コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

がちがち、バラバラ 5-7

「いいえ。とんでも。ランチは終わってしまったのですね、確認ですけど?」
「よろしければ何かおつくりしましょうか?」
「なんだか催促したみたいで。迷惑ではありません?」
「迷惑ならば誘いません」率直な店主の物言いに女性の眉が上がった。
「気にしないでください。店長は、嘘をいえないんです」国見はフォローする。「どうぞ、カウンターの席に」促されて女性は小川のそば、案内された席に着いた。小川と厨房に戻る店主、国見がグラスに水を注ぐ。テイクアウトのメニューが出来上がる間の妙な間が国見と女性のお客は苦手な様子だった。そわそわ、落ち着かない。
「物騒な事件ですね」女性が国見に言う。
「女の子が亡くなったらしいですね。実は私、見たんですよね。そのお嬢さん」その話をホールの接客中に国見は聞いていた。
「お知り合いですか?」お嬢さんという、その言い方に国見はひっかかった。
「常連の奥さんのお嬢さん。警察には内緒ですよ、調べたらわかることかもしれません。それまでは黙っているつもりです」
「ここで話して、よかったんでしょうか」困惑気味に国見が彼女の正当性に疑問を呈した。誰であろうとも一定の倫理観を軽く押し付ける国見である。確かに、警察への偽証は罪に当たる。が、内緒はつまり隠蔽ではなく警察の要請があれば話す、ということなのだろう。おそらくは何もしゃべらないと疑いをかけられ、すべてを話してしまうと物足りなさから隠している情報があるのではないか、と探られる。だから、彼女は質問だけに答えた。安易に主張はしない。アピールが世間では求められる。特に就職では資格や過去の実績と同等に個人の資質を一個人の主観的な見方で社会への第一歩が決定する。その選択の人物こそ、厳正なる審査を受けたのかと僕は疑いたくなる。アピールが特定の期間にのみ出現と存在を許され、その他の膨大な時間ではやっかみや協調性のなさに分類されてしまうのだから、女性の主張はもっともであり、生き抜くための方法論としては妥当な選択である。噂というものはサービスの質に無関係に働き、他店と技術力の差がなくても、あらぬ疑いが降りかかると、途端に別の店に移る人間が大多数ということも世の常だ。誰もが、安全圏にいたがる。見ていないのと同じ。だが、反発心だけでは営利は通用しない。
「警察の聞き込みの後に、常連さんの娘さんだって知りましたから、何も嘘は言っていないのです」真実を語り、主張に一本筋を通す彼女の主張は堂々と後ろめたさがない。
「疑われませんかね?」納得しかねる国見は意見の変更を願うように半疑問形を利用し自身の意見に引き込む。
「事件のときは、お客さんに付きっきりでしたから、……離れる時間があっても、数分程度ですね、うん」
 浅いどんぶりに白米、キャベツ、チキン。店主がカウンター、皿の間から女性に手渡す。
「ありがとうございます。うわあ、おいしそ。……結構、ボリュームがありますね、これ。けど、うん。食べられそう」

がちがち、バラバラ 5-6

「あっつ、とはい、ええ、もちろんです」彼女は上目遣い。頬が幾分ピンクに染まる。それも対象性のなせるわざ。色黒ならば赤みと判断するのは困難だ。
「仕事の合間に、こちらに買出しに来る時間は確保できますか。勝手に抜け出すのではなくは許可を得ての話ですが?」
「可能ですよ。皆さんもそうであるように、忙しいときは休憩にも入れないでしょう?だから、こまめに短時間の休憩でごまかすんです。五分刻みで交代に。そのときに裏で食べられる食事があったらうれしい。コンビニの商品もおいしいですけど、やっぱり食べ続けると飽きますし、種類や量に関わらず割と高めです。ついつい余計なものまで買って、月末はお金がないって若い子達はよく言ってます。定額で日替わり、短時間でしかも食べる場所を選ばない昼食はこの近辺で働く人にとっては大歓迎ですよ。噂で聞きましたよ、外でテイクアウトのランチを売ってるって」
「……封鎖に対抗した苦肉の策で、これは今回限りだと考えていましたが、うん、明日もやってみる価値はありそうです」
「店長!?」小川と館山の声が揃って届く。
「需要が見込めるとの判断は、決断力さ。大掛かりのプロジェクトではない、撤退なら明後日に平常へ戻せる」
「私たちはランチで手一杯で、ランチとそのぉテイクアウトを同時進行では作れません」小川の悲壮感に満ちた表情、かたやとなりの館山は加算される手順を仮想空間でシミュレーション。視線が斜めを向いている。
「一人で食べられないお客さんもいますから、潜在的な顧客は相当数を見込めますよ」女性は意見の通過を願って、念を押す。彼女にとっては好都合な願ってもない普遍的な昼食の変化なのだろう。
「……店長、本気みたい」国見がホールの段差で傾きを体感して、呟く。傍から見ればやはりまだ高校生に見えなくもない。
「食事はいつも何時ごろに摂られますか?」温めていた想いを打ち明けるよう、店主は羨望の眼差しで女性に尋ねた。女性は一瞬だけひるみ、しかし表情が崩れる。泣いているのではない。反対の作用だ。
「私ですか?三時とか五時ぐらいですかね、その前に小休憩は入れます」
「午前中にテイクアウトのランチが売られていたら、買いに来ますか?」
「忙しいですね、午前中は。でも、誰かに買いにいってもらう、ということは頼めるかもしれません。全員が店を開けなければいいわけですし」
「店長、熱心に訊いてますけど、もしかするともしかします?」席を立つ小川は回りくどい言い方を多用。
「そのつもりで質問をしている」店主は改めてお礼を述べる。「ずうずうしく聞いてしまって申し訳ありません」

がちがち、バラバラ 5-5

「店長は、真剣に経営を考えているのか、遊んでいるのか、私、たまにわからなくなります」国見蘭の前職は飲食店の雇われ店長を十代の若さで務めていた。全国チェーンの系列店のアルバイトで彼女は入店、しかしその店は新規に開業した商業施設のレストランフロアの一角に出店したために、忙しさはまさに忙殺の一言で、休日すら休憩すら取れない状況に抜擢された本社派遣の店長は、体調不良により戦線を離脱、代行は本社からの応援、他店の店長が数週間を勤め上げたが、その人物には自分の店があって、当然、代理は解消される。そこで店長の抜けた穴の補填にアルバイトの国見欄が抜擢された。無知という自信が、突き進む勢いの店に彼女の性格が適合した。彼女は数年を店長職という肩書きで勤め上げ、店舗の採算が取れなくなった今年の春、店舗の消滅と共に彼女は社員に登用された飲食店を辞め、現在に至るのだった。経験的には僕の次。館山よりも場数を踏んでいる。混雑時の対応でその実力が計り知れた。落ち着いていながら、常に客席に目を配る、また厨房の料理にある程度の知識を有するので、料理を彼女は作れるのだろうと、店主は推測。ただし、すべてを一人でこなしてしまう癖は時に疲労の蓄積を誘発するのが難点だ。こなせる分、人を使うよりも自分で動いたほうが早く正確で効率が良いと、考えよりもしみこんだ記憶が体を操るんだろう。ホールの従業員をこれ以上取らない理由はそこにある、彼女の後続が育ちにくい。後付けかもしれないが、厨房を兼任する小川には国見も棘のある言葉は押さえいて、一線を越える言葉を吐かない。お客の固定化がなされたら、次は従業員の環境を整えるか、店主は脳内のホワイトボードに黒のマジックで書き込んだ。
 一息の合間。もてあました暇に、不適合なお客が舞い込んだ。どのようして黄色のテープをくぐってきたのかは、あえて尋ねないでおいた店主である。
「すいません、お店開いています?」女性が顔を出した、ドアに手をかけて体、上半身と白いシャツがせり出してる格好。胸元のポケットには細長く黒い髪留めが三本刺さる。よく見ると女性客は前日の予約客であった。
「どうぞ、お一人ですか?」レジの国見が対人モードに切り替え、応対する。
「いえ。あのテイクアウトのランチをこちらではじめたと聞いたもので……」
「ああ、申し訳ありません」国見は腰を折った。「もう売切れてしまって」
「そうなんだ。残念。明日はテイクアウトできますか?予約ができればありがたいです、取りにくる時間はすぐ近くですから。私、お昼の時間は店、あのそこで美容室を経営していまして、席について食事は取れなくて」一端の落ち込んだ気分が盛り上がり、水面に浮上。彼女は代替を常に抱える、または考える状況に生活を送っているのだろう。
「ひとつお伺いしてもよろしいですか?」店主が厨房を出ていう。彼女の正面に立つ。五十cmの距離。

 

がちがち、バラバラ 5-4

「かなりひねくれてますよね」
「なんか言った?」
「いいえ、だた、あまりにもスケールの大きな話に膨らんでないかなぁと思って……」詰め寄られ追求に屈する小川は、しどろもどろ、それでも言葉を返す。
「警察に証拠をもたらす行動力、原動力はつまりは善意でしょう。世間のために、今回は亡くなった女の子ためであって、決して自分にその善意がことわざみたいに回りまわって返ってくることを期待したって、前例も私にないし、警察から優遇を受けた事例も近しい人からの伝聞でもなかったわ。だったら、決まった二十四時間を私のために使いたいじゃない」
「帰り道の交番に寄ってあげよう、っていう気遣いは持たないんですか?」
「帰るついでだもの。本心ではない」
「ううーんと、はい、もう反論しません」
「店長、いつまで続くんでしょうね、捜査」国見蘭は小川から店主に矛先を向けた。小川に刺したナイフの先は切れ味鋭く、鈍い光を帯びてる。店主は矛先を受けながすよう包み丸め緩やかに気づかれない速度で刃が出ていることを自刃によって気づかせ、鞘へ誘導する。
「気を沿わせると囚われる。足跡を見つけたら、先が知りたくなる」店主は落ち着いたトーン、通常よりもいい含めるような声で出し方で話す。「問題は見てしまったこと。だったら、見なければいい。そして見つけようとする自我の鎮圧に意識が移動する。さらにまたその自我をと……、そう考えるともう何を考えていたのかを忘れてしまう。つまりは、それは問題とは無縁の単なる気の迷いさ。考えたかった、それだけのこと。魔が差すとは表現がしっくりこないけど、手が届く範囲の何かを目をつぶって掴んだ、確固たる感触が持ちやすかったのさ」
「明日になれば、捜査を切り上げて、いつものランチライムが嫌でもやって来ますって。鴨が葱背負って」
「安佐っ!」小川安佐は館山のお叱りを受ける。いっ、首筋に力、小川は亀のように首を引っ込めた。お客に対する不適切な表現を館山が嗜めた。それはいつかどこかで本人のあずかり知らぬところでひょっこりと、最高のタイミングで表出を余儀なくされる。かすかなミスではなく、そういった大舞台で事が起きるのは、普段のミスでは本人の知覚が伴っていない、だから影響が形となって現れるまではじっと潜んでいるように映る。本来、それらの兆候は何度も出現してる。
「今日のもう一品って何でしたっけ、値段同じだし、黒板も見てませんでした」そういえばという表情で国見が言う。
「鶏肉だけだよ、今日は」店主は即答する。
「競争させるのは中止したんですか?」
「一種類の料理に対するお客さんの反応を取りたくなって、思いつきさ」