コンテナガレージ

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エピローグ

「見た限りその方は亡くなっておられます。回復の目処は立たず。治療の術を施すよりも埋葬の準備を整えましょう」
「あってはならんのだ、ここで死なれては困る。いいからドアを開けなさい」喧しい。罠にかかった生き物の鳴き声。 
 睨みつけられた、横たわる人にようやくようやくだ、死が確定した。私は依然起立を保っていて大勢その間に人が入れ替わり立ち代り、揃いの紺色に身を包む人物たちの入室を見届けると枷がまるで魔法のごとく消え去りました。
 それから私は、数日間話し続ける場所へ移送されました。許諾拒否の問いかけは棚上げに有無を言わさず車両に押し込まれた背中に触れた厚手の皮膚を思い出せます、それと漆黒の窓が珍しかったからでしょう。
「君はなぜだろう。なぜだろう。私らには理解しかねる。早急に助け駆け寄ればこんなに拘束されずに済んだのだぞ。なぜだろう、なぜなんだい?」紳士の問いに対し私はこう答えた。
「死者と対面を果たしたそのときにとるべきとらざるべき私が信ずる行動はただひとつ、助けを呼びにうんとうんとよくよく見つけた場所を脳裏に刻みえっちらおっちら、わずかに早くなるべく日が高いうちに皆へ知らせ、決して中に足を踏み入れてはいけないのであります」
「君が媒介者だからかい?」
「考えようによってはそれも正当性を帯びる。思うに穢れを纏う者と健全潔白な者たちとの接点を私は嫌いました、後々の災いをそれがきっかけとなり膨れ上がってしまう。恐れと同じ扱いでしょうね」
「囲炉裏の枠内、死体が横渡る室内中央を発見場所に、君は村の入り口をドアに見立てた。部屋の外、回廊が現場では屋外であった」
「開けるわけにいきません、私が持ち込む証拠が後世へ引き継がれる」
「引っ張り出し威力を強める。呪術的な効力をよからぬ考えを持ったいっぱしを気取る者たちが暗躍しないとも限らないから」
「私たちの言葉を学ばれたのですね?」
「数十年も前に、かじった程度です。土地に住むものとしての義務だと押し付けられて今ではさっぱり興味は失いましたがね」睫に囲われる瞳が左右にゆらりふわり微細な振れ、ゆれ。「さてはて……あなたは一体現場でただただ立ち尽くしていた、それを押し通すつもりですね?」
「『不利だ、考え直せ』警告は存じております。恩義を感じた身に覚えのある方々が代理人を通じ私に親切に警告をなさいました。情報の暴露、私が調べられることで彼らに被害が及ぶ、そう頭を振り絞って考えたのでしょう。身に迫ってようやく代償を垣間見た、此処での長居は不相応な願いですもの。けれど、いいえ、ほかの命となりうる譲る宿命ならばその道もまんざら、崇め奉る対象では生きられる」
「あなたが手をかけたとも受け取りかねない発言ですよ。安易に……」遮る。
「注意を怠った」私は、放つ。「他者のそれは糧となり血肉となり命の連鎖、循環を促し連綿と息をこの世界に吐き続け温暖な気候、その形成に一役も二役も買った。生存が長らく、もしも延々一人がずうずうしく命をむさぼりとると、都心の住処がより高い空を目指すように行き場を求め、譲るはずの席のとなりに座るはずの者へもう一席設けなくてはあぶれてしまう。過渡期に顕著なこれらの状況は今後目に余る日常皆さんの目に触れる。死んでしまえ、あのときは本心でした。私は手を下してはおりません、下していれば助けを呼べやしないのですよ」
 青い斜めに傾く文字で書かれていた。
 角の折れ曲がる、紙の束を炙った。

エピローグ

三名の刑事と対し説明はこれで六度目となる、昨日の相手白髪交じりの男性は脇に控え立会う。この人に話してくれ、くたびれた首に巻きつける帯を緩め、つきっ切りそのの刑事がだるそうに黒く汚れた爪の先で指した。斜に構えた伊達男と席を替わる。室内は二人っきりとなった。見られております、ひしひし視線は感じられる。壁とそれから天井の隅に血走った眼球がぎろりぎろり嘗め回す。

 住処に着くと喉を整え私は呼びかけたのでした。
「申し申し、お客さん、お客さん。時間が過ぎております、速やかに可及的にご退室を願います。申し、申し」
 無言が返るばかりで物音ひとつ聞こえない。次の予約客がそろそろ案内されて、もうここへやって来る、引き戸を二度叩く。それでもやはり反応は示されません。左腕にマスターキーを呼び出す。電子錠、この腕輪一本で部屋すべての開錠を行える優れもの。囲いを作りそれでも野山は観賞、しかも沐浴と鳥の囀り、川面を想像させる夜空のせせらぎを欲する、なんとも、ええ、なんともなのです。
 利用終了時刻を再度確認、腕輪を通じ使用時間の超過、開錠の許可が得られました。通信機器装置を内包して手に収まる極小のサイズを実現する、文明の発展はどうにも小型化が共通する事項であるらしい。
「入ります、失礼します、勝手ながら室内に上がります」毅然を意識し呼びかけ、ドアを開けた。直視を極力避ける、伏目がちに板張りの床に入室の挨拶を投げ交わした。軋みが片足ごとに跳ね返った。プライベートな空間に秘めた至情、情事、情交などをお客様は抱えます。『お忍び』という不義理な関係を近しい人々の目の届かない所でなら良いのだろう、見えていないのはことに励んでいないのと、もしくは会ってすらいないのと同義に値する、これら地獄の穴に落ちてしまう諸行を幾度と散見しておりました。世間とかけ離れた私たちの性質が雇用を決定付けた要因のでしょう、いわゆる芸能に携わる人たちの来訪を私は幾度ときまって後に知らされることとなっておりました、知らないのです、有名、著名なそれらの方々を。食料の買出しに出かけた際の食料品店で秘密裏というよりも半ば盛大に耳へ届けるかのごとく喋り散らすご婦人たちの井戸端会議の題目は、芸能人を空港で見かけたといい、しかも二人もである。別れ別れにゲートを出てきたけれどあれはどう見ても示し合わせた世を忍ぶバカンスでしょうに。事細かな描写は出迎え送ったお客様の二人の服装と符号しました、私は気を引き締め戒めたのであります。
「どうされました!」呼びかける、咄嗟に取れた精一杯の行為。明らかに横たわるそれは中と外の架け橋、四角くかたどられた煙突のような筒を穴があくまで飽きることもなくただただ熱心に寝食をも忘れひたすらに対象の動き・生態をこの目に焼き付けんとばかりめらめら轟々とそれはそれは近寄りがたい殺気を放ちつつ、しかし体躯は弛緩し、いやこのときは硬直がにじり寄っていたのかもしれません。
 顔が半分沈む。首が半分落ち窪む。胸と肩がぼろぼろはがれんばかりに腕と腹は仲良くぺちゃんこ。腰といえば甚だ逞しく張り出しそれでも膝のへこみが強調を促すのだと知って、あらぬ方角へつま先向いて赤く熱した鉄のごとく金鎚で以ってのばされております。
 躊躇う。迷いを振り切る、思い切った私。「……そこに居られるのですね?」本来声がけは外の住人の役割だ。中の私は食べられます、不相応、これは決まりなのです。まずは余所に此処よりも外に伝えなくてはなりません。教訓を、集まる眼に刻み付けられなくては。
「応急措置は!息は?生存は!君の役目だ、容態を君が確かめないでどうする!」石と石の狭い間から叱責を受けた。私は……叱られてるらしい。いち早く救い出すより、私はここでそれらの救出劇、生存確認を傍観する役割に徹しなくてはならないのです。何度もそれは伝えているのに、頭に血が昇ってすっかり目先の事態打開に先を先へ急ぐあまり盲目に目を奪われた、あなたがた外の方々が。
 私は言ってやりました。

エピローグ

 人を呼んだ。
 命令に従います、これといって別段変わった、不信な動きを匂わす兆候があったのでしょうか。
 異界の者、皆がそのように捉えるから仕方がないのかもしれない。
 部屋に一人、それから横たわる一人。いいや、一体と言うべきでしょうか。部屋の中央やや左にそれは寝そべる。空模様を尋ねた、天候に恵まれたとき天窓は等しく空を居住者に明け渡す。鳶の旋回が見られたことと思います。
 大勢集まる、部屋をめがけ人がなだれ込む。壊されたドアをさらに踏みつける部外者は私とそれから寝そべる方へ必死で呼びかけた。私は動いてはならない、見つけた者を止めた。助けが来るまで『中』に入ってはなりませんと。
 詰問を受けた。高圧的であり決め付けた態度は目を見張るものがあった、とにかく人はいくつも仮面を持ち合わせ日常とは別人格に変わってしまえる。本来の姿。よくよく対象を覗き込みます。私に接触を試みる人物と相対する、もう数十年を数える昔昔の出来事なのであります。同質、やたらと暑さが身にしみた記憶は今なお新鮮にありあり目の前に取り出せてしまえました。
 ありのまま、打ち明ける。けれど不満足な表情ばかり視野に飛び込む。そうではない、本当のことを正直に話せ。瞳は常々本心を語ります。不都合な機能、すんなり用件を聞き出せばよいものをなぜ前置きの気遣いを、それとは正反対の面持ちであるくせに善人を演じるのか。これが人でしたね……愚かさまでもその価値に宿す。辺鄙な北の、生い茂る林野のど真ん中に悠然と構える高床式の宿泊施設を建立するとは夢にも思わなかった。しかもそれに胸躍らせ高めた期待を保ち従順に呼び出しを待つ宿泊客、私には異界の者としか言いようがなかったのであります。
 利用時間の超過を伝えるべく部屋に足を踏み入れた、どうにも納得がいかないらしい、繰り返し幾度となく同様の質問が日が暮れ昇るも延々尋問は続きます。重要参考人、現場に居合わせるただ一人の目撃者と容疑者。これらが私の現在をいかんなく現している、といえましょう。
 人が死んでいた。無残にそれは潰れていました。殴打や踏みつけとは種類が異なる、いうなれば道路を均すロール付の車両に押しつぶされた、これが適切だろうかと。警察にもそのようにお伝えした。理解に及ばない、そういわざるを得ない。理解に苦しむ、という不確定な状態のままで未知の惨劇、判断に苦しむ明日を抱え込むなど御免こうむる。明言を避けたのですね。重荷を背負わずにいられたら、それでいて真相解明を待望するなどどの口が仰るのでしょう……。矛盾した行為を鏡に映してあげられたらばよいのですが、あいにく持ち物は取りあげられております。複数回何度も繰り返し切々としかも唐突に、聞き終えるまで退席はならない。この縛りのなかで語る必要がありそうです。

 ヤンヤヤーイ。
 ヤンヤヤーイ。
 森が鳴く。悲鳴だ。咽び鳴いてもいる。聞こえないのでしょうか、いいえ耳を傾ける姿勢ではありはしないのですから、それは当然なのかもわかりません。
 斜陽、星雲と比べます、煌々地上を照らす生活の明かりを。日暮に、夜中に、それらはいがみ合う。
 巣穴へは足を向けるつもりならば本来二人一組が通例でありますが、仕事と割り切りわっさわっさと分け入った。

エピローグ

 二週間後。

 スタジオに雑誌が配送された、バイク便である。事務所に届き、アイラの所在地へ送られたのだ。

 モノクロで一回り小さな彼女がいつになくこれまでを失った顔で笑っていた。

 過去の話。

 離れたギターに詫びを入れて、次の楽曲製作に取り掛かる。

 デスクの椅子につく、ストラップを肩にかける前に、数秒前の過去であるコーヒーを思い出し、ローテーブルのカップを手に取った。

 アイラには熱くて飲めない。

 今なのに、と立ち上る湯気が文句を呟いていた。

 熱を放ち終えた、過去の液体を好むことだってある。彼女はそっとカップを置き、手を止めた製作に戻った。

 また、一人に戻る。

 ここは私に似ている、とても。

 中腰でPCの画面に向かう、録った音を聞いた。

 ヘッドフォンを通じた声はすっかり色あせて、できたてを捧げた。

                                      完