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本心は朧、実態は青緑 5

『ふふ。歌う姿の彼女だけでは物足りなくなってしまったのです。以前は声だけで満足をして、にやつき、狂喜し、脱落、ときに欺瞞を抱いて、だけど獲得、温かさを掴んだ。そして、抑制。彼女から身を引いた数ヶ月で彼女の新鮮さが取り戻せるかもしれない、このたびの突然のライブ観戦の大本はこれにあるのです、出会った頃の私が出現するのか、または落ちたら戻れない欲に溺れる近視眼の私か。一種の賭け、失敗したらファンをやめる覚悟を持って参戦、観戦に挑みます。次の手紙で私が登場しなかったときには、はい、そういった事態であることを察してもらえますか?思い出して欲しい、そういった要求とは正反対、むしろ見限って泥をかけ、打ち捨てて欲しい。アイラと関わりを持つべき者たちへの文面上での再会は、それほど敷居が高い、と私は捉えています。

 最後になりましたが……、なりましたって、何が成ったのでしょうか、それとも生った、出来上がったという意味でしょうか、いやいや、為すの自動形だった、今までとは違った状態を意味するから正しいのか……うーん。まあまあ、細かいことは抜き。丁寧な言葉遣いを毛嫌いする私の根本が垣間見えたら、ご愛嬌、読み手の皆さんが思うとおりに受け流してください。では、この辺で私のつたない文章を〆たいと思います。つたないのなら、書くべきでない、はい、忌憚のない意見は次回に反映したいと存じます。それでは、ライブで。もしかすると隣り合うことがあろうかと思いますが、もし仮に私であると察しても、内に秘めて、喉の奥で引き留めることを心より願います。ああ、忘れていました、私、パラジウムが書き付けました、どうぞまたの機会に』

本心は朧、実態は青緑 5

『考えを文字に起こす作業は不慣れ。ならば前置きを述べて、逃げ道を取る作戦だ。稚拙だと思うなら、正直に私の品定めを行え。けれど反論は手紙で、あなたの順番が廻るそのときに発揮して欲しい、願わなくともここでは取り越し苦労であるはずでしょう。とにかく、意見を述べる、心して聞くように。私が二番目の書き手である。一番目の意見はそれなりに共感部分を含む。少なくとも、目指す方角は一致していたでしょう、北北西か北西の微妙な違いという認識よ。詳細を語るわ。なんとも欲にまみれたアイラの体を目当てに、あいつはファンを名乗る、その不躾な態度を共通を認めた私と思ってもらっては困る。あれでファンと公言……神経を疑います。トップバッターはどうにかして、接触を夢見てる、あわよくば、その先に転がり込むしたたかな顛末だって毎晩夢で見続けている、たぶん部屋はアイラのポスターが埋め尽くして、しかもキスなんかしたり、等身大の抱き枕も自前で作ったり……あくまで想像だけど、八割方当ってんじゃないのかしらって思うの。つまり、一番目の思想は肉体が目当て、むさぼりたい欲の塊そのものよ。私は違う、もっと紳士な付き合いと距離感を保つ。羨望という土台は一緒、接触と待機の差。けれど、初めて私はコンサートで彼女を眺める機会に乗じた。そんな私は、私の理屈、理に反しているだろうか……、とことんまで悩んだ、悩みぬいた。結局、私も一番目の人と同類に思えてきた、思えてしまった、行き着く先は窄んで一まとまりに混ざったんだ、コンサートのチケットを勝ち取ってからの心境の変化よ。定期公演は移動距離を理由に、行動に踏み切る労力を控えた、といえる客観的な自己診断。今考えると、たぶん、ノンノン、明瞭に心象を言い表している、否定をできはしないんだ私は。そこで思ったの、本心は巧妙に理論武装されているんだとね、説明はできないけれど、本心は行動に現れない胸中で眠るのだ。そうよ、求めるアイラの実物、アイラの生の声、演奏、醸し出す雰囲気、息遣い、息そのもの、何もかも彼女が発するすべての物質を吸い込み留めて、私は所有物にしたい、この欲求が本心だったとやっと遅ればせながら気付いた。前の人とは違うわ、崇高な精神を本性はカモフラージュした。……恥ずかしい、思えば、前の人物がどれだけ正直であったか、数行前の意見なんて見ていられない。私は、ええ、どっちつかず、有能さを見つけたかったのよね……。さあさあ、独白みたいな文章が続いたので、気分を改めます(立ち上がると同時に踵を片方付いてバランス、ポーズを決める)。さて、私は今週の土曜日にアイラ・クズミのライブに足を運びます。欲の塊を身に落すためにです。切り離せませんでした、彼女が欲しいのです。これが正直な胸のうち、稚拙です、劣っています、だからっていけないことでしょうか?いいえ、誰も非難はしていない、私が勝手にせき止めたに過ぎない。考えすぎですよね、はい、認めたんですよ、私は、現在の私を。未来の、まだ身に落しきれていない、まばゆい神聖な立ち振る舞いの私を見限ってね』

本心は朧、実態は青緑 4

「構いません」

「いいや、メーターを一度止める。すまない、ニ、三分遅れてしまう」

「急いでいるわけではありません。歩くつもりでしたから、それに比べると到着は格段に早い」飛行機が上空を飛来、高度が低い、降り立つのか、飛び立ったばかりか。

「天草に飛ぶ飛行機だわな」運転手が言う。

「小規模の空港ですか?」

「福岡と熊本と鹿児島と、本州にも飛んでるじゃろうか、ほれ福岡までは三時間かかるところを三十分で飛べてしまえる、ビジネスマンと観光客はよく利用するんだわ」

 信号が赤、しかし行き交う車はぱったりと消えていた。明日のセットリストにアクシデントというスパイスを加える。初見の曲を一曲、練習風景をお客に見てもらおう。始まったのか、それともこれは見てはいけない場面なのか、戸惑うだろう。うん。ライブの一曲目がいい、つたない感情を出したいので、私とは縁遠く、お客には身近な曲を、スタイリストのアキかカワニに選んでもらおう、楽譜は数時間で手に入るだろう。

 凄惨な死体がフラッシュバックした。スライドショーのように画像を捲る、自動的に終わる。車内に戻る。

「わしも昔歌手を目指したことがあるんですわ、これでもね」運転手がうれしそうに話す。

「諦めた理由は?」

「ぜーせん、だれもわかっておりゃせんかった。顔だのスタイルだのジャンルだのって、歌謡曲が好きでね、だけどもう流行おくれだったのさ、今考えてみると」

「あなたのためになら、いつでも歌えます。聴いて欲しいのなら、対策を打つべきです。私はそうしてきました」

「あんた、正直だな」

「偽るとあなたは気分を害する。声は正直ですから」

 

本心は朧、実態は青緑 4

 莫大な金額に当たる信用情報が埋め込まれたカードで無形の信頼を理由に支払いが成立する。店側としては現金が良かったはずだ、来月まで入金は遅れてしまう。どうだっていい、無造作にカードをポケットにしまう。

 見送られ、店外へ。もうじき季節が変わる、南でもそれはひしひしとにじり寄っているのか、しみじみという感慨ではないだろう。見送り、お辞儀は所詮サービスの一役、私を目安にそれを行う自らを律する、またそれらの行動がその他の人物に見られ、店員に還る。彼のためなのだ、そこに金銭が発生している限りは。

 歩くことはやめた、また心配をかける、それに道は覚えてない、直線を選んだつもりだったけれど、私は方角に弱いらしい、いわゆる方向音痴。タクシーを捕まえる。東京でも利用は控える、移動時間の目安は皆ついているのか、といつも利用者を不思議に思うんだ。

 オレンジ色の車体にホテル名を告げる。無駄な話はまだ続いてるだろう、仕事だからという言い訳は聞き飽きた、彼らを切り捨てたアイラ。無駄な会話が仕事につながるのか、そうやって遊びを仕事に置き換えているつもりだったら、いっそのこと遊んでいます、そう明言してしまえばいい。片足を仕事に本心の遊びの姿を隠すのは、気に食わないし、いやらしいとも思う。

 私は真っ当だろうか、アイラは窓に映る顔に問いかけた。その問いこそが、真っ当である印。

 問い続ける、一人で、いつまでも、ギターと向き合って。

「お客さん、どっかで見た顔ですね、テレビに出てるんかな?」まじりっけのない声が前の運転席から聞こえた。今日まで誰にも聞かれなかった、目線では問いかけられてばかりいた質問である。運転手は私を知らない、だから知ろうとした。知っていて、声を掛けそびれて、躊躇ったのとは次元が異なる。ただ、不意に浮かんだのだ、疑問が。後部座席の女と記憶がおぼろげに一致を果たした、その声はとても正直に届く。

 アイラは応える。「テレビに出たことはあります、回数は少ないですが」

「ああ、やっぱりだ。あんた、歌い手さんじゃろ?」

「はい」

「綺麗な声をしとるわい。はああ、そうかそうか、どっかで聞いたと思ったら、なんだシンガーか、ふむふむ」

「声でわかりますか?」きいた。

「そりゃあ、何年もこの仕事をやっとるもんでな、顔を見なくたって、お客さんの態度はぜーんぶ声が教えてくれるもんさ。あんたは、穏やかだ。めったにそんな青い人はおらなんだ」

「青い?色ですか」

「凪とも違うんじゃ、湖の水面さ。深いから光が届かなくて青い」運転手はそこで声を上げた。「あー、しまった。道を間違えって、何をしとるんだ、わしは」