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役不足な柔焼菓(sponge cake)と不確かな記憶 8

「店長、聞きました?橋口さん、『PL』の全店に商品を納めてるんですって、野菜がたんまり余って大変らしいですよ」

「はは、お恥ずかしい」後頭部に橋口の右手が所定と言わんばかり吸い付く。やや前に傾く上着(jacket)を迫出(せりだ)す下っ腹が小山、暗室の錯誤、直立と着座の違いはあるにせよ、心持たる腹中は覆いがされていた。

「僕には無関係。勧誘の類に時を割くつもりでしたら即刻席を立たれるが賢明。いくら何度粘ろうが得られるは疲労と消費した貴重な時、それと僕への憎悪です」

「私を足払(あしら)う為にわざと席へ。、一度着席を許したとは、いやはや、これはかなりの難敵でございますなぁ」

「ございますって……」小川はついつい思った言葉を吐き出していた。とはいえ、橋口はまったく気にかけず、にこやかに目を細める。

「順番は私が先ですので、続きの要求は正当な権利の主張です」種田は言った。

「そのつもりです、続きに取り掛かりましょう。皆さん、この時間帯はまだ起きていますか?」三人を見回す、扇風機の首振り運動である。

「店長、それはその、とっても強烈に睨む刑事さんの『事件の引き続き』の関連ですか、それとも『規則』の方でしょうか、あっと私は直視できません」

「僕は常に事件のことを話してるつもりだよ」

「かなりの部分を、脱線に費やしているよ……」

「店長さん」橋口は小川の言葉を遮った。「わたくしどもはご満足いただける商品のみを取り扱う、そのように自負しておりましでですね、『PL』さんの……」

「しばらく慎んで!」初対面相手にも種田は物怖じひとつ、いや恐怖を抱く体質であるからこそ先手を打つのだ、刑事の意向に沿う形で店主の解説は続けられた。間を見つけていざ飛び込む、営業という職の病には慣れたもの、悪気が有無は当の昔に。なにせ口を挟み足場が固まる、種田を同業者に据えた理由は明日にも試供の品をたんと持参する他社の先鞭が切られるはいまのこのときなくしては、時を尋ねた、締め切りが過ったということだ。

「仮定の話です」「睡眠を妨げる空腹を僕が黙らせるとしたら、少量しかも固形物で噛み応えのある口腔内に長く居座る抓肴(つまみ)、珍味が最適なのだろうと想像します」

「試用食(sample)品を持ってます、私」鮭トバ、干し貝柱、貝ひも、豆類全般、海苔、色色(coloful)な包み紙のchocolate(チョコレート)がごっそり橋口の鞄より雪崩れた。傾ける鞄の角度は、あきらかに演出、大皿三品に四名(よめい)各自の皿でも余る円卓だけに飲み物や灰皿は影響を受けずに済んだ。どうぞと彼の勧め。『仮契約』三人の脳裏に浮かんだろう、誰も手に取らず。

「ああっ、これは特別な意味合いは含みませんよ、いやですよ、味のお試し品に恩着せがましい要望とは、ええまったく別物と、はい、捉えてください」

「では」店主は二人のため手を伸ばした。小川が立ち上がって種田の胸前(area)に流れる煌びやかな濃緑と散りばめた銀粒滴を二つ、握る。種田は仕方なく憮然とだが勧められた手前彼女は要求を突きつけているのだから、という後ろめたさも相まって、身近なchocolate(チョコレート)を口に抛り込んだ。小川は、塩っぱいものも欲し鮭トバの封を開ける。一挙魚が香った。

 いち早く姿を消しつつ活力の源となりうる、chocolate(チョコレート)を選んでいた。口寂しさを宣言した割りには、ちぐはぐな選択である。この包みが出てくるとは思っていなかった、店主は過去に弁解をする。口のなか抉る苦味の不始末、拭う仄か甘みて嗜む。

種田の視線に答えた。

「事件を知る前、『規則』を携えたお客が来店してました。一人、二人か、小川さんがその場に居合わせた」物語の始まりに橋口が目を見開いて見つめる、肩より前にでた首が彼の落ち着く体勢であるらしい。店主は橋口の背後を見つめるように話した。「『ない』を強制された。『PL』の店員と言い張る女性が八十人以下に昼食(lunch)を振舞う客を制限しなさい、さもなくば日本正が掲げた『する』が否定される、それでは困るんだ、と強引でしたね。そして取引を持ちかけた、平均的な売り上げから八十人を差引いた全額支払らう、誓約書を手渡す始末です。ひどく強化された印象を受けました、たまに来店する非常識なお客の、自分たちは神様で正当な金額を支払うのだから要求どおり無理難題を飲み込めよ、そういったきらいに似ていた」

「封理(やり)込めた恐ろしさ、とも違って近視眼的な視野が狭まった状態が続いてしまっているんでしょうね。おっと、すいません、どうぞ、店長、お話を」

「それは言えるかも。組み上げたのか遵守を義務けられたのか、『規制』という信義を当人に植え付ける、制約の範囲内であれば何をしてもかまわない、許可をする。許されると人はとても自由に振舞う、ある一線を越えなければ叱責を回避できる、rule(ルール)とは自由に精神を介抱に招く、在りたいという個人の姿が露呈してしまうんだ。世間は他者が植えつけた『制約』だらけ、蔓延といってもいい。あれを守りなさい、これはしてはいけません、そこへは立ち入るな……、きつい縛りに活る。開放感を一度味わうと抜け出せない、癖、引き続き今日も明日も、延々綿々脈々と先々に欲しがる。すべてはきっかけ、植えつけたら最後、虫眼鏡の必要がなくなり双眼鏡に取って代わる。観測者は当人たちを離れられ、動向を身の安全を確保しならが優雅に人態観測(watching)に興じれる」

 種田が煙草を挟んだ右腕をかすかに上げる。頷いて発言を認めた。

「殺傷事件の犯人高山明弘が同様の『規制』を受けていた、と私は捉えてます、捉えられます」

「同様は言いすぎですね」店主は灰を落とす。吸う機会(timing)を逃した。煙草はここが厄介だ、吸うを優先してしまう。忘れっぽく平行するほかの作業に熱中してしまうことは難しい。どちらも平均的に意識に顔を出す。ひとつのことにばかり感けていられはしない。

「しかし発動は同時期と思われます」

「そうでもありませんよ」やっと煙が吸えた。「仕掛た各自の『規制』に副う始動に時期を合せられます、僕目掛けて下りた『規制』たちは同時期とは言い難く多少前後した日取りに姿を見せ接触を試みた。長い期間(span)を費やし店内の食器を愚頭狙(くすね)る、という働きかけもあれば、先ほど述(のべ)た『PL』の偽従業員は植え付けと発動が同時と言えますかね。個性的な、性格を考慮する糸操者(fixer)の手腕が見て取れます」

「『PL』の日本正は細い糸であなたと不審者を渡す。仲介人です」種田はぐっと灰皿に煙草を押し付けた、底の天と照れた蓋の閉まる。あーあ、と小川の悲壮感たっぷりの悲嘆。正面の橋口は手拭い(ハンカチ)を取り出し口元を覆う。どうやら煙草の煙、匂いは苦手らしい。灰の隆起が一煙りうっすら折り曲げた光を従え立昇る。「煙に巻き元の鞘へ往なす。もう我慢がなりません、。非番とはいえ警察の聴取です。あなたは私の質問に答えると言った。のらりくらりはぐらかす、あなたはですよ、私が納得する回答を未だに探っているのでは?答えに窮したらば、即刻抱えたまとまりきらない考えで結構!吐き出してもらいたい!」

 張り詰めた糸が「切れたい」と自ら揺らす。

 それでも店主は煙草を咥えて、煙をたんまり肺へ。彼女の指摘は妥当だ、正当性を過不足なく満ち帯びてる、卓見でありその心眼は実に鋭く的確に物事・対象を捉えた。どうしたものか、のらりくらりは否めない、睨付ける視線の筋をだ、撥ね退けるには信頼の奪取に先ずは専念を、確信に傾くこれへと飛びつく隙、展開を考えるとしよう。これは夕食時(dinner time)の非常(accident)と置換わるそれとも不適か。慌(あわて)慌(ふため)く従業員に持ち場に専念それと近時の未来を見せる対処の良案に自らも注文を裁きつつ、二つの作業を合わせて、行う……。はあ、なるほど。口元が緩んだ、小川は目ざとく見つけ明日他の従業員に私の笑みを言い振落(ふら)すだろうが、それを凌駕する事件解決が手首を返して白米(rice)の上に雪崩れかかる熱々のルー。一緒に味わう、待ち侘びた処へルーがかかるのさ。

「回答を」催促が飛ぶ。

 傾いだ。先手を取る。種田は困惑気みに眉を上げた。瞬きは数える五回を越え往復する。呆気に取られた態度はすぐさま冷静沈着な刑事の振る舞いに戻るも足元はまだまだ覚束無い、平常(balance)を取りて上半身の操る。店主は颯爽駆け抜けた。

「S駅の事体は騒動を引き起こした糸操者(fixer)の真意ではありません」店主は一同を見回す。言葉を切り反応を摂取。「何もかも」「私への接近(approach)です」

「あなた個人の近づきになりたいがため人を殺した。殺人の主な動機が怨恨に代表される妬みだとは言いません、短絡的に反射的に手が滑って起きた殺害の例が数を示す。交通事故がその最たる例でしょう。運転手(driver)に殺意はなかった、飲酒運転の暴主以外の当事者たちは目的地に向う一心に誤る操作に手を染めたのですから。、あなたとの接触を夢見近づくその過程に通らなくてはならない道に殺人が待ち受けるのであれば、当然のごとく人を殺めてもなんら不思議はないと、あなたはいう」

「刑事さん、否定してるんですか、それともそれは肯定的に店長の意見捉えたと私は受け留めればいいのか、判断に困りますよう」口元は家鴨の形態模写、小川が頬を膨らませる。

「ありのまま手の内心情を吐露します、宣言をしていない。あなたの質問を拒ばみます。ここで焦点をずらすわけにはいかない」

「目的はいまだに達成されたのかどうか、こりゃぁ判断する手立てがないね。わっかりかねる」店主は殺伐とした場の雰囲気を和ませようと会話に茶々を入れた小川に目配せをして彼女の気分を宥(なだ)めた。いきり立つ種田の豹変をどうにか和やかな軽食を囲む夜会に引き戻すつもりだったのだろう、彼女にしては世界が見えている。いつもは暴走し、それを館山リルカや国見蘭が制御。やはり一人であると自立心が芽生えるのか、彼女たちへ一品といわず昼食(lunch)を任せる、その時期をとうに迎えた私の合図をいまや遅し首の長くかも。態度が示す。人知れず、店主は改めた。

 右手の煙る煙草を思い切って消す、根元まではまだ数分の猶予が残されていた。体は休めて信号を発する。命じる司令部はと寝床の索的(search)がちくたく刻んだ時を聞きつけ慌てそろそろ未来へ分けた。最有力は上で下の二階。屋根と寝袋、快適な眠りは保障される。床と合わさる固ばる接地はcardboard(段ボール)を重ねる、あまたはcardboard(段ボール)を白衣(はくえ)で挟む、自重の分散が望める。残るは日の当たる窓際か隙間風を避けた階段側それとも真中に位置(と)るか。考え物。だがこれ一旦布を被せ現在差迫る問題を決する。尾を引き後へ響くなら。先々手を打ち後手後手に回る体たらく、悲観しようにもこれが現実、私が人であることを知らしめ覚えを醒ます世のおきてきまりなのである。手立ては最期の手段を用いたとて、どちらへ目の出るか、世を去った者のみこれ得る蜜実。

「『規則』に操られた数人の訪問者と私は接触を重ねました。松本商店の配達人、店内で騒動を起こした食器を盗むお客、自称『PL』の店員、凶器は店の食器だと言い張った女性……」

「その女性は初めて耳にします!」早口、種田は間髪要れずに口を挟んだ。拍子(rhythm)の乱れ。

「店で使用する銀食器は前店から引き継ぐ品で収集の対象でもあった。knife(ナイフ)、fork(フォーク)、spoon(スプーン)のどれかが欠け、半端な一組(set)が現れ出して不足を補うべく精巧な贋物を急遽金属加工業者へ制作を依頼し、数を揃えた。店を買い取る手続きの段不動産屋は手付かずの業務用調理機具と店内を飾る備品(・・・・・・・)は資産価値に含まれる、注釈をつけていた。思い出した私は希少性を量質(はか)りて鑑定業者を呼び、価値があると謂われ競売(auciton)へ品を売買し店と手をそれは離れた。この後、たしか雨合羽(raincoat)を着た例の女性が深夜の今時間店に立居(たち)、二階へ無断侵入。大立ち回り。食器をなぜに売り払うのか、売らなければ殺されなかったのだ、店のknife(ナイフ)が凶器に使われたと言い張ったのです」

「食事用のknife(ナイフ)では不可能です」

「ええ、刑事さんの言うとおり僕も言い返しました。しかし、意志は固く一向に引かない。彼女は『規則』、『はい』か『いいえ』を強要する。主に『はい』を押し付けていた」

「店長、私ですね今思い返すとあの女性は『規則』に縛られてはいました。ただそれよりも、知人の死を嘆く立ち振る舞いとニュアンスが違ったように、ああ、私のどうでもいい意見ですよ、ただ思うんです」

「それは僕も感じていた」店主は種田に顔を向けた。「死はすでに起こったと処理をした、または受け入れた、当人ではないので定かではありません。ひとつ言えることがしかしある。あの女性は凶器とその使用に執着を抱いていた。さらにそれより店の売り払った骨董(antique)のknife(ナイフ)に的を絞りこれ以外は認められない、断言をした。『はい』『いいえ』の『規則』にも準じていた、『はい』と言わされたのです、店のknife(ナイフ)が凶器ではないか、思い込み言わされたとは考えれないでしょうか?捜査に当たる警察でも日本刀を候補に選出するも結局特定に至らず、そのほか未知の凶器がないとも限らない、事実現物は持ち去られていた。通常曖昧にそれらしく類似の形状と殺傷力で、捜査員たちには共通のそれぞれ思造(image)する形は違えど凶器という認識は抱けていた。実に便利な言葉ですよ日本語は。使い勝手の良さと引き換える厄介なしかも朧げな印象の共有を仕向ける。他人のそれと自らの形は違えるというのに。糸操者(fixer)はそこに付け込んだのでは、と僕は考える、いやそれが終着点、その他の選択肢はどれも行き止まりでしたからね」

 しばらく種田は心を放ち。時は刹那に流れは緩慢も量は同隔。口の開き。「達観、ようやく死を受け入れた。溶けた食器を変成し大振りなknife(ナイフ)を生む。死をきっかけに『規則』が彼女に育つ。覆すことのままならない死と『規則』を絡めた、事実を認めるしか彼女には方対処の仕様がなく、選ぶ項目はただのひとつ、その人物はこの世を去った既成事実を突きつけられた。死体を見た、または証拠写真などを突きつけられた、具体性を持つ事情は用を成しません、推論をあなたは話す、追求は控えます。これが雨合羽(raincaot)の訪問者、彼女の動機とあなたは仰る」

「不満ですか?」店主は訊いた。平常を保つ繕う筋肉は負荷のかかること。お互いに、視覚を借りてよく解かる。

「目的、意を図りかねます」ため息をついた。「好意や復讐を遂げる殺意を携えあなたに近づくとしましょう。執着を抱くknife(ナイフ)もどのようにか関わり、形状を変え殺害に使われたと大目に見ます、それでもです、『規則』を植えつけた裏方の存在はあなたの想像でしかなく、日本正はその候補から除外をされる。彼は捕まった、罪を認めたのです!」

「凶器についての説明はなされていないのでしょう。彼が首謀者だと言い切れる根拠は僕の想像外です。警察、あなた方の立場を想像するに、とりあえず体裁を一目散に自白を願出(ねがいで)た方(かた)を捕らえることに何かと世が沸立(わきた)つその手前事件に終止符(period)、区切りを点けた」店主は醒めざめの正面青き、見入りて橋口の視線と逢う。ぎょっと、一驚露(み)せた頬(ほう)の上向(うわむき)は一度の限隆(たか)い肩先と平に保つ。「あわや、日本さんが私に近づくため人を殺し、ここへの訪問者を操ったと認識を強めてしまいそうで、律儀な方で助かりました。誰彼とに無私であればこそ尚更気にもかかり焦燥を煽ったのでしょうね、送る品に虚心を体(あらわ)す姿勢(pose)が友好に用を為したのは、ええ、もしかすれば生きてきた人生(なか)で初めての珍事かもわかりません」

「話が見えない。一人納得されて、自己処理に浸る。詳細を」

「そうですよ。店長ばっかり、私たちはかなり前からお預けを食らってる。目の前の骨付き肉にむしゃぶり食(つ)きたくって唾液で口の中はくじゅじゅですよ。時は満ちます、店長でもここで把晦(はぐらか)すと碌(ろく)な目に遇いませんよ」

「焦らしたのは必然だったから……」心処(こころお)きなく吸わるる、なんとも気楽な反面一吸一本味わえど々もあからさま値裏(ねうち)石ころ真似る果ては姿(な)れ。私は時と処を問わず煙草(えんそう)の価値を密か高めていたかしれぬ、抓む巻筒は端、ともす。さて、これからが本題である。本番と言換えられもする、つまりは完結編だ。つくり話の愛者は語(かたり)の猪(い)へ先走(はし)る。奇異に抱(いだ)かれ瑣事(さじ)の一片(ひら)見落すを換え、結滅の酔に浸うる、幾度験みるやも次なる構事と遊(いそし)み、とかく執(よう)し、過の日悔い喘ぐ荒(すさ)みは忌むべくと忽ち消える。されば演説を顧みろ、とは言わぬ。むしろ、このまま怒とう渦流に浚るなら御の字と私は思うのだ。未だ把晦(はぐらか)すか、曇り晴れまじ今況の、叱罵(しつば)根掘り端掘り感入(きわま)る過境であるのだが、時は今今満願、掛ける壁の時計が一差す先ここを発つ。視覚を種田より戻す。店主は憂くつ口唇に幾本目かを繰る、下降飽きた端役に主役と順繰り。集まる線分をハシと、ひとつ捉えた店主は言葉を投げる。

「手操者(fixer)をご存知ですね?」

役不足な柔焼菓(sponge cake)と不確かな記憶 8

「店長、聞きました?橋口さん、『PL』の全店に商品を納めてるんですって、野菜がたんまり余って大変らしいですよ」

「はは、お恥ずかしい」後頭部に橋口の右手が所定と言わんばかり吸い付く。やや前に傾く上着(jacket)を迫出(せりだ)す下っ腹が小山、暗室の錯誤、直立と着座の違いはあるにせよ、心持たる腹中は覆いがされていた。

「僕には無関係。勧誘の類に時を割くつもりでしたら即刻席を立たれるが賢明。いくら何度粘ろうが得られるは疲労と消費した貴重な時、それと僕への憎悪です」

「私を足払(あしら)う為にわざと席へ。、一度着席を許したとは、いやはや、これはかなりの難敵でございますなぁ」

「ございますって……」小川はついつい思った言葉を吐き出していた。とはいえ、橋口はまったく気にかけず、にこやかに目を細める。

「順番は私が先ですので、続きの要求は正当な権利の主張です」種田は言った。

「そのつもりです、続きに取り掛かりましょう。皆さん、この時間帯はまだ起きていますか?」三人を見回す、扇風機の首振り運動である。

「店長、それはその、とっても強烈に睨む刑事さんの『事件の引き続き』の関連ですか、それとも『規則』の方でしょうか、あっと私は直視できません」

「僕は常に事件のことを話してるつもりだよ」

「かなりの部分を、脱線に費やしているよ……」

「店長さん」橋口は小川の言葉を遮った。「わたくしどもはご満足いただける商品のみを取り扱う、そのように自負しておりましでですね、『PL』さんの……」

「しばらく慎んで!」初対面相手にも種田は物怖じひとつ、いや恐怖を抱く体質であるからこそ先手を打つのだ、刑事の意向に沿う形で店主の解説は続けられた。間を見つけていざ飛び込む、営業という職の病には慣れたもの、悪気が有無は当の昔に。なにせ口を挟み足場が固まる、種田を同業者に据えた理由は明日にも試供の品をたんと持参する他社の先鞭が切られるはいまのこのときなくしては、時を尋ねた、締め切りが過ったということだ。

「仮定の話です」「睡眠を妨げる空腹を僕が黙らせるとしたら、少量しかも固形物で噛み応えのある口腔内に長く居座る抓肴(つまみ)、珍味が最適なのだろうと想像します」

「試用食(sample)品を持ってます、私」鮭トバ、干し貝柱、貝ひも、豆類全般、海苔、色色(coloful)な包み紙のchocolate(チョコレート)がごっそり橋口の鞄より雪崩れた。傾ける鞄の角度は、あきらかに演出、大皿三品に四名(よめい)各自の皿でも余る円卓だけに飲み物や灰皿は影響を受けずに済んだ。どうぞと彼の勧め。『仮契約』三人の脳裏に浮かんだろう、誰も手に取らず。

「ああっ、これは特別な意味合いは含みませんよ、いやですよ、味のお試し品に恩着せがましい要望とは、ええまったく別物と、はい、捉えてください」

「では」店主は二人のため手を伸ばした。小川が立ち上がって種田の胸前(area)に流れる煌びやかな濃緑と散りばめた銀粒滴を二つ、握る。種田は仕方なく憮然とだが勧められた手前彼女は要求を突きつけているのだから、という後ろめたさも相まって、身近なchocolate(チョコレート)を口に抛り込んだ。小川は、塩っぱいものも欲し鮭トバの封を開ける。一挙魚が香った。

 いち早く姿を消しつつ活力の源となりうる、chocolate(チョコレート)を選んでいた。口寂しさを宣言した割りには、ちぐはぐな選択である。この包みが出てくるとは思っていなかった、店主は過去に弁解をする。口のなか抉る苦味の不始末、拭う仄か甘みて嗜む。

種田の視線に答えた。

「事件を知る前、『規則』を携えたお客が来店してました。一人、二人か、小川さんがその場に居合わせた」物語の始まりに橋口が目を見開いて見つめる、肩より前にでた首が彼の落ち着く体勢であるらしい。店主は橋口の背後を見つめるように話した。「『ない』を強制された。『PL』の店員と言い張る女性が八十人以下に昼食(lunch)を振舞う客を制限しなさい、さもなくば日本正が掲げた『する』が否定される、それでは困るんだ、と強引でしたね。そして取引を持ちかけた、平均的な売り上げから八十人を差引いた全額支払らう、誓約書を手渡す始末です。ひどく強化された印象を受けました、たまに来店する非常識なお客の、自分たちは神様で正当な金額を支払うのだから要求どおり無理難題を飲み込めよ、そういったきらいに似ていた」

「封理(やり)込めた恐ろしさ、とも違って近視眼的な視野が狭まった状態が続いてしまっているんでしょうね。おっと、すいません、どうぞ、店長、お話を」

「それは言えるかも。組み上げたのか遵守を義務けられたのか、『規制』という信義を当人に植え付ける、制約の範囲内であれば何をしてもかまわない、許可をする。許されると人はとても自由に振舞う、ある一線を越えなければ叱責を回避できる、rule(ルール)とは自由に精神を介抱に招く、在りたいという個人の姿が露呈してしまうんだ。世間は他者が植えつけた『制約』だらけ、蔓延といってもいい。あれを守りなさい、これはしてはいけません、そこへは立ち入るな……、きつい縛りに活る。開放感を一度味わうと抜け出せない、癖、引き続き今日も明日も、延々綿々脈々と先々に欲しがる。すべてはきっかけ、植えつけたら最後、虫眼鏡の必要がなくなり双眼鏡に取って代わる。観測者は当人たちを離れられ、動向を身の安全を確保しならが優雅に人態観測(watching)に興じれる」

 種田が煙草を挟んだ右腕をかすかに上げる。頷いて発言を認めた。

「殺傷事件の犯人高山明弘が同様の『規制』を受けていた、と私は捉えてます、捉えられます」

「同様は言いすぎですね」店主は灰を落とす。吸う機会(timing)を逃した。煙草はここが厄介だ、吸うを優先してしまう。忘れっぽく平行するほかの作業に熱中してしまうことは難しい。どちらも平均的に意識に顔を出す。ひとつのことにばかり感けていられはしない。

「しかし発動は同時期と思われます」

「そうでもありませんよ」やっと煙が吸えた。「仕掛た各自の『規制』に副う始動に時期を合せられます、僕目掛けて下りた『規制』たちは同時期とは言い難く多少前後した日取りに姿を見せ接触を試みた。長い期間(span)を費やし店内の食器を愚頭狙(くすね)る、という働きかけもあれば、先ほど述(のべ)た『PL』の偽従業員は植え付けと発動が同時と言えますかね。個性的な、性格を考慮する糸操者(fixer)の手腕が見て取れます」

「『PL』の日本正は細い糸であなたと不審者を渡す。仲介人です」種田はぐっと灰皿に煙草を押し付けた、底の天と照れた蓋の閉まる。あーあ、と小川の悲壮感たっぷりの悲嘆。正面の橋口は手拭い(ハンカチ)を取り出し口元を覆う。どうやら煙草の煙、匂いは苦手らしい。灰の隆起が一煙りうっすら折り曲げた光を従え立昇る。「煙に巻き元の鞘へ往なす。もう我慢がなりません、。非番とはいえ警察の聴取です。あなたは私の質問に答えると言った。のらりくらりはぐらかす、あなたはですよ、私が納得する回答を未だに探っているのでは?答えに窮したらば、即刻抱えたまとまりきらない考えで結構!吐き出してもらいたい!」

 張り詰めた糸が「切れたい」と自ら揺らす。

 それでも店主は煙草を咥えて、煙をたんまり肺へ。彼女の指摘は妥当だ、正当性を過不足なく満ち帯びてる、卓見でありその心眼は実に鋭く的確に物事・対象を捉えた。どうしたものか、のらりくらりは否めない、睨付ける視線の筋をだ、撥ね退けるには信頼の奪取に先ずは専念を、確信に傾くこれへと飛びつく隙、展開を考えるとしよう。これは夕食時(dinner time)の非常(accident)と置換わるそれとも不適か。慌(あわて)慌(ふため)く従業員に持ち場に専念それと近時の未来を見せる対処の良案に自らも注文を裁きつつ、二つの作業を合わせて、行う……。はあ、なるほど。口元が緩んだ、小川は目ざとく見つけ明日他の従業員に私の笑みを言い振落(ふら)すだろうが、それを凌駕する事件解決が手首を返して白米(rice)の上に雪崩れかかる熱々のルー。一緒に味わう、待ち侘びた処へルーがかかるのさ。

「回答を」催促が飛ぶ。

 傾いだ。先手を取る。種田は困惑気みに眉を上げた。瞬きは数える五回を越え往復する。呆気に取られた態度はすぐさま冷静沈着な刑事の振る舞いに戻るも足元はまだまだ覚束無い、平常(balance)を取りて上半身の操る。店主は颯爽駆け抜けた。

「S駅の事体は騒動を引き起こした糸操者(fixer)の真意ではありません」店主は一同を見回す。言葉を切り反応を摂取。「何もかも」「私への接近(approach)です」

「あなた個人の近づきになりたいがため人を殺した。殺人の主な動機が怨恨に代表される妬みだとは言いません、短絡的に反射的に手が滑って起きた殺害の例が数を示す。交通事故がその最たる例でしょう。運転手(driver)に殺意はなかった、飲酒運転の暴主以外の当事者たちは目的地に向う一心に誤る操作に手を染めたのですから。、あなたとの接触を夢見近づくその過程に通らなくてはならない道に殺人が待ち受けるのであれば、当然のごとく人を殺めてもなんら不思議はないと、あなたはいう」

「刑事さん、否定してるんですか、それともそれは肯定的に店長の意見捉えたと私は受け留めればいいのか、判断に困りますよう」口元は家鴨の形態模写、小川が頬を膨らませる。

「ありのまま手の内心情を吐露します、宣言をしていない。あなたの質問を拒ばみます。ここで焦点をずらすわけにはいかない」

「目的はいまだに達成されたのかどうか、こりゃぁ判断する手立てがないね。わっかりかねる」店主は殺伐とした場の雰囲気を和ませようと会話に茶々を入れた小川に目配せをして彼女の気分を宥(なだ)めた。いきり立つ種田の豹変をどうにか和やかな軽食を囲む夜会に引き戻すつもりだったのだろう、彼女にしては世界が見えている。いつもは暴走し、それを館山リルカや国見蘭が制御。やはり一人であると自立心が芽生えるのか、彼女たちへ一品といわず昼食(lunch)を任せる、その時期をとうに迎えた私の合図をいまや遅し首の長くかも。態度が示す。人知れず、店主は改めた。

 右手の煙る煙草を思い切って消す、根元まではまだ数分の猶予が残されていた。体は休めて信号を発する。命じる司令部はと寝床の索的(search)がちくたく刻んだ時を聞きつけ慌てそろそろ未来へ分けた。最有力は上で下の二階。屋根と寝袋、快適な眠りは保障される。床と合わさる固ばる接地はcardboard(段ボール)を重ねる、あまたはcardboard(段ボール)を白衣(はくえ)で挟む、自重の分散が望める。残るは日の当たる窓際か隙間風を避けた階段側それとも真中に位置(と)るか。考え物。だがこれ一旦布を被せ現在差迫る問題を決する。尾を引き後へ響くなら。先々手を打ち後手後手に回る体たらく、悲観しようにもこれが現実、私が人であることを知らしめ覚えを醒ます世のおきてきまりなのである。手立ては最期の手段を用いたとて、どちらへ目の出るか、世を去った者のみこれ得る蜜実。

「『規則』に操られた数人の訪問者と私は接触を重ねました。松本商店の配達人、店内で騒動を起こした食器を盗むお客、自称『PL』の店員、凶器は店の食器だと言い張った女性……」

「その女性は初めて耳にします!」早口、種田は間髪要れずに口を挟んだ。拍子(rhythm)の乱れ。

「店で使用する銀食器は前店から引き継ぐ品で収集の対象でもあった。knife(ナイフ)、fork(フォーク)、spoon(スプーン)のどれかが欠け、半端な一組(set)が現れ出して不足を補うべく精巧な贋物を急遽金属加工業者へ制作を依頼し、数を揃えた。店を買い取る手続きの段不動産屋は手付かずの業務用調理機具と店内を飾る備品(・・・・・・・)は資産価値に含まれる、注釈をつけていた。思い出した私は希少性を量質(はか)りて鑑定業者を呼び、価値があると謂われ競売(auciton)へ品を売買し店と手をそれは離れた。この後、たしか雨合羽(raincoat)を着た例の女性が深夜の今時間店に立居(たち)、二階へ無断侵入。大立ち回り。食器をなぜに売り払うのか、売らなければ殺されなかったのだ、店のknife(ナイフ)が凶器に使われたと言い張ったのです」

「食事用のknife(ナイフ)では不可能です」

「ええ、刑事さんの言うとおり僕も言い返しました。しかし、意志は固く一向に引かない。彼女は『規則』、『はい』か『いいえ』を強要する。主に『はい』を押し付けていた」

「店長、私ですね今思い返すとあの女性は『規則』に縛られてはいました。ただそれよりも、知人の死を嘆く立ち振る舞いとニュアンスが違ったように、ああ、私のどうでもいい意見ですよ、ただ思うんです」

「それは僕も感じていた」店主は種田に顔を向けた。「死はすでに起こったと処理をした、または受け入れた、当人ではないので定かではありません。ひとつ言えることがしかしある。あの女性は凶器とその使用に執着を抱いていた。さらにそれより店の売り払った骨董(antique)のknife(ナイフ)に的を絞りこれ以外は認められない、断言をした。『はい』『いいえ』の『規則』にも準じていた、『はい』と言わされたのです、店のknife(ナイフ)が凶器ではないか、思い込み言わされたとは考えれないでしょうか?捜査に当たる警察でも日本刀を候補に選出するも結局特定に至らず、そのほか未知の凶器がないとも限らない、事実現物は持ち去られていた。通常曖昧にそれらしく類似の形状と殺傷力で、捜査員たちには共通のそれぞれ思造(image)する形は違えど凶器という認識は抱けていた。実に便利な言葉ですよ日本語は。使い勝手の良さと引き換える厄介なしかも朧げな印象の共有を仕向ける。他人のそれと自らの形は違えるというのに。糸操者(fixer)はそこに付け込んだのでは、と僕は考える、いやそれが終着点、その他の選択肢はどれも行き止まりでしたからね」

 しばらく種田は心を放ち。時は刹那に流れは緩慢も量は同隔。口の開き。「達観、ようやく死を受け入れた。溶けた食器を変成し大振りなknife(ナイフ)を生む。死をきっかけに『規則』が彼女に育つ。覆すことのままならない死と『規則』を絡めた、事実を認めるしか彼女には方対処の仕様がなく、選ぶ項目はただのひとつ、その人物はこの世を去った既成事実を突きつけられた。死体を見た、または証拠写真などを突きつけられた、具体性を持つ事情は用を成しません、推論をあなたは話す、追求は控えます。これが雨合羽(raincaot)の訪問者、彼女の動機とあなたは仰る」

「不満ですか?」店主は訊いた。平常を保つ繕う筋肉は負荷のかかること。お互いに、視覚を借りてよく解かる。

「目的、意を図りかねます」ため息をついた。「好意や復讐を遂げる殺意を携えあなたに近づくとしましょう。執着を抱くknife(ナイフ)もどのようにか関わり、形状を変え殺害に使われたと大目に見ます、それでもです、『規則』を植えつけた裏方の存在はあなたの想像でしかなく、日本正はその候補から除外をされる。彼は捕まった、罪を認めたのです!」

「凶器についての説明はなされていないのでしょう。彼が首謀者だと言い切れる根拠は僕の想像外です。警察、あなた方の立場を想像するに、とりあえず体裁を一目散に自白を願出(ねがいで)た方(かた)を捕らえることに何かと世が沸立(わきた)つその手前事件に終止符(period)、区切りを点けた」店主は醒めざめの正面青き、見入りて橋口の視線と逢う。ぎょっと、一驚露(み)せた頬(ほう)の上向(うわむき)は一度の限隆(たか)い肩先と平に保つ。「あわや、日本さんが私に近づくため人を殺し、ここへの訪問者を操ったと認識を強めてしまいそうで、律儀な方で助かりました。誰彼とに無私であればこそ尚更気にもかかり焦燥を煽ったのでしょうね、送る品に虚心を体(あらわ)す姿勢(pose)が友好に用を為したのは、ええ、もしかすれば生きてきた人生(なか)で初めての珍事かもわかりません」

「話が見えない。一人納得されて、自己処理に浸る。詳細を」

「そうですよ。店長ばっかり、私たちはかなり前からお預けを食らってる。目の前の骨付き肉にむしゃぶり食(つ)きたくって唾液で口の中はくじゅじゅですよ。時は満ちます、店長でもここで把晦(はぐらか)すと碌(ろく)な目に遇いませんよ」

「焦らしたのは必然だったから……」心処(こころお)きなく吸わるる、なんとも気楽な反面一吸一本味わえど々もあからさま値裏(ねうち)石ころ真似る果ては姿(な)れ。私は時と処を問わず煙草(えんそう)の価値を密か高めていたかしれぬ、抓む巻筒は端、ともす。さて、これからが本題である。本番と言換えられもする、つまりは完結編だ。つくり話の愛者は語(かたり)の猪(い)へ先走(はし)る。奇異に抱(いだ)かれ瑣事(さじ)の一片(ひら)見落すを換え、結滅の酔に浸うる、幾度験みるやも次なる構事と遊(いそし)み、とかく執(よう)し、過の日悔い喘ぐ荒(すさ)みは忌むべくと忽ち消える。されば演説を顧みろ、とは言わぬ。むしろ、このまま怒とう渦流に浚るなら御の字と私は思うのだ。未だ把晦(はぐらか)すか、曇り晴れまじ今況の、叱罵(しつば)根掘り端掘り感入(きわま)る過境であるのだが、時は今今満願、掛ける壁の時計が一差す先ここを発つ。視覚を種田より戻す。店主は憂くつ口唇に幾本目かを繰る、下降飽きた端役に主役と順繰り。集まる線分をハシと、ひとつ捉えた店主は言葉を投げる。

「手操者(fixer)をご存知ですね?」

役不足な柔焼菓(sponge cake)と不確かな記憶 7

 はぐらかす説明の施しは意図的な構成が背景に見え隠れする。おそらく何かしらが結実するに違いない、種田は店主がわざと雄弁を気取る様を見抜いた。本質を早く!、急立てる気忙な連中の黙殺には無碍に扱うが適当。これで最大の効用が得られる。店主の解説を内に設ける基点より捕え資料と照合(てらしあわ)す。   

聴覚を矢面(まえ)へ。

「凶器の行方が先を阻んだ。『規則』は必定なり、を犯人は自らにも課していた。目撃者として現場付近の地下道を出くわす現場に仕立てるなら当然、凶器の所持はありえ『ない』でしょう。捕まってしまいます。入念な所持品検査(body check)は任意によって執り行われたのですか?」

「所持品は袋状物入(pocket)を当人が探って出す。手出しは違法と見なされる」

「意識を失った坂上貴美子さんはいかがでしょう」

「彼女も同様に所持品検査は女性警官の立会いの下、これは当人の同意を得ずに調べました。訴えるのならばお好きどうぞ」地上階の捜索に当たる女性警官を地下道まで呼び寄せ、その場で調べた。

「生存確認の一環といえる。非常時に加え紛らわしい発見場所、路上であっても意識の断絶が続くと通常は所持品から身元や連絡先を調べます。違法行為には抵触しません」

「あなたは高山明弘が凶器を所持したまま事情聴取を受けていたとでも言いたいのですか?」音圧が高まる。種田は、訊いた。音に頼る。

「その可能性は十分にあります、またしても可能性の問題でしょうけれどね。大胆だ、非常識だ、捕まるという原則は『善人』が所望であって犯行計画を企てる人物に身勝手にも我々が倫理観を植え付けた、私たちの『規則』が働いてしまったのです」

「続きを」種田は堪えた。

「次はそうですね」店主は灰を落とす。「傘、これはあなたが話してくれた上司の問いかけが補う。その可能性を取り上げること自体、躊躇われた。私は現物を何度か店内で目撃してます、外国の方がお土産で買われる品。夕食(dinner)には外国のお客が周辺他店に比べ食台(table)を占める。彼らは侍に憧れを抱いてます」

「凶器と覚しき傘を携え目撃を逃れたと?、それに携帯していたのは日本人です」橙と緑の傘に紛れたと、柄や鍔を模した偽刀を傘で一括りには凶器とおよそ見当がつく、周辺を聞き込む人員はすべからく切味を目に焼き付けた。出会えば連想するだろう。

「外形(フォルム)は日本刀で、用途は雨具。刀らしき傘は雨天に限らずぶら下がる、忘れ物が多くて困ります」

「ですから所持は日本人で、駅員に助けを求めた時の高山明弘は鞄をひとつ持つだけで、雨具の類すら持っていない。それとも殺害後駅を出て凶器を隠したとでも言われるのですか?入念に駅の外周も捜査対象に広げて調べました、半日かけて。凶器に適う拾得物の報告はありません」週初、市民団体『MOTHER PLANETS(マザープラネッツ)』が自意支援(volunteer)活動の『育む心、それは足下から』と題しS駅より南は大通りへかけた駅前通りやS川通りなど主要な通行経路を綺麗さっぱり掃き清めていた。

「もっとも有力な回答は単純な組み合わせ、凶器を持ち出した共犯者の存在をどうもあなた方警察は忘れたがっている節があった。駅構内に限った事件であってくれ、完遂・完結を願った。昨年の事件で警察と駅側は相当協議を重ねていたはずです。乗客の安全確保を図れない運営に身を任せられるのか、乗客の不満は想像に容易かった。S駅に失態は許されない、という特異な状況が日常になりつつあったさなかの大惨事、しかも薄れかけた昔歳(せきさい)彷彿たる事件に弁解の余地が残されている楽観的な考えは入社間もない駅員でも運営の危機を読み取ったでしょうね。すなわち、凶器の発見には至らず犯人が巧みに姿をくらまして持ち去った、という思い込みを駅員、警察は選んだ、これも『規則』です。駅構内及び外周でも見当たらないのならば、いっそのこと忍者のように消えた犯人ともどもが理想的。単独の犯行、凶器を携行し現場を立ち去る。駅利用はこれっきり、与り知らぬ事情がゆえ対象者は殺されたんだ、自分たちに都合の良い物語を想像してしまった。安全な駅、死体を搬出、痕を綺麗に清掃、警察が去る、始発には間に合わないが正午過ぎには現場の覆いを取り去りたい」

「前例に感化された」認めてやる、だが、「調べを尽くす我々は揺るがない」威圧を込める種田は嗚咽を受け入れ顎を引き、店主を見据えた。

「多岐に弥(わた)る選択に囲まれて、私たちは生きる。その選択はしかし、昔日までの生活と密接に関わり、一筋縄でおいそれと対岸に渡れはしない。選ぶ予備動作、心備えと暮らしようやく向岸に降立つ。しかしこれを忘れずに、可及的速やかを逼られ吟味の暇なく応じてしまう状況下は存在しますね」

「危機」

「恐驚(crisis)は突如表れ出でる。取るべき行動は主の防備、生理機能の働きがこれまでの慣習を平然軽々飛び越えた。駅職員と警察官はそういった心理状態にこの先の身を耐えた厄介な業務を瞬時、現場と対峙し明在(ありあり)思い浮かべてしまった」

 小川が席に戻った。長尺対面台(counter)のお客は喉を鳴らす。

「仮に『規則』が働いたとしましょう」憤懣遣る方ない。が、ここは引く。攻めてばかりは相手が手の内は一生隠し果せる。厄介な手練。「凶器は第三者、協力者に手渡し現場から消えた。問題は犯人です。逃げられたのになぜその場に留まったのか、理解しかねますし合理をまるで忘れています、企てた者が、です。計画的とあなたは言いたげだ、にも拘らず高山明弘は企てた殺害を実行、それから目撃者に名狸(なり)澄ました。南口から凶器を手渡したのだとすればそのまま屋外に逃げられた。悪戯(game)のよう逮捕までを楽しむ?そのような逃げ道は受け付けられないっ!」

「凶器は本来見つかるべきなんだ」

「どういうことです?」声を弾ませて小川がきいた。店主はそちらに顔を向ける、向けていた。窓は外、色つきの分厚い硝子に屈折し内が届く。

「考えてみて。凶器が残される、犯人は行方を晦ませた。となると警察は丹念に凶器を調べるだろうね。もちろん周辺の捜査も平行して行うはず。人員を二班に分ける。手薄な追跡をやり過ごせれば好い、犯人は安全な場所を確保していた、一時的な避難場所に身を寄せて時機を見計らい、離れる。いずれにしろ上策だった、最たる物証の凶器を忘れようにも鮮血に染まる、何かしら含意のある行動と診る、大いにありうると思う。たとえば、持ち去る刃物に身元を示す証を意に反して憑けてしまうとかね」

「店長にしては、憶測の部分が多いですね。固有名詞が少なくて、その、非常に危うい、いいや曖昧、です」

「いくつかの可能性を浚ってそこからさらに、熟考を重ねるのは一般的な感覚に近いと、僕は思うよ」灰皿にフィルターが増えた。白い白衣(はくえ)にうす白の捲くる腕を較べろ、ひとつ咳をした。「献立(menu)を考えるときも同じ手順を踏むしね」

「それはちょっと興味がありますねぇ」

「事件に戻ってください」あくまでこれは私事(private)。とはいえだ、真相解明の題(テーマ)を設ける。いざとなれば、鈴木か相田を叩き起こして職務の遂行を強行するつもり。おかしいのだ、まったくの不都合が生じずに事が収まるとは、どうして思えない。

 高山明弘と目撃者と日本正が同一人物であってたまるものか!種田の片頬が微細な電流を帯び、短く切り揃う細い黒髪は逆立つ、現実のそれは重力に従う。

「献立と推理の構図・構成は通う、刑事さんも目くじらを立てず聞いてください」

「刑事さん、お願いしますぅ」風が起る、固く閉する小川の瞼、その間(うち)へ両手がぴたり合わさる。

「……遠回りと私が(・・)判断した場合進路の変更を告げます、そのつもりで」小川はガッツポーズ、水筒に肘を当てあたふたと円卓(table)は転がり筒と戯れ。

「まず結(むすび)を立てる。〝刃の行方(ゆくかた)〟を終点の一つ前へ据えよう。分岐点は必ず通らなければならない。事件の道筋を辿ると出発点は殺意の撃起、計画に引き戻るね。無意に殺めた、この『規則』を準用した捜査であると、『規則』が発動したまさにそのとき、殺害が出発だ。僕は分れる程(みち)を同時進行で答えに導く。初歩的な遣り方は、片一方の行き詰まりにもう片方へあっさり切り替える、きっぱり忘れ去る度胸が功を奏す。だらだら未練がましいのは、どっちつかずで半端に終わってしまうからね。さて、順に遡るとなにかの意に従うそれは、凶器を持帰るという凄惨な現場で求められた行動だった。しかし、平常異常によらず嵩張(かさば)って目に付く。服の下に隠そうにも、察して余りある。これに後の所持品検査を偶然にせよ逃れた事実を踏まえる、当初から携行は実行より除外されていた。では、何所へいったか。先の予測は第三者へ受渡したと話した。ただ、警察は万事手順に則る。包囲網をすり抜けて、 現場に出入りする存在は俄(にわ)かに信じ難い。空想を意(い)う南口は人払いの対象区域であったにせよ、です。だからこそ凶器の受け取りに最適な環境といえてしまえる。どちらもありうる。二つの選択肢で立ち止まった場合、私はさらに枝葉を分つ。複雑で覚えられないという方は、図に表すとよいでしょう。知視覚による捉直(そくち)が得られる反面、考える機会を観るに代えてしまう、一二度が頼るのが望ましい。主題を決めたばかり、未地へ挑む、瞬く間中空へふらりふら甘考漂うものなら即時無に切れ消え。この性質は覚えておくように」

 小川は細かく頷く、見開く瞳はぎらぎらと珠の裡(うち)出でて。

度を越える顎に当てた片手も円卓の下にしまい、背筋も伸ばすか。するする巻き取られる雲は視界を広げた。疑い、が晴れる。慎み傍へ控える夢と憬れ傍に張つく現実を行きつ戻る、水浸(ふやけ)た意志は私の億段だった。

 これが六本目、煙草の先が染まる。店主は惰性の喫煙をあえて摂取するのです、そっと合わさる瞳は意に反する胸中を前面に押し出してた。進論と喫煙は相思の間柄か、種田は聞入る。

「凶器はS駅構内に隠匿せしめたならを、先ず紐解いてみます。想像せずと隠し場所の在処は明らか、改札の目の前自動階段(escalator)を右手に数列の長椅子(bench)。一目散に警察が調べたでしょうね裏側も。不適当。観葉植物はどうか、長椅子(bench)の四隅に大鉢、隣構する売店の両脇にも低木を二鉢を置く、しかしどちらも太長な幹と垂下る大葉(たいよう)は備えていなかったと思います。いかがでしょう、刑事さん」

「了承を前提に進めてられては?意に反した、私は口を挟む」

「それは私も助かります。拍子(rhythm)は大切ですから、料理においても」

「店長それは、あっとまた々邪魔を入れましたけど、拍子(rhythm)って千切りや包丁使い全般のことですかそれとも、起きていなくちゃ、常に考え続ける連綿とした流れが必要なのですか。私、数学はからっきしにっちもさっちもいかなくって、どうにもこうにもでしたもん」

「質問の後半分はよくわからない、けれど、うん、小川さんがいう論理的な考動にとって流れは重要だろうね」店主は灰皿を叩いた。拍定間(rhythm)。「話しながら考える、とでもいおうか。料理にたとえるなら食物の出生・出自の背景、来歴、舞台裏を僕の狭薄な庭で捏ねくり回す。片指を余す実知だ、ざっと基幹を浚い正誤不問の稀代(けたい)な想像で見極める。すると調理の取っ掛かりを食材が訴える、ごく限られた可能性であればやってみよ、とね」店主は頷く小川を確かめ、離脱した。説明口調に戻る。視線は窓、やや下方か、洩れる明りに二人席の天板あたりを眺めていた。「駅構内はそのほかに南口に穴開き硬貨らしき石物と真赤な円錐の無気物(オブジェ)、店舗紹介の掲示板、僕の記憶だとごみ箱は長椅子(bench)と売店、通路を間に雑誌と書籍販売専門の売店角の自販機にそれぞれ置かれる。だが、入念な捜索も空しく凶器は回収されなかったとのこと。駅構内を這い蹲り調べたなら見落としたかもしれません。頭上です、昨年の有様は幕と交互に垂下る商業施設開業祝いが直径一m大の楠球に当人を隠していた。あなたが炊きつけ僕の解(こたえ)に頼った事件です、よくも覚えていた、記憶の取り出しが滑らか(smooth)という意味です。それは余談として、飾り立てる記念日の品々はぶら下がっていなかった。あくまで予測です」 店主へは口頭で伝えた、非番に捜査権は返上されたばかり、因って捜査資料の持ち出しは不可である。種田は望む仕草に移した、常に戻る、だから苦はない。

「凶器にも『規則』を当て嵌ます」

「店長、それは少々強引過ぎます。いくら店長であっても強引、……あえて止めたんですよう」

「配慮は受取るよ。けれど、『規則』に準じ事件が世のなかに現れるのなら従属を拒んでは理に反する。通用門は打ち塞いでしまう、次の一手は既成概念の破壊だ」店主は長々巻紙の端へあかを塗る。狭まった呼吸域の復拡に用る治療を一概に害と定める、種田はこの煙に嫌悪よりほか何を見出そうか。肩触れる車内同乗者が吸う分はこなすべき仕事、義務だと言い聞かせる。また車内には換気用の窓が鼻高に並ぶ、店内のこの霞の様な充する息苦しい煙とは異なる。だが、彼女はそれでも事件の真相に興味があった。実のところ種田は『規則』の存在をまったくと言っていい、不振な目で見続けた。だがこうして現実に可能性を残す事件解明の接触試策(approach)は『規則』なのだろう。屈辱ではあるし他人にしかも女性に頼むことは過度に憚られ、警察官が日常浴びる市民よりの税金泥棒が揶揄に唯一睨みを利かせた私の自覚(pride)と呼べる視線は楯、導解(みちび)く脳働の見過ごす蔑ろに辛じて虚勢を張れているのに。いけ好かない。海岸沿いの店員といい、弦楽器(guitar)を背負う歌姫といい。種田は吸えもせず、煙草を一本頂戴した。私の方が初心者向きです、と小川の提案を呑んだ。二度、咳き込みそれからは煙を灰に入れる感覚は板に着いた。

 原点の呼吸を今一度確かめるのか痛みを伴う生という実感(じつかん)、なるほどな種田は赤い先を見つめていた。

「凶器は『ある』と『ない』に当て嵌めるなら当然『ない』だろう。しかし振り返ると凶器の形状を僕らは知っていた、どうしてだろう?」煙草を咥える店主は奇術師(magician)の妙技、両手を開き閉じた、こちらを騙しましたとの教示か。小川が我先に食いつく。まるで主人に呼ばれた猟犬を思わせる。従順な牧羊犬。

「そりゃあだって、首をばっさり切り落とすんです、それなりの長さと強度それから凶器を振った速度も必要でしょうよ。日本刀が如何に優れた殺人器だからといって扱い方も習得(master)していなくちゃ、切断面は綺麗だった、刑事さんは言いましたしね」

「うん」

「あの、店長の番ですよ?」

「うん」店主は物思いに耽るみたいにじっと頭上に移した、そこへ目を配る。花形装飾電灯(chandelier)の一輪が微か見える程度だろう。厨房に頼る室内、客間(hall)内の荘厳な照明は店主の右後に位置し夜に蔽(おお)う。そういえば、種田は記憶(うつし)た片平、を捲る。この花形装飾電灯(chandelier)を眺めて去年凶器の在処へ行着いた、あの時もまた店主の視線に釣られたのだ。

 釣られた?!

 並べた画像が次々一目散。開放目掛け広がり迫った。ちらひら白の玉が視界の端々に揺れ、たゆたう。

 高鳴った左胸の臓器が体外に飛び出そうだった、鼻腔から色のつく空気が目に見えて肺が欲しがった。引きあがる眉と供に、「日本刀の外(ほか)は『規則』を充て除外した。無用心で浅はかだと言いたいのであれば、どうぞ忌憚のない助言であると今回は受け止めます」

 正面の小川は目を白黒させる。引き上げた指先の灰が姿を保ち、天板に落ちた。

「刑事さん、それって一体全体……。私たちは思い込まされていたってことですか?」小川の考えが駆ける。「国産の流通網に的を絞った、だから海外製や変形は調査をお座なりに、そう働きかけてしまったと?……『無理』、決付(きめつけ)が変えた向う先」小川は骨董品について調べたのだろう、店の食器を売却した、興味をそそって食指が動いたか。店主に興味を抱く者の勤めというべきか。

「やっぱり小川さん、夜の方が冴えてる」弾む、店主は口元を緩ませた。人間らしさは夜間だろう、種田は思い、呑んだ。店主は落ちた灰を教える。食台(table)は防水加工の油膜(oil coating)、耐水性もさることながら多少の熱処理も天板のオーク材に到達することを防ぐのだ。不要(いらない)ことに意識が向いてしまう、種田も人のことは言えなかった。

 口角をあげる店主はやはり感情が豊かだ。店が醸す気色、時に追われ数時間ののち、深夜特有の自己陶酔によるものとも、種田はみまもる。やっと真相が聞けそうな気が床板にごっそり粘取(ねと)りつく。

「『規則』は凶器を気に居る。考え付かないだろうね、巷で感染するのはそれを使う人間であった。感化された者の生動により、物質つまり道具や物が間接的に波及、塩気を浴び沖へ浚われた。とはいえ事件現場それも凶器に適用されるとまで警察や僕ら一般市民は考え及ばずであった。凶器そのものを誰も目にしてはいない、想像物が各自の脳内で『規則』の処理を施した。自覚症状はほとんど、いや無自覚に等しいだろうね。 好みに応じた具現化を『規則』許す条件だった、これが事の発端です。 あとひと押しで危うく混迷を極めそうな未解決事件に真逆さまに陥(おち)るところだった。もっとも形状を変え軽嵩小型(compact)にしまわれた場合を当初は間違いなきよう広角(ひろ)い視野で真相を探っていた。あるときを境に、という判りやすい境線(line)は通常の解明とは異質であるがゆえ現れてはくれなかった」

「各自が思い思いに想像を巡らした。そして、それらは共通性を帯びた。切断面によって……」小川の口辺は細かく囁きのはずが落し物を呼び知らせる声量である。「だけれどもですよ、軽嵩小型(compact)な携帯性と日本刀に匹敵する切断をやってのける刃物は、科学的な昨今の進歩に資金を惜しみなく注いで特注の一本はできないものですかね?」

「SFや絵動劇(アニメ)のいわゆる光線(beam)状の西洋刀(sabel)をいうのかな?」

「そうそう、丸突出(button)を押すとびぃやっと色色(colorful)な光線が飛び出て、それでずばっと腕と首を切り落とした」

「光線は熱を帯びてるように思うけれどね。切断面は硬い劈(さ)く物質を押しあてた加圧により組織が剖れた」

 店主は私に見た、答る。「仰るように切断面の組織は刃物による一斬が妥当、が鑑識係の報告です。ただし、あまりにも見事だ、という注釈が捜査資料の備考欄に書き加えられていました。珍しいことです」

「相当腕の立つ剣術家がやってのけたか、それともですよ」小川は身を乗り出す。「振り下ろす動作を補助(assist)する機械なんてものがあったのかもですよ」

 得意げに眉を上げた表情の、低照度の円卓(table)真中に浮ぶ。たしかに神業と言わしめた剣技に人外たる機械は全方位動理に適う、だが、種田は伺い主の了承目配せを受け口を開いた。小川が素早く両者を渡る、誤解は放っておく。

「肩口、首の付け根、それに耳や顎など突起を傷つけずそのような機械を介し高い精度が保てますか?」

「わかりません」店主はあっさり匙を投げた、潔さは認める。

「つまり刃物は伸べる長形。携帯性如何は検疑に該(あた)わず、絵空事の領域を出ない。されば『規則』を念頭に掲げるこれまでは推理の破綻と、私は見做します」種田はたちどころに宣じめた。あわや突飛な発想を魅入り縋ろうかと、邪を破る。土台無理な話なのだ……。意を決した訪問を用ってして解決に至らず、彼女に襲う諦めが嵐。一通り順を追い正当性とその正反対に例外に類似を孕む他例を私は寸暇、寝間(ねるま)を惜しみ検討に見返(みかえし)を重ねた。『規則』を凶器に当て嵌める奇抜な展開は特異性がある期待を抱いたのは正直認めよう。それでもだ、日本正と『規則』が急接近事件と関りを見附け初める時期は彼の『規則』を世の流れ、一号店の盛業が渦中に君臨していた、それゆえ事件と『規則』を一緒くたに括りたがる、誤認、確からしい皆思わされていた。突如容疑者に名を連ねたのも、ここ『エザキマニン』の店主が零(こぼ)す訪問客の異種異様な振る舞いがきっかけ。

 いや、種田は今しばらく判断を遅らせる。日本正を容疑者候補(list)に加えるよう働きかければ、私は事件と日本正を結ぶ、結ばせるがため検証に取り組む。……操られていたとでもいうのか、私が?この私が手のひらで踊っていた? 地が傾く、真下を不安定な座ることに向く椅子は片足支えんがためにあらずと波を底より呼び出だす、胸郭はみつちり心揺攻占(せし)める。 頭脳明晰であればこその衝撃だった。彼女は喫煙に心底救われた思い。多少なりとも指先が震える自躰(じてい)は煙の摂取に虚勢を張る態度と思ってもらえる。

 警察の動き、私たちO署の人間に捜査権を譲渡さらに私の来訪まで予想を立てていたとは。

 ならば、日本正と高山明弘の関係示唆とtall building(ビル)内で出くわす二人と我々を引き合わせたとでも?

 この店主はどこまで知る?本人は言う、ほとんどが雑誌・新聞の的をずらした本質らしい外形の情報だけで考察が補う。果たして可能か、種田は問い返した。体内より届き返信は、具体を二つ挙げた。歌手と喫茶店の店員だ。

 確証はなく、おおよその見当で推理は停まった、私の追加情報を聞き腑に落ちた。証拠を待つばかりの推論にはこのときもう至っていたのだ。

 どうなっていやがる、荒荒しい口調は利口の証拠。灰皿が差し出される。一人に一皿。小川が使ってください、目配せ。

 続きを口ずさむ、店主はするり沈黙を縫って出た。頭頂部が吹き飛んだ土台の底、時計が時を刻む。

「形状と構造の追究は無意味でしょうね。見つかりっこない、投げやりにも思います。ただ僕の見限り、お座なりにした箇所が次展に花開く。留まっていては見えてこなかった部分を、何枚かの局面によって殺傷事件は構成されていると考えた」

「さきへと達する路が一区間を殺害たらしめる、あなたは言った。ではその先(・・・)をどのように知れたのでしょう?」矛盾を種田は容赦なく攻め立てた、玲瓏な標準(default)の彼女は奥に引っ込む。「私には皆目見当もつかない」

「そうでした、これは過程を辿っているんだ」呟く小川の俄かに立ち上がる。顔の前で指を自らに向けている。長尺対面台(counter)のお客が呼ぶようだ。窓際を通って視界から消える。店主はその間にさっと煙草を含む。

「殺傷事件は数日が経過した頃、間を狭め聞こえてきました。お客たちは事件の初期段階ではほとんど話題に上げなかったのでしょう。それに事件の前に僕ら店員は他の話題で持ちきりでした」店主の口の左右に引く。微笑と冷眼の中間で言った。「『規則』を押し付ける奇妙な客たちが続々訪れたのです」

「そうなんですかぁ、それはまた大変ですね。ですよね、ここいらでも四店舗ですから、それをいきなりですか、はぁはぁあ、困りましたねえ。それでなるほどう、店長に泣きついたってわけですかぁ、あっと失礼しました、またやってしまった。あのそんなつもりじゃあないんです、はい、本心?本心ではなくて根はいいやつなんです、いいやそれも違うなぁ……」

「灰が落ちますよ」店主の呼びかけに、灰を個定の皿へ叩落(おと)す。あるべき場、画(くぎり)は存在する、雄に雌、補完関係、スチロールの容器と蓋。灰皿は葉巻、この普及のあとに生まれた。生み出されたんだ、種田は下半分を見つめる。『規則』。何かしら制約を課す理由。要因を私は見逃した。訪問客。店主の休憩を狙ってお客たちは給仕をせがんだ、しかしそれがどのような『規則』だというのか。客と主の関係だ、この人物は躊躇わず門前払いを提示するだろう、押しの弱い腰の引けた性質はまったく見受けられない。

「こちらに座りませんか?」店主は訪問客を呼び寄せる、どの辺(へん)に狙いを定める。視線がこちらと鉢合う。佳境(climax)、勘が働き。咄嗟に振り向いた、見覚えはない、胡散臭い整う身なりの男性がゆるり腰をあげて。丁寧にも天板(table)に椅子を上げる。

「ご一緒してよろしいので?」腰を下ろす直前に彼は言った。橋口。遅ればせながら、と名乗った。名刺を手渡される。こちらは一応私事(privete)なので、理由を告げ名刺の交換を嫌った。

 店主はニヤけている。驚いて、あれま、小川は席に着くやいなや、灰と化した煙草に未練がましくがっくり肩を落とす。

 もしも神が世界を創りだし眺めて暇を潰すのであれば、不確定要素を楽しむ。店主は先が見えてる。だから零す。待て、あえてはぐらかすことも、もしやこれは店主の術中なのでは、それならば多少寛大に長時の引っ張りを認してやろう。大局を見定むる性質に移項(シフト)したか、愚にも着かぬ鈍さ。ひとつ前の私は一に答(こたえ)を望む。これは拙劣な舌覚(みかく)と同義だ。死と隣り合わせの苦味を、歳を重ねるごとそれを欲する大人の嗜みだと思込む、蘞(えぐ)み苦みの山野草を子供が嫌うは鋭敏な正しき本来あるべき味覚、そう、生存がための判別なのだ。食し運がよく生きていられた者のこれ々美味なるものよ、害に苦しめば近寄るでない。

 料理人だったか私は、種田は人知れず休息を入れた。店主の紡ぐ答の続きに、待った。

役不足な柔焼菓(sponge cake)と不確かな記憶 7

 はぐらかす説明の施しは意図的な構成が背景に見え隠れする。おそらく何かしらが結実するに違いない、種田は店主がわざと雄弁を気取る様を見抜いた。本質を早く!、急立てる気忙な連中の黙殺には無碍に扱うが適当。これで最大の効用が得られる。店主の解説を内に設ける基点より捕え資料と照合(てらしあわ)す。   

聴覚を矢面(まえ)へ。

「凶器の行方が先を阻んだ。『規則』は必定なり、を犯人は自らにも課していた。目撃者として現場付近の地下道を出くわす現場に仕立てるなら当然、凶器の所持はありえ『ない』でしょう。捕まってしまいます。入念な所持品検査(body check)は任意によって執り行われたのですか?」

「所持品は袋状物入(pocket)を当人が探って出す。手出しは違法と見なされる」

「意識を失った坂上貴美子さんはいかがでしょう」

「彼女も同様に所持品検査は女性警官の立会いの下、これは当人の同意を得ずに調べました。訴えるのならばお好きどうぞ」地上階の捜索に当たる女性警官を地下道まで呼び寄せ、その場で調べた。

「生存確認の一環といえる。非常時に加え紛らわしい発見場所、路上であっても意識の断絶が続くと通常は所持品から身元や連絡先を調べます。違法行為には抵触しません」

「あなたは高山明弘が凶器を所持したまま事情聴取を受けていたとでも言いたいのですか?」音圧が高まる。種田は、訊いた。音に頼る。

「その可能性は十分にあります、またしても可能性の問題でしょうけれどね。大胆だ、非常識だ、捕まるという原則は『善人』が所望であって犯行計画を企てる人物に身勝手にも我々が倫理観を植え付けた、私たちの『規則』が働いてしまったのです」

「続きを」種田は堪えた。

「次はそうですね」店主は灰を落とす。「傘、これはあなたが話してくれた上司の問いかけが補う。その可能性を取り上げること自体、躊躇われた。私は現物を何度か店内で目撃してます、外国の方がお土産で買われる品。夕食(dinner)には外国のお客が周辺他店に比べ食台(table)を占める。彼らは侍に憧れを抱いてます」

「凶器と覚しき傘を携え目撃を逃れたと?、それに携帯していたのは日本人です」橙と緑の傘に紛れたと、柄や鍔を模した偽刀を傘で一括りには凶器とおよそ見当がつく、周辺を聞き込む人員はすべからく切味を目に焼き付けた。出会えば連想するだろう。

「外形(フォルム)は日本刀で、用途は雨具。刀らしき傘は雨天に限らずぶら下がる、忘れ物が多くて困ります」

「ですから所持は日本人で、駅員に助けを求めた時の高山明弘は鞄をひとつ持つだけで、雨具の類すら持っていない。それとも殺害後駅を出て凶器を隠したとでも言われるのですか?入念に駅の外周も捜査対象に広げて調べました、半日かけて。凶器に適う拾得物の報告はありません」週初、市民団体『MOTHER PLANETS(マザープラネッツ)』が自意支援(volunteer)活動の『育む心、それは足下から』と題しS駅より南は大通りへかけた駅前通りやS川通りなど主要な通行経路を綺麗さっぱり掃き清めていた。

「もっとも有力な回答は単純な組み合わせ、凶器を持ち出した共犯者の存在をどうもあなた方警察は忘れたがっている節があった。駅構内に限った事件であってくれ、完遂・完結を願った。昨年の事件で警察と駅側は相当協議を重ねていたはずです。乗客の安全確保を図れない運営に身を任せられるのか、乗客の不満は想像に容易かった。S駅に失態は許されない、という特異な状況が日常になりつつあったさなかの大惨事、しかも薄れかけた昔歳(せきさい)彷彿たる事件に弁解の余地が残されている楽観的な考えは入社間もない駅員でも運営の危機を読み取ったでしょうね。すなわち、凶器の発見には至らず犯人が巧みに姿をくらまして持ち去った、という思い込みを駅員、警察は選んだ、これも『規則』です。駅構内及び外周でも見当たらないのならば、いっそのこと忍者のように消えた犯人ともどもが理想的。単独の犯行、凶器を携行し現場を立ち去る。駅利用はこれっきり、与り知らぬ事情がゆえ対象者は殺されたんだ、自分たちに都合の良い物語を想像してしまった。安全な駅、死体を搬出、痕を綺麗に清掃、警察が去る、始発には間に合わないが正午過ぎには現場の覆いを取り去りたい」

「前例に感化された」認めてやる、だが、「調べを尽くす我々は揺るがない」威圧を込める種田は嗚咽を受け入れ顎を引き、店主を見据えた。

「多岐に弥(わた)る選択に囲まれて、私たちは生きる。その選択はしかし、昔日までの生活と密接に関わり、一筋縄でおいそれと対岸に渡れはしない。選ぶ予備動作、心備えと暮らしようやく向岸に降立つ。しかしこれを忘れずに、可及的速やかを逼られ吟味の暇なく応じてしまう状況下は存在しますね」

「危機」

「恐驚(crisis)は突如表れ出でる。取るべき行動は主の防備、生理機能の働きがこれまでの慣習を平然軽々飛び越えた。駅職員と警察官はそういった心理状態にこの先の身を耐えた厄介な業務を瞬時、現場と対峙し明在(ありあり)思い浮かべてしまった」

 小川が席に戻った。長尺対面台(counter)のお客は喉を鳴らす。

「仮に『規則』が働いたとしましょう」憤懣遣る方ない。が、ここは引く。攻めてばかりは相手が手の内は一生隠し果せる。厄介な手練。「凶器は第三者、協力者に手渡し現場から消えた。問題は犯人です。逃げられたのになぜその場に留まったのか、理解しかねますし合理をまるで忘れています、企てた者が、です。計画的とあなたは言いたげだ、にも拘らず高山明弘は企てた殺害を実行、それから目撃者に名狸(なり)澄ました。南口から凶器を手渡したのだとすればそのまま屋外に逃げられた。悪戯(game)のよう逮捕までを楽しむ?そのような逃げ道は受け付けられないっ!」

「凶器は本来見つかるべきなんだ」

「どういうことです?」声を弾ませて小川がきいた。店主はそちらに顔を向ける、向けていた。窓は外、色つきの分厚い硝子に屈折し内が届く。

「考えてみて。凶器が残される、犯人は行方を晦ませた。となると警察は丹念に凶器を調べるだろうね。もちろん周辺の捜査も平行して行うはず。人員を二班に分ける。手薄な追跡をやり過ごせれば好い、犯人は安全な場所を確保していた、一時的な避難場所に身を寄せて時機を見計らい、離れる。いずれにしろ上策だった、最たる物証の凶器を忘れようにも鮮血に染まる、何かしら含意のある行動と診る、大いにありうると思う。たとえば、持ち去る刃物に身元を示す証を意に反して憑けてしまうとかね」

「店長にしては、憶測の部分が多いですね。固有名詞が少なくて、その、非常に危うい、いいや曖昧、です」

「いくつかの可能性を浚ってそこからさらに、熟考を重ねるのは一般的な感覚に近いと、僕は思うよ」灰皿にフィルターが増えた。白い白衣(はくえ)にうす白の捲くる腕を較べろ、ひとつ咳をした。「献立(menu)を考えるときも同じ手順を踏むしね」

「それはちょっと興味がありますねぇ」

「事件に戻ってください」あくまでこれは私事(private)。とはいえだ、真相解明の題(テーマ)を設ける。いざとなれば、鈴木か相田を叩き起こして職務の遂行を強行するつもり。おかしいのだ、まったくの不都合が生じずに事が収まるとは、どうして思えない。

 高山明弘と目撃者と日本正が同一人物であってたまるものか!種田の片頬が微細な電流を帯び、短く切り揃う細い黒髪は逆立つ、現実のそれは重力に従う。

「献立と推理の構図・構成は通う、刑事さんも目くじらを立てず聞いてください」

「刑事さん、お願いしますぅ」風が起る、固く閉する小川の瞼、その間(うち)へ両手がぴたり合わさる。

「……遠回りと私が(・・)判断した場合進路の変更を告げます、そのつもりで」小川はガッツポーズ、水筒に肘を当てあたふたと円卓(table)は転がり筒と戯れ。

「まず結(むすび)を立てる。〝刃の行方(ゆくかた)〟を終点の一つ前へ据えよう。分岐点は必ず通らなければならない。事件の道筋を辿ると出発点は殺意の撃起、計画に引き戻るね。無意に殺めた、この『規則』を準用した捜査であると、『規則』が発動したまさにそのとき、殺害が出発だ。僕は分れる程(みち)を同時進行で答えに導く。初歩的な遣り方は、片一方の行き詰まりにもう片方へあっさり切り替える、きっぱり忘れ去る度胸が功を奏す。だらだら未練がましいのは、どっちつかずで半端に終わってしまうからね。さて、順に遡るとなにかの意に従うそれは、凶器を持帰るという凄惨な現場で求められた行動だった。しかし、平常異常によらず嵩張(かさば)って目に付く。服の下に隠そうにも、察して余りある。これに後の所持品検査を偶然にせよ逃れた事実を踏まえる、当初から携行は実行より除外されていた。では、何所へいったか。先の予測は第三者へ受渡したと話した。ただ、警察は万事手順に則る。包囲網をすり抜けて、 現場に出入りする存在は俄(にわ)かに信じ難い。空想を意(い)う南口は人払いの対象区域であったにせよ、です。だからこそ凶器の受け取りに最適な環境といえてしまえる。どちらもありうる。二つの選択肢で立ち止まった場合、私はさらに枝葉を分つ。複雑で覚えられないという方は、図に表すとよいでしょう。知視覚による捉直(そくち)が得られる反面、考える機会を観るに代えてしまう、一二度が頼るのが望ましい。主題を決めたばかり、未地へ挑む、瞬く間中空へふらりふら甘考漂うものなら即時無に切れ消え。この性質は覚えておくように」

 小川は細かく頷く、見開く瞳はぎらぎらと珠の裡(うち)出でて。

度を越える顎に当てた片手も円卓の下にしまい、背筋も伸ばすか。するする巻き取られる雲は視界を広げた。疑い、が晴れる。慎み傍へ控える夢と憬れ傍に張つく現実を行きつ戻る、水浸(ふやけ)た意志は私の億段だった。

 これが六本目、煙草の先が染まる。店主は惰性の喫煙をあえて摂取するのです、そっと合わさる瞳は意に反する胸中を前面に押し出してた。進論と喫煙は相思の間柄か、種田は聞入る。

「凶器はS駅構内に隠匿せしめたならを、先ず紐解いてみます。想像せずと隠し場所の在処は明らか、改札の目の前自動階段(escalator)を右手に数列の長椅子(bench)。一目散に警察が調べたでしょうね裏側も。不適当。観葉植物はどうか、長椅子(bench)の四隅に大鉢、隣構する売店の両脇にも低木を二鉢を置く、しかしどちらも太長な幹と垂下る大葉(たいよう)は備えていなかったと思います。いかがでしょう、刑事さん」

「了承を前提に進めてられては?意に反した、私は口を挟む」

「それは私も助かります。拍子(rhythm)は大切ですから、料理においても」

「店長それは、あっとまた々邪魔を入れましたけど、拍子(rhythm)って千切りや包丁使い全般のことですかそれとも、起きていなくちゃ、常に考え続ける連綿とした流れが必要なのですか。私、数学はからっきしにっちもさっちもいかなくって、どうにもこうにもでしたもん」

「質問の後半分はよくわからない、けれど、うん、小川さんがいう論理的な考動にとって流れは重要だろうね」店主は灰皿を叩いた。拍定間(rhythm)。「話しながら考える、とでもいおうか。料理にたとえるなら食物の出生・出自の背景、来歴、舞台裏を僕の狭薄な庭で捏ねくり回す。片指を余す実知だ、ざっと基幹を浚い正誤不問の稀代(けたい)な想像で見極める。すると調理の取っ掛かりを食材が訴える、ごく限られた可能性であればやってみよ、とね」店主は頷く小川を確かめ、離脱した。説明口調に戻る。視線は窓、やや下方か、洩れる明りに二人席の天板あたりを眺めていた。「駅構内はそのほかに南口に穴開き硬貨らしき石物と真赤な円錐の無気物(オブジェ)、店舗紹介の掲示板、僕の記憶だとごみ箱は長椅子(bench)と売店、通路を間に雑誌と書籍販売専門の売店角の自販機にそれぞれ置かれる。だが、入念な捜索も空しく凶器は回収されなかったとのこと。駅構内を這い蹲り調べたなら見落としたかもしれません。頭上です、昨年の有様は幕と交互に垂下る商業施設開業祝いが直径一m大の楠球に当人を隠していた。あなたが炊きつけ僕の解(こたえ)に頼った事件です、よくも覚えていた、記憶の取り出しが滑らか(smooth)という意味です。それは余談として、飾り立てる記念日の品々はぶら下がっていなかった。あくまで予測です」 店主へは口頭で伝えた、非番に捜査権は返上されたばかり、因って捜査資料の持ち出しは不可である。種田は望む仕草に移した、常に戻る、だから苦はない。

「凶器にも『規則』を当て嵌ます」

「店長、それは少々強引過ぎます。いくら店長であっても強引、……あえて止めたんですよう」

「配慮は受取るよ。けれど、『規則』に準じ事件が世のなかに現れるのなら従属を拒んでは理に反する。通用門は打ち塞いでしまう、次の一手は既成概念の破壊だ」店主は長々巻紙の端へあかを塗る。狭まった呼吸域の復拡に用る治療を一概に害と定める、種田はこの煙に嫌悪よりほか何を見出そうか。肩触れる車内同乗者が吸う分はこなすべき仕事、義務だと言い聞かせる。また車内には換気用の窓が鼻高に並ぶ、店内のこの霞の様な充する息苦しい煙とは異なる。だが、彼女はそれでも事件の真相に興味があった。実のところ種田は『規則』の存在をまったくと言っていい、不振な目で見続けた。だがこうして現実に可能性を残す事件解明の接触試策(approach)は『規則』なのだろう。屈辱ではあるし他人にしかも女性に頼むことは過度に憚られ、警察官が日常浴びる市民よりの税金泥棒が揶揄に唯一睨みを利かせた私の自覚(pride)と呼べる視線は楯、導解(みちび)く脳働の見過ごす蔑ろに辛じて虚勢を張れているのに。いけ好かない。海岸沿いの店員といい、弦楽器(guitar)を背負う歌姫といい。種田は吸えもせず、煙草を一本頂戴した。私の方が初心者向きです、と小川の提案を呑んだ。二度、咳き込みそれからは煙を灰に入れる感覚は板に着いた。

 原点の呼吸を今一度確かめるのか痛みを伴う生という実感(じつかん)、なるほどな種田は赤い先を見つめていた。

「凶器は『ある』と『ない』に当て嵌めるなら当然『ない』だろう。しかし振り返ると凶器の形状を僕らは知っていた、どうしてだろう?」煙草を咥える店主は奇術師(magician)の妙技、両手を開き閉じた、こちらを騙しましたとの教示か。小川が我先に食いつく。まるで主人に呼ばれた猟犬を思わせる。従順な牧羊犬。

「そりゃあだって、首をばっさり切り落とすんです、それなりの長さと強度それから凶器を振った速度も必要でしょうよ。日本刀が如何に優れた殺人器だからといって扱い方も習得(master)していなくちゃ、切断面は綺麗だった、刑事さんは言いましたしね」

「うん」

「あの、店長の番ですよ?」

「うん」店主は物思いに耽るみたいにじっと頭上に移した、そこへ目を配る。花形装飾電灯(chandelier)の一輪が微か見える程度だろう。厨房に頼る室内、客間(hall)内の荘厳な照明は店主の右後に位置し夜に蔽(おお)う。そういえば、種田は記憶(うつし)た片平、を捲る。この花形装飾電灯(chandelier)を眺めて去年凶器の在処へ行着いた、あの時もまた店主の視線に釣られたのだ。

 釣られた?!

 並べた画像が次々一目散。開放目掛け広がり迫った。ちらひら白の玉が視界の端々に揺れ、たゆたう。

 高鳴った左胸の臓器が体外に飛び出そうだった、鼻腔から色のつく空気が目に見えて肺が欲しがった。引きあがる眉と供に、「日本刀の外(ほか)は『規則』を充て除外した。無用心で浅はかだと言いたいのであれば、どうぞ忌憚のない助言であると今回は受け止めます」

 正面の小川は目を白黒させる。引き上げた指先の灰が姿を保ち、天板に落ちた。

「刑事さん、それって一体全体……。私たちは思い込まされていたってことですか?」小川の考えが駆ける。「国産の流通網に的を絞った、だから海外製や変形は調査をお座なりに、そう働きかけてしまったと?……『無理』、決付(きめつけ)が変えた向う先」小川は骨董品について調べたのだろう、店の食器を売却した、興味をそそって食指が動いたか。店主に興味を抱く者の勤めというべきか。

「やっぱり小川さん、夜の方が冴えてる」弾む、店主は口元を緩ませた。人間らしさは夜間だろう、種田は思い、呑んだ。店主は落ちた灰を教える。食台(table)は防水加工の油膜(oil coating)、耐水性もさることながら多少の熱処理も天板のオーク材に到達することを防ぐのだ。不要(いらない)ことに意識が向いてしまう、種田も人のことは言えなかった。

 口角をあげる店主はやはり感情が豊かだ。店が醸す気色、時に追われ数時間ののち、深夜特有の自己陶酔によるものとも、種田はみまもる。やっと真相が聞けそうな気が床板にごっそり粘取(ねと)りつく。

「『規則』は凶器を気に居る。考え付かないだろうね、巷で感染するのはそれを使う人間であった。感化された者の生動により、物質つまり道具や物が間接的に波及、塩気を浴び沖へ浚われた。とはいえ事件現場それも凶器に適用されるとまで警察や僕ら一般市民は考え及ばずであった。凶器そのものを誰も目にしてはいない、想像物が各自の脳内で『規則』の処理を施した。自覚症状はほとんど、いや無自覚に等しいだろうね。 好みに応じた具現化を『規則』許す条件だった、これが事の発端です。 あとひと押しで危うく混迷を極めそうな未解決事件に真逆さまに陥(おち)るところだった。もっとも形状を変え軽嵩小型(compact)にしまわれた場合を当初は間違いなきよう広角(ひろ)い視野で真相を探っていた。あるときを境に、という判りやすい境線(line)は通常の解明とは異質であるがゆえ現れてはくれなかった」

「各自が思い思いに想像を巡らした。そして、それらは共通性を帯びた。切断面によって……」小川の口辺は細かく囁きのはずが落し物を呼び知らせる声量である。「だけれどもですよ、軽嵩小型(compact)な携帯性と日本刀に匹敵する切断をやってのける刃物は、科学的な昨今の進歩に資金を惜しみなく注いで特注の一本はできないものですかね?」

「SFや絵動劇(アニメ)のいわゆる光線(beam)状の西洋刀(sabel)をいうのかな?」

「そうそう、丸突出(button)を押すとびぃやっと色色(colorful)な光線が飛び出て、それでずばっと腕と首を切り落とした」

「光線は熱を帯びてるように思うけれどね。切断面は硬い劈(さ)く物質を押しあてた加圧により組織が剖れた」

 店主は私に見た、答る。「仰るように切断面の組織は刃物による一斬が妥当、が鑑識係の報告です。ただし、あまりにも見事だ、という注釈が捜査資料の備考欄に書き加えられていました。珍しいことです」

「相当腕の立つ剣術家がやってのけたか、それともですよ」小川は身を乗り出す。「振り下ろす動作を補助(assist)する機械なんてものがあったのかもですよ」

 得意げに眉を上げた表情の、低照度の円卓(table)真中に浮ぶ。たしかに神業と言わしめた剣技に人外たる機械は全方位動理に適う、だが、種田は伺い主の了承目配せを受け口を開いた。小川が素早く両者を渡る、誤解は放っておく。

「肩口、首の付け根、それに耳や顎など突起を傷つけずそのような機械を介し高い精度が保てますか?」

「わかりません」店主はあっさり匙を投げた、潔さは認める。

「つまり刃物は伸べる長形。携帯性如何は検疑に該(あた)わず、絵空事の領域を出ない。されば『規則』を念頭に掲げるこれまでは推理の破綻と、私は見做します」種田はたちどころに宣じめた。あわや突飛な発想を魅入り縋ろうかと、邪を破る。土台無理な話なのだ……。意を決した訪問を用ってして解決に至らず、彼女に襲う諦めが嵐。一通り順を追い正当性とその正反対に例外に類似を孕む他例を私は寸暇、寝間(ねるま)を惜しみ検討に見返(みかえし)を重ねた。『規則』を凶器に当て嵌める奇抜な展開は特異性がある期待を抱いたのは正直認めよう。それでもだ、日本正と『規則』が急接近事件と関りを見附け初める時期は彼の『規則』を世の流れ、一号店の盛業が渦中に君臨していた、それゆえ事件と『規則』を一緒くたに括りたがる、誤認、確からしい皆思わされていた。突如容疑者に名を連ねたのも、ここ『エザキマニン』の店主が零(こぼ)す訪問客の異種異様な振る舞いがきっかけ。

 いや、種田は今しばらく判断を遅らせる。日本正を容疑者候補(list)に加えるよう働きかければ、私は事件と日本正を結ぶ、結ばせるがため検証に取り組む。……操られていたとでもいうのか、私が?この私が手のひらで踊っていた? 地が傾く、真下を不安定な座ることに向く椅子は片足支えんがためにあらずと波を底より呼び出だす、胸郭はみつちり心揺攻占(せし)める。 頭脳明晰であればこその衝撃だった。彼女は喫煙に心底救われた思い。多少なりとも指先が震える自躰(じてい)は煙の摂取に虚勢を張る態度と思ってもらえる。

 警察の動き、私たちO署の人間に捜査権を譲渡さらに私の来訪まで予想を立てていたとは。

 ならば、日本正と高山明弘の関係示唆とtall building(ビル)内で出くわす二人と我々を引き合わせたとでも?

 この店主はどこまで知る?本人は言う、ほとんどが雑誌・新聞の的をずらした本質らしい外形の情報だけで考察が補う。果たして可能か、種田は問い返した。体内より届き返信は、具体を二つ挙げた。歌手と喫茶店の店員だ。

 確証はなく、おおよその見当で推理は停まった、私の追加情報を聞き腑に落ちた。証拠を待つばかりの推論にはこのときもう至っていたのだ。

 どうなっていやがる、荒荒しい口調は利口の証拠。灰皿が差し出される。一人に一皿。小川が使ってください、目配せ。

 続きを口ずさむ、店主はするり沈黙を縫って出た。頭頂部が吹き飛んだ土台の底、時計が時を刻む。

「形状と構造の追究は無意味でしょうね。見つかりっこない、投げやりにも思います。ただ僕の見限り、お座なりにした箇所が次展に花開く。留まっていては見えてこなかった部分を、何枚かの局面によって殺傷事件は構成されていると考えた」

「さきへと達する路が一区間を殺害たらしめる、あなたは言った。ではその先(・・・)をどのように知れたのでしょう?」矛盾を種田は容赦なく攻め立てた、玲瓏な標準(default)の彼女は奥に引っ込む。「私には皆目見当もつかない」

「そうでした、これは過程を辿っているんだ」呟く小川の俄かに立ち上がる。顔の前で指を自らに向けている。長尺対面台(counter)のお客が呼ぶようだ。窓際を通って視界から消える。店主はその間にさっと煙草を含む。

「殺傷事件は数日が経過した頃、間を狭め聞こえてきました。お客たちは事件の初期段階ではほとんど話題に上げなかったのでしょう。それに事件の前に僕ら店員は他の話題で持ちきりでした」店主の口の左右に引く。微笑と冷眼の中間で言った。「『規則』を押し付ける奇妙な客たちが続々訪れたのです」

「そうなんですかぁ、それはまた大変ですね。ですよね、ここいらでも四店舗ですから、それをいきなりですか、はぁはぁあ、困りましたねえ。それでなるほどう、店長に泣きついたってわけですかぁ、あっと失礼しました、またやってしまった。あのそんなつもりじゃあないんです、はい、本心?本心ではなくて根はいいやつなんです、いいやそれも違うなぁ……」

「灰が落ちますよ」店主の呼びかけに、灰を個定の皿へ叩落(おと)す。あるべき場、画(くぎり)は存在する、雄に雌、補完関係、スチロールの容器と蓋。灰皿は葉巻、この普及のあとに生まれた。生み出されたんだ、種田は下半分を見つめる。『規則』。何かしら制約を課す理由。要因を私は見逃した。訪問客。店主の休憩を狙ってお客たちは給仕をせがんだ、しかしそれがどのような『規則』だというのか。客と主の関係だ、この人物は躊躇わず門前払いを提示するだろう、押しの弱い腰の引けた性質はまったく見受けられない。

「こちらに座りませんか?」店主は訪問客を呼び寄せる、どの辺(へん)に狙いを定める。視線がこちらと鉢合う。佳境(climax)、勘が働き。咄嗟に振り向いた、見覚えはない、胡散臭い整う身なりの男性がゆるり腰をあげて。丁寧にも天板(table)に椅子を上げる。

「ご一緒してよろしいので?」腰を下ろす直前に彼は言った。橋口。遅ればせながら、と名乗った。名刺を手渡される。こちらは一応私事(privete)なので、理由を告げ名刺の交換を嫌った。

 店主はニヤけている。驚いて、あれま、小川は席に着くやいなや、灰と化した煙草に未練がましくがっくり肩を落とす。

 もしも神が世界を創りだし眺めて暇を潰すのであれば、不確定要素を楽しむ。店主は先が見えてる。だから零す。待て、あえてはぐらかすことも、もしやこれは店主の術中なのでは、それならば多少寛大に長時の引っ張りを認してやろう。大局を見定むる性質に移項(シフト)したか、愚にも着かぬ鈍さ。ひとつ前の私は一に答(こたえ)を望む。これは拙劣な舌覚(みかく)と同義だ。死と隣り合わせの苦味を、歳を重ねるごとそれを欲する大人の嗜みだと思込む、蘞(えぐ)み苦みの山野草を子供が嫌うは鋭敏な正しき本来あるべき味覚、そう、生存がための判別なのだ。食し運がよく生きていられた者のこれ々美味なるものよ、害に苦しめば近寄るでない。

 料理人だったか私は、種田は人知れず休息を入れた。店主の紡ぐ答の続きに、待った。