターに乗り、直接目的階に赴く。地下駐車場の警備員に局内への入出許可を得る、通常は地下から目的階へは専用のエレベータでしか上り下りはできない。つまり、彼女たちはそのエレベーターに運ばれる。
 ラジオ局はどこも、閑散とした雰囲気を示し合わせてるのか、静まり返る幅の広い廊下はおごそかな場面状況にさえ、捉えようによっては感じられる。ここへはmiyako、という女性歌手との面会に無論アポイントなしで訪問をした。先頭を熊田が歩く、相手が警戒心を抱く唐突な問いかけはこの上司が適任であろう、と種田は思う。彼女自身はお世辞にも上手とはいえない、つっけんどんならまだしも、ときに恐怖心を相手に抱かせてしまう。顔が怖い、とも言われたか。自粛した彼女はそうして最後尾を位置取った。方向音痴も最後尾を歩く理由の一つに挙げられる。
 開けた一室に出た。エレベーターを降りて数十歩、人の出入りはここからがほとんどで、歩いてきた背後の廊下は人気が少ない、種田は前の三人の動きに倣う。彼らは立ち止まっている。
 室内はテーブルと椅子が置かれる休憩室のようなつくり、廊下の延長には色を変えた床が正面のドアに通じる。そっちの両開きのスライドドアは重厚な赤茶けた風合いを携え、閉じる、重そうである。
「miyakoさんですね」熊田がしゃべりかけた。左に鈴木、右に相田が広がるので相手が見えない。miyako、歌手であり、数年前までは新世代の歌姫と呼ばれていた。現在では明らかな人気の陰りが窺える、らしい。時勢に乗り、立て続けに繰り出す後発のイメージを継続した変化に乏しい曲ばかりの発表に、長期的な戦略の取り込みが後手後手に回った。悪い時期は世間ではどうやら重なって捉えるそうで、はやし立て盛り立てるお客が別の姫へ乗り換える時期に、よりにもよって運悪く戦略を見直す新しい取り組みを始めたばかりに、心酔しきった固定客まで、その正気を取り戻させてしまい、あろうことか先月のCDセールスは一万枚を越えられない状況であるらしい、これらはすべて相田がネット上で仕入れたデータが元の、種田個人の観測である。
「サインはしないの、あっちいって」
「警察の者です」
「しっつこい。さんざんっぱら空港で話した、勘弁してよ」
「私たちは警視庁の人間ではありません」
「ああーよくある、別の部署の人間ですっていうやつね。実際あるんだ、そういうの」興味が沸いたようだ、miyakoの態度を種田は見逃さない。
「まあ、管轄の異なる部署同士が同一の事件を調べることは珍しくはありません」
「いいわぁ、これから生放送、ラジオの打ち合わせだけど、どうせ事件のことはしゃべるなって言われて、たぶん内容は大幅に変更しちゃうんだろうし、進行表に目を通すだけ無駄なのよ。はああ、ため息ぱっかよ、何であいつばっかりかばってもらえるんだか」
「すいませんが、もう少しボリュームを落としてください。周りに聞こえます」鈴木が中腰になって忠告した。柔らかないつもの口調である。

公演一回目終了 十分後 ハイグレードエコノミーフロア ~小説は大人の読み物~

「根拠のない発言は害悪そのもの」アイラは言う、表情は曇りなく清廉を保つ。「あなたが身をもって示してくれたました、お礼を言います。殺された、という認識は極端な見方でしょう。もちろんわたしは医学的知識は持っていない。人は死んでいる、それは皆さんも根拠に頼らずとも憶測は可能でしょう。生物機能の一つ、顔を認識できる私たちがその人間が生きているか、眠っているか、死んでいるかの判断をできなくては、獲得した機能の意味はうせてしまう。相手が誰であるか、どのような状態であるが自らの生死、行動に影響を及ぼしてきた即席です。要するに、人は死んでいた。私以外そこのマネージャーも含めた六名が認めた。精巧な蝋人形ではなかったのです」
「はぐらかさないでよ!応えて、きっちりとね」抑揚をつけた反論。女性の顎が上がる、細い喉ぼとけが見えた。
「あなたの質問や意見は論理性にかける。自らの正当性を守りを固めた上で、私への質問を投げかけましょうか」
「死体はあるの、ないの、どちらなのよ?」
「あります」
 客席がざわついた。これは恒例行事のように毎度アイラを襲う。前はたしか、血液をためた袋を観客が破裂させたのだった、アイラは思い出す。そこへ、女性客の畳み掛ける応酬。
「死体を隠して私たちに曲を聞かせていた、これはねえ、紛れもない事実なんだよう!」
 静まり返る客席、水を打ったよう。波紋が女性を中心に広がった。
 それと同時に席の各所で、他人同士がひそひそ言葉を交わす。
 女性が大げさ、後方ににらみを利かせてなぎ倒す光線のごとく乗客たちを視線で射抜く。それはアイラで止まる。
「君村、君村ありさよ」彼女は名乗った。まるで一騎打ちを果たす侍。
「アイラ・クズミです」名前はまず自分から、名乗られたら名乗るように。教えられた訳ではない。自然と声が出た。名前などどうでもよかった、だって乗客たちは私を名前では認識していない。ギターを持ち、死体のように私たらしめる曲を歌う、ようやく、ああ私と、思い込むのだ。
 あの死体は誰だろうか。搭乗名簿を逃れた乗客。
「カワニ!」君村ありさがマネージャーを呼びつけた。彼は反射的に席を立つ。「甘やかすにもほどがある、売れっ子だからって手を抜いてるわね」
 首をすくめるカワニはかろうじて否定を示した。二人は知り合いらしい。観客たちの興味はすっかり、演奏から、死体、君村ありさ、そして今は事務所のマネージャー、カワニに向けられた。
 アイラはそっと演奏の再開を取り掛かる。注目の的であるカワニの動向を観客になりきり見守る、歌が始まるはずがない、その予測をあえて裏切ったのだ。
 観客たちの顔の向きと意識は徐々に離れアイラに向かい注がれる意志の強さ、関心の度合いを満遍なくある程度カワニの存在がその視界に入りつつも気にならない、歌が聞こえて、もうどうにも聞くことがこの瞬間そのものに引きあがった頃合を的確、瞬時にアイラは読み取り、スムーズに中断を余儀なくされた演奏へと戻った。
 君村ありさは立ち尽くしていたが、結局は着席に落ち着いた。身動きが取りにくい中央列の真ん中である。立ち続ける、それは背後の観客たちの視界を奪うことに繋がる、一応歌い手の立場を把握していたらしい。胸をなでおろすカワニに目配せを送った。三度目でやっとこと彼の仕事を思い出してくれた。演奏の残り時間を把握と同時にセットリストの改変を演奏中彼女はこともなげにやってのける。
 死体など観客は忘れ去れている、奇特な機能だ、と彼女は多少羨望の意味を脚立に座り、声を届け、かみ締めた。

公演一回目終了 十分後 ハイグレードエコノミーフロア ~小説は大人の読み物~

アイラは拍手で迎えられた。カワニが後方の補助席で二人に詰め寄られていた、客前に登場した時の様子である。 この中に犯人がいる。一回目の観客たちは席に張り付く。立ち上がった者は私の目からは一人もいなかった、これは確かだ。席を立つ瞬間を見逃していたとしても、空になった座席は目に付くはずだ。二つの目、二つの眉、一つのずつの鼻と口がそれぞれの座席で私を見上げてた。現在のように。
 遅延と待機に対する謝罪は興奮と勢いに水を差す行為に思えて、アイラはするりと演奏に入った。遅れた理由は中盤あたり、お客たちに個別の「私」が体内に生成された頃合いを目処に打ち明けるつもり。今はとにかく、引き入れる、これが求められる。何しろ、ここは上空約三万フィート、約一万メートル上空だ。演奏に関する声やギターの音色など気にかける事項は多岐に及ぶ、いつもは無意識下に任せる作業も今日ばかりは、彼女自身とお客と上空機内を、アイラは探るのだ。
 おぼろげながら薄れ出る記憶に新しい顔が二つほど目に留まった。同列左右の窓側、二人席。目深に二人とも帽子をかぶる、機内であるのに。 
 手拍子。テンポをこれに合わせる。息を合わせよう。曲の印象が異なって、歌うアイラにも感じ取れた。
 数曲を歌い、こちらから速度を速めろ、と仕掛ける。波に乗る。通じ合う機内。視界の奥に、カワニの合図。どうやら紙は見つからなかったらしい、両手と唇をアイラは読み取る。
 脚立がきしむ。動きにあわせて、機材も歌った。
 曲と曲の絶え間にアイラは水分を補給する。お客へは事前にペットボトルを配るよう客室乗務員に手配をしていた。百五十ccの小さいサイズである。お客にも彼女は飲むことを勧めた、感覚の共有。カワニも飲んでいる。黙っていても喉は渇く。
 弦が切れたことを伝えた、また死体の発見については公表を控えた。それは機長の判断に委ねる、とアイラは取り決めた。
 後半の曲に取り掛かろうとした矢先である、弦を押さえる左手仕草を察知したのか刹那に客席の一人が立ち上がった。中央列の前から三番目、にょっきりすらりとした首が肩に生える。踊り子が身につける体躯をその人物は備えていた、目元それから口元の皺が目立つ。肌は白い。
「死体が見つかった。私たち乗客に打ち明けましょうよ」新興宗教の教祖を髣髴とさせる所作と言い回し。ほとんどがアイラ・クズミのせっかくのライブを台無しにする頭のおかしい独断的な観客、という乗客の認識だった。
 アイラは数秒間黙った。大げさなざわめきやくしゃみや咳払いのわずかな時間に、隠し通す場合のこの人物と観客を説き伏せる労力、そして停滞を余儀なくされた演奏の流れを一から引き起こす労働力と完走まで残り時間をめまぐるしく思考を働かせ、他方では真実を暴露した場合に予測される乗客たちのパニックと薄らぐ演奏への興味、そして安堵とライブをかみ締めるビジネスクラスのお客たちに伝えた場合の影響と対処を試算してみた。
 瞬間的な判断だったに違いない。最低限、ビジネスクラスのお客の公演は守れらた、この事実が大きく決断に関わった、とはいえるが正当とはまるでかけ離れた決意だ。アイラは真実の公表に踏み切った。ただし、と注意事項を沿えて。
「殺された可能性は低い」徐々にアイラの音量が高まる、機内はぴたり音が止む。「私たちが控え室の代わりに使うフロアの、ある場所で死体は見つかる。おかしい表現ですが、その事実との直面はついさきほどです。マネージャーが私のプライベートな出来事を皆さんに提供する間、実は死体の応対について協議を重ねていたのです。行動規約、機内ではその法規に従うことを要求された」
「なぜ今まで黙っていたの?」女性客の態度は堂々と客席、いやフロア一体に広がる。乗客たちは私と女性客への視線移動に忙しい。何事かを書き留める仕草、引き続く驚愕、隣人と囁きあう者は数人だった、こういったときに状況はより鮮明に飛び込んでくるのだ。女性が六割、男性が四割、といった具合に数字に置き換えることも容易い。
「黙っていた……、状況を知ってはじめて口をつく言葉。知らぬが仏、騒ぎ立てることもこうして演奏に水を差すこともなく、皆さんは稀に開かれた、おそらくは今回限りでしょうが、演奏を目にする機会に預かれた。私がわざわざ楽しみを壊すのですか?提供してる身分であるのに、それこそおかしな態度でしょう」
「あなたが殺した、だから黙っていた、いえ、沈黙を貫くことが最良だったのよ」