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ただただ呆然、つぎつぎ唖然 5

「私のあの人に、あなたは丸坊主で会いに行けるのかしら。きれいなあなたが必須、それとも単なるあなた?この中間かな、嫌われる、笑われる、無視される、ひかれる、どれもこれもあれもこれも、まるであなたが世界の中心とは思わないのかしら」髪の毛の束、ひときわ多い塊がどばっと。「あの人に選んでもらうわ、あなたが頭を丸めたら聞いてあげる。面会の場を設けるのよ私が、善意で。譲歩も譲歩。悲しそうね。髪は月日とともに生える。女の命、だったらどうしてつめは伸ばさないのかしら、長すぎて生活に支障が生まれることは同等のはずよね」
 覆い尽くす髪、切断された髪が明るさを失っているようだ。彼女は,サリーの頭頂部とバリカン、添えた左手を注視する。決して、もう、体から目をそらしはしない。
 切るか、考えもしなかった。まさか、髪をそれも坊主に私がかぁ、ミツキは息を止めた。顔を固める、どうしたらいい、決まりきった答え、わなかもしれない、土俵には立ちたいよね、でも、また逆接、たまには意見を突き通してみなさい、私。
 彼女は交代をたくらむ内部をと、押し問答に明け暮れる。その間にサリーの頭は見る見る丸みを帯びてきた。なぜだか、刈り終わるまでが回答のリミットに思えた。
 女性としての魅力を失う私の登場にあの人は笑うんだろう、それとも暖かく迎え入れてくれるのか、もしくは門前払いで視界にさえ入れてもらえなかったりして……。
 女性は卑屈に笑う。もうすっかり黒の独壇場。広がる額は後部へ勢力を伸ばしつつ、サイドにも手をかけ始めた。右即頭部の耳の上が大胆に刈り取られて、私は残忍な光景に目をそらさないことしか抗うすべを見出せずに、身を堅く、まぶたは逆さまの作用からか、開きっぱなしなんだ。

 マネキン。浮かんだ、言葉。肘掛にぶら下がる紐が見えた、先端を無意識に折ってしまった、不覚にも。
 現れる、バリカン。そして、はずした視線を対象物に引き戻したら、尼さんに姿をかえたサリーがつつましく微笑んだ。
 鐘の音。教会の音色。私の番、髪を払う女性が背中を押す、順番がバトンが回った。無言を貫き通す、これも抗うすべのひとつである。
「しょうがない」サリー・笠松は指を鳴らした。とたんに上下位置が通常に戻る。拘束具の圧迫が解除、体は開放された。表情が確認できる照度も回復した、見たくはなかった。サリーは空間に向かい投げかける。「いい加減、降りてきたらいかがかしら。監視は十分悪趣味よ、文字通りカメラを通じて見下ろしてるんでしょ。ランチを食べ損なってた私を救ってくださる、未来の旦那様。あっとごめんなさいね、あなたの前で言うべきではなかったわ」
「顔を出して、結論は出るの?」産毛がそばだった。

 あの人だ。

ただただ呆然、つぎつぎ唖然 5

選択を誤った。
 キクラ・ミツキは、非常な出来事に身をさらしてしまった、と自覚を強めた。
 逆さま。こうもりの気分に浸った数秒前が懐かしい。揺らめき立つサリー・笠松。闇に溶け込んでもなお闇よりはほのかに明るい。虫に居場所を教えるような、誘う香りを放っていた。
 目が離せずに捉えっぱなし、ミツキの体を縛り付ける拘束具だろうか、腕に足、それと腰に食い込む。展開を尋ねようにも、聞いてしまったら最後、無残に受け入れるしか道が残されてなかったら。そう思うと、おいそれと気安く、エキセントリックな髪型をほめる一言でも行ってやろうか。いや、私の心象に手をかけた相手なのである、から、ああ、迷いが働いてしまう。呼吸もなんだか速くなってきた、悪い兆候。ただ、頭に血は上っていない。これは現実?あるいは見させられてる光景だろうか。全部が、私の見せ掛けじゃないのさ、この世界のあり方を忘れたのか、私。
 彼女は、内面に張り手を浴びせる。びっしりと積もる一面の白。見上げてるのか、正しい表現は……。
 息を呑む姿が、目の前に降り立った。サリーは拳銃を、こめかみが当然の射撃目標だといわんばかり、揺ぎ無い確信が物語っては、左右に口を引いた。ぐるぐる、黒目が追いやられた瞳がカメレオンをまねて、獲物を捕らえてる。スロットルだったのかも、対象物を捕らえた瞳が止まる。私を見つめて。
 ところが彼女は拳銃を投げ捨ててしまった。
 私の視線はもちろん、落下する模られた金属を追った。まずい、遅かった。
 引き戻した視線の先に待ち受けた想いも寄らないあの人の婚約者は、あられもない姿を私に見せつけた。
 パラばら、髪の毛が固まり、まとまって重力に従う。
 とても従順。胸に針が刺さった。私には何一つ物理的な制裁を加えてはいない。ただ、見させられている。精神的な苦痛とも言いがたい。目をつぶればいいんだし、無理やりまぶたをこじ開けようと力づくの強行にサリーは走らない、バリカンを持っているのだから。
 遅れてモーターの駆動が耳に届いた。
「やめろ!」私は、叫んだ。

ただただ呆然、つぎつぎ唖然 4

柔和な右側と辛辣な左側、ミツキは息を呑む。反論する手立ては粉々だった、とっておきに温めた純真な私がぺしゃんこに返ってくる予測しか立たないんだ。泣きはしない。それはずいぶん前に卒業した昔だ、戻ってはいけない、前だけを見つめる。この人にだけは、彼女は拳に力を、右を手始めに左、歯を食いしばり、丸腰の決意は瞳に感染、背筋を伸ばして首をキリンのように引き上げては、へその下に丸々と渦を巻く発熱を覚えて、返答に踏み切った。
「私が所有するのではありません。私は所有物、管理される側です」
「上手に躱しましたね。それでは、もうひとつお聞きしましょうか」まだ続くのか、だが回答を重ねてゆけば、あの人にたどり着く。一縷の望み、初めて使った言葉の違和感にさいなまれながら。右側の頬が向けられた。燐粉を思わせるキラキラの粒たちが周囲の光を集める。そういえば、球体状の照明はここまで見ていなかった、と彼女は思い出す。
「会えた、という過程の話だ」黒い色素が右顔面を蝕む。「空想で終わる想像だ。お前は、あの人へ『ご主人様何なりと』、指示を仰ぐのか。要求を受け止める管理される者とは、意思を捨て去る生き物よ。すぐに捨てられることだってありうる。いいの?あの人に会ってそのまま、目の前に現れるな、二度とその汚い面を見せるなって言われて。面会に意義があると?私は、これっぽっちも思えないのよねえ」悪い方が楽しそうに、感想を吐き出して問いかけた。 
 正論だ。この人は自らの失敗を発表してしまう強さを、蝕む痛みを受け入れる。体を食べさせ、生きる。
 負け、浮上をためらう反論。あの人と私。私は食べられる側。手をつけられず、生ごみ入れに捨てられても文句は言えない。だって、ごみは無口。
 相手も捨て身。何より怖いのは自分と似ている奴であること、いつだってそうだったではないか。裏をかいた、心理戦。すべてが表、身を食らい、食わせる。何たる精神。見つめてる、こっちを、穴が開くほど、動作から私を計ろうとしている。肩が上がる、緊張の証。
「さあ、お答えになって」傾く白い頬、人形の丸く一点を見つめるビー球。「私にも用事があるのっさと言え、降参のしるし、白旗を振ってもいいぞ、けけけ」振りほどいた髪に乗じて暗黒に切り替わる。「さあ」「ほら」「どうしたの?」「おじけづいたか」「認めなさい」「不甲斐なさを」「いいかげんにして」「はやく」「ねえ」「おい」「もういいでしょ」「強行策に出るぞ」「急いで、どちらかを宣言するのよ」「カウントしちゃうぞ、お前がいけない」「引き返しなさい、チャンスはめぐる」「一回きりだ、これっきり。人生は一度きり」「ああ、まずい」「決めろ」「そうよ、それでいいの」「見損なった、もっと骨のある奴だと思ったのに。とっと帰りな、あとが詰まってんだ」「最終警告よ」「はじまるぞ」「いいえ、終わり」「ブー、時間切れ」
 ブレーカーが落ちて、視界が奪われた。
 

ただただ呆然、つぎつぎ唖然 4

「あなたの特性を聞かせてもらいます」氷の息が吹きかかったみたいだ。頭ひとつ、私よりも背が高い。三メートルほどの距離が詰まる。視界の隅で執事の行き先を追ったが、どこにもいない。振り返る。やっぱり姿が消えている。常識が通用しないことはわかっているさ。トランスポートの出入り口が隠されているのかも。
「二人の行方を知りたいのでしょう?」先を見越した、動揺を誘う言い方。女性は私の脇をすり抜ける。空席に座った。
 執事が用意したティーセットが消えている。もしかして。彼女は、テーブル脇の台車を確認をした。ない。どうなっている、手品か。
「私ね、あの人の婚約者なのよ。結婚式は挙げないつもり。だって祝いの席は見世物みたいで、吐き気がしない?」魚眼レンズを覗いたみたい。女性は、肩のラインと平行に私の足首から見上げる、そんな視線だった。
 要求には応じたいけど、椅子は一脚しか、とミツキがテーブルの対面を見て、驚きを最小限に抑えた。
「見逃していたお前の責任だ。椅子は、お前がこの部屋に足を踏み入れる何年も前から二脚あった。騙して得をするのか、私がか?いいから座れ、お前と会話を頼まれた、そうお前が望む相手からだよ、まったく」
 男性的で強権的な口調に切り替わる、女性はサリー・笠松と私に名乗った。対面の席に座る途中にである。サリー・笠松の右半身を覆うワンピースの黒が喋っているみたい……。
「婚約者の私を前に、堂々あの人に会いたい、といえますか?」今度は丸みを帯びた言葉をサリーは吐いた、左半身の白が話す。戸惑った、視線はあちらこちらへ、両手も落ち着かず太ももの鍵盤をむやみに叩く。
 これは試験、ミツキは判断に困った。もしそうなら、クリアしなくては。手のひらで転がされていても、あの人だったら、私の真実に目覚めたこの私を掬い取ってくれるかもしれないんだから、彼女は真一門に口を、結んだ。はっきり首を縦に振ってやった、見ていろ。
「好きな対象物を意地でも手に入れる強欲さ、親がこぞってお前の所業を褒め称えたんだろうさ、曇った眼球で親の目線でなあ。所有物の奪取か……、お前の構成要素は何だ、たんぱく質かビタミンかコラーゲンかミネラルかお菓子か炭酸飲料かプロテインか、代償が引っ付いてるだろう、対価ともいえるか、お前を保つ要素を奪い取って成立する、これがお前だ。知らなかったとは言わせない、無意識に摂取していた、これまでは良かった、だから。ふん、おかしすぎて高笑いも無益だって噴出をとどまった。制約を背負って、私をいつもみっちり感じながら、あの人をそれでも得たいのか、お前は?」
 顔面、左側がしゃべっていた。