「感触は?」眠そうな種田に初見の感想をきいた。
「嘘はついていないでしょう。罵声と怒号よるカモフラージュにしては演技が下手すぎます。正直な感想と稚拙な行動と捉えて問題ありません」証拠品の文庫本は種田の手袋をはめた手の中に納まる。重なって山田福がつき返した彼女の名刺も親指がしっかり抑えていた。
熊田が頷いた。「そうか。名刺は非合法で採取した証拠であり、あくまでも被害者の死を読み解くために利用、活用されるべきだ。鈴木はそれは承知しているな?」鈴木はは力なく頷き、かと思うと何かを思いついた様子で言う。
「文庫本に付着した指紋が山田福のものである、その事実を証明するための指紋ですよね。他に何に?使い道はないように思いますけど。それにまだ被害者は自殺かもしれない。熊田さんが言ってたのに。忘れたんですか」
「被害者を顔をよく見なかった、死体の顔は見られたもんじゃない。そんなニュアンスだった。だとすれば、あの男は被害者との接触を避けたと想像が可能だ。そこで、死体から指紋の検出へと道が開ける、かもしれない」
「あいまい」吐き捨てるいつも冷徹な種田の言い方。
「種田っ!」鈴木が先輩としての威厳をこの場面だけは躊躇いを捨て去って言える。いつもなら、種田の曇りのない瞳に出かかった言葉が臆病風に拭かれて押し込まれてしまうのだ。
「自殺の線も可能性はあるだろう。相田が見つけた彼女の部屋のウェディングドレスには自殺に及んだ動機としては申し分ないアイテムだからな」無意識に熊田の手が内ポケットの煙草に伸びる。即座に種田は風上に移動する、その素早さはあきらかな煙草への嫌悪が込められて、誰が見ても種田の胸のうちを読み取れる。それぐらいに俊敏で意思が込められた動作であった。鈴木も車での禁煙を想像してか、熊田の後を追うように二本目の煙草に火をつけるのだった。
種田がベンチへ歩き出して、その前で止まった。熊田はそれとなく視界の端で動きを追う。熊田の顔は正面、まだ青さの残る空、肌寒さが心地良い風が強弱をつけてじれったく出し惜しみ。風に顔があったらイタズラっぽく笑っているんだろう。熊田は煙を立て続けに吐き出す。