コンテナガレージ

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 テーブルマナーはお手の物 4

「様子を見てくるよ。やっぱり窓が気になる」おもむろに鈴木は粒の大きな雨の中へ再び出て行った。気乗りしないが、種田も小走りに駆けた。鈴木が呼び鈴(iner phone)を押す。登校時間の午前八時前後に高山秋帆(たかやまあきほ)は姿を見せてはいない、今日も登校を控えた。下校の始まる夕暮れ時にぶつかる、短時間ならば面会は許される、首と胴体の切断面の処置は簡易的に縫合がなされているもの思われる。そうでなければ、遺族に全身の公開は直視に耐えない、ましてふさぎ込む状況を把握してるのだから、S市中央署は気遣って自宅への遺送を拒み、遺体安置所での対面を求める場合も腐敗によってはありうる。空気に触れた解剖を含む時の経過は五日、冷凍室といえど死体の腐敗はかなり進む。

 鈴木が玄関扉(door)を叩く、反応がないのだ。「高山さーん、高山さーん?」

 耳を当てても生活音が途切れてるらしい、鈴木が首を傾げる。「昨日来ました警察の者です。あのですねー二階の窓が開いてるんですぅ。雨が入って部屋が濡れて大変です、億劫でしたら僕が二階に上がって閉めますけれどぉ。秋帆ちゃーん、いなぁーいのー?」

 声は玄関風囲い(food)が跳ね返す。膜が張ったよう雨が、屋外のいつもはひしめく一定の生活騒雑音(noise)をぱったり止める。

 二人は見合ってうなずく。把手(とって)は軽く手前に引くと玄関の敲(たた)きをあっさり披露してしまう。いやな流れだ。言い訳をするようだが、配慮を望むや一転容易くお節介に変じる、心境の移り、示す境界線は不鮮明かつ時により安全を侵害と見なされることはしばしば。それでも私の候補者一覧(list)には被害者の妻が挙がってはいた。今更さ、後付けと口を開いて指摘がおち。、不毛な弁明をためらわず灰と化すると、鈴木に続き家に上がった。

 絶えず鈴木は呼びかける。静まり返った廊下、正面の居間(living)らしき型枠から漏れて床板(flooring)、かろうじて色が浮かぶ。恩恵に与れ白く色の飛ぶ壁と闇とがあらぬ方へ招く。正直、種田は失態を覚悟していた。どうにか子供だけは、排他的なこれが私の根幹を成すものなの?無作法、深夜に叩き起こす内部の質問が絶えず扉(door)を叩く。

 居間(living)。

 無人。左にtelevision(テレビ)、角型低台(table)とL型の長椅子(sofa)に足載台(ottoman)がひとつ。薄黄(cream)色の壁紙が威力、廊下よりも明るい。遮光襞吊布(curtain)の覆う二重窓を通じて日が差し込むのだから当たり前ではある。、この照度と家人がどうにも連想を止めない。鈴木が台所に走る、顔が少々暗がりに薄っすら存在を消す。気配を探った。生をせがむ自然に踠(もが)く拍動、ほとばしる命や灯火が微塵も、敵意も失せる。

 目が慣れた。鈴木が頭の重みに耐え切れずか、顎を真上へと上げてる。二階。廊下に階段を滑り止めの床板(flooring)の段差を二人は昇った。

 目配せ。左右に一室ずつ。窓が開いていた右側が選ばれた。先頭は種田。戸(door)を諾打(knock)する、礼儀。緊急時と恐れ多い、割り切れず意識がこちらこちらと生存へ引張(ひっぱ)る。

「高山さん。高山さん」種田は把手(door leber)を握る。生温く階段に熱が篭っている。開いた。押し開ける。

 風。

 区画をきって彩豊か(coloful)な格子柄の絨毯にくっきり雨のしみ。子供部屋だ。高山秋帆の部屋。薄紫色の学用鞄(ランドセル)が学習机に掛け下がる。鈴木が私の脇をすり抜けて窓を閉めた。

いつの間に基底(base)音を奏でていたと、身を任せて選べはせず、『私』が抜き取られたみたい。雨の遮蔽が機会を創るの?あらま、嫌だわ。蓋の閉めた性質が表に。平衡感覚を狂わされた。三半規管が狂いだしますのよ。目、が、回る。部屋が回転数を上げる。立っていられないぞ、種田は膝をついて塗れた吸衝撃(cushion)素材の絨毯にじわり水分が押し出る。鈴木が耳元で何事かを叫ぶ、ひどく遠い、目がかすむ。映像が不鮮明。じりじり。瞬きが増える。私の意識下をどんどん体躯が別れを告げる。頭が絨毯に、あれれ、どうしたことだろう。体液と脈拍と骨音が表出する。力が更に抜けていく。視覚は残された。見ていろ、焼き付けろ。何か意図したような感覚寸断、遮断が駆け巡って、ああ、と、ぁああ、と声が高まった。天井でそれは笑っていた。麦藁帽(straw hat)をかぶった生首が照明の笠に必死でまるでここ不自然極まる床上より見つけてくれといわんばかりに、程よく両の瞳は円弧を二つ刻んでからから寄りかかっていた。

 

 気がついたころ夜が明けていた。私の車、後部座席に膝を抱えてうずくまる。煙草の香(におい)染付く背広の上着が助手席頭部緩衝丞(head restraint)へ重力に任せ掛かっていた。

 はっ、息を呑む。目が冴える、上体を起こした。……瞬時に状況を飲み込めずに種田は情報を収集する、硝子下器(dashboard)の表示は三時半。袋状物入(poket)の端末を取り出した。。雨はすっかり上がり道路も乾く。日暮れ前に止んだらしい。白々空が明ける。

 鈴木の姿を探すも音も休み、人は寝静まる。端末を耳に当てた。

「もしもし」

「どう、調子は?」

「どちらです?」

「公園」

「警察の車両が見当たりません。説明を」

「公園に来ればわかるよ」

 種田はおぞましい過去を右半身に感じつつも塗れた塀と側溝の狭小よりたくましく生える雑草が、集める露に裾を濡らし、多少ぬかるむ獣道を下った。鈴木が長椅子(bench)で手を振る。咽(むせ)返(かえ)る雨に感化された舗装路の鉄分が匂いと入り混じる途切れた先刻、記憶とが同時に種田を襲う。

「説明を」

 大きくゆったり大げさに鈴木は瞼を閉じ開く。「なんてことはないさ。慌てなさんなって、ほれ」彼はおでんを差し出す。後ろ手に隠していたのだ。「まずは腹ごしらえ。小食で半日以上はさすがに空腹に堪えられませんさ。とりあえず出汁をぐぐっとお飲みなさいな」

「結構」「死体は首の回収は?」

「、首なんてないよ」

「ない!?天井の笠に吸盤のように張り付いて、見間違えたとでも言うのですか、私が?」

「住宅街だよ」鈴木は煙草を人差し指の代わり、冷静さを取り戻せと落ち着かせる。「うわ言で呟いてた生首も麦藁帽子も高山秋帆ちゃんも、君の見間違え、錯覚だったんだなこれが」

 弱さを呪った。人の助けを借りる私を蔑視するはずが、鈴木に担がれ後部座席に運ばれたんだ。何たる失態、種田は内部を罵倒そして殴りつける。露呈した本性を腫らしてやれ、泣き叫べよ。なぜだ、今になって外に出ようと立ち上がる気概を強めたんだ。大いに不満だ。消し去ったのに、人にそれも異性に頼るなどもってのほか。私はいつも一人だった。そうだろう、そうに違いないといえよ。安っぽい友情も異性間の仲も、異性との一時期の迷い事も、私から見通してしまえば、あまたの現象を排斥と異物だと異質だと私とは相容れないのだと見限ってしまえたではないか。落ちぶれたものだ。気の緩みか、上司にでも現を抜かすか。まったく、たいそう私をがっかりさせたね。知ったこと。これからは世間という有象無象の世界で一人ごちをせっせと死守することだ。言われずとも、それが私である、私なら言うまでもない。

 二度、公園の土を踏みつけた。湿り気をたぶんに含む転倒にもやさしい細かな粒子は私の周りだけ必要に水を蓄えていた。

 

 テーブルマナーはお手の物 5

 出窓に観光客数人があれよあれよと群がっては店先を去り視野に入るや行列に合体、吸収される。隣りの老舗文房具店『大三角』のお客と通行人が行列に見惚れ肩をぶつける。手元と大勢しかも行列に意識が削がれて周囲に気を配る余裕を忘れてるんだ、いや相手が避けてくれるとさえずうずうしく思ってるのかも、私の未来にはならないことを肝に銘じるさ。小川安佐は休憩を半分消化したあたりでお気に入りの喫茶店『ブラックチーター』のcoffee(コーヒー)は涙を呑み三分の一を把手付珈琲碗(コーヒーカップ)に柔焼菓(sponge cake)は無理やり口に押し込め、溢れる観光客の侍に憬れる外国人を縫い々南下、租借は歩行と共に、店へと帰還した。五月二十八日のことである。

「大変です。店長」小川は無人の店内に立ち尽くす。遅れた出迎えが拒まれたのは外気をこっそり今のうちにと招き入れる彼女の感覚なき半身が扉(door)の遮蔽を妨げているから。厨房ではくつっぐつ寸胴がとろ火にかかる。石釜の熱も保温状態の維持に努める。ほのかに熱の壁、外気温に晒された頬が態度で示す。

 それにしても、小川はいち早く店に飛び込んで速報を伝えようと思っていたのに、拍子抜け。まてよ、店長がしかし不在ということはこれまであっただろうか、考え込む。そっと閊(つ)かえた扉(door)は鈴鐘(bell)の響きを抑えて、閉まる。国見蘭も休憩に入ったらしい、畳んだ前掛けが精算機(レジ)台の下に覗(みえ)た。小川はそれとなく店内を見回った。とはいっても探し物の耳輪飾(earring)を円卓(table)の下に這い蹲って見落としていた、は苦しい。客間(hall)中央の円卓に人は隠れられるけれど、物音のひとつは聞こえてもいいものだ、これでも彼女は地獄耳であるし車の駆動音を聞けばおおよその車種は特定可能である(自動車走行競(moter race)用機体に限る)。

「灰皿洗いますからぁ」、彼女は客間(hall)の段差を降り長尺対面台(counter)席の灰皿を引き寄せる。座って煙草を吸う。喫煙席が『ブラックチーター』では満席だった。近頃の禁煙禁煙の風潮が常連客(なじみ)の、coffee(コーヒー)と休憩を楽しむ客層を取りこぼす現状に飲食店のどの割合がお客を案じて真摯に取り組んでいるのやら、とまぁ偉そうなそれらしくまとまっているのは店長の受け売りであるかしらん。もっといおうか?『ブラックチーター』は禁煙席が元より少ない、他店と比べてね。煙草が吸えて当たり前の昭和の煙たい店内を思い浮かべたなら、一様的な店内のそれは一度店に入ってみると百二十度ぐらいは想像を可変してみせるだろう。あくまで小川個人の見解であって万人万国の共通理解は求めておらず、といっておこう。

 彼女は一人ぶつくさ、物思い、いいや思い出し笑いの一歩手前の不敵な笑みを浮かべる考察と妄想の中間で空想に入り浸った。

 扉(door)が開いた。躊躇(ためら)わずのご登場、それは何度か店に足を運んだ人の開閉速度であった。ただピンとこない、けれど部外者は確実。

「すいません」小川は煙草をそっと灰皿の窪みにおく。「まだ準備中……、なのですよ」おかしな口調は訪問者が、話題に上がった例の年代物のfolk(フォーク)に異様な執着心を抱いた人物であるから。それにしてもだ、肝を冷やしたにしては外見は案外見られたもので理想の狂人にどうやら仕立て上げてた、服装が和らげた効果もたぶんに、仕事を離れたその普段着の装いに惑わされたか、いやいやと小川安佐は警戒を強め、気を引き締める。

「店長さんは、いらっしゃいますか?」何が目的だろうか。

「ご覧のとおりです。私も今戻ったばかりでどこかに出かけたんだとは思いますけれど」

「待たせてもらいます」有無を言わさず、とはこのこと。中央の円卓に背中を向けた着席。追い返す機会を逃した、店という状況がそうさせるのかも、受け入れて当たり前、追い返すには抵抗を感じる。上手いこと利用された、小川はとりあえず、お水を一杯運んだ。喫茶店ではないので『エザキマニン』では珈琲は供給食一覧(menu)を外れる。蒸圧短抽(espresso)機器の導入は何度か業者がせっせと営業、ことあるごと理由をつけ訪問の度に加わるおまけは高級豆と抱き合わせ(set)の提供に始まり導入後の保守点検(maintenance)費負担などあの手この手で難攻不落のこの店をどうにか傘下に治めたい、ある種使命感に駆られた本筋を見誤る働きかけに思えてた彼女。当事者の隣という位置は物の見え方を学べる。しかしけれどだ、小川は弁える、自身が考案者なる傲慢は棄てませんと、と。一人だったら、うん過ぎってくれもしないんだから。

 長尺対面台(counter)の天板に危険が迫る。大慌て摘んだ吸い口(filter)。焦げ痕なんてつけたら天板の価値が下がってしまうし、おそらくいいんや、まず見当はずれだろうと高値に越したことなしの一枚板であるからして、私の労働時間に換算し返せるのか、というとだ、生活を切り詰めて捻出できる余分なお金は高々数万円で年間でも数十万円が妥当、それを何度繰り返すと、冷や汗が小川の背中を伝った。

 ゴトッと、天井で物音が聞こえた。顎を上に向ける、四分の一口が開く。煙草は二口を貧乏臭くしみったれて、いいやいいや正当な料金分の価値を味わっているのだ、店長だって根元まで吸いきる、誰が権利にそれ静止(やめ)ろと?彼女は言い訳を添えて灰皿へ押し付けた。

 長尺対面台(counter)と客間(hall)の間を走る通路へ一歩、音のありかを探る。訪問客の男性も音を聞いたらしい。そういえばだ。いつもはつけっぱなしの基底音(bgm) が重苦しい空気の製作総指揮者だったのかも、店長の姿は消えてるし、例のお客がやってきて、二階から物音が聞こえる、不可思議なことはまとめて降りかかる、これが『エザキマニン』たる所以なのかも、と小川安佐はわかりやすく音の正体をもしかすると二階に店長がいるかもしれません、訪問客に歩速を感じ取れれば、間接的に伝播を試みた。鈍感でないことを願う。

 立ち入り禁止の鎖(chain)を乗越え階段をそっと上った。

「店長」安堵に驚愕をすり合わせ放った。白い布、一m四方にspoon(スプーン)、folk(フォーク)、knife(ナイフ)をせっせと並べ、問い詰め咎めを受けることは何一つ天地神明に誓い清廉潔白、作られた法規の範囲内で行動をしている、と上げた店長の眉が言ってのけた。

「例のお客さんが下で待ってますよ、どうします、追返(おいかえ)しますか?」忍足(しのびあし)で階下に行動が知れまいと希(き)する。囁き声と口元へ添えた掌は拡声器。店主はほぼ二階の中央から奥、一階の玄関付近の真上辺りで両膝をつく。窓から日が射込(そそ)いでた。

「いや、coffee(コーヒー)をこのお金で買ってきて」

「『コーヒースタンド』のですか?」

「うん」「甘弛緩(ルーズ)は検討違い、か」店長は漫然と並べ揃えた食器を、傍観する。

「店長?」

「ん?」

「店長と面会の予定で下のお客さんは店にやってきたと?」

「そういったつもりだよ」

「言葉足らずです」

「サ行で終わる文の特徴は濁音が後半部を引っ張るね。サ行に限らず、かな」

「はぐらかさないでください」

「年代物の食器は、売ろうと思う」

「待ってください、待ってください」小川は二回繰り返す。「いやいや、私調べましたけど、相当の値打ちですよ。だって現存する品は王室の所蔵でほんの数本が管理下の美術館に収蔵、保管されて公開は数十年に一度あるかないかですよ。なのにここじゃあ一般公開、容易に触れられる機会を奪うなんて、うちの店をお客さんが選ぶ理由のひとつに骨董(antigue)の食器、家具に囲まれ手に取れる格式があるんですってば」

「真価に引っかかるお客はこの二週で嫌気が差し馴染みの候補先(list)から除外してる」店主はお盆を持つ給仕係(waiter)を真似た。「本物と偽者を摺り替えたお客を騙くらかす店だと、吹聴していても不思議じゃない。数少なな価値のみを知るお客も来週は水曜日の前に昼食、夕食を他店へ鞍替えする。それでもまだ居残る奇態なお客を僕らはそれこそ食器や家具や内装などの誤魔化しの効かない提供品である食事をせっせとその口に体調に季節を想定した真摯な姿勢が日常業務の質を一段か二段は引き上げる」

 店主の言葉をおさらいする。小川は「少々お待ちください」、とお客に一礼、立ち去るみたい通りは『コーヒースタンド』の列に並んでいた。ぶつくさ独り言をつぶやいていただろう、前にお客がいて反対に彼女にはありがたい待機の時間。安易にお客を不審者だと決め付けた、食器や家具諸々を店の財産だと信じ込んだこの無に等しい価値は一蹴される煌びやかに思えた外面ばかりの店の在様(ありさま)、無頓着と選別を履き違えてかしらん、と本質を知ってなおの足繁く通うお客の囲い込み。逆手に取るのは三流、それに変化(arrange)を加えて二流、一周し舞い戻ってやっと平等に評価される場にたどり着く、一流はそこからの探求しだい。客層は一新(brush up)し各層を磨いた。

 coffee(コーヒー)を頼む。今日の店番は店主の樽前(たるまえ)だった。

「よかったらこれ、店長さんと食べてください」樽前は洋菓子(cake)用に使う白い箱をそっと手渡す、前もって準備をしていたらしい。

「どうも」とはいえ私はうわの空。

 灰一色の空を見上げ、真上から続けて後方仰ぎ見る。帰還までの十数歩。地面を突出る歩道と車道の区分の背よ低く太からむこげ茶は弾丸。玲瓏(れいろう)なんて夢のまた夢さ、彼女は海外の俳優よろしく食べ物に両手を塞がせ支柱(pole)の間を進んだ。少し、だけ気がまぎれた。