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追い詰める証拠がもたらす確証の低下と真犯人の浮上 5

「えー、訊いていただきましたのは、来月発売、移籍第一弾シングル"アレグロ"でしたっ」
 カフを下げる。放送に乗る音声を切り替るスイッチだ、種田は山本西條の手元を注視する。痛々しいほどの包帯、指先はどうやら動くらしい。使ったということではなく、押し上げた、医者に止められているが、利き手がついつい動いてしまった。
「聞いていません」熊田が平坦に言う。彼の正面に山本西條が、彼女の隣にスタッフが座る。ディレクターはブース外からこちらに指示を送る。
「怒らない怒らない、リラックス、笑顔ですよ刑事さん」山本西條はぺロリ、舌を出す。「ごめんなさいっ、生放送ってこういうものだから」
「放送内で警察、または刑事というワードを言わずに、事件に触れられるとは思えません」
「価値があるかもしれない。ぼくは探らないと」
「需要、をですか?」
「移籍をきっかけに仕事は二本のラジオになったのよ。ああ、気にしないでください、こいつとは数十年の付き合い。……係わってきた、継続されるはずだった仕事はぼくを飛び越え事務所に通じていたの、この仕事は情けね。あの人の言うままだよ、まったく。私個人の人気って、今の今まで思ってたわ。裸の王様っていうんでしょ、こういうの?」
「CMあけまで一分」ヘッドフォンにくぐもった声が届く。気を張った声に緊張が感じられる。
「アイラ・クズミさんに会いましたか、演奏後に?」熊田は執拗に演奏後の詳細を求めた。控え室では濁された、明言を避けた様子が窺えた、何か隠してる、種田も同意見である。だたし、そう、ただし対面を果たしていたとして、死体は既にその時点で存在し、アイラたちの目の前に現れていた。死体の発覚に関する手がかり、直接的な因果関係とは言いがたいのだ。何しろ、発見時及び発見前の搭乗に至る間はサーチライトのようなファンたち監視が目を光らせていた。必然的に考えて不穏な動きは報告に上がる仕組みなのだ。すなわち、搭乗時においても乗客たちが怪しい人物を見た、という目撃報告が仮に尋ねる機会が見送られていたとしても、彼らの目には演奏前後同様に不審者と思しき人物など視界に捉えてはいない、といえる。アイラ・クズミの経歴を傷つける恐れをはらむのだから、一ファンとしては目撃をしていたならば、率先ししかも鮮明に記憶をひねり出すだろう。
 意識をラジオブースに引きずり出す、対面の人物が言う。
「会っていたら、あの人のファンに叩かれます」肩をすくめる山本西條。
「その右手」ひじが上がり、熊田が指を差した。「アメリカ到着前の機内で頭痛薬を三十分に一度、客室乗務員に持ってこさせた。ありったけの錠剤を欲しがったものの、断られた。大量の投薬は異常をきたす恐れ、副作用の誘発がある。そちらの方にお聞きします、私は警察です、警視庁の熊田といいます、正直に答えて欲しい、山本西條さんは頭痛持ちですか?」
 スタッフの男性は答えに窮した。いや、答えは出ている、それを声に出すか、黙るかの選択に迷うのだ。山本の澄まし顔には白目が際立つ泳ぐ両目、手元の進行表を掴み直し場所を僅かに移す、左手に赤ペンがぎこちなく握られる。
「えっと、ど、どうかな、ああっと、頭痛を訴えることはあったかもしれません。よく忙しい芸能関係の人は一人になれる空間だと、溜まった疲れを吐き出してしまう、そういうことがあるんです」大げさな動きには二種類の意味が読み取れる。ひとつは、物事を正しく見・感じた自身の忠実なイメージを伝えるため。そして、もうひとつが、取り繕うためである。

追い詰める証拠がもたらす確証の低下と真犯人の浮上 4

もう帰ってこないかも、キクラの言葉は二人に追い討ちをかけ、現在に途方にくれる、というありさまが二人の仲たがいを誘発した。なお、早朝便の鼾による睡眠妨害も多分に土台を形成したことは確からしい、移動距離の長さとその出発時刻の早さに睡眠は理に適った一日の通過義務に思われる、影響が少ない鈴木にしても車内で少しばかり取りためた睡眠は不十分であったからだ。他方では、上司の熊田にどちらが報告するか、互いのキャリアを発言に忍ばせた鈴木の魂胆と、それを見抜いた相田、このような構図、見方もできる。
 遅れるにしたがって益々対策と気まずさは過密、度を越える取り返しのつかない事態へと発展を遂げる。後手に回ってしまった以上、二手先を想像に上げるプランが熊田への報告に通じる数少ない一本道だ。相田はそれを嫌というほど知りすぎる、だからこそ底抜けに明るい鈴木のキャラクターに頼りたがるのだ。
「相田さーん、僕行きますからねぇー、相田さん、ねえ、相田さんってば!」
 相田は一点を見つめていた。受付カウンターに従業員がいるのかと思ったが、もぬけの殻だ。何をそんなに見つめて、しっかり受付の内部が見渡せる相田が座るソファまで鈴木は足を進めた。そこで、目ならぬ耳を奪われた。
 ♪~
『空港内で二時間は拘束されてましたよ、もう大変でしたよね』
『ええ、まあ』
『職業は内緒ですよね?』
『それが出演の条件です』
『ふううっ。楽しくなってきたぁ。なんだかラジオの地位が低くなったって言われるこのごろですけどええっと、なんと呼んだらいいかしらね』
『鈴木でお願いします』
『鈴木さん、もちろん本名じゃありませんね』
『本名かもしれません。匂わすことで選ばれる』
『じゃあ、山本でもよかった、そういうことですかぁ?』
『本題に入りませんか?ディレクター、スタッフの方でしょうか、曲を流して、と言ってますよ』
『おっとう、インカムの指示を言わないように。いやあ、生放送らしくなってきました、本日も参りましょうか、山本西條のデイバイデイ。一曲目は来月発売、移籍第一弾シングル、私山本西條で、"アレグロ"』
 ♪~
 疾走感、駆け抜ける音楽が流れた。
「……今のって、熊田さんですよね、そうですよね、絶対、あんなぶっきらぼうな人いませんもん」
「鬼の居ぬ間にか。しっかし、刑事の出演が上層部に知れたら、またなあがい長期休暇がもらえるかもな」
「もうっ、のんきに休暇どころか謹慎ですんだら万々歳。今度こそ首ですよ、確実に懲・戒・解・雇」
「しゃべった内容だな、処分の重さは」
「種田に連絡してみます?」気乗りはしない、種田を通じてこちらの失態が熊田に伝わるのだ。
「かからない。たぶん電源は切ってる」局内だから、ということか。
「出演が終わるまでだ」
「次の手を考える」
「ああ」
「そうと決まれば、タバコを吸いましょうか。……部長のでよければ」
「のんきだな」
「居眠り前ののんきな僕らには適いませんよ」鈴木は相田の前を通って自販機でコーヒーを買った。
 静かだ、音楽は流れるが、どうにも生きているように聞こえないのだ。
 そして自販機も静か。
「二手に分かれるかな」
「もう一台車両が、そうしたら必要になります。僕が借りてきますよ」コーヒーを手渡す、鈴木ははしたない真似を嫌う。隣に腰を下ろした。彼らが吸った灰が円筒形の灰皿に残る。ソファの切れ間にそれは置かれていた。

 

追い詰める証拠がもたらす確証の低下と真犯人の浮上 4

「僕にばっかり当たらないでください。相田さんも共犯ですよ。同罪です」
情状酌量はつく。行きの機内の惨状はそれはそれは悲惨だった」
「昔話みたいな導入部で誤魔化せませんよ。どうすんです?手がかり、すり抜けちゃいましたよぉ」
「お前も考えろよ」
「考えてますって、とりあえず先輩の指示を仰ごうって判断は間違えてませんよ。俺の指示に従え、何度か相田さんには言われてましたからね」
「こんなときにだけ引き合いだして。鈴木、お前女と付き合ったら支配するタイプだろう?」
「はぁ?何を言って、僕のどこに暴力性が見出せますかぁ。心外です、アあっ、もうあったまきた」
「どこ行くんだよ?」
「僕も知りません!」
「キーは俺が持ってる」
「だから、なんですっ」
 引き止めて欲しいのに、ロビーに向かう鈴木は相田の必死の呼びかけを待つ。だが、ぱったり音沙汰は聞かれない、静かなもの。縋るお詫びを込めた相田なりの荒い返答は途絶えた。鈴木はそっと肩越しに背後の様子を確かめる。
 レコーディングスタジオの一階ロビーに待機組みの鈴木と相田はアイラ・クズミのピックアップを狙ったはずが、ロビーに漏れる眠気を促す日光の思う壺、誘われた彼らは眠りこけてしまったのだ。正午を過ぎた時間にソファを飛び起き二階のスタジオを訪れるも時既に遅し。アイラ・クズミは一旦スタジオに戻りとんぼ返りでここを離れた、エンジニアのキクラの証言だ。

消灯後一時間 ハイグレードエコノミーフロア

沈み込む座席の振動が伝わった。
 インターバルを挟むアイラの噛み砕いた言葉が続く。「だが、価値は以前のあなたによって作られた、継続性という不透明な生き物が背後でひっそり支えていた事実、これが如実に浮き彫りになる。流行や目にする機会の多さ、という因子が単に音楽を聴くお客に曲を手に取らせていた。宣伝の一部を活動が担うのです。他に求める音楽を調べる労力を億劫がる人たちが買っていた、それは裏を返すとあなたの価値は露出度の高さに比例した傾向が見受けられ、音楽性やあなた自身の魅力などの内面的、精神的な価値観と異なる点で辛うじて買われていた、といえるでしょう。残酷な表現です。訊かれたので答えた、それまでのこと、私の個人的な見解でもありません、極力至極客観的な考えを述べたつもり。口調がきつい、と感じたのならば、私の意見は除外されている、と見なしてよい。断定的な意見は誰しもが、懐疑的になり、不透明なる自尊心を傷けられたと思い込む。直視を避け続けたそちら側の結果ですからね、まあその事実すらも意識に上げようとしない、だからいつまでも腹を立て、現状を嘆く」
 断線しかけたので、アイラは終止形でピリオドを打った。思い当たる節に気がつけたことは唯一の救いかもしれない、背中を見送る趣味はないので、彼女は次の訪問者に何を告げようか、もう一人の自分が考えに取り組み始めたことを少しばかり嘆いた。
 薄い新書をなぞって吐いた言葉、数時間前に読み通した薄い経済書の内容は噛み砕かれて口をついたか、機内の暇つぶしにとカワニが用意した数冊を空港に向かう移動者で読み終えてしまった。なんとも味気なく、けれどあしらう知識には向いていたらしい。それに入れ替わり立ち代り、という辞書で覚えた言葉が身に置き換わったので、収穫と、捉えておこう。
 予言は的中した。
 ミュージシャンは、朝方にやって来た。