コンテナガレージ

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店長はアイス  過剰反応2-3

 種田は首を振り、きいた。「死体を放置してまで海に出る用事があったのでしょうか」
「怖い顔しなくても、やっと取れた休みですよ。遊ばない手はない。刑事さんだって、休日に邪魔をされた怒りませんか?」
「いいえ、休日にあえて行うことは私にはありません」
「もう彼女は死んでいるようだった」山田は包み込むような動作で両腕をひらいた。「それに俺よりも、最初に発見した人を咎めてくださいよぉ」駄々を捏ねる連中は逆なで声を良く使い分ける。ただし、種田には一切通用しないのが山田福の誤算だ。熊田は鈴木と後方で見守る。先ほどから鈴木は早食いの後遺症によるゲップを繰り返した。
「名刺をベンチに置いたのは、なぜです?」
「持っていても海水でふやけてしまうかも知れないって。だから、ベンチに置いておけば警察が拾うだろうと、思ったのです」
「あなたは最初の発見者よりも後に港に来たのですか?」
「先だったか後だったかなんて、わかりませんよ。面識もないし、呼びかけられた時に人がいたのを知りました。嘘じゃありませんって」
「亡くなっていた女性に見覚えは?」
「さあ、知らない人でしょう」
「顔を良く見ましたか?」
「死んだ人の顔を見られますか、警察では当たり前だろけど、普通にはぱっと見るけだでも精一杯です」
「休みの日はだいだい海に出られるのですか?」
「あの、これって取り調べですか?」
「違います。遺体を発見した人物への正当な聴取です」
「それを取り調べっていうんだろうが」山田福は後方の熊田たちに指を指す。「あんたたちも警察?」
「ええ」熊田が答える。興奮こそ相手の真意を聞きだすチャンスである。種田が感情を逆なでする場面がもっとも真実を短時間で聞きだす効果的な方法だ。それを知ってか鈴木も黙ってる、胃のあたりに違和感があるらしい、左手はゆっくりと円を描いていた。
「もう話すことはない。全部言ったつもりだ。こっちは船の運転で疲れているんだ。帰らせてもらうっ」
「彼女に聞いてください」
「何でだ?あんたの方が偉いだろう?」
「彼女の方が役職が上です」
「ったく、女が出世を望むとろくなことがない」
「何か言いましたか?」種田が白眼で言った。
「別に……。いいから、早くしてくれよ。こんなところで油売ってる時間は俺にはないの」

店長はアイス  過剰反応2-2

「ああ」熊田のそっけないリアクションに種田は言う。
「ファストフードは口に合いませんか?」
「いいえ、久しぶりに食べるなあと思っただけだ」
「おま、種田はよく食べるのか?」お前といいかけてやめた。何度かこのフレーズによって手痛い指摘を受けていた。
「食べ物という認識はありません。むしろ、栄養補給に近いかと思われます」
「育った環境がたぶんに影響を与えている。この文化が生まれた土地で生きていたら、何気ない食事なんだろう」
「いいえ。私にとって食事全般がただの栄養補給ですから」
「そうだったなあ」
「はい」海を見つめならが二人は立ったまま食事に手をつける。夜店や屋台の立ち食いは許されてコンビ二やファストフードのそれは見っともないと嗜める人の気が知れない。熊田は思う。ではなぜそれらが売られているのか、そして買われていくのかを考えもしないのだろう。
 熊田は先にバーガーを片付け、飲み物とポテトに着手する。手に油がつかないように紙ナプキンでポテトを掴む熊田である。汚れて拭いていては、キリがない。
「熊田さん。来ましたよ」後方から鈴木の声が届く。ポテトの残りと船の接岸、それとゴミを捨てに行く時間をはじき出す。船は内海にやっと入ったところだから、ペースを多少上げるか。熊田は飲み物の残量を考えに入れ忘れて、咄嗟にストローでお茶を流し込んだ。隣の種田といえば、既に食べ終えてゴミを捨てに行く背中が見えた。足音がないと言う鈴木の主張もまんざら嘘ではない、と感心する。
 船が決まった場所に接岸し、ロープを岸に括りつけた。小走りで熊田が戻る。間に合った。高台から鈴木も降りてきた、食後の一服を風の流れを読み、種田にかからないように一歩下がった位置で鈴木。
「山田福さんですね?」セールスマンのようにそっと種田が降り立った山田に尋ねた。
「そうですがぁ、もしかして警察の人?」
「はい。今朝、この場所で通報をされたのはあなたで間違いありませんか?」サングラスを取りつつ山田は日焼けした顔で言う。
「僕ですよ。携帯に履歴が残っている、見ますか?」彼は一昔の実業家にみえた。ポロシャツに開いた胸元、髪にかけた色の濃いサングラス。最近はあまりなじみがない。

店長はアイス  過剰反応2-1

「種田の言い分を信じて待っていますけど、一向に帰ってくる気配はありませんね。お腹すいた」鈴木はスーツの汚れを省みずに足を投げ出す。ちょうど熊田の頭上、高台、野次馬がベンチを覗いた場所で鈴木は額に手をかざし海面に目を配っていた。熊田たちは紀藤香澄のマンションを出て現場にて第一発見者大嶋八郎が名刺を託した通報者の男の帰還をヨットハーバーで首を長くして待つのだった。かれこれ現場に到着したのが三十分前である。さすがに昼食を摂らないと鈴木の体力が持たないだろう。熊田は種田に昼食の買出しを頼んだ。高台、道路を渡ると目の前がショッピングモールである、細かな注文は控えた熊田である。過度な指示は控えるべきだと、彼は常々考えている。種田には漠然とすぐに食べられるものを要求した。
 沈んでは浮かぶ海面をなんともなしに眺める。タバコをくわえた、携帯用の灰皿も取り出す。海沿いは風が強く、煙で嫌悪感を抱かせる心配もないだろう。欠点は点火に多少の苦労を強いられるぐらいだ。
「種田はどこへ行くんです。トイレですか?」
「昼飯を頼んだ」
「忘れているんだとばっかり思っていましたよ。夕方四時でやっとご飯にありつける」
 熊田は振り返り、体をねじって見上げる。「まだ見えないか?」
「大型船、フェリーでしょうか、一台大きいのが見えます」鈴木は手のひらで日差しをさえぎる。「他には、見当たりません」
「革靴の底に砂利がびっしり挟まっているぞ」歩きやすさとクッション性を生み出す溝に細かな砂利が窮屈に居座っていた。
「あっ、ほんとだ」鈴木は片方ずつ底を確かめると、最初は爪でそれからは家の鍵を取り出し石を除去する。
「鈴木さんここにおきます」種田が音もなく現れたので鈴木はバランスを崩す。
「あああう、あああっと」なんとか落下を免れた鈴木は、悲痛な叫びで訴える。「驚かすなよ!落ちても、死なないけど、危ないだろう」
「二回も呼びましたけど」
「えっ、そうなんだ」近距離で種田と視線を合わせるとたじろいでしまう鈴木は、言い返す勢いの熱は収束を余儀なくされて、怒りの蕾は開かずにしぼんでしまった。種田は階段を降りる、熊田にも昼食のハンバーガーを手渡す。
「すまん」
「おつりです」

店長はアイス  過剰反応1-3

 本を読みながら食事を続けた。行儀が悪いと叱った父親を思い出す。新聞を読みながら朝食を食べる姿に私は指摘しなかった。罪悪感か……。紀藤香澄は天井を眺め、目を細めた。
 最後の一口、餃子を平らげる。味噌汁を飲んで、漬物でしめて、また本を読み出そうとすると視界に私のかかりつけの歯医者で受付をする女の子が映った。男と二人である。咄嗟に私は顔を隠した。意味がないことそれに見られても構わないとさえ決断した私だったのに、また雑音と店内の話し声が私に響いてくる。しびれた足に構わず、店を出た。背中を見せておけば私だとは気づかれないし、わからないし、見かけたと尋ねられても白を切りとおせるさ。おつりをもぎ取るようにして、手に握ったまま、バタバタと靴を履き、窓際の彼女に見られないよ、駐車場をそっぽを向いてそちらに何かあるかのようにして車に滑り込んだ私。決めたのに、約束したのに。また、同じ事を繰り返している。一人だからだろうか。ううん、わたしの思考パターンがいけないの。組み直さなきゃ。先週も泣いていたっけ。歳のせいだろうか。全部、何かのせいにする癖もやめよう。可愛いって無意識で言っているのと大差がないもの。心も意味もアクセスも本心でも複製みたいで嫌気が差す。
 家に帰る車中で、本を忘れた事実が蘇った。けれど、戻れはしないか。
 道がいつまでも直線だけでカーブも高低さもなかったら、私は眠ってしまう。
 だから、信号も他の車もくねくねした道も存在してくれるのだ。すべては私のため、そう思えたら軽くなった。食事の分だけ重くなったけど、いつかは消えてくれる重さなのだから、それまでは手をつないで付き合ってあげる。
 サングラスを掛けてみた。まぶしいという理由でね。ファッションと対向車は思ってるだろう。これも思い込み。それよりも、いいや、もう比較の対象ではないのだ相手は。眩しさが軽減されたことが行動に正しさを与えた。
 渋滞?大いに結構、これも私のストーリーの一部なんだから。