ツルムラサキの性質を見極めるべくお湯に潜らせた、frying pan(フライパン)へ水をしっかり拭き熱を加える。傍ら、芯が軟らかくなる頃合、熱湯でぐらうぐる踊るツルムラサキを今かいまやと小川安佐は合図を待つ眼差しを投げかける。
店主はチョウと呼ばれた人物を自分と重ね合せていた。いつですか、もうそろそろですか、小川の問いかけが小さく届く。
『制限を制する制限』も一つの手立て。店主は粘り気が出始めた、ツルムラサキを菜ばしでつまむ。
「あーっ」小川が声をこぼした。店主の感想をじっと食い入って見つめる。彼女には初対面の食材であった。ちなみに店主も扱うのは初めてである。
「どう、です?独活(うど)とかフキみたいですかね。私の予想ではシュウ酸が抜けたほうれん草に似てて、一撃覚醒(punch)の利いた味は感じにくいのではって思うんですよ、店長、聞いてます?」
「……アクが強い、酸味も多少気になる。明確に好みの割(わか)れる食材だ、ん」店主は無理やり飲み込む。、繊維質が多く芹(せり)やcelery(セロリ)のような咀尺(そしゃく)を求めなくては。「分解不可能なcellulose(セルロース)であってもほしがる腸内環境の悪化した人たちには一役(ひとやく)買う。ただし炒め物、おひたしの副菜では役不足、少数が地位を勝ち取れても、主役級(main)の働きは望が高い、安いはずだ」
「大丈夫ですよ」あちちっ、小川は跳ねた熱湯を軽く睨んで、一転仮面をすげ替えるよう気持ちを切替記消(reset)する。「いつもだって店長の作る料理は私たちの想像を遥か、遥かに超えてますもん。本心ですから。なにが口腔巡合(food pairing)ですか、こじゃれてるからって行列が出来はじめたからって、料理の本質、味とは別ものですからね」
「どこかで聞いたことばだ」
「そうでしたっけ?」小川はとぼける。
とぼんとぼぼ、ぐつうらぐらぐつつ、ぽこばきぽこんぱ、ゆらすらふらぐらぐるる、煮立つ鍋の中ツルムラサキは色鮮やかな緑へ間に間に色を変えた。
「時間を計っていた?、小川さん?」
「へっ?」
「液質繊維(スムージー)とやらが流行る、生食の抵抗は少ない」店長は解説を施すように食材を店主自身も一歩ずつ性質を書き留める慎重さで言葉を選んだ。「すべきことを教えた、好みに合う適度な硬さを探ろうと思う。見た目、食感に適い茎の部分は長時間煮込んでも組織は崩れにくく細かく刻む程度でも噛み応えは残った。すると小川さんが云う流行の液体状が候補にあがる」
「けれど、独創性には欠ける」
「しかも単一では存在が希薄、であれば他のものを付け加える。主力となる食材の相性が次の考えるべき課題(thema)だ」
「店長と話しているとなんだかんだで献立(menu)か決まるんですよね」
「考えあぐねることに時間を割くよりかは一度や二度限りある時を使ってでも失敗を身に味わうと非効率もまんざら、光明が見える」
「日々勉強ですね」
「他人事だね。小川さんも考えるんだよ」
「採用、されますか?」
「僕に気に入られるのをまずは取り払う。振舞う相手はお客だ」
「はい」
重なり離れて上下左右に緑の茎と葉が踊る。楽しそうか、それとも煮えたきる釜で延々続く拷問にあえぐ罪人と映るかは、当人の観測しだい、心境によるところが大きい。そう、と店主は言い聞かせる。お客の視線が第一だ、新しさも勿論現状の流れに抱いた不満を読み取れるか否かが鍵。
店主はまだ見ぬ提供物に想いを寄せた。ややあって、うん、ややしらばくだ、荷物が届いた。宛名は館山リルカ、じゃが芋が計五キロ。店長はすかさず連絡を入れた。私の番号は覚えられているの、発汗と冷や汗にのまれた