コンテナガレージ

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公演一回目終了 十分後 ハイグレードエコノミーフロア ~小説は大人の読み物~

コールサインがでてますよう」楠井は尖った神経を逆なでしないよう柔らかな声がけ。むせ返る、涙で腫らす顔の客室乗務員はアイラの前の席で判断を決めかねていた。肌けた毛布に包まる死体、彼女はそれの注視を嫌う、はじかれた視線は一向に壁にかかる受話器に向かず、スカートに落ちる。
「私が出ます」アイラが言った。
「座ってって!」、ぴしゃり。命令には忠実。強制的に埋め込まれた危険への反応。声が震えてる。「お、お客様にた、大変失礼でした。お詫び、します。あの、お気持ち、は、お察し、します。後部に行きたい。想いは重々承知、しております。ですが、人、ああ、人が死んでる以上、起立を許可することは、認められない、のです」
 アイラは説得、電話に出ることを頼む。
「あの電話はもしかするとカワニさん、先ほど尾翼に走った私のマネージャーからかもしれない。あなたの言い分も加味したあなたと私たちの合意を導ける判断ですから、よく聞いてください」アイラは通路を挟んだ中央の席の衣装に埋もれるアキに目配せをした。細かく顎を後方に振る。気を逸らせている間に、受話器を取って。真ん中三本の指を折って受話器のジェスチャー。「あなたが言われる規則を遵守したとしましょう。外部及び、前後の客室乗務員たちとはどのように連絡を取るのですか、不可能ではありませんかね。おかしな事態に気づき、後方あるいは前方の様子を伺いフロアに足を踏み入れた最中に、規則が適用されてしまう。この状態から機長の判断を仰ぐことはできますか?」
「そ、それは……」 
「おまけに乗客たちのなかでこの間にもし急病人が発生したら、どうでしょう。死体を発見した、という緊急性に輪をかける。迅速な判断が仰がれますし、それこそ今度は一刻を争う事態です、死体とは角度の違う緊急性を要する。規則に縛られてこのままは実に非合理、あなた方が本来担う活動の妨げてるのです。よろしいですか、その人、死体はすで息を引き取った。脈拍は触れず、胸の上下動は収まるのです。殺害された可能性からこのフロアを現場、という側面を備えるのでしょうね、これがあなたを縛り、私たちに命じる規則の正体。それでは、現場保存を行いましょう。文句は言わせない。私は料金を支払い、この機体に乗り込んだ乗客であり、まだ果たすべき仕事が残されてる歌い手でもある。あなたが全うしようとするように、私にも課せられた使命が存在する。はい、死体が搭乗した機体で演奏をするなどとは、常軌を逸している。いいえ、まったく正常です。それでは世の中は毎日喪に服さなくてはならないのでは?しかも機内で殺害が行われたとは断定しかねます。私は立ちますよ、いいですね」
 座席に見切れる後頭部と横顔が小刻みに震える。口が、開いては、閉じる。頬が痙攣して引き攣る。呼吸が荒い、鼻で息を吸い込む、吐いてる様子はない。高まる。彼女は上半身ごと揺れだし、
 座席に倒れ込んだ。
 そっとアイラは覗き込む、客室乗務員は意識を失っていた。
「アキさん!」小柄なアキは反対の通路で飛び跳ねる、座席に詰まれた衣装の山が障害物。
「もう、限界だそうです、カワニさん。早く来てくれって!」
「行きます」アイラは楠井を呼ぶ。「お願いがあります、カメラをお持ちですね。端末のスペックで十分でしょう、死体の写真、全身と顔のアップ、上半身と下半身、離れた位置、機首側と尾翼側からと荷物棚の中も、落ちないよう撮影を」
 楠井は二回ほど余分に頷く。
「それと、機長にも連絡を。それから私のフロアへの帰還を以って行き先の変更は行うように伝えてください」