コンテナガレージ

サブスク・日常・小説の情報を発信

「あら、お久しぶりじゃないの」
「どうも」
「いつもタイミングを見計らってたりして、どうぞ。荷物は?」
「手ぶらです」
「男の人っていいわよね」
「うらやましそうには聞こえませんね」
「あら、やだ。その性格は健在だこと」
「生まれつきだとあきらめてます」
「それで?」
「おまかせで」
「冒険はしないタイプだったか。どのくらい切りますか?お客さん」
「さっぱりと」
「曖昧ねぇ、注文をつけるなら今のうちよ。完成を迎えて、切り直すとあなたの貴重時間を食って、嫌いな散発の時間が長引くの」
「随分な態度をお客に取る」
「あなたにだけよ」
「中傷に込めた本音をここで投げつける、だれかれ構わずは、とっくにシャッターを下ろすか」
「随分な言い草。それでなに、まだ独身を貫くとは言わせないぞ。私を振っておいて」
「どちらかと言えば独身の方があなたの利益だ」
「見くびってもらっては困るわよ。私だって色恋の一つや二つ渡り歩いたの」
「そうですか」
「白髪、多くなったわね。今日もなに?顔は剃らなくていいのね?」
「時間が惜しい」
「どっちの顔で戻る?」
「若い方は当分控えます。世間が許してはくれませんから」
「私の好みは紳士の方だから」
「だから、なんです?」
「アプローチをかけるなら話の流れを読みなさいよ」
「急に引き戻ったら、誰だって困惑します。眠ってもいいですか?」
「冗談。せっかく顔見せておいて、すぐに眠りますとは口が裂けても私は言ってしまうものですか。積もる話の一つや二つ三つ四つぐらい話してくれてもよくってよ」

論理的大前提の提案と解釈は無言と一対、これすなわち参加権なり 6~無料で読める投稿小説~

タイアップの曲はそこその売り上げを伸ばしているらしい、受注生産の形式を取ったタイアップ曲のCDは注文数に応じた工場の稼動が三回目の生産工程を次に控えているそうだ。加えて、車の生産は月間販売台数の一位を獲得したとのこと。問い合わせの件数から想像するに来月、再来月も全車種部門総合のトップが期待される。
 そうした功績に配慮したのだろう、先日私宛に車が一台送られた。送り返す手間を言い訳に事務所はうまく利用した、事務所所有の移動車への転用を決めたらしい、社員が社長を説得したとかしないとか。数少ない車移動はタクシー・レンタカーで行うため、維持管理費は高くつく。私よりもカワニたち事務所の面々が隔絶された空間に所属歌手の身をおいておきたい、安心を得て他の仕事に取り組みたい、彼女は願望を拾い上げた。

 随分と世間に甘くなった、彼女は自己を分析する。
 寝かせた曲をスタジオ内に流した。

 アイラは大胆に曲の終盤を先頭に移す。曲は時間を空けて確かめる、焦ることは禁物だ、と彼女は考える。期日はしっかりと守り、製作にはゆとりを持つ。怠けている様子をたびたび指摘される、喫煙室での場面。なぜ毎日、睡眠時間を削って仕事に費やさなかったのか、進言は喉にしまう。あえてこちらから敵を作ることもないだろう、うん、やはり鈍っているんのだ。

 機内における、降りかかった出来事を思い返した、きしむ背もたれが相槌を打つ。
 彼女たちは価値を売り出そうと必至だった。私に頼った、手段を選ばずに。
 価値を私なりに告げた。本に書かれた内容は正しい解釈であったのか、意見とは原始による。仕方のないこと、私も頼らなくては生まれてすらいられなかった。
 何に巻かれるのか、究極は囚われる価値の選択である。
 死体は私の価値を低める狙いだったが、攻勢に転じられるとは思いもよらなかったらしい。二重三重の仕掛けを組んでいたら、会見では抑えきずにいただろう。曲の製作は後回しされていたか。

 それでも良かった。死体と私が切っても切れない縁で結ばれたとして、離れるのは一過性のファンに過ぎない。そもそもが狭い領域に向けた曲の提供である。広がりはいずれ収束に流れ出る。
 見誤るな思い上がるな、思い返せ、思い煩え、思い定めよ。
 新しいものばかりを探すな、とはっきり伝えれば良かったか、他人事で機会を失う、創造性に長けた貴重な早朝だというのに、引っかかりをまずは取り除け、ということかもしれない。
 頃合を見計らってコーヒーを注ぐ。最近、コーヒーショップのテイクアウトを止めた。店員に声をかけられたのだ。価値とは、そっとしておかれることも含まれる。これで店員は学んだだろうか。いや、馴れ馴れしい態度を悔やみ続ける、というパターンもなくはない。 
 コーヒーをテーブルに放置、冷ます。
 ソファに寝転んだ。
 棒状の体を作る。
 私は死体。
 思考をトレースしてみた、無意味だと割り切っての無駄。たまに道を逸れるのも悪くはない、私ほど日常に勤勉であればあるほど。
 闇。
 身動きの取れない圧死の恐怖に苛まれる、孤独でひどく心地の良い、それでいてすぐに出たくもある多面的な雰囲気がひしめく空間。生と死を連想する、交互に訪れる。
 そう、棺桶。
 生命は尽きているが、まだ人としての尊厳は周囲が保つ。焼かれ、あるいは土に埋められ、形を変え、姿を一同から覆い隠すと、死が牛耳る。
 ……あの人は私に見られたかったのかもしれない。アイラはいつの間にか閉じた瞼を勢い良く引き上げた。パイプオルガンに似た壁のグラデーションが錯覚を起こす。近いようで、遠く、耳障りであり、どこか惹かれる。
 死を選ぶ権利を、私はまっとうできるだろうか、アイラは額に腕を乗せて考える。私は誰かに見られたい、と思えるのだろうか。

論理的大前提の提案と解釈は無言と一対、これすなわち参加権なり 6~無料で読める投稿小説~

一週間、曲を寝かせた。
 外は軽く凪いだ海、埋め尽くす人の群れは鳴りを潜める、今日は週末だっただろうか。アイラ・クズミは曜日の感覚を切り捨てる、人の流れが曜日をほぼ正確に教えるのだ。開けた空間の登場は早い。今日は祝日なのだろう、と彼女は最寄り駅からスタジオまでをさくさく歩いた。
 事件、についてカワニは時折入手した警察の動きを伝えていた。十和田、という若い男性は消息を絶ったそうだ。また、警察が捕まえたmiyakoへの過熱報道は一時の盛りを乗り越えた。メディアの大半は過去と現在のリンク、罪を犯す兆候というこじつけをあらかた引っ張り出してしまった。材料の枯渇、賛否に対する持論と正論と反論の落としどころを互いでけん制し合い、協議を重ねた。時季をはずした発言は格好の標的になる、大いなる力に命じられているとは思いもよらないのだろう。
 何度か推測の詳細を求める連絡を警察からもらったが、忙しさを理由にカワニには断りを入れるよう頼んでいた。実際のところ、十和田の黒幕説を証明する確たる証拠をアイラは提示したわけではなかった。価値体系が彼の犯行を明示していたに過ぎず、殺害の証拠は依然として未確認だとそれとなくカワニが話していた。
 miyakoの自白は正しいのかもしれない。証拠を待ち焦がれた最中の第二の犯行、しかもその企ては露見した。自白が彼女を補う。効果的に彼女は自らを世間に売り込めた、といえるだろう。
 ビルに沿って清清しい朝の通りを歩く。道路を挟む右手に見えるお寺にはこの時間から人が並ぶ、観光客だろうか、休みの日に限って早起きをする、アイラには理解し難い行為だ。路地を折れ曲がり、ビルが迫る光を遮る道、ひんやりと温度が下がる。
 一階ロビーの掲示板に掠れた文字を確認、移動式の箱に二階を命じた。
 会見をまとめた記事の一件に数箇所の訂正を加え、彼女は出版の許可を出していた。後にも先にもアイラの手元に届いた文書はその一件に止まる。事務所に寄せられる記事の多くが、表層を個人的に解釈、読者を誘導しかねない目論見をはらんだ内容に変えられていた。現在私たちが手に取る記事、文字はおおよそ事実を歪曲、という手が加わった内容が対価をつけ店頭に並ぶ。制約を加えた措置を怠った現在を思うと想像しただけでも恐ろしい、とカワニは要らない心配に精神をすり減らしていたか。
 スタジオはもちろん人気がない。
 コーヒーをセットする、出来上がる間にルーティンをこなす。PCを立ち上げ、ギターをデスク横のスタンドに立てかける。もう指をほぐす寒さは解消された、春特有の南風も今日は機嫌を損ねた、指先は程よく血液を湛える。
 腰を下ろした。来年の予定を大まかに浚う。展望というほどの壮大な計画は不釣合いに思う。誰もが先鞭をつけた方式をたどっても、結果はたかが知れたもので、実際には何も考えていないのと同一であるの。私は革新という機軸に沿った活動を目指す。  

論理的大前提の提案と解釈は無言と一対、これすなわち参加権なり 5~無料で読める投稿小説~

「死因まで私が特定をすることもないでしょう。精神的バランスを崩した者には、複合的な疾患が伴うとも聞く。後一押しが機内の荷物棚、遮蔽された暗室、密閉でしかも気圧の低い、揺れる非日常は、ナイフの刃先でもって、繋いだ糸を切断するには十分な接触であった。思い付きです。しかし、私なりの考察ではある。誰かに殺されたのかもしれない、それともいち早くフロアに踏み入れ、私たちが借り切るフロアに強引にあるいは何かしらの理由をつけて、警護を盾にしたのでしょうか、そうして姿を消した」
「死因の特定、荷物棚にたどり着いた経路は曖昧であり、憶断の域をでない」
「正解を述べる、と私はあなたと確約しましたか?」アイラは誘うように言う。既に八割方の彼女が曲の演奏に鞍替えした。映像の大半は世に伝える想像が飛び交う。めらめらと体を音の色が這う。
 後の始末はカワニにアイラは任せた。
 待たせたギターにお詫びを告げる、内部でこっそりとだ。腹を立ててる?へそを曲げた?なんともない?
 いつから自問を忘れてしまう、御座なりな擬人化の手を借り、やっと、私を呼び出す。
 ストラップがずっしり肩に食い込んだ、ありがたみを見出す、これが私の中のわたし。
 うまく歌うことはさておき、
 正しく音を取ることは脇にどけて、
 誰かの真似かどうかは白い私を表に出しつつ、
 干からびて、打ちひしがれたのだったら、そのままを口ずさみ、
 誰が言っただろうか、私かもしれないし、わたしかもね、
 本当は録音も嫌いである、届けるための苦肉の策、
 苛立ちがにじみ出る、
 けれど、
 跳ねるみたいに後ろ足で地面を蹴る、
 進みたいのだろうか、それとも、楽しみを止めた終幕に向かうのか、
 始まりと終わりを結ぶ、
 アラビア数字のカウントを見てて、もうじき、と最初のお尻に顔をうずめた。

 

 電話は切れていて、カワニが音の切れ目に事情を言ってのけた。
 振り返った。
 テーブルは、テーブルだった。私の価値はすっかりあっさりさっぱりあっけなく変わってしまった。
 曲に永遠は込められたのだろうか。詳細は披露までお預けに。
 アイラは仕事を切り上げた。ギターを担いでクッキーの一袋をいただく、カワニはたぶん持ち帰って食べるつもりだったのだ、声に出た音を咎めはしない。
 人々が駅前の大画面を見上げている、彼女の背後を頭の上のもっともっと上を、真剣を装うかのように。
 歩きやすい、アイラは足が止まる人ごみを改札を急いだ。