コンテナガレージ

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役不足な柔焼菓(sponge cake)と不確かな記憶 4

「素人なりに事件に適度に通じていた。不可抗力の仕業も当嵌(あてはま)る、開店に欠くことなしのしつこい随伴に毎日晒された。前を置きはこの程度に、さて、事件をどのように解読したか、これについては少々難儀な会見とならざるを得ない、というのも、とても強引であるまじき帰結に僕自身も未消化かつ不本意な心証を抱いたからです」店主は学生に語るよう言葉を選び、二人の女性小川と種田に内輪なる事件の解を顕わした。「事件はS駅の構内、東中央広場(concourse)の改札を視界に収めた行き来の盛な広間(floor)で起こる。頸部に右前腕を、刃物を用いた両断が被害者を絶命へ誘(いざなっ)た。即死だったでしょう。生活反応は胴体を離れる右腕から検出された。事切れ崩落(くずれおち)る人腕を斬り落とすには相手役、切られる者の生存が不可欠です。一撃目を打(たた)き、跪(ひざまず)く上身へ斬首、二撃目を放った。穿った見方をせずとも剣術に長じた人のこれは仕業である。とはいえ、焦らずに、私の講釈が閉口(とじ)てからに、肝心の逃走する犯人らしき人物の姿は未だ想像に頼る。警察の落ち度や駅への安全管理の批判ではありません、むしろ駅構内では駅員や警備員の視線が名を変えた影作景役機(camera)に凝視されては気味が悪くてしょうがない、僕は行き届かない監視には大いに歓迎します。死角で事件が起きたら駅は責任を取ってくれるのか、との市声に監視社会における窮屈さを甘く見てやしないか、反問すればよい。また建物の影に入れば死角は有無を言わさず出現しますし、場所によっては夜毎現る。駅だからというのはおんぶに抱っこ、如何にこの国が安全と謳われる法治国家といえど、所詮は個人の集合体であり階級が生む明瞭な格差が犯罪に人を走らせるのは世の常。戦争が終わり時代が化和(かわ)ってくれたお蔭げにより世界に較(くら)べ善良で穏やか頭脳明晰で物まね上手な民族が再構築を遂げる。強られたのですから、化和るより道はなかった。それまで戦争に明け暮れていた勝ち続けていればという恐ろしい過去は無きものよと、図々しい」

「店長、事件のお話ですよ。随分とその言い分に新聞の投稿欄の雰囲気が出てますけど……」小川は素触(soft)な出だしでもって説明に割り込む。彼女は年齢(とし)の割りに定期的な活字の摂取を怠らない。

「僕は事件と関連の必要が見込める話題に触れてるつもりだ。どこかおかしいかな?」

「そりゃだって、監視camera(カメラ)の死角は犯人側が意図的に工作を働いた結果と言えなくもありません」

「歯切れが悪いね」

「店長が簡単に『監視camera(カメラ)の死角』切り捨ててしまうのは何かしらの根拠に基づいてる、私にはそれがこれっぽちも理解の範囲外なんですよぅ」小川は口を尖らせる。明徴な裏づけや科学的な根拠、達成に駆り立てた犯行の動機をいうのだろう。

「『する』『しない』の規則を当嵌めた、準用さ」

店主はぞっとする笑みを顔に作った。小川はのけぞって気絶から覚醒した直後はこの場を飲み込む二度見、変じる目前の出来事、その理解にこれまで培(つちかい)し脳が、溜込む経験が処理速度を鈍らせた。喉を鳴らし彼女はしかと唾を飲む。

「つまりね、手掴む選択を知らず知らずそれがあたかも呼吸と同様の自りつ的な動きだと僕らは騙されていたのさ。殺す、殺された、刑事さんたちを含む事件の捜査に当たる人は最初にこの選択と対峙をした。保留とはいえ、自殺とは一見して思いにくい。ほぼ他殺、いや確実に殺しだ、という判断を選んだだろう。どうです、刑事さん?」

「腕は何とか切り落とせます、対し体の構造上首は、人外を頼る。しかも、切断面は鮮やかな一閃を専門外の私が観測しても明白であった……」

「ただし、という注釈がつきますね?」店主は種田の言葉を補う。彼女は開きかけた口を閉じる。「そう、ただし協力者の存在を除くという条件を付けてだ」

「それはつまり自殺幇助(ほうじょ)、手助けをした共犯者と云っていいのか、切り落すための道具みたいなものを運んで回収した人が現場にいたってことですか?」小川はきいた。

「選択は一度きり、引き戻ってやり直しても経験はこびりつく。この時点で犯人の計略に僕らはまんまと填っていた。残念ながら、駅員と警察の初動捜査が、歯に挟まる違和感を残す事件の幕引きを僕らに観せてしまった」

「店長、もう少し具体的にお願いします」わざとらしくかわいらしさを演出、小川はこめかみに人差し指を打ち抜く構え、やじろべえのごどく左右へ上半身をゆうらり振る。「要するにですよ、初めから計画とやらを見せ付けられていて、まんまとその術中に私たちは警察ごと深みに填ってさあ大変。出られたらば、もう泥だらけで体を洗い流して、あれよあれよと事件を調べる刑事さんたちは犯人を捕まえてしまった……私としたことが大筋が掴めまちゃいました。、そういえばですよ、もうひとつ疑問があったぁ、忘れてました、わたしとしたことが。、刑事さんはいつどのあたりで見当をつけたんですか、捜査の流れを聞いててもいまいちその部長さんですか、傘のくだりと種田さんの気づきが系りを拒んでます。両岸を渡す橋が足りてないように思うんですよね」言い切って小川は煙草に火をつけた。種田に断ってからだ。店主が吸うのだから私も、前例とはまったくもって無関係なのだという主張か、染み付いた礼節、もしくは本質に備わる気遣(きづかい)、数分前の登場人物を含め種田以外は皆、喫煙者であった。

「そのことは順を追ってたどり着くから」片目をつぶり、歪みともいえる、店主は煙を放出し話を続けた。似合わない振る舞いであることは承知してる、だが、と思う。あえてやってのけるのなら、それは効果的に相手の心を打つ。「選ばされていたとはいえ、被害者はやはり殺されたと僕は考えます。ちなみに北口を出て消息を絶った不振人物は使いの小市民ですかね」

「それも『する』『しない』の前提に基づいた判断、というやつですか?」すんなり疑いを問う。灰皿に固まる灰、これを店主は押潰す。灯る火球の先端がちりぢり炎花(ほのか)。

「いや、人払いに心血を注いだ結果さ。定例、常識、時期と時刻や天候にあやかる」「ただ、そこへは目撃者が現れてしまった。これは偶然だろうか?」

「演出」

「目撃者には観られて欲しかった。一人は心許ない、どちらかが偶然に負(おう)じる双人(ふたり)だった。人気のない地下道、片方が立ち止まれば目に付くだろう。改札への階段と自動階段(escalate)は通路の左側」商品陳列用飾り窓(show window)は通路の左、右の駅buil(ビル)へ通じる出入り口は勾配の手前、平路に面する。扉は施錠がなされ、不通過である。

「天井を見上げるでしょうか。私はとっと家に帰るのに必死でたぶん五mぐらい先をぎりっと眺めてますよ、着席は夢のまた夢、だったら壁を背にする好位置をって」、と小川。

「地下道の照度は?」店主は揺らめく白煙の隅、種田へ尋ねる。

「駅員の話では若干普段の百㏓(ルクス)よりは暗かった。翌日の証言ではなくこれは昨日得た聴取です。時が移ろう、低落した信憑と見なすべき」

「吸い寄せられる夏の虫は頼まれもせず明りを目掛る。零れる明りと上階への最短経路、左側を通行、壁に寄って歩く。これなら頭上を仰ぐこともありうるのか」小川は納得するかと思いきや、煙草を片付(しま)い店主に言った。「目撃者の一人、えっと高山さんでしてたっけ、その人が通報したんですかね?」

「いいえ。駅員の通報です」、と種田が答える。

「高山さんはその場で立ち尽くしていたんですか?死体を見て足が竦んでしまったとはいえ、時間的に長すぎますよ。もう一人の目撃者は酩酊状態で通報どころの騒ぎではなかっただろうし、環長椅子(sofa)に辿り着いた記憶は不確かですが、現に高山さんが捕まってるのだから……気絶したふりでもしたのかも」

「高山明弘は見つかったのではありません」舌頭。繁茂は窺いし双眸よ獣の瞳印橙に輝る、声気が顔を過ぎた。「彼が駅員を見つけたのです」