「エレベーターはどちらに」死体に見入っていた給仕係が一拍遅れて、ステージ袖を指差す。歌手が登場した場所とはステージを挟んで反対側。ほぼステージの正面であるこの角度から、出入り口は全容を確認できない。「料理に携わるスタッフのあなたを含めた人数は?」熊田はきいた。
「四人です。一階に二人、二階に二人です」
「三階は?」
「飲食の提供は各自お客様が受付で軽食を購入するシステムですので」
「では、もう一人の方をここへ呼んでもらえますか?」
「あ、は、はい」給仕係を見送り、熊田は振り返る。
「種田!」
「はい」緊張感を感じさせる歯切れのいい種田の返答。
「二階を見てくる。誰も動かすな」
「マイクを借りられますか?」蓋然性の高い問いかけ。
「好きにしろ」
死体をかがみこむよう熊田の意識が彼女に合わさる。視界には確実に、いいや絶対に見逃してはいない。食事もほぼ提供のまま、完成品そのもの、床に散乱していなければ……。事態を振り返る。歌手と佐知代を一直線上にステージを鑑賞する装いで見ていた、給仕係、前菜を運ぶ男と、その前に食前酒を運んだ線の細い女性。
呼ばれた給仕係が熊田に影を作る。
「お二人はここを見張っていてもらいたい」立ち上がった熊田は二人の係員に厳しさをこめて言う。「立っている彼女の指示に従ってください。誰もその場を立たないよう、目を光らせてほしい」
「了解しました」女性の給仕係のスイッチは緊急事態を感知しているらしい、目に灯る使命感がその証拠。女性の給仕を被害者の近くに、一メートルの距離をとって熊田は立ち位置を教え、男性の幾分背中が丸まった給仕を種田にもとに走らせた。
ざわつきは二階から聞こえる。上からは丸見え。鳥瞰図や監視カメラは彼らの瞳が大いに代役を努めてくれるはず、熊田は上手側のお客の視線を浴びつつ、階段を上った。急な階段、料理を運ぶには少々難儀な斜度である。給仕の言葉が補完される会場のつくりに熊田は敏感に発言の整合性を確かめた。