コンテナガレージ

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ゆるゆる、ホロホロ2-1

 女の子が目に付く。小学生ぐらいの年齢。通勤時間にこれほど子供を目にする機会はわざと私に見せつけるためなんじゃないか、そんな勘ぐりが思考を支配したのは、驚きと共に残念でもあった。別れた子供を忘れていたことは事実だ。私が無理に考えない工夫を凝らしたのかも、別の選択肢を考えざるを得ない環境に身を移した。ただ、引っ越しても以前のように地下鉄は店への移動手段で利用していた。遠足だろうか、二人掛けの優先席付近に一人、入り口両側のポールに掴まって一人、私の隣に制服姿の女の子が一人、斜め向かいに一人が座る。無意識に子供を目で追ってしまう、悪い癖。あきらめられたら良いのに。
 降車駅に到着。いつものように制服の女の子が、別路線に乗り換えると思っていたが、私の前方で彼女は改札をそのまま出て行った。学校には行かないのだろうか、心配になる。後を追った。そちらは店に向かうルートであるから、追跡しているのではないよと言い訳も取り繕える。まだ人通りがまばらな地下道、両脇に商店のシャッター。半開きのシャッターはいくつか点在してる。宝くじ売り場の窓口を曲がる、そして地上への階段も彼女は上った。私と同じルート。若干歩く速度は遅め。彼女に合わせた。デジャブ、いつかの情景が重なる、気のせいだろう。地上に出て、彼女は傘を広げた。私も続けて、折りたたみの傘を手早くかばんから取り出す。
 彼女は少女が亡くなった場所を訪れた。少女は道の真ん中で亡くなったため、献花は道の片側に一塊で置かれていた。置いた人たちはこれらをいつ回収するのだろうか。そこまでは気が回らない、とにかくいたたまれないさいなまれた思いをどうにか形で表したいらしい。決して亡くなった人へは届かないのに。自分の子供が亡くなると、それらの行動の無意味さを体感できる。彼女はしゃがんだ。重たい革のランドセルから、一本の花を取り出し、そっと地面に沿えた。風で飛ばされないために、缶ジュースで茎を押さえる。手を合わせた。意味もわからずに、いいや私だって慣れているだけのこと。形から入りそれが意味を成す。

ゆるゆる、ホロホロ1-5

「他人の空似」種田が呟く。顔が引き攣っていた。薬草でも煎じて飲んだときの表情。

「私の話で事件が片付くのは、こちらにも十分メリットを感じます。何より、人通りの回復がなされないと店に流れるお客のルートが繋がりません。S駅の通りから事件現場を避けて別の通りを選ぶ人が昨日今日でほとんど。ですが、協力にはやはり暇な時間帯と店に待機しているときでしか、好意的には受け入れられない。自宅に訪問しないという、確約がここでいま結べますか?」

「お約束はできません」歯切れのいい声、色で言えばまじりっけのない青だろう。

「結構ですよ、それで」

「よろしいんですか?」

「約束ができない、は約束を破らないように行動する、という約束を僕は交わしたのです。絶対は存在しないのであれば、限りなくそれに近い定義を交わすべき。正直とは嘘をつかないのではなくて、嘘をつかないように努力すること。嘘をつくかもしれない、だからこその先回りで立て看板でこの先は危険と表示しておくのです」

「……二人目の少女ですが」熊田は隠していた、とっておきを話し出す。店主の主張、思想に感化されたかもしれない。「靴を履いていませんでした」

「靴下は履いていましたね」

「ええ、靴は持ち去られたのかもしれません。小説では裸足でした、少女の服装に違いはありません」

「送られた原稿と発売された小説の描写の違いがあるのですね?」

「一件目の少女の服や傘の色が違います。服は緑から黄色、傘は黒から紺、塗料は赤からオレンジに変わりました」

「それを書いた作家には会いましたか?」

「もちろん。……小説の内容が事件に利用されているとは伝えませんでした。私たちは本来知りえない情報、偶然に送られた原稿がきっかけで事件との関連を見出したのであって、あくまでも作者には現場の目撃者として話しを聞きました。そう、偶然にその作者が事件の瞬間を目撃していたのです」

「素直に事実を打ち明けてもよかったのでは?色の違いなら関連性、類似性をマスコミや一般人が気がつくもの時間の問題、何ならもう嗅ぎ付けているかもしれない」

「一応、半径五百メートルに警官の配置は完了してます」

「小説ではこのあたりでまた事件が起きると?」

「白昼、車に跳ね飛ばされます」

「凶器が変わりましたね。その点も思い切って作者に聞いてみるのはいかがでしょうか」

「あの、現場を一緒にご覧になりませんか。ぜひ直接見た感想を伺いたい」煙に顔をしかめ熊田はタバコを押し付ける。「あなたを説得する時間は多く掛かりすぎる」

 提案を受け入れたら納得して帰るだろう。仕方なく誘いに応じる店主は刑事たちを誘導するように先頭を歩き、細い路地から裏手に入った。非常用のライトは店主が店から持ち出したもので、刑事たちは周囲を照らす類の証明は何一つ携帯してない。鑑識が去った後である、残されているのは風になびくテープのみ。白くかたどられた人形の痕もうっすらしか残されていなかった。何かを期待するような眼差しをひしひしと身に受ける。銃で撃たれたら血液は広範囲に飛散するはずだが、駆けつけた時に血液は見当たらなかった。寄りかかった背中の陰に隠れていたのだろうか。わからない。そうすると、角度は頭上よりも高い位置から放たれた。少女である、背丈を考えると妥当。相手は大人か少女よりも大きな子供。見上げれば裏のビルの窓、ほんのり明かりが漏れている。

「どうですか?」表情の見えない熊田がきいた。右後方に立っている気配だけ。種田の位置は不確定、足がない浮遊物みたい。

「何も……僕は探偵でもありませんから、思いつくことを期待しているなら思い違いです」

「難しいですかあ」

 そう言い残すと刑事たちは意外にもあっさり飲み物のお礼を忘れずに告げて、幾分閑散とした人気のない通りに消えた。

ゆるゆる、ホロホロ1-4

「少女と駐車場の職員はお互い、その二人は目撃者により補完される。外枠を眺めるためには、枠の外に出る必要がある、それも一定の距離まで遠ざかって。見ているものは含まれている一部、全体を見渡すためには目撃者が現れたとしても現場は立体駐車場の出入り口です、構造物の遮蔽は角度によっては全体を見渡せない。また、目撃者も駐車場職員の声を聞いたことがあるとは思えない。普段の通り道で聞いていたとしても、それがその人物の声かどうか、その場でその男で見慣れた格好であるからなのです。状況と過去と記憶です。まったくの別人がそこで似たような声色で車を誘導していたらおそらくは気づきはしない。つまり、第三者による判断は材料としては不十分で、それはまた、職員の証言の全面的な否定は難しいということです」いい終わると種田も瓶に直接口をつけてサイダーを喉に流した。

「ひとつ疑問に思っていることがあります」店主は指先に挟むタバコで灰皿を叩き、言う。

「なんですか?」

「お二人が捜査に借り出されているのは、特殊な状況下だと思うのですが、これは事件とは無関係なのでしょうか」料理の工程と似ている。なぜその食材や香辛料が使われているのか不思議に思うことがある。どの料理書にも必ず入ってる食材を取り入れた場合と入れない二種類を作り、味を比べるとありがたみや効果、存在意義、といったそれらの作用が知れる。そうやってこの事件も二人の刑事が登場しない場合を考えてみると、異質な状況が浮かび上がるのだ。そう、所轄の刑事や警官は周辺の警備や交通整理に借り出されていると見受けられた。直接、事件を調べているのは目の前の男女のコンビ。それに鑑識も彼らの管轄から派遣されたとも聞く。

「警察に一冊の原稿が送られ、その内容が今回の事件と酷似してました。郵送された当日に、一件目の事件が発生、事情を隣町の管轄に打ち明け、こちらで捜査を進めることになったのです。私もタバコ、よろしいですか?」

「どうぞ」相当我慢をしていたらしい、煙を吐いた熊田から思わず、「うまい」という言葉が放たれた。

「小説には具体的な殺害方法や犯人像が書いてはいなかった」

「ええ。小説の犯人は殺害の動機は語っても、凶器や殺害の方法はしゃべりません」

「殺害の描写が書かれないのは斬新、読者は納得しないでしょう」

「そういった、声は上がっていたようですが、それもまた話題を呼んでいたみたいです。ネット上では本の発売当日に犯人の名前が晒されてしまう対策ではないかという意見もあるようです。私は初見でしたが」

「被害者まだ増えますね、お二人が動いている様子を拝見すると」

「まあ、ええ」

「思い切って世間に公表したらいかがでしょうか?抑止力と個人の警戒心を高めるには効果的だと思います」店主はタバコの火を灰皿に押し付ける。すっと熊田のほうに寄せる。「というか、どうして私に話を持ちかけるのでしょうか。相談相手ならばもっと適当な人がいると想像します」

「事件の早期解決には欠かせないのがあなたですよ」

「私が犯人だから?……否定しないのですね」

「ある知人にとてもよく似ている、考え方も思考の跳躍も、仕草も立ち振る舞いも、そして顔も」

ゆるゆる、ホロホロ1-3

「こんな時間まで捜査ですか、管轄外の方が?」二人の刑事はしっとりと汗をかいている。

「まあ、はい。お邪魔でしたか?」

「ご覧の通り、仕事はしていません」

 熊田は手を広げた。「少しお時間を、よろしいでしょうか。事件についてです」テーブル席に案内した、冷蔵庫から瓶のソーダを二本を掴み、グラスも二つ、長方形クリーム色のトレーにのせ、二人に提供する。栓を空ける前に飲むかどうか意志を確認し、栓を開封。灰皿とタバコを取りにカウンターに戻り店主が席に着いた。

「亡くなった子は二人とも面識はなく、小学校は近隣でしたが、学校同士の交流はありません。ランダムに選ばれたと考えています」熊田はグラスを使用せず直接瓶を傾けた。その前に空中で手套を切る。

「検証や考察ならば警察で行って欲しいものです」外側に煙を吐く動作を咄嗟にとってしまう自分を哀れむも店主は如才なく主張を述べる。煙を吐くタイミングとはずした目線が重要。

「周辺の店に勤務する人はこちらをよく利用されるそうですね。店の中で事件に関する話題を聞かれたことはあるでしょうか?」

「ええ、一件目の後には」

「内容を覚えてますか?」

「私が聞いたのでなく、従業員が聞いた話でよければ」

「お願いします」店主は、近隣の美容室の集まりの会話を反芻するように刑事たちに話した。

 稼動をやめた店主は煙を吸って吐き出した。種田という女性刑事は沈黙が通常の態度。サイダーの炭酸を瞳は見つめている。短い髪は、女性像への反発とも受け取れる。なんとなくそんな気がした。自分のことをきれいとは思ってはない部類の人種だ。切りそろえられた前髪は、洗練よりも野暮ったさが印象。

「……自らを見つめなおす、そういった投げかけは他でも聞きました」熊田が店主の証言を受けて、切り出す。「しかし、その人物は自分の声で少女が話しているように思ったと、言っています」

「正気を失っていたのでは?」その人物とはおしゃべりな常連客のことだろう。

「可能性は高いです。ただ、なにぶん目撃者が見つからないので、どうにも真偽を確かめるすべがない状況でして。まあ、証言の信憑性も科学捜査に基づいた裏づけによる反証をつぶしているだけであって、証言は真実かもしれない。目撃は不確定な第三者の偶然とも言われる」

「もうひとつ別の作用があります」種田が椅子をテーブルに寄せる。「補完される」

「なにがだ?」熊田が尋ねる。