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店長はアイス  過剰反応3-1

 捜査の権限が末端の署員である熊田たちの課へ譲渡される要因は、事件の異質さや複雑さ、現在抱える事件で手が回らないなどが考え付く。がしかし、とりわけ今回の事件の異質さはあまりというかほとんど感じられなく、無味無臭に近く、熊田たちにはまずもって捜査権を与えられない事件に分類される。他の事件との関連性があれば、なおさらこちらに捜査をさせたくはないと、思うのが上層部のわかりやすい、いつもの態度だ。では、手が足りないのか。いいや、連続殺人事件の犯人は、先々週に捕まえた。喫煙所でも他部署の面々に事件下特有の厳しい気配は感じなかったように思う。こうして今も、喫煙所内ではタレントが起こした不貞についてあれこれと二人の署員が討論に熱くなっている。暇なのだろう。二本目の煙草が消え入りそうな時にドアがあく。ゴシップに花を咲かせる二人は二分ぐらい前に出て行った。
「おつかれさまです」相田は鼻の頭がうっすらと赤く焼けている。
「鑑識から情報は?」
「まだのようです。今日は暑いですね。かないませんよ、夏にスーツは」相田はハンカチで顔と首元を拭う。缶コーヒーを半分ほど一気に飲み干して、風呂上りのビールを飲んだ一口目の言葉にならない感想と同様の声を出した。
「まったくだ」
「熊田さんは汗をかかないタイプですか?うらやましいです」相田は熊田の涼しげな顔をつきを見て、ため息をついた。
「体重を減らせば良い。一番の近道だ」

店長はアイス  過剰反応2-6

「ベンチはここが本来の位置でしょうか?」
「固定式のベンチだ。ボルトが地面に刺さっている」熊田の鼻から煙、流れて霧散。
「ベンチが移動したって言いたいのか?」鈴木が言う。
「以前から置かれていたのか、と思ったのです」
「つまり、前は無かったと?」

「はい」
「なんで?」
「間隔が合いません。等間隔の位置がこのベンチにだけずれが生じているのは、不自然です」
「桟橋の導線上にあるからだろう」
「クルーザーの大型船は港に停泊させる前はどこから海に移すんです?」
「どこかに斜路があるはずだ。おそらくはそこからだろう」
「物知りですね、熊田さん」熊田の博学に鈴木が感心する。
「覚えていたに過ぎない」
「僕だったら右から左に知識という知識は抜けちゃいますよ」
「大卒だろう?」
「僕は……推薦です」
「風当たりは強そうだな」
「聞いてくださいよ、入学後にできた友達の態度の変わりようったらないですよ。もう、冬と夏ぐらいの温度差ですからね、僕だって学内成績で上位だったから推薦枠に選ばれたんであって、けして入学が決まってから遊びほうけていたのではありませんよ」
「もう、いい。わかった」熊田は鈴木のおしゃべりを遮り、ベンチを穴が開くぐらい凝視する種田を呼ぶ。「署に戻るぞ」
「相田も戻っている頃だ、鑑識も遺体の概要ぐらいは調べがついている。ここに留まっても死んだ人間が化けて出てくれるわけでもない。まあ、出ても見えないからな」肩をすくめる熊田。
 鈴木と種田も後に続いた。ようやく、薄暗さの兆候が見え始めた空にうっすら赤い光が斜めから差し込む、港を熊田たちは抜け出した。黄色の進入禁止のテープが生き物みたいにバタバタと鳥の羽ばたきを思わせた。

店長はアイス  過剰反応2-5

「感触は?」眠そうな種田に初見の感想をきいた。
「嘘はついていないでしょう。罵声と怒号よるカモフラージュにしては演技が下手すぎます。正直な感想と稚拙な行動と捉えて問題ありません」証拠品の文庫本は種田の手袋をはめた手の中に納まる。重なって山田福がつき返した彼女の名刺も親指がしっかり抑えていた。
 熊田が頷いた。「そうか。名刺は非合法で採取した証拠であり、あくまでも被害者の死を読み解くために利用、活用されるべきだ。鈴木はそれは承知しているな?」鈴木はは力なく頷き、かと思うと何かを思いついた様子で言う。
「文庫本に付着した指紋が山田福のものである、その事実を証明するための指紋ですよね。他に何に?使い道はないように思いますけど。それにまだ被害者は自殺かもしれない。熊田さんが言ってたのに。忘れたんですか」
「被害者を顔をよく見なかった、死体の顔は見られたもんじゃない。そんなニュアンスだった。だとすれば、あの男は被害者との接触を避けたと想像が可能だ。そこで、死体から指紋の検出へと道が開ける、かもしれない」
「あいまい」吐き捨てるいつも冷徹な種田の言い方。
「種田っ!」鈴木が先輩としての威厳をこの場面だけは躊躇いを捨て去って言える。いつもなら、種田の曇りのない瞳に出かかった言葉が臆病風に拭かれて押し込まれてしまうのだ。
「自殺の線も可能性はあるだろう。相田が見つけた彼女の部屋のウェディングドレスには自殺に及んだ動機としては申し分ないアイテムだからな」無意識に熊田の手が内ポケットの煙草に伸びる。即座に種田は風上に移動する、その素早さはあきらかな煙草への嫌悪が込められて、誰が見ても種田の胸のうちを読み取れる。それぐらいに俊敏で意思が込められた動作であった。鈴木も車での禁煙を想像してか、熊田の後を追うように二本目の煙草に火をつけるのだった。
 種田がベンチへ歩き出して、その前で止まった。熊田はそれとなく視界の端で動きを追う。熊田の顔は正面、まだ青さの残る空、肌寒さが心地良い風が強弱をつけてじれったく出し惜しみ。風に顔があったらイタズラっぽく笑っているんだろう。熊田は煙を立て続けに吐き出す。

店長はアイス  過剰反応2-4

「港に着いた時間は?」
「さあ」山田は幅広の方を竦める。
「正確でなくても構いません。大体で聞いています」
「六時前だったと思う」
「あなたはここで誰かに会いました?」
「いいや、一人だ。誰にもあっていないし、誰にも見られていない」山田はそこで引っ込めた首を種田の眼前に差し出して言う。「だぶんな」
「紀藤香澄、この名前に聞き覚えは?」
「ない」
「最後に、名刺を渡した男性があなたにベンチの下で拾った本もあなたに渡したと証言しています。本は持っていますか?」
「あるよ」無造作に男は尻のポケットから文庫本を引き出した。素手で触ってしまっている。「ほら」
「もう結構です。お帰りになっても。それとまた何かあればお話を聞き行きますから。私の名刺です。こちらにご連絡を」
「いらないですよ。警察の番号ぐらい覚えていますから」男は口笛を吹いて熊田たちに軽薄な笑みを送り、地面をすりながらデッキシューズをかろうじて浮かせて歩いていった。
「なんですかあれ?」鈴木の苦い顔、右半分が引き攣って呟く。「金持ちって横柄ですよね。クルーザーを持っているのが偉いなんて、まあ、いいなあ、とは思いますけど態度は改めないと人としては最低です」