コンテナガレージ

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がちがち、バラバラ 5-20

 シートに包まれた少女が担架で運ばれていく。かぎつけたカメラマンのフラッシュが頭上からたかれた。ビルの二階、落下防止用の窓のわずかな隙間からカメラと手首を差し出して撮影していた。殺された人間にならばカメラの撮影は無神経、しかし、有名人の葬式ではその撮影も許されてしまう。撮影がある程度有名人には許可されてるのかもしれないが、それならばこのカメラマンの行為は死に対する無礼に撮影はなりえるのかと、疑問が浮かぶ店主である。さらし者を好まない、という遺族の気持ちも少なからずわかる気がするが、死んだものに対してはもうそれは遅いのではないかとも思うのだ。つまり、生に価値を見出しているのであれば、死体には意思は通わず、無反応、返答もしてくれない、目も合わない、手も握らない、笑っても怒ってもくれない、遺族が求めたのは見返りの塊であると再認識すべき。死体への悲哀は守ってやれなかった、あるいは代われなかった己を慰めている。結局は自分たちが主体。

 カメラマンはビルになだれ込んだ警察に取り押さえられた。テープにひしめく野次馬に混ざり、バズーカのようなカメラが数台こちらを向いてシャッターを切っていた。きらりと、逆光でレンズが反射。太陽の気まぐれかもしれない光は、撮影を中断させて、カメラは位置を通りの角に据え変えた。

 脇を通る担架。運ばれる死体ががさっと、動いたように見えた。自然に体が吸い寄せられる。店主は軽く警察に体を押さえられ、これ以上の接触を拒絶された。おそらくは、担架の動きは腕がズレ落ちたのだろう。

 担架はバンの後部に押し込められた。荷物みたいに。

がちがち、バラバラ 5-19

「わかりました。ご要望にはできる限りの配慮をほどこします」

「受け入れて良いのですか?」種田は冷たい目で熊田の受け入れに文句をつける。熊田は両目を軽く閉じて肩をすくめた。警察の間ではかなりポピュラーな表現手段らしい。

「ああ」熊田は一言そういうと店を後にした。不満足の種田もすぐに表情を戻し、後に続いた。店内のやりきれない空気においても店主の気分、感情は常に一定のラインを保つ。落ち込みは現状に依存し続ける空虚さそのもの。僕は変化をいとわない。午後の営業を頭に入れて、組み立てようか。うん。うなる。手を叩く。周りが注目。気にしない。ケータリングは好評なので鶏肉を仕入れよう、後はなにを対抗馬にすえるかが肝だ。鶏肉は脂身も少なく、カロリー控えめでもたれにくい。秋ごろ、明日の天気は?事実上の営業停止を余儀なくされた店主はポケットから普段はその使用を滅多に垣間見ることのない、化石と称される数世代前の端末を指先で操る。店長って持っていたんだ、という感嘆の声も耳を素通り。予期していた反応ならば対処は既にお手の物。明日は雨が降る予報、降水確率は六十パーセント、ほぼ雨である。そうすると、気温もぐっと下がるだろう。二十度を下回る、正午前後の気温はおおよそ最高気温と見ていい。スープを夏場で疲弊した体が求めるかもしれない。明日もまた実験だ。その連続。答えはないのだろう。そのつどスタイルを変えていれば、過去にとらわれる無駄な労力を請うことこそ考えにも浮かばない。無意味だ。季節も移り、人も気温さえ虫だって登場をわきまえてる。人だけ。つねに過去を見返し、キャンセルでことをなそうするのは。それらのキャンセルが生み出す余った容量は毎週録画の番組の視聴、日々付きまとう近しい人々との短い意思の疎通など、所有と意思の交換に費やすのだから、取り合うことがいかに無駄をはらんでいるか。

 警察が数十分後には店内、表、裏と各所に散らばり白手袋が大勢通り過ぎる。ホール内もくまなく捜索の対象、調べられた。厨房は殺傷能力の高い凶器の宝庫。しかし、今回の事件は銃創、つまり拳銃を探している。隠し場所はほとんどない。カウンター上部の天井から下がるつり棚も重なる皿でひしめく、拳銃を隠すスペースは見当たらない。物の数分で捜査員たちは見切りをつけ何事もなく、また協力の挨拶もせずにホールの捜索に加わった。しかし、もちろんホールだって何も出てこなかった。

 店主は表に出る。黄色のテープは通りをまだ封鎖していた。ご近所には迷惑だが、店の前だけに進入禁止のテープが張られなかったことは幸いと喜ぶべきだろうか。いや、噂は短時間で伝達する。やはり、人が他人に伝える動機の根本は有益な場を握る自分の価値を高めたく、しかしそれは無意識に行われてる。話したい、という欲求に隠蔽、表向きは意識を共有。ただし、そこには情報のアウトプットも絡む。相手にもれなく伝えることは情報の精査に最適なのだ。また、本心で相手のためを想い、またはかつてにおわせた趣向に関連する事項の新情報をただ教えたい人物はまれにではあるが、いないこともない。大概が前者だろう。うまく使い分けている人も中にはいる。とにかく、広まる噂に対抗するすべはない、これが結論だ。店は無関係である内容の噂を流してみるか……。店主は、ぼんやりと店構えを仰ぎ見て考えていた。外は秋晴れ。冬も天が高いのに秋にばかりフォーカスがあってる。自動的な焦点だ。

がちがち、バラバラ 5-18

「店の裏手は頻繁に行き来する場所ではないと思われますが、いかがでしょうか?」

 店主が話す。「ほとんど行きません。ゴミは店内で補完しています」

「被害者の顔に見覚えは?」従業員は皆首を横に振る。店主は種田に見つめられてから否定した。

「所持品のチェックを行ってもよろしいですか?」

「どうぞ」

 種田の捜索では銃は見つからなかった。それから種田は一旦席をはずして、戻ってきた。入り口に制服の警官が立っている。どうやら店内に拳銃を隠した可能性も視野に入れた考えらしい。だが、裏手に続く導線はこの店の側と、もう一方の通りからでも出入りは可能であって、しかも犯行を隠すために一目に付かない場所で引き金を引いたのならば、僕を含めた従業員には当てはまらない。あまりにも犯行現場と職場が近すぎる。さらに言えば、警察の存在を近場で感じつつの犯行は大胆極まりない。裏をかいたとしても、聴取を切り抜けるあらかじめの用意がその場合には必要である。しかしだ、僕たちは犯行をただ否定した、アリバイの周到な準備なしに。また、計画的犯行ならば、売り上げのために目につかない犯行場所を選ぶだろう。それに少女の年代とのかかわりも持たなくてはならない。従業員たちの家族構成はまったく知らない。知ろうとも思わないが。

 刑事たちはカウンターで小声で話している。ふっと、緊張が解ける。国見もようやく落ち着きを戻したようで、グラスの水を傾けていた。

「こちらのお店、申し訳ありませんが今日いっぱい営業を控えてくれませんか?」熊田は淡々と話す。

「明日は?」

「……現状では今日までに大方の証拠品の採取は行う予定ではありますが、なんといいますか、あくまでも予定でして、はっきりとその、明日からの営業は認められません」

「そうですか。では、店の壁に寄りかかって倒れたいたという事実は伏せていただきたい。裏手はどちらの土地でもある境界またぎの場所です。せいかくには」

がちがち、バラバラ 5-17

「カウンターの灰皿をお使いください」

「ありがとう」カウンター、ドアに近い席に座り、足を組んで神はおいしそうに煙を吸う。「額に銃創を見止めた。その他、外傷なし。綺麗なものんだ。服の乱れ、汚れ、破損もない。寝かされた時に接地した面が汚れている程度だ。足裏の草と土は採取しておいた。行動範囲外のものが検出されれば手がかりにはなるが、……あまり期待は持つな。それと、そうだな話していないのは、なんだ、うーん、ああ、思い出した。右のポケットにレンズなしの眼鏡が入っていたなあ」速いペース、しゃべりの合間に煙が吸われる。もう半分近くが灰に姿を変えていた。「特徴的な眼鏡で、あれだと顔が半分近くは隠れる」

「眼鏡ってこう、頬の辺まで隠れるタイプですか?」館山がジェスエスチャーを交えてきく。

「ああ、そうだ」

「流行の眼鏡ですよ。十代の子がかけているのをよく見かけますよ。あまり、特徴的ではないと思います」

「そうなのか?」神は熊田に聞く。熊田は種田に聞こうとするが、視線を交わしただけで思いとどまった。

「……そういうのは、私も持ってます」小川が口を開いた。彼女が唯一の十代。

「俺が言えるのはそんなところかな」名残惜しそうにタバコを一吸い、神は中腰で灰皿に押し付ける。「管轄の鑑識に引き継いだら署に戻るよ。お疲れ」

「お疲れ様です」種田は律儀な返答。そういえば、入店の時にベルは鳴らなかったように思う、気のせいだろうか。

「あの人は、仕事から逃げている」年上に対して種田の口調は強い。

「そうだろうか。能力が高いとそれだけ、仕事が集まる。同じ給料で仕事量に違いが生じる。すると人は、怠ける。自然の成り行きだ。だからあの人はあえてさぼった格好を演じているんだ」

「退職金が頭に浮かんでます」

「ノーコメント」

 軽妙な刑事たちの駆け引きには決まった休息時間をもてない人たちの息抜きと店主は感じ取る。熊田は、灰皿を取りに段を降りる。そこでタバコに火をつけて、聴取のバトンを種田に引き継がせた。お手並み拝見、片手を体の外に無増なに話し、脇を広げる。また、俳優の仕草である。