コンテナガレージ

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手紙とは想いを伝えるディバイスである2-1

 地上→六F

 白線を横切る熊田は、ビルの地下駐車場に車を乗り入れた。セキュリティ。登録された車両ナンバーと事前登録のアポイントの二つが地下駐車場へ通過を許される資格であったが、熊田は強制的にバーを上げさせる。警察手帳を受付のカメラにかざして、警察の迅速な到着を知らせた。とりあえず、エレベーター内のフロア表示に従い、二階の受付で下りた。

 受付に人は座っておらず、呼び出し音のボタンを押すようにとの指示案内と装置があるだけで、人の気配がまったくなかった。数分後、小走りにエレベーターを降りてきた女性がすがるように熊田に声をかけた、切羽詰った心境が窺えるが、通報では人が死んでいる、という報告だったと彼は記憶する。いまさら取り乱しても命は助からないはず、自分が死を見すぎたための感想かもしれないが、身近な人物が死んだとしても、泣いたりはしないだろう、熊田は案内を促す女性の後に続いた。

 六階に到着。エレベーターの一基は故障中だろうか、階表示の明かりは消えてる。女性は手招き、さっさと来るように、どんくさい、表情は言葉よりも感情を物語る。降り立つフロアは黒を基調に灰色と白、色の濃度が違うだけかもしれない。廊下を歩き、手前の一室で立ち止まる。女性は扉に手をかけるも開かない、女性はわざとらしく額に手を当てて、首から提げた端末を取り出した。

「もしもし、社です。はい、いま廊下です、ドアを開けてもらえますか」

「厳重ですね、セキュリティ」熊田は後ろ手につまらなさそうに感想を述べた。女性の気分、失敗を和らげるためだ。

「ええ、時には、こうやって面倒ですけど、仕方ありませんよ。いつかはこうなってしまう。家の鍵だって、新しいマンションなら、もう鍵だって使っていませんからね」

「私はまだ鍵を使ってます」

「そのことはまた後ほど」女性は混乱を表すかのように髪をかきあげて言う、こちらの言葉はきこえていないようだ。「非常事態なので」

「ええ、そうですね」

 ドアが半分開いて、男がちらりとこちらを窺った。本当に刑事か、という眼差しはやはり共通らしい。熊田は胸ポケットから今日は何度この手帳を出し入れするのかを懸念しつつ、それでも負けじと事実を解き明かすために警察の象徴をみせつけた。

「どうぞ。中へ。それにしてもずいぶん早いですね、刑事さんですか?制服を着ていませんが」男性ははっきりした口調で話す。

手紙とは想いを伝えるディバイスである1-5

 組分けは案の定、鈴木と相田がペアとなり、二人を先に食事に向かわせた。そして、室内は二人だけ。無口な二人が残る。静かである。あまりの沈黙に息遣いも聞こえてくるほど。熊田は目を閉じて、眠ってみた。仕事中にである。しかし、どこかでブレーキがかかり眠りを妨げる、もしかすると睡眠を必要としない体に変容したかも。

 何もしない、時に立ち上がり、応接セットのソファにくつろぐも、新聞のような媒体を熊田もそして種田もほとんど読まないので、両者からもそういった巷で流れる話題に事欠いていた。そうか、話す必要のない相手との間を埋めるために、世間の話題が存在するのか。しかし、そこには必ず嘘や真相を膨らませた、話したい、しゃべりたい気持ちをただぶつけるためだけの発散に、聞く側が利用されたりもする。だから、あえてそういった話題が聞こえてくると自分から離れてた。

 一時間後、二人と入れ替わりに熊田は駐車場の車に乗り込んだ。一人である。

 彼は、正面は道路を挟んで海が見える絶好のロケーションを見せ付ける、海道沿いの喫茶店を訪れた。

「アイスコーヒーを」カウンター席に座り、熊田は注文する。店主の姿はなく、女性の店員がてきぱきと華麗な動きをカウンター内で披露、お客の何人かは、彼女を目で追っていた。

 店の滞在が一時間を越えたあたりで熊田が席を立つと、端末に連絡が入った。

「熊田さん、どこです?」鈴木である。

「喫茶店だ」

「その近くにどでかいビルがあるのわかります?」

「ああ、来るときに見た」

「そのビルで事件です。殺人でしょうか、詳細は不明ですが、死体が見つかりました。僕らに名指しでお呼びですよ」電話口の鈴木は嬉しそうに弾ませた声であった。

「わかった、先に行ってる」

「おねがいします」

 会計の際に、店員の日井田美弥都から言われた。「事件ですか?」

「ああ、すいません。声が大きかったようですね」

「いえ、もう店を出て行かれるのですから、不満はありません」

「相変わらず、手厳しい」

「おつりです。受け取ったら、次の方に場所を譲ってください。どうぞ」熊田の後ろには睨みつけるように凝視する男性客がいた。美弥都との会話に嫉妬しているのだろう。熊田は、取り合わないように、早急に駐車場に出て、現場に向かった。ナビの必要がないくらいにそのビルは高々と鳥が旋回するシルエットだけの山間の、雨が降って雷で時たま姿を見せる建造物の映像とかぶった。

手紙とは想いを伝えるディバイスである1-4

「つまり、新部長は真相に近づく兆候を感じ取りたかったと言いたいのか?」熊田がきいた。

「はい、憶測ですが。真相が明るみに出そうなら、何かしらの対処を施す構えだった」

「施設の崩壊を言っているのか?」

「最終的に私たちが真相を掴み、暴露する事態まで捜査が及べば、私たちもろとも建物ごと壊しかねない勢いだった……」

「飛躍しすぎだ」熊田はタバコを吸いきって、すぐにまたもう一本に火をつける。「聞きたいのはそのことか?」

「はい」種田は多少げんなりした様子で喫煙室に背中を向けた。二本目のタバコがお気に召さなかったのだろう。

 思うに、斉藤彩子という新部長の信任は的確なタイミングだった。もちろん、四月という異動の時期であっても、たまたま、その時期を装ってというよりかは、新任は強制的に行われたといえる。部長は自ら、我々に異動の理由を説明するような人柄ではまったくなく、しかも彼は神出鬼没、その正体もまったくの不明というのだから、表に出てくるはずもない。つまりは、部長を引きずり出す罠でもあったように思う。こうして考えを挙げるだけでもいくつもの現実的な可能性が浮かぶ。真実はどこに隠れていてもおかしくない、それにだ、すべては嘘でもある。また、私がまったく予期しない角度から真実が飛び込んでくるかもしれない、まあ、考えるだけ無駄か……。熊田は、舌に物足りなさを感じ、ブースを出て隣の自販機で缶コーヒーを買った。甘く苦い、そして少量のショート缶で口中を液体で満たした。

 これからの人生について熊田は時々考えるようになった。仕事を仮に辞めたとして、私は何を頼りに生きていくべきなのか。人との交流はやはり歳をとっても苦手である。恥ずかしさを覆い隠す電球のような明るさを維持することはままならない、そんな動作はとっくの昔に試したし、まるで効果がなく私が疲弊していくだけだった。現在は惜しみなく、現実に向き合う私でいられるように、極端な人格を演じている。真実しかいえないように工夫されてるのだ。本体を揺さぶるまで、私は反応を示さない覚悟。日常のほとんどは低い沸点で感動を演出してるのだから、楽しくはないだろう。しかし、無理に取り合わなければ、私はずっと正常な思考回路を維持できる。何を考えているのか、前が見えないから後ろを振り返るのか。後悔の心理を久しぶりに味わった、熊田である。

 両方の針が重なり、天井を差す時まで室内でのらりくらり。一度電話がかかってきたが、部署の不足備品の確認だった。

 昼食を二組に分けて食べるよう熊田は提案を持ちかける。熊田自身はほとんどお腹がすいていなかったが、部下たちのためにあえて発言を買って出たのだ。ただ、種田は例外で、彼女も小食というかあまり食事を必要としない性質である。

手紙とは想いを伝えるディバイスである1-3

「これで僕に手出しできませんよ、相田さん。いつも暇なときに首を絞めるのは、正直僕はうんざりしてたんです」鈴木ははっきり、日ごろの鬱憤を弱った相田に告げたが、相田は痛みの対処に精一杯で、まったく反応を示さない。鈴木は、反論を期待して、用意していた言葉を返そう、そういった態度が消火されずに終わって、少々肩透かしを食らった形。対して、仕方なく今日のところは許してやるかと半ば強引に、怒りの態度を崩さない相田は腕を組み、そっぽを向いた。しかし、それでも相田は顔の痛みに集中し、鞄から取り出した熱を冷ますシートを貼り付けて、ぐっと痛みに耐えた。それを冷めた目で種田が見つめる。これが平凡な日常、部署内の光景である。

 仕事の着手、一時間後に熊田はいつものように席を立って、廊下の喫煙室に居場所を求めた。仮に毎日毎時間、業務を行う部署であったら私の行動は批判の対象になるだろうが、本当に暇なのだ、熊田は理由を言い聞かせるように内部につぶやいて煙を吐いた。

「部長、お話があります」タバコの煙を嫌う種田が喫煙室のドアを引き開けて、立っている。

「タバコを吸っている」

「お時間よろしいですか?」

「ああ、煙に我慢ができるのなら」種田はドアを閉めて、早速言葉を発した。

「前の部長について知っている情報がありますか?」

「聞いてどうする?」

「意味もない役職が何度も変わる意味というのは、いかにも組織の浮き足立った構成を想像せざるを得ません」

「結局は部長が戻ってきた。丸く収まったとは思えないらしいな、その顔だと」

「いえ、そういったわけでは。事件の後始末の責任をとって部長職の解任、というのが、大方の見方でしょうが、私はこの事件の捜査のために送り込まれたと考えています」

「部長が黙っていないだろう」

「知らされるどころか、情報すら及ばない任務や居場所にいたとも考えられます」

「鈴木が会っている」

「隙を突いて連絡を取った。しかし、それはもう新部長に変わったときです」

「そうか。そういえばそうだったな。気になるのか?」

「考えることが他にありませんので」

 熊田は煙を吐き出した。「しかし、新部長が操る情報は我々が供給していたのだが」

「そうです。しかし、あちらは上層部の情報を取得していたかもしれません」

「上層部には包み隠さず情報を与えていた」熊田は語尾に含みを持たせる。

「現場の雰囲気も聞きたかったのでしょう。日井田さんへの訪問と部長との接触も」日井田美弥都とは海道線沿いの喫茶店の店員で、熊田がたびたび事件解決を頼む頭脳明晰で外見が整った女性である。