コンテナガレージ

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「もしもし、星が丘駅近くの飲食店の売り物件を見て、お電話したのですが、こちらの販売価格を知りたいのです」

 電話口の男は、最初こそくぐもった声であったが、咳払い一つで高く営業の、売りを願うさわりのない声に変更して応えた。「少々お待ちください。そうですねぇ、はい、出ました。価格は土地込みで千五百五十万ですね。かなりお手ごろな値段ですよ、個人が飲食店舗を手放すことはまずありません、皆さんマンション建設に土地を高額で売り払いますのでね。ただ、新規の事業を始める方の減少とこの一帯ではマンションの普及は遅れております。オーナーさんはマンションと飲食店両方の価値を残しておきたい意向で、流行といいましょうか、複数の選択肢を抑えておきたいのでしょう。ただし、聞いて下さいよ。内装はこちらで半分の金額を持ちます、以前はエスニック料理店であったため、内装はかなり奇抜なのです。何度か売買のお話を頂いた際も、内装が気になる様子で諦めたお客様いたものですからね、こちらとしてはやはりそのまま放置しておくには、どうかと。使っていただくのが最良かと思いまして、費用をこちらで受け持つ算段を取り決めた次第です、はい」

「費用の面での折り合いがつけば、私は一向に内装にこだわりはありませんので」彼はぶっきらぼうに聞こえる抑揚を抑えた口調で応えた。

「左様でございますかぁ、でしたらば……」男の声が弾む。が、調月は続く言葉を遮る。

「その代わりに、内装分の費用を価格から引いてください」

「内装をまだご覧になっていらっしゃらないからですよ、お客様。かなり、なんといいますか、独特な色使いですよ」

「飲食店を始めようとは考えていません」

「投資目的でしょうか?」

「いいえ。あの土地にマンションが建つのは困る。裏手の道沿いが日陰になってしまう。二軒隣の二棟のマンションが日光を遮る、これ以上の光を失うといくら大きな窓を取り付けても日中を暗がりで過ごさなくてはなりませんからね」

「売らずに所有すると捉えてよろしいのでしょうか?」パチパチ、叩く音が聞こえる。「しかし、維持費もかなりお高いですが?」